日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2399声 「北海道麦酒漬紀行」第一日目

2015年05月04日

肉を麦酒で漬けると柔らかくなると言う。
ならば、今日の私の肉はほろほろと溶けるような食感が楽しめるはず。
朝から麦酒工場の見学へ行き、その後、当然のことながら試飲でがぶがぶ飲んだ。
「一番搾り」における「一番麦汁」の効用を暗誦しつつ、
一番搾り、ラガー、スタウトと、代わる代わるグラスの色を染めた。
普段は酒場の片隅で、何某の麦酒を云々しているが、麦酒も生鮮食品、
つまるところ新鮮なものは美味いのである。
その後、当然のことながら併設されているレストランに腰を据え、
ジョッキの柄を握りしめていたのは言うまでもない。
窓からは、風の流れに散る鮮やかな蝦夷山桜が見えた。
今日三回目であるが、その後、当然のことながら、
千歳市内にあるアサヒビール園なるビアホールへ移動し、
まだまだ、ジョッキの柄を離さない。
麒麟から朝日へと節操が無いのだが、この麦酒のちゃんぽんは至福である。

2398声 罫線

2015年05月03日

北海道では長袖一枚では寒く、
札幌市内に着くと、ウインドブレーカーを一枚羽織って丁度良いくらいの気温。
それを羽織っているのが旅行者で、薄着で街を闊歩しているのが地元民と言う、
大変わかりやすい人の往来であった。
札幌市内の桜は、いままさに散り際。
すでに葉桜になっている木も多数あり、
大通公園ではライラックが最盛を最盛を迎えようとしていた。
市内の植物園へ行き、木々の間を跳ねる蝦夷栗鼠の姿に感動していると、
すぐ隣にも、メモ帳を片手に栗鼠を凝視する年配の一団。
横目にメモ帳を覗き見ると、罫線が縦であった。
言わずもがな、私と同じ人種である。
「ひとつお手合わせ…」などと、流離の浪人のようには振る舞えず、
先ほどの蝦夷栗鼠のごとく、木立の陰に身を寄せてしまった。

2397声 夢中

2015年05月02日

葉桜をすべる日差しが瑞々しい。
わたわたしている間に桜が散ってしまった。
今年はめぐり合わせの悪さと、生来の出不精が重なり、
花見らしい花見を一度もしなかった。
よって、「桜」に関する俳句がどうにも不作であった。
その穴を埋めるように、今日から北海道へ桜を観に行く。
北海道なら、ゴールデンウイーク期間でも花見が出来る。
桜を観に行ったとて、興がのらず酒ばかり飲んで、
ぐでぐでしていることがしばしばある。
ましてや北海道は札幌。
サッポロビールの誘惑に勝てず、今回もそうなってしまう可能性が大である。
しかし、そよぐ若葉を眺めているとなんだか心が急いて、
何かに夢中にならざるを得ないのである。

2396声 主人

2015年05月01日

毎年のことであるが、昭和の日からゴールデンウィークにかけて、
降り注ぐ日差しが一挙に夏めく。
5月1日の今日も、例外なく快晴の夏日。
大人は青白い顔をして木陰にうずくまり、子供は素っ裸で噴水へ突撃している。
昨晩、群馬県桐生市にある銭湯の主人から連絡があった。
着信履歴が残っていて、まだかけ直していない。
ご主人は年に一度くらいのペースで、電話をくれる。
その時は、必ず酔っている。
前回は、湯銭値上げの件で組合と揉めたらしく、
小一時間ほど県内の浴場事情に憤慨してから、酒が切れたのか、
「まぁ、よろしく」と唐突に明るく電話を終えた。

都内の銭湯に比べ、地方の銭湯は風通しが良い気がする。
出歯亀をする人もなかろうと言うことで、いつも窓が開けてある。
今の時節、湯上りに触れる若葉風の心地よさはたまらない。
電話を見つめながら、そんな爽快な思い出に浸るばかりで、
すぐにかけ直せずにいる。

今日から抜井です。

2395声 夏に備える

2015年04月30日

暖かい。
このひと月で随分気温が上がった。
今年の夏は暑いのだろうか。
体が欲しがる食べ物も飲み物も夏モードになってきている。
食べ物ならば流し込み系、飲み物ならば浴びる系が欲しくなる。
食べ方も、流し込むように、飲み方も、浴びるように、したくなる。
ちなみに私にとってワインは浴びる系、日本酒は迎えにいく系。
それはさておき、とにかく、よく噛んで食べた方がいい。
そう言えば昨年大腸がんが、日本人の癌の中で最も多くなったという。
腸は発酵臓器で、体の根本的な活力、免疫力を作り出しているのが腸である。
ここが弱るということは生命力が弱っているということになる。
腸のことを思えば腸が欲しがる食べ物を食べる必要があるが、その前にまず腸が欲しがる食べ方で食べ物を腸に送り込んでやることの方が大事なのだと思う。
発酵しやすい状態で送り込んでやる。
それにはよく噛むしかない。
噛んで砕いてすりつぶして唾液と混ぜてやると、大体の食べ物は発酵のための餌としてもってこいの状態になる。
腸のことを思ったら、噛んだ方がいい。
あまり食べない、のはさらにいい。

ではまた。

真夏の8月に。

 

明日から抜井です。

2394声 ゴールデンウィーク

2015年04月29日

連休初日。
このところの好天はまだ続いている。
6日まで休みならば8連休になる。
すごいことだ。
お客さんの表情もいつもとは違った。
仕事の緊張から解放されていい顔をしている。
酒を飲みながらゆっくり休んでもらえたらそれが一番いい。

2393声 グルッペ

2015年04月28日

久しぶりにグルッペにそばを食べに行った。
伊勢崎の緑町にあるそばも出す喫茶店である。
ママはいくつになったのだろう。
確かうちのお袋よりは上だったと思うから70前後か。
昔この界隈で飲み歩いては最後にグルッペのそばを食べた。
どんなに酔っていても必ず瓶ビールだけは頼んだ。
そうすると柿の種が出てくる。
飲みきれないことも何度もあった。
ここのもりそばには必ず薬味としてねぎ、きゅうり、わかめ、天かすがついてくる。
これは好きなだけ食べて構わない。
とくにそう言われたわけでもないが、遠慮もなく好きなだけ食べていた。
こちらから話さなければ、とくにママは話しかけてこない。
そばはいつもうまい。
もう15年くらい前のことである。
ママは歳をとった。
私も同じだけ歳をとった。
グルッペは名店のしきたりに書いたろうか。
何も残さずこの店が終わったら後悔しそうだ。

2392声 平日の昼間から

2015年04月27日

今日は隣の洋服屋の企画展に合わせて昼営業をした。
快晴の月曜日だった。
本来ならば定休日で、しかも平日だからそう人は来ない。
ならばと昼間から外にテーブルを出して、飲んでいた。
うちの店は高崎駅近くの大通りに面している。
平日の往来は人も車もきびきびと動く。
前日の日曜日も営業したのだが、昨日とはまるで違って、平日はあまり目的のなさそうな足取りが逆に目立ってしまう。
サンダルにかんかん帽でゆるゆると歩いているおじいさんだとか。
スーツは来ているものの仕事にいく感じではない若者だとか。
世の中のペースに沿わない人がいると、街に幅ができる。
幅ができると安心感が生まれる。

2514声 こんなことして遊んでた

2015年04月27日

店の片付けは少しずつ進んでいる。
今日は主に書類、プリント関係の整理。
この10年くらいのあれこれが写真とともにどっと出てきた。
流石に10年前は若いよね。
あと10年経ったら、きっとまた今の写真を見て同じことを思うのだろう。
おそらく7、8年前だと思うが、七夕の時にやった句会の俳句が出てきた。
飲食店とはまるで関係ないが、こういうイベントごとの書類が多い。
その時の句を幾つか紹介したい。
誰の詠んだものかはほとんどわかりません。
「年一度顔見るくらいがちょうどいい」
これはもはや俳句ではない。
でも嫌いじゃない。
「彦星も今宵ばかりは朝帰り」
「七夕に棚ぼたを待つ祭りの日」
「天の川出会うことなく三途の川」
「叶うなら短冊よりも金をくれ」
ひどい。
こんなのばっかりだ。
最後に好きなのを二つ。
これだけは詠んだ人を覚えている。
元気にしてるかねぇ。
では。
「織姫に紹介してよとかぐや姫」
「天の川渡りきれずに流れ星」

2391声 ありがたみ

2015年04月26日

酒がありがたいのは、酔ってもいいという時間がありがたいということでもある。

だから酒のありがたみが身に沁みないのは、暇なのかもしれない。

2390声 辛口

2015年04月25日

お客さんが日本酒を注文する時、大抵の方が「辛口をください」と言う。
これは「口の中で重くない日本酒」ということだと思うけれど、辛さの基準はその人によっていろいろだから難しい。
たとえば酸が高いとその刺激で甘口でも軽く、辛く感じる。
あるいはアルコール度の高さもそれが高ければ重くなる。
アルコールは刺激だから高ければ辛く感じるのだが、口の中で重ければそれはお客さんの欲しい辛口とは違う。
甘口でも雑味が少なければこれも辛く感じたりする。
その辛口の判断が口に入れた直後なのか飲み終えた後なのか、二口目、三口目の判断なのかでも違う。
口に入れてすぐ甘味が上がってきれいにスッと切れていく酒は軽さを感じる。
逆に口に入れた時の甘みの盛り上がりはそれほどでもなく平坦でも、後半に雑味が出てくると重く感じる。
結局、それぞれ違う辛さの基準を把握するよりも、まず先にその人の欲しい甘味がどのくらいのところに設定されているのかを考える方が間違いが少ない。
ライトボディなのかミディアムなのかフルなのかというような。

ミディアムの中のライトなのかミディアムの中のミディアムなのかミディアムの中のフルなのか、くらいは考える。

2389声 選挙

2015年04月24日

選挙カーの声が日増しに大きくなる。
投票日が近づくと音が大きくなるのは昔から変わらない。
相手が誰だかわからないけれどひたすらお願いする、という候補者のスタイルも昔から変わらない。
選挙が終盤になってお願いの声に力がこもる。
理由は終盤になったこと、だけではかもしれない。
終盤になってお願いに疲れて力が出なくなる、ということだってあってもいいのだから。
お願いってそんなに楽なことではない。
お願いをするというのは、お願いを聞いた側に向き合う約束をするということである。
体力に自信がなければ、そう簡単には約束できないだろう。
もちろんそんなこと考えてなければできてしまうかもしれないが。
選挙は、お願いを禁止した方が候補者の人柄、伝えたいことが伝わりやすくなると思うのだが。

2388声 暑かった

2015年04月23日

汗ばむくらいの陽気だった。
半袖の人も多く見かけた。
この先が出てこない。
こういう日もあります。

街路樹のハナミズキが満開で。
いつから街路樹はハナミズキになったのだろう?
ハナミズキはラグジュアリーである。
キュートか。
銀杏並木はどこへ行った。

2387声 隙間

2015年04月22日

お客さんと話していたら、街の隙間、についての話になった。

この「隙間」はちょっと前に書いた「空白」と同じようなもので、人によってはそれがあるからやっと安心できるというような、その大事さは案外気づかれずにほったらかしにされている場所、のことだと思う。
街には、スポットライトの当たらない隙間がたくさんある。
そういう隙間のないことに窮屈を感じるという、今となっては当たり前なのかどうなのかすらよくわからないこういう話は、なかなか普通にできる機会がありそうでない。
街には隙間があって、隙間があるから生きていられるのだけれど、経済原理は隙間から排除して行く構造になっている。
街にある隙間は、そのまま心の隙間の投影である。
それがあるから人間は人間でいられる、ということでもあるかもしれない心の隙間は、やっぱり経済原理にさらされると容赦無く排除されて、、というよりそれは人間の側の問題で、人間が経済原理に身を任せてしまうと、経済原理はほっとけば心の隙間も均一に平らにならしてしまう。
そのお客さんは、街の隙間を少しでも埋められたらと思って、という言い方をして、コミュニティ大学をやっている。
それはそのまま心の隙間を埋めることで。
隙間は誰にでもある、のだと思う。
ところがそれが埋まる、というのは結果であって、その前に当たり前だが、そこに隙間があるということに気づく、がないと始まらない。
だからまず、光を当ててそれが隙間であることに気づく、という順番があって、その上でどうやったらその隙間が埋まるか考える、がないと、埋まるものも埋まらない。
埋めるのはそう簡単なことでもない。
手順だけ考えても大変な上に、およそ隙間に気づかされるきっかけは外から光が当たることで気づく場合が多いから、気づくという段階ではその大変さに気づかないことが多い。
外からの光は長続きしない。
いつかは自分で光を当てていかないといけないときが来る。
これが大変なんでね。
それでまた、隙間には隙間である理由もあって、つまりそれは気づかなければ楽でいられたかもしれないようなある種の闇、であることも多いから。
闇に外から光が当たると気持ちいいけれど、光の当て方もその埋め方もよくわからないのに自分で光を当てるのはたいへん、なので。
だから、街の隙間を埋める、というのは、美辞麗句なんかでは決してないんだね。
美辞麗句なんかでは決してないのがわかった上で楽しんだらいいじゃん、みたいなものではあると思うけれど。
そこに感動があるよ、みたいなものかもしれないな。
あー、いいこと言った。
もう言うことない。
明日から抜井にバトンタッチしたい。

2386声 コーヒー

2015年04月21日

私はコーヒーが飲めない。
飲めるが飲むと頭が痛くなるか気持ち悪くなる。
だから怖くて飲めない。
それなのに仕事の都合でコーヒーを淹れることになった。
初めての体験になる。
引き立ての豆に向かって、口の長いやかんでちょろちょろとお湯を注ぐ。
そうするとなんとも言えず深く甘い香りが立ち上ってくる。
こんないい気分の香りなのに気分がいいのは香りまで。
飲んだらとたんに頭痛が始まる。
なんて皮肉なのだろう。
仕事とはいえいい機会だから、少しずつ慣らしていってコーヒーを飲めるようになれたら嬉しい。
始めて淹れたコーヒーは、なんだかよくわからない酸っぱい飲み物になった。
コーヒーに申し訳ないので、せめてちゃんと淹れられるようにならないといけない。

2385声 暖かい

2015年04月20日

暖かくなってきた。
夜部屋にいて、暖房をつけずに壁に寄りかかってこうして文章を書こうという気になるくらいの気温はやっぱり暖かい。
暖かいと過ごしやすい。

2384声 中之条町

2015年04月19日

中之条町に行ってきた。

街中はもう桜は散っているが、山に少し入ると、満開だった。
こればかりは何度見てもいい。
伊勢崎は4月に入ってすぐに満開になったから、半月くらいの違いがある。
早くも田植えの準備が始まっていて、こちらに関しては伊勢崎よりも随分と早い。
伊勢崎は麦が終わって田植えのところが多いから、7月にならないと田んぼに水は入らない。
里山に水田の景色は情緒がある。
中之条に行くたびに思うことだが、空気がおいしい。
山ならばどこでもそうかと言われるとそうでもない気がしている。
中之条で何度も同じように感じるのは、好みなのではないか。
きっと空気にも味がある。

2383声 タックル

2015年04月18日

何かガサガサと音がした。

他の部屋の住人が朝から掃除でもしてるのかと思ってもう一度寝直そうとしたら、やっぱりもう一度音がする。

どうもこの部屋らしい。
朝日の当たるカーテン越しに小さな虫の影を見つけて、これだと思ってカーテンを開けたら、そこに羽根をバタつかせて、てんとう虫がいた。
てんとう虫を見るのはいつ以来か。
てんとう虫は私にとってはタックルである。
仮面ライダーストロンガーと一緒に戦う電波人間の。
電波人間タックル。
名前がタックル。
仮面ライダーは虫である。
タックルは仮面ライダーではないが、てんとう虫をモチーフにした改造人間であり、ヒロイン、つまり女性である。
仮面ライダーのヒロインとしてはたぶん唯一の改造人間だと思う。
調べた。
間違いなさそうだ。