日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

3494声 一瞥

2016年06月02日

一月ほど前に引っ越した。
徒歩三分程度の場所への住み替えなのだが、
近場とは言え、生活環境を変えるのには、とても骨が折れる。
今度もまた賃貸物件だが、ごく狭小な古い一軒家である。
一軒家なのでアパートやマンションなどと違い、
まず狭庭の草刈からやらねばならぬので、大変であった。
蚊取り線香をもくもくと焚き、庭に蔓延っていた、
どくだみやら得体の知れぬ葉を刈り込んだ。
中年となったいま、こども時分の好奇心などは消え失せ、
草いきれのする鬱蒼とした草むらは、ただただ気味が悪かった。
「草刈」や「草取」は夏の季語だが、自分で草を刈っている最中は、
到底、俳句など詠む余裕は無い。
つくづく、こういう季語は傍観者として作るのが賢明であると感じた。
旺盛な草や蔓などに小言念仏を唱えつつ、一心に枝切鋏を動かしたのだが、
中途で挫折し、あとはもう半ば自棄になって除草剤を撒き散らした。
 
蚊取り線香もそろそろ灰になる頃に手を止め、夕風の中で缶麦酒を開けた。
缶麦酒片手に、乱雑に草が散らかる庭を眺めていると、
するすると蜥蜴が一匹、庭先に出てきた。
「余計なことしやがって」
そう言わんばかりの一瞥をくれ、
またするすると倉庫の下の暗がりに消えて行った。

3493声 湿り気

2016年06月01日

二三日前から、近所の紫陽花が色づき始めました。
今日は晴れていても空気は湿っぽく、梅雨の気配を感じる陽気。
そして、今日から一月のお付き合いは、私、抜井となり、
この章はさらに湿っぽくなる予定です。

 

それはそうと、堀澤さん、松屋に行き過ぎです。
腰の激痛、ガールズバーの呼び込み、他人の闇、隣人の狂気、
保険屋と市役所の板ばさみ。
伊藤若冲展からさわやかに始まった五月の章が、店が暇すぎて飲み過ぎ、
二日酔いで終わるなんて、こちらがやや焦りを覚えるほどの完成度です。
ひとまず、一月の間、お疲れ様でした。

3492声 今日でおしまい

2016年05月31日

5月も今日で終わり。
雲が多いが晴れ間も見えた。
私は二日酔い。
夕べ店が暇すぎて、飲み過ぎてしまった。
保険屋と市役所のせいではない。
5月のひとこえを一ヶ月担当して、5月はいい陽気の日が多いんだな、ということがあらためてわかった。
昨年までは主に4月だったのだが、4月の私は5月よりも調子がよくない。
それも今回改めてわかった。
天候によってこんなに違うんだなと思いながら、そういう、今その年その時を綴って行くことの中にも、このひとこえを書く意義みたいなものがあるのかもしれないとも思った。
後から読み返して、あの時はあぁだったと、誰かが確認できるように。
明日からまた抜井。
正月以来会っていないが元気だろうか。

3491声 いろいろある

2016年05月30日

終日曇り空。
少し肌寒い一日だった。
朝保険屋から連絡があり、補償費の計算根拠を提示される。
その根拠も額も、これがよくわからない。
「こういう事故の補償の場合は根拠がありそうでない」と、この後に及んでそんなことを言う。
だからその根拠をすり合わせるのが仕事だろうに、彼は何もしていないんだが、私にはそうとしか思えないんだが、なんでそう言えるのか。
事故は7ヶ月前。
そういう計算式ならば、最初からその計算式で提示してくればいい。
その間必要な根拠について何度も聞いた。
聞いて、時間をかけて根拠を準備して計算して提示したら、電話一本でおかしな結論を持って来た。
考えれば考えるほど、共感を見つけられない。
不幸の結末だ。
額の問題ではない。
全部肩透かし。
猫だまし。
そのつもりが案外なさそうなところが、余計に恐怖心を誘う。
払いたくない!とでも言ってくれれば、それをまず言ってもらった方がまだいい。
困ったなしかし。
昼過ぎに銀行へ行って、帰りに市役所へ。
Aの部署から連絡があり、市税の滞納があるようだから市役所へ来て、Bの部署に確認してくださいと言われて行ってきた。
Bの部署に行って確認したら納入済みということで、なんでそうなったのかと言うと、市民の税金納入確認システムが部署によって違うかららしい。
それをAの部署に伝えたら、わかりました、こちらで確認します、とのこと。
だったら最初から確認してくれたら、市役所まで行かなくて済んだのだけど。

毎日いろいろある。

3490声 舞台「不幸の家族」

2016年05月29日

落語家の立川志らく原作の舞台「不幸の家族」を見てきた。
元海上自衛隊の男2人とその家族の物語。
家族であることと男2人の友情が交錯したところに生まれる不幸の物語。
そこに恋が重なって、全員の関係が揺らぐ。
話の展開が現実的すれすれのところで進むのは、落語的だった。
あくまで現実を基軸としながら、その逸脱が絶妙に大きくなったものがイリュージョン。
私が勝手に考えた。
これが非現実となってしまうとファンタジー。
いずれにしても、逸脱感が大きくなればなるほど感情移入が難しくなる。
話のつなぎ目に感情が着いてゆけないから。
ましてやそこに笑いを盛り込めば尚更に。
文字通りてんこ盛りな内容だった。
なのに後半話が一気にシンプルになる。
プライドと優しさに挟まれた、どちらもリアルな葛藤と、その葛藤を飲み込みたくても飲み込めない切なさが、落語的了見の琴線を刺激してくる。
そのまた描き方が、シンプルなフレーズに乗っかるから余計に。
優しいってこういうことだ、というのに気づかされた時には時すでに遅し。
涙腺崩壊。
師匠のブルースハープがまた、よかった。

3489声 隣家から

2016年05月28日

隣の家のご主人が朝から怒鳴っている。
自己制御がまるで効いていないのはその音量でわかる。
2月位から時々こういうことがあって、4月が最もひどかった。
普通の時もある。
数日前にうちに町内会費の話をしに来た時はごく普通だった。
孫と遊んでいるのを見たことがあるが、ただの優しいおじいちゃんである。
これまでどんな人生だったのか知るべくもないが、今になって自分の尊厳を自分で保つための何かが足りないのだろう。
本人は苦しいのだろうか。
奥さんは苦しいと思う。
人間の脳はその基本構造として、自己認識機能を備えていない。
他人のことはわかるのに自分のことはわかりにくいという皮肉な構造をしている。
せめて最低限の浄化機能だけでもつけておいてくれたらよかったのに。
最近よくあるエアコンのお掃除機能みたいなのでいい。
神様は気が利かない。
この頃子猫の泣き声をよく聞く。
夕暮れ時に、明け方に。
仮に猫であっても、子供の泣き声はとても悲しく響く。
おじさんの怒鳴り声も、ある面においては悲しい。
二つの違いは、子猫の声は聞いている方にエネルギーを誘発するのに対して、おじさんの怒鳴り声はエネルギーを奪うばかり、というところか。
おじさんの尊厳を、おじさん自信が取り戻せることを祈りながら、怒鳴り声を聞いている。

3488声 メモ

2016年05月27日

この2週間の沈酔メモ。
・辛さは諦めを要求する
・他人の闇に興味がないとは、ミッキーの袋を膝の上に置いて終電に乗っている、みたいなことである
・酒を飲んでいると、誰も隣に座らない。ちーかまを食べていれば尚更
・なくなったらすぐに注いでくれるところがいい(ワイン会にて)
・子供は寝ていた(ワイン会にて)
・回避したさは自意識を強くし、欲しさは被害意識を強くする

・良識は黄身よりも白身の方にある

3487声 琴線のありか

2016年05月26日

久しぶりに伊勢崎へ。
駅前区画整理に伴う、公園整備の会議。
いろいろ形になってきた。
けれども、パッとする案もドキドキする案も、ほぼ出ない。
私も出ない。
そうすると、放っておくと、やっぱり流れはとても伊勢崎っぽくなる。
ディテールの違和感に対して無頓着なままことが進んでゆく。
琴線のありかが違う。
違和感を感じても、話し合いは代替案を出さなければただの文句になってしまう。
なので私につべこべ言う資格はあまりない。
それでもつべこべ言ってみたりはしたけれど。
あの会議に出ると、自分の能力のなさと体力のなさを思い知らされる。

3486声 板挟み

2016年05月25日

観音山の清水寺に行った。
参道の両脇には下から上まで紫陽花が植えられていて、花が咲くのを今かと待っているようだった。
日に日に緑が深くなる。
蚊も出はじめた。
夏ももう少しなのかもしれない。
銀行からちょくちょく電話が来る。

どうも保証協会が、保証を渋っているらしい。

税務署の、酒類製造免許許可見込み証明がほしいと。
ちゃんと免許出しますからお金を貸して大丈夫ですよ、という証明が。
税務署は税務署で、資金繰りが万端でなければ免許を出さないと言っている。
どちらもリスクを負いたくないのだろう。
俺に信用がなさすぎるだけか。
人間の闇にスポットを当て続けることをやめない、という性質に信用を見出して、金を貸してくれる人がどこかにいないだろうか。

3485声 松屋

2016年05月24日

深夜の1:52。
家の棟も三寸下がる、という時間。
駅前の温度計は23℃で、半袖で歩いていても気持ちがいい。
今日も松屋に寄る。
昨日も、一昨日も。
毎日来るのは、食べたくなるから。
昨日は牛飯と生ビール、一昨日はカレーと生ビール、今日は豚汁と生ビール。
ビールは7割がたおいしくないが、食べ物がおいしい。
おいしくて、安い。
豚汁と生ビールで330円である。
深夜の松屋は疲れている。
そこで普段通りの、いつもの高いテンションの若い男性店員のときは面食らう。
もう少し下げてもいい。
今日は店は暇だった。
街全体が閑散としている。
けれども外の空気は、とても気持ちがいい。
ローソンで缶ビールを買って、お堀端を歩いて帰ろう。

3484声 醸造タンク

2016年05月23日

醸造用圧力タンクの打ち合わせでタニコーの本社へ行く。
立派な会社だった。

黒革の椅子の会議室で、営業と設計の方の話を聞く。

営業と設計は本当に対照的だ。

営業の、基準が売ることから始まっていて、そこにつながっていることが判断基準になっている判断は、やはり違和感がある。

ここから、というときに、筋が通っているだけのいい加減な話をする。
国産タンクは割高だが、製品の扱いを含め今後のことを考えるとできれば国産にしたい。
「ビール会社は設備産業だ」と嬬恋高原ブルワリーの黒岩さんが言っていた。

つくづくお金がかかる。
群馬で、高崎でブルワリーが成り立つのかもよくわからないが、自分で作ったビールで乾杯できたらいいなとは思う。
それだけだと思う。
早くうまいビールを作れるようになりたい。
今日の東京はとても暑い。
昨日までの持ち越しも含め、歩き疲れた。
どこかでビールをのみたい。

3483声 昼酒営業の日

2016年05月22日

今日は昼営業のため午前中から出勤。
昨日は結局忙しく、閉店後飲んでいたら、明け方になっていた。
仕事量があったときはその分ゆっくりしてしまうのは昔からそうで、疲れているからまた時間が経つのも早い。
今日も早い時間から席は埋まり、忙しかった。
ビール樽がいつもと違う大きさのため冷蔵庫に入らないのと、交換用のヘッドとうちのタップが形状が一致せず取り付けできなかったのとで、取り寄せたビール全てをサーバーにつなぐことができなかった。
それを目当てに来てくれたお客さんには申し訳ないことをした。
キリンのヘッドは厄介だ。
閉店後近所の洋風居酒屋で一杯飲んで、その後松屋でカレーを食べて帰宅。
まだ飲んでいる人もいるが先に失礼した。
こういうときに一人で少しくつろげる店があると嬉しいが、今日は日曜日でそれらしい店はやっていない。
よく働いた週末だった。

3482声 初夏真っ盛り

2016年05月21日

鶏肉7枚、セロリ3本、うど1本、卵20個、みょうが4パック、レタス2玉、鰯10尾。
メモ。
玄米と炊飯器とビール代を持って行く。
サンドのペーパー。
買い物をして、店に行って仕込みをしながら営業。
それにしてもいい天気だ。
鳥がチュンチュンないている。

これだけ陽気がいいと鳥じゃなくてもなくと思う。
夕べは週末なのに暇だった。
今夜はどうだろうか。
足が鈍く重い。

3481声 朝帰り

2016年05月20日

イベント出店のための仕込みを終えて帰宅。

もう朝。

外は明るい。

さっき帰り道、猫の親子が目の前の道路を横断して行った。

親一匹に子供が四匹。

元気そうだった。

私は眠くてわけがわからない。

 

3480声 許したいかどうか

2016年05月19日

何かの問いかけをしたときに、バッサリ切り捨てるような言い方で返されることがある。
こうなると問いかけ自体にとてもエネルギーを使うようになる。
向こうからすれば今は問いかけられたくない、という心情なのだろうが、毎度それが続くと、どこまで許し続けられるだろうかと暗い気持ちにもなる。
こういうことを、かつても今も自分もしてきたんじゃないかと思うと、胸が痛い。
そもそも人の話を聞くのには、エネルギーがいる。
とくにその話の中にジャッジが多いと、なおさらである。
同意したくもないことに頷くのは嫌なものだ。
かと言って、バッサリ切り捨てるような応じ方も躊躇する。
自分がやられたら嫌だからである。
尊厳を預かる、という意識がやはり、接客業には必要なのだと思う。
接客業ばかりじゃないだろうが。
できれば聞いてやりたい、あるいは遮らないでいていたい、という意識は、歳を重ねるごとに強くなっている。
一方で、できれば聞きたくないジャッジ、どうしても違和感を拭えないものごとがある事実も、ごまかせなくなってきている。
ただそういうのは揺れるものだから、疲れや酒量によって簡単に変わってしまうものだから、割り引いて感じることも必要なのだと思う。

それとともに、その場の切り捨てや聞きたくないジャッジに振り回され過ぎないためにも、その目の前の相手の、今そのときは発揮されていないけれども確かにあるだろう何かに信頼を見出しておく必要がある。
私の場合は相手の何にその信頼を見出しているかと言うと、これは最近わかったのだが、その相手は他人の闇を許したい人かどうか、というところに、信頼を見出そうとしている。
勝手に。
勝手にだから、その人が自覚している必要はない。
たぶんそれが、人を信用する基準になっている。
だから逆に、たとえば最後の最後にその相手から、やっぱりこの闇は許せない、という同意になったときに、その人との関係も終わるのだと思う。
もちろんそのためには、そんな話になってしまったときには、闇がわかる、という前提が必要で、その前に、闇の自覚と葛藤、が必要なのだが。
私に闇はない、というのでは話にならないわけで。
ややこしいが、あくまでそれはそんな話になったときの場合で、そんな話にならないに越したことはない。
私にとって大事なのは、私の勝手な見立てと基準において、私を含めてその誰かは他人の闇を許したい人かどうか、ということなんだと、いろいろ経験してきた結果、私は思っているらしい。

厄介だが、そこまでしないと保てないのである。

決して、何かを宣言したいわけでもない。

3479声 床屋

2016年05月18日

銀行に書類を提出しに。
住所と名前だけでも20回近く書いた気がする。
あんなに書いたことは今までにない。
今の住所に越して半年経つが、時折郵便番号を思い出せないことがある。
今日で完全に覚えた。
家に戻る途中で床屋に寄った。
普段は伊勢崎の床屋に行くのだが、床屋に行こうとしていたときにギックリ腰になって伸び放題になっていた。
仕方がないので初めての店に。
床屋と言っても1000円で切ってくれるチェーン店が馴染みで、今回もチェーン店だが、500円高いチェーン店だった。
安物買いのくせに失敗するのが嫌なものだから、500円は安心料だと思って入った。
ところがいざ切ってもらったら、500円以上によかった気がしている。
実際には顔剃りと洗髪も含めて1800円に消費税だったが、それでもよかった。
私1人に対して3人が入れ替わり立ち替わりで切ったり剃ったり。
それがまた実に小気味いい。
久しぶりに顔を剃ってもらい、気持ちいい。
最後に顔を剃ってもらったのはいつだろうか。
少なくとも10年は剃っていなかったと思う。
10年ぶりか。
そうやって一つずつやらないことやできないことが増えているのだと思う。

3478声 街の歌声

2016年05月17日

朝から雨。
腰がまた痛い。
早起きをして市場へ。
今夜予約があって、その仕入れ。
いいきんきが入った。
午前中に設備と電気の関係の方と現場打ち合わせをした。
大まかに理解してもらえたと思う。
細かいところは今後も現場に顔を出して伝えていきたい。
今日はこれから早出の仕事。
松屋による時間がない。
そう言えば昨日松屋にいるときに地震があった。
仕事前に松屋で食べていて、店内で一斉に警報がなり出したと思ったら、お客の携帯の地震速報だった。
あれだけいっぺんに鳴るとたいしたことがなくても身構える。
地震が続いているから、また大きな地震がいつ来るやもしれないと思った。
本当に来たらどうするのか、少し位は考えておいた方がいいかもしれない。
店を出たら近くで歌声が聞こえた。
どこかのスピーカーから聞こえるのかと思ったら、ガールズバーの呼び込みをしている接客嬢が外で気持ち良さそうに歌っていた。
これがまた上手で驚いた。
飲み屋が連なるエリアなんだから、普段からもっと好き勝手に歌って欲しい。
平和なんだし。
仕事を終えて2時近く、同じビルの前で、もうそこに客引きはいなかったが、5,6階くらいまであるビルの上の方の階から、女性の声でカラオケが聞こえてきた。
同じ彼女だろうかと思った。
声がすこしかすれていたのは、同じ彼女かどうか以前に、深夜だからだと思った。

3477声 証明書類

2016年05月16日

終日曇り空。
納税証明をもらいに合同庁舎へ。
そのあと土地の地図などの記載書類をもらいに法務局へ。
二つは離れた場所にあるのだが、ここも合同庁舎と書いてある。
確か前のが群馬県高崎合同庁舎。
後のは高崎地方合同庁舎。
県と国の違いなのだろうか。
紛らわしい。
銀行に提出する書類はほぼ揃った。
少しずつだが、進んでいる。
毎日少しずつ。
毎日、が大事。