日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

996声 稲光

2010年09月22日

へこたれてしまう。
くらいに、暑い。
東京都心において、今日、最高気温が30度を超えた。
これによって、真夏日の年間日数が2004年の70日を更新して71日となり、
過去最多を記録したらしい。
つまり、統計開始以来、一番暑い夏であったのだ。
それでも、今日は中秋の名月。
しかし、関東地方では夕方から雷。
澄んだ空に浮かぶ満月を観賞する筈が、
黒雲に走る稲光を鑑賞する事になってしまった。
現在時刻は午後11時。
雨は上がったのだが、群馬県高崎市からでは、
どうやら名月は拝めそうにない。
去年の今時分は、丁度、群馬の銭湯本を刊行しようと志していた頃。
未だ、「群馬伝統銭湯大全」なんて名前も考え付いていなく、
茫漠と書籍(のような物)にしてみようと考えていた頃だ。
同時に、「自分に本当に出来るのだろうか」と、不安も抱えていた。
そう言う人間には、名月よりも稲光の方が似合う。
一年経って、在庫本の埃を払っている、現在の私には、
名月を覆う夜の曇天が似合っているような気がする。
さればこそ、稲光よ、もう一度。
【天候】
終日、雲も疎らなる秋晴れ。
依然として、残暑甚だし。

995声 敬老の日の悪人

2010年09月21日

今日は運動会の振り替え休日。
って事で、近所の小学校が休み。
それを知ったのは、今朝、通勤の時。
いつも、登校班で列になって行く筈の子供たちが、
沿道に見えなかったからである。
小学校の脇を通ると、お母さんであろうか、低学年生と思しき娘と一緒に、
鉄棒で坂上がりの練習していた。
そう言えば、敬老の日で祝日だった昨日。
高崎市街に映画を観に行ったのだが、館内に溢れかえっているのは、学生。
若者の洪水だった。
掻き分けながら入場し、スクリーンで開演待っていた映画は、『悪人』である。
先頃、カナダのモントリオール世界映画祭において、
ヒロイン役を演じた深津絵里さんが、最優秀女優賞を獲得した映画。
だから、と言う訳でもないが、吉田修一さんの原作に対する好奇心も相まって、
原作を読む前に観てしまった。
映画評。
など、私には出来そうも無いので、感想を少し。
物語の全体を包んでいるのは、「閉塞感」であった。
若者誰しもが内包している、性の鬱屈、生活の倦怠、精神の孤独。
それらが、複雑に絡まり合う。
そのこんがらがった糸を、解かず切ってしまう事で起こる、殺人。
それは被害者と加害者を生み、同時に、被害者の家族と加害者の家族をも生む。
誰しもが持つ「悪」によってもたらされる、悲劇。
市井のどこにでもいる人たちを描いた作品だけに、
観客は、登場人物の誰にか感情移入して観る事が出来るのではなかろうか。
夜の海原を照らし続ける、孤独な灯台の如く、いつまでも彷徨える心。
しかし、登場人物の背景描写が薄く、見終えてから、
原作を読まねばと言う思いに至った。
俳優陣の演技は秀逸で、特に、主演の妻夫木聡さんには、鬼気迫るものを感じた。
【天候】
終日、雲も疎らな晴れ。
朝晩は涼しいが、日中は残暑甚だし。
巷には、未だ半袖の人、多数。

994声 温度計の逆回し

2010年09月20日

夏季は冷涼。
とは聞いていたが、9月現在の気候はもはや寒冷に近く、とても驚いた。
長野県は蓼科高原が、である。
昨日。
諏訪湖から群馬への帰路は、山梨方面へ下って白樺湖へ周り、
蓼科高原を通って来た。
峠道には、のんびり屋の鹿が一匹、ガードレール脇で草を食んでいた。
そんな、白樺が林立する高原風景。
諏訪湖の気温は、半袖で、軽く走ると汗ばむくらい。
それが、諏訪湖辺りから、およそ1,000m登った蓼科高原では、
長袖にジャケットを羽織って、丁度良いくらいの気温。
その体感気温は、もう晩秋であった。
白樺湖畔のコンビニで休んでいると、低いエンジン音を轟かせながら、
バイクの一団が入って来た。
ハーレーのチョッパーに乗ったライダーたちの半数が、
薄手のダウンジャケットを着用していたのには、いささか驚いた。
長野県佐久市から群馬県上野村へ入り、南牧村、下仁田町、富岡市を抜け、
ようやく高崎市へ着いた。
車を降りると、温度計を一気に逆回しに戻したかのごとく、残暑。
先程まで、蓼科に居たせいか、半袖でも暑く感じる。
しかし、冷えた生ビールを飲む時には、こちらの方が好適な気温である。
【天候】
朝から雨。
午後には雨降り止み、雲の切れ間から薄日射す。
夜半になっても、いささか蒸し暑し。

993声 石仏の妙味

2010年09月19日

「万治の石仏」
ちゅう、有名な石仏があって、かねがね見物したいと思っていた。
明日が敬老の日で休み、よって今日の日曜日は3連休の中日。
丁度、誂え向きの日取りなので、行って来た。
長野県は諏訪湖の畔まで。
正確な場所は、長野県下諏訪市東山田字石仏。
「字石仏」と言う地名からして、魅力的な匂いを感じる。
「万治3年11月1日」と石仏の胴に刻まれている事から、
万治の石仏と呼ばれる様になった。
万治ってのは、江戸時代の1658年から1660年の年号。
時の将軍は徳川家綱。
それ以外は、数々の伝説を残している、謎の石仏なのである。
岡本太郎がこの石仏を絶賛した。
と言うエピソードは、観光向きの情報として、広く伝えられている。
確かに、現地に行って見ると、万治の石仏と周辺景観の妙に、圧倒される。
やはり、一番適当な形容が、「妙」。
妙な雰囲気なのである。
【天候】
終日、雲多くも秋晴れの一日。

992声 難攻不落の女 後編

2010年09月18日

昨日の続き。
佐々木女史。
そしてその友人共に、酒には滅法強い。
これが、男性陣敗北の一番の原因になってしまうのだが、話を進める。
何度目かの杯のやり取りの後、酒を進める後輩が、明らかに泥酔状態になってきた。
佐々木女史は、いつもの伝で、ビールジョッキ片手に平静を保っている。
ジョッキを傾けている佐々木女史の耳に入って来たのは、
呂律のもつれた男性陣の会話。
後輩が、先輩の方にしなだれかかって、なにやら耳打ちしている。
その声が、泥酔している事もあり、耳打ちから漏れ聞こえてくる。
「先輩、もうそーとー呑ましてるんですがね、相手のおんなども、
一向に潰れそうにないっすよ」
と言う様な塩梅の会話。
その瞬間に、否、佐々木女史と友人は、序盤から男性陣の魂胆に気付いていた。
つまり、「自分とその友人を酔い潰して、何かヨカラヌコトを企んでいるのであろう」と。
「それでどうなったんですか」
佐々木女史の酒癖を知っている私は、なんだか、男性陣に同情する様な心持で、
話のオチをせがんだ。
「友だちと呑み直して帰って来たわよ」
ビールジョッキを豪快に煽りながら、そう言い捨てた、佐々木女史。
男性陣は店で潰れてしまって、佐々木女史はそそくさと友人を引き連れ、
馴染みの店で飲み直して帰った、と言う。
なんとも、百戦錬磨の身のこなしである。
「そう言う場に居て、こわくないんですか」
一応、私は佐々木女史の後輩であるので、気を使って聞いてみた。
「アンタみたいなヒョロっちいのがいくら来ても、こわかないわよ」
私は、相手が悪かったと、ますます男性に同情すると共に、
二人組の仕掛けた、その安直な作戦を軽侮した。
そんな、とりとめもない昔の思い出話が、ふと思い浮かんだ。
時を経て、あの時佐々木女史の小噺に笑い転げていた私が、
現在は、結婚相談の勧誘を受ける年齢になってしまった。
その話を思い浮かべ、脳内劇場で芝居になぞらえると、
どうもその間抜けな後輩の役が、自分に適役のように思えてならないのである。
【天候】
終日、綿菓子の出来そこないの様な雲が、ぼんやりと浮かんでいた秋晴れ。
近隣の小学校でかいさいされているのであろう。
運動会の声が、風に乗って聞こえて来た。

991声 難攻不落の女 前編

2010年09月17日

「はい、抜井です」
「抜井さんのお宅でしょうか」
「はい、そうです」
「諒一さんは御在宅でしょうか」
「はい、本人です」
「左様ですか。私、結婚相談をさせて頂いております○○と言う会社の者ですが」
この類の電話が、2月に1度くらいの頻度でかかってくる。
私の個人情報をどこでどう調べたのか、甚だ疑問である。
しかし、私は元来、生活の中で自らの個人情報を軽んじている傾向があるので、
その疑問を、左程追求してみようと言う気も起こらない。
それよりも、自分がその類の会社の名簿の中に記載され、
営業の対象となっている事の方が、俄かに信じられない。
昔、私が現在の会社に入社したばかりなので、23,4歳の頃。
知人に当時、32,3歳くらいであった女性がいた。
何かの酒席での事、その女性、
佐々木さん(仮名)が自らの「婚活体験」を話し始めた。
多少酔っているので、雰囲気は慣れた小噺のようであった。
この、佐々木女史。
20代後半に差し掛かると、いよいよ、結婚を視野に入れた活動に勤しみ始めた。
友達の飲み会、知り合いの知り合いとして参加する合コン、
果てはお見合いパーティー。
一見すると、黙っていてもモテそうなタイプに見えたので、話が余計に面白い。
その中で、友達と参加したと或る飲み会での一件の話。
その日、佐々木女史はいつものように、友人二人と知り合いの男性二人が参加する、
謂わば、2対2の合コンの席に居た。
ビールで乾杯し、話も滞りなく進み、雰囲気も悪くない。
しかし佐々木女史、ある一点だけが、妙に気になりだした。
それは、相手の男性。
どうやら先輩と後輩の関係にあるらしい、後輩の方が、
佐々木女史にしつこく酒を勧める事。
佐々木女史も嫌いじゃない。
勢い良く杯を空けると、相手が踊りださんばかりに喜ぶ。
そして、喜んでいる後輩に、返杯。
さて、相手の勧めるまま、杯を空けて行く佐々木女史を待っていたものとは。
明日へ続く。
【天候】
朝より、鰯雲の浮かぶ秋空。
日中は薄日射し、いささか残暑の気配は消え気なぬが、終日、穏やかな秋晴れ。

990声 その日のお天気

2010年09月16日

数日前から、この日刊「鶴のひとこえ」を更新する際に、
その日の「天候」を記する事にした。
それは、先日読んでいた、内田百?に関する、吉行淳之介が書いた随筆の一節による。
吉行淳之介が戦後、内田百?の戦時下に執筆された随筆を読んでいると、
そこに記されていた当時の天気が、
大いに記憶を喚起させた(ちと記憶が曖昧だが、おそらくそうである)。
と、言う一節。
因みに、吉行淳之介が育った麹町では、内田百?も暮らしていた。
つまり、お互い、同じ町内の住人だったのである。
或る日、吉行宅に届いていた新聞に、手書きのチラシが折り込まれていた。
その筆で手書きされた文面を読むと、猫を探しているらしい。
それは、百?が愛猫「ノラ」を探す為に書いたチラシだった。
と言うエピソードもある。
そうか、と思った。
私など、永井荷風の「断腸亭日乗」などを捲っていて、
時折、書かれているその日の天候描写を読むと、生まれる以前の出来事なのだが、
妙に近しい印象を受ける。
記憶で無く、想像力が喚起されるのであろう。
そんな事を考えていて、こうやって、折角毎日書いているんだから、
その日の天候くらい記しておこうと思い立った。
内容が薄いので、後から読み返した場合、天候くらいは役に立つのでは。
と言う腹積もりもある。
記載するのは、私が住んでいる、群馬県高崎市の天候であり、
もし出掛けた際には、その土地の天候と言う事になる。
しかし、いつまで続く分からぬし、読者も、殆ど群馬県内の人と推察されるので、
良しとする。
【天候】
終日、冷たい雨。
夕方に雨上がり、夜には虫が鳴いていた。

989声 愛煙家の受難

2010年09月15日

「これ」と決めると、同じものを食べる癖がある。
行きつけの食堂へ行くと、「ラーメン定食」を注文する。
一度、ラーメン定食と決めてしまうと、夏でも冬でも、
頑としてそれを注文している。
と言っても、店のおばちゃんなどは、暖簾をくぐって来た私の顔を見るや否や、
伝票に「ラーメン定1」と書いている。
私は只、席に着いて黙っていれば事足りる、と言う仕組みに、いつの頃かなった。
その店の厨房で鍋を振るっているのは、私と同級の幼馴染。
今日、彼と雑談していると、煙草の話になった。
来月の1日から、たばこ税が増税となり、1本あたり3.5円の値上げとなる。
それに加え、製造メーカーにおいても、1本あたり1.5円の値上げ価格が上乗せになり、
合計すると、1本あたり5円値上がりすることになる。
早い話、1箱に20本入りのマイルドセブンの価格が、税込300円から410円、
つまり110円上がる訳だ。
銘柄によって、その価格に多少の差異はある。
それを受けた彼は、駆け込みで、煙草を買い溜めしているらしい。
しかし、いよいよとなったら、価格の安い銘柄に鞍替えする事も、
視野に入れていると言う。
愛煙家と言うのは、それぞれに好きな銘柄を持っているものである。
その銘柄の吸い慣れた煙草から、味の馴染まない煙草に替えるのは、
さぞや心苦しいだろう。
私は煙草は飲まないので、好きな麦酒に照らし合わせて考えると、
煙草飲みの心中を察する。
コンビニの冷蔵庫を開け、麦酒を横目に発泡酒、でもなく、懐具合を考慮して、
所謂、第3の麦酒を取り出している心境であろう。
「これを機に止める」
と言う所までは、踏み切れないらしい。
彼の様な鞍替え組が大勢出れば、価格帯の低い銘柄種類が、
増えるのではなかろうか。
そして、価格帯の高い銘柄は、現在の葉巻の如く、高級嗜好品になって行く。
そんな気がする。
【天候】
朝から小雨交じりの曇天。
昨日との気温差も5、6度程度あり、半袖では、肌寒く感じた。
夕方に小雨が降り、夜は涼く、今日を境に、寝具はすっかり秋物となる。

988声 もの思わせる秋

2010年09月14日

未だ、コンビニへ寄った際にはアイスコーヒーを買っている。
しかし、今宵に吹き来る秋風は、私にホットコーヒーを恋しくさせた。
いつになく、随筆調な書き出し。
どうやら筆者、秋気が澄み、虫の音が響き渡る夜風が、身に沁みているらしい。
実は、ここのところ数日、寝不足である。
仕事などで徹夜している訳では無く、只、こうやって、
机の前に座ってあれこれ考えていると、忽ち、夜半。
それからどうにか、冷や汗をかく思いで、文章に目鼻を付け、ここに載せる。
時刻は既に、丑三つ時。
急いで、寝床にもぐり込む。
潜り込んでから、付けた目鼻がチグハグになっている事に気付き、
腑に落ちない心持を抱いたまま、眠るのである。
寝不足なので、当然、昼間眠い。
なので、コーヒーを飲む頻度が著しく増えているのだ。
懐具合から考えても、とても効率が悪い。
では毎晩、サラリと書いて、スラリと寝れば良い。
それが出来ない。
秋が拍車をかけて、毎晩、「もの思わせる」からだ。
もの思いに耽っていると、本棚の黒い背表紙。
「もの思う葦」
なんて言う太宰治の新潮文庫が目に止まって、読み始める。
巧みなる弱さ。
改めて感じて、また本棚に戻して、虚空を見つめる。
とりとめもない考えを、ひとつ引っ張り出して、終える。
例えば100万円の車を買う時、10万円のオプションなど、微々たる金額に感じる。
かかる10万円を、目前の100万円と比べているからである。
その伝で、大きな希望を持っていれば、小さな絶望に直面した際、
翻弄されずに済むのではないか。
かかる絶望を克服する為に必要なのは、広大であり巨大な希望である。
【天候】
終日、雲が泳ぐ秋晴れ。
黄昏時、夕立が足早に通り、秋気澄む。

987声 日々のほろほろ

2010年09月13日

去年くらいからだろうか、9月の連休の事を、
「シルバーウイーク」なんて言い始めたのは。
巷の勤め人(私もその端くれである)連中は、
宿泊の予約と渋滞の懸念で大忙しである。
去年の今時分。
「来年は高速道路が無料化が実現している」
などとタカをくくっていた人たちも、依然として先行きが見えない状況と、
政治の時局を鑑みて、自家用車にETCを装着している模様。
「土日祝日1,000円乗り放題」
ってのを、甘んじて受け入れている。
私はと言うと、「今更」と言う言葉が邪魔をして、どうにも購入に踏み切れない。
しかし、1,000円は魅力である。
その伝で行くと、地上デジタル放送対応のテレビ。
なんてのも、広告などを見ると、
「今更」と言う言葉が脳裏にこだましてしまう。
ここでもまた、エコポイントってのが、私を誘惑する。
政府の政策に、日々ほろほろと翻弄されながらも、
私たちはやはり国家を意識せねばならない。
そうしなければ、いつまでたっても私たちは、
落ち着いて芝居が観られないのではないか。
と言う怪しげな文章を、何故、ETCの一つも買えない様な私が、
夜な夜な製造しなくてはならないのか。
結局、問題は、目下の侘びしい現実に回帰する。
【天候】
朝、小雨のち晴れ。
午後、風が強かったせいもあって空気が澄み、
鰯雲に照る美しい夕焼けとなる。

986声 茨城の銭湯へ出発

2010年09月12日

遂に、足を踏み入れてしまった。
茨城県へ、である。
今日訪れたのは、茨城県古河市。
その場所は、群馬県の鶴舞う形のくちばし部分にある、板倉町の先。
隣接こそしていないものの、渡良瀬遊水地を挟んだ、直ぐ向こう側である。
高崎市からは、一般道でおよそ2時間。
自宅からの距離は、往復150km程度だった。
目指すは、勿論、銭湯。
古河市には、古河駅程近くに1軒、伝統的な銭湯が営業しているのみ。
その名を、「古河浴場」と言う。
古河市内は城下町の面影を残す、古風な景観が残る街並み。
その街並みに調和する事なく、都会的なビル型銭湯だった。
しかし、褪せた暖簾の先には、創業50数年を経た情緒が残されている。
その純度は高い。
番台の親父さんに伺うと、過去、古河市内だけで、
9軒の銭湯がひしめき合っていたらしい。
古河城下が如何に繁栄していたか、の証拠である。
現在は、古河浴場1軒のみの灯火となってしまったが、
早い時間からお客さんが絶えない状況を見て、少し安心した。
今回、初めて出逢った物がある。
それは、浴室内に設置されている、ひとつの蛇口。
それも、公園の水飲み場に有る様な、噴水型の蛇口なのである。
これで、のどが乾いたら水を飲めるので、脱水症状防止になる。
茨城の銭湯。
何か、オモシロい事になって来そうな予感がする。
【天候】
晴れなれど雲多し。
残暑、甚だ蒸し暑し。

985声 冷たいおでん

2010年09月11日

終日快晴。
夕方より雲多し。
「冷えたおでん」
ってのが、こんなにも侘びしい食べ物だと、痛感したのは今朝の事。
酔っ払って帰る道すがら、寄ったコンビニで酔眼に映ったのは、
「おでん70円均一セール」
と言うレジ横の看板。
飲み物を買うついでに、思わず、怪しい呂律で、
合計350円分のおでんを買ってしまった。
家に着けば、当然、蒸し暑い部屋でおでんなど食べる気になれず、
机の上、そのままにして床に着いた。
翌朝、容器の蓋をとって中を覗くと、油分が凝固した昨夜までおでんだったものが、
そこにあった。
全体的に汁を吸って焦げ茶色になったおでんを、
独り温め直して食べる姿の、なんと侘びしいこと。
来週14日火曜日に迫った、民主党代表選挙。
などと、突如本題に入ったが、冷えたおでんをフリに使っている時点で、
オチが見えている。
どうも、私の文章展開自体が、冷たいおでんの如く、
不味いものになってしまった。
買う時ゃ、たいそう美味そうに見えて購入した。
しかし、いざ帰宅し、蒸し暑い自分の部屋と言う現実に直面すると、
とてもそこで、アツアツのおでんなど食べる気にはならない。
翌朝に食べるおでんの、その侘びしさに起因する事柄は、今日報道された、
谷啓さんが急逝のニュース。
氏の十八番であるギャグ、「ガチョーン」。
実は、「ガチョーン」と間を伸ばして発音するのではなく、
「ガチョン」と詰めて発音するのが正式な、やり方。
そして、手を突き出すのではなく、出した手を引きながら「ガチョン」。
将来、「日本ギャグ大全」と言う類の書籍が編纂されるならば、
「谷啓」と言う項目で、大幅に頁をさく事になるだろう。
私には、クレイジーキャッツのメンバーよりも、
「釣りバカ日誌」シリーズの佐々木課長役の方が、馴染み深い。
更に言えば、ズッコケ系統のギャグならば、「ガチョーン」よりも、
志村けんの「変なおじさん」による「だっふんだ」の方が、馴染み深い。
しかしそれも、「ガチョーン」の流れあってこその、「だっふんだ」なのだろう。
日本コメディ界におけるその功績は、偉大である。

984声 生活の確信

2010年09月10日

終日、快晴。
であるが、猛烈なる残暑。
と言う感じではなく、湿度が低く空が高い、気持の良い秋晴れであった。
今日、富岡市の食堂へ入ったら、冷蔵庫。
並んでいる瓶麦酒が全て、キリンの「秋味」に入れ代っているではないか。
坂口安吾著の『いづこへ』に出て来る一節ではないが、
二十九日の貧乏に対する一日の復讐とばかりに、一月の生活費を一日で浪費する。
私の場合は、一月に亘って苦しめられた猛暑への一日の復讐。
有り金はたいて、秋味を片っ端から飲み干して行く。
しかしそんな事が出来る訳もなく、唾を飲み込んで自制心を保ち、
カツ丼を注文した。
『いづこへ』では主人公、浪費のあげく、三日間ぐらい水飲んで暮らし、
下宿や食堂の借金から夜逃げする羽目になる。
しかし安吾はこう書いている、『細々と毎日欠かさず食ふよりは、
一日で使ひ果して水を飲み夜逃げに及ぶ生活の方を私は確信をもつて支持してゐた。
私は市井の屑のやうな飲んだくれだが後悔だけはしなかつた。』
そんな事を考えながら、夜半。
焼き鳥の隅で、財布の小銭を勘定しながら低級酒を煽っている私は、
一向に自らの生活に確信を持てない。
それを革新してみんとする気力もまた、持ち得ないようである。

983声 お下がんなさい、白線まで

2010年09月09日

台風は静岡県上空で温帯低気圧になって、夜の内に関東地方を離れて行った。
群馬県に至っては、とりわけ甚大な被害は無かった模様。
午前中は薄曇りで、午後からはすっかり快晴となったが、
やはり、吹き行く風は秋の冷たさ。
今日の事。
「どうしてこんなにも不快なのだろう」
眼前の光景を黙殺していればよいものを、どうしても、視界に入ってしまう。
カウンターに座っている私に、相向かう形で座っている、向こう側の席のお姉さん。
年の頃は、およそ20代後半。
茶髪に染めた頭頂部、若干伸びた黒髪は、巷で言うプリン頭。
身なりは上下、量販店のスウェットである。
鼠色の上と、細い黒縞の下の組み合わせは、どこか囚人を連想させる。
その容姿に関しては、特に述べるべき言葉も浮かばないが、問題はその容体。
まず、サンダルを脱ぎ散らかして、裸足を椅子の上に置いて、腰掛けている。
そのM字開脚スタイルのまま、牛丼の肉を一枚一枚、
持ち方の下手な箸で口に運んでいるのだ。
それを見ていて、こんなにも、牛丼が不味そうに感じたのは初めてであった。
不快ではあるが、未だここまでは社会通念として白線の内側だと思う。
そこに止めを刺すのは、彼女がテーブルに置いて、喰いながら凝視している携帯電話。
おそらく、ワンセグを視聴しているのだろうと思われる音が、
店内に漏れ聞こえている。
この雑音が、食事中の私に、甚だしい不快を感覚させる。
隣の席で、静かに食事を楽しんでいらっしゃる老夫婦が、見るに忍びない。
ファーストフードの牛丼チェーン店にだって、白線の内と外はある。
「お嬢さん、お下がりなさい、白線の内側まで」
ってのが、言えない。
牛丼に顔を埋めながら、こんな禅問答的もどかしさを感覚していた。
私も、からっ風に吹かれながら、歳を重ねた証拠であろうか。
若者風味な表現で、捨て台詞をばひとつ。
「お嬢さん、ビミョーにヤバイよ、その食い方」

982声 風土と方言

2010年09月08日

先日、中之条町で開催された「伊勢町祇園祭」を訪れ、
全体の雰囲気が「駘蕩」としていたと、自分の感想を書いた。
以後、「羨ましい」との声が、メールにて私の元へ幾つか届いた。
勿論、その駘蕩とした雰囲気を味わいたかったのだろうが、
メールをくれた人は、群馬県の県庁所在地在住の、謂わば町場の人である。
確かに、神輿や花火などが催される盛況な町場の祭りでは、
それも大いに風情があるのだが、駘蕩とした雰囲気など、味わえぬ。
その雰囲気の一翼を担っているのが、方言ではなかろうか。
そう考えているのは、つい先程、この小冊子を書棚の隅で発見したからである。
「あがつま語★辞典」(収集及び発行 小板橋武)
経年の用紙劣化で、全体的に黄ばんでいるこの小冊子は、
ひょんな経緯で私の手元にある。
3,4年前、四万温泉へ宿泊したと事があり、その日の夜、
中之条町の伊勢町まで酒を飲みに下った事があった。
その夜、初めて入ったスナックで、その店のママから貰ったのがこの小冊子。
とても貴重な小冊子だとおっしゃっていたが、
「これで、吾妻弁を勉強してらっしゃい」
と言う、強烈な濁声で発した温かいお言葉と共に、
私にプレゼントしてくれたのだった。
机の前で頁をめっくているが、聞いた事の無い方言ばかりである。
「なかんじょなんそんなずらぁねぇよ」
吾妻民がこう話すのを聞いて、県外の人は無論の事、
県内の人でも、こと若い世代は理解に苦しむ人が多いだろう。
「いいえ、中之条など、そんなことはありませんよ」
と正確にその方言の意味を理解するには、この小冊子が必要である。
この小冊子に羅列されている方言を読んでいるだけでも、自然と頬が弛む。
その行間からは何やらもう、駘蕩とした雰囲気を感じ取れる。
風土が人々の方言を培うならば、吾妻と言う山間の地域は、とてもあたたかい。

981声 秋の醍醐味

2010年09月07日

どうやら、直撃は免れぬ。
台風9号は強い勢力を保ちつつ、明日、北陸から東北へ上陸する模様。
今日のニュースでは終始、気象庁が警戒を呼び掛けていた。
毎年の伝で、この台風が行ってしまえば、空気がガラっと入れ代る筈。
そうなれば、山の方から一気に秋めいてくるのだろう。
毎年の事で、キリンの「秋味」なんて麦酒が店頭に並ぶようになると、秋を感じる。
しかし今年は、猛暑の影響か、もう販売は開始されているのだろうが、
生活の中で、どうも目に止まらなかったらしい。
未だ、一本も飲んでいないのだ。
猛暑に伴って、今年は秋刀魚も大いに不漁で、店頭価格が高騰している状況である。
そう言えば、毎年恒例であるキリン秋味のテレビCMを、今年は未だ見ていない。
CMに釣られて、秋刀魚と秋味で一杯。
なんてのは、我が人生における、毎秋の醍醐味になっている。
台風が去り、落ち着いて醍醐味が味わえる季節を連れて来てくれる事を、切に願う。

980声 秋祭りの八木節

2010年09月06日

時折、紙コップの中に飛び込んでは溺れている羽虫を、
箸で掬い上げながら麦酒を飲んでいた。
山間の町にはすっかり夜の帳が下りたのだが、今日ばかりは、
往来が賑やかにさんざめいている。
遠くで太鼓の音が鳴るたび、僅かに、骨が震えているのが分かる。
目の前のステージでは、地元の、昔お嬢さんだった方々が、
情熱的なフラダンスを踊っている。
麦酒を飲み干して、斜向かいの席に眼をやると、
地元から来たと思しきおじいちゃん。
コカコーラ片手に、瞬きもせず魅入っておられた。
昨日行って来た、中之条町の「伊勢町祇園祭」は、会場である商店街に、
とても駘蕩とした雰囲気が流れていた。
商店街の続く直線の往来を、歩行者天国にして会場を作っている。
それ故に、来場者はその往来の一筋を行ったり来たりする訳だが、
城下町の祭などと違って、単純明快。
道案内が、かえって分かり易くもある。
祭りの町を流れるこの駘蕩とした雰囲気を作っているのは、やはり、
山間の穏やかな町に住み暮らす人たち。
そう言う所に来ると、流石の八木節も、毒気を抜かれた様な節回しになる。
踊り手が皆、花笠を持って踊る。
一緒に行ったほのじ氏は、この駘蕩とした雰囲気が性に合うらしく、
終始穏やかな表情で眺めていた。
この土地で「博徒忠治の生い立ちこそはぁ〜♪」なんて、巻き舌で歌い上げても、
しっくりこない。
やはり、この土地には、この土地の八木節が息づいている。
そんな事を考えつつ、最後の梯子の店を飛び出し、
中之条駅21:00発の終電に飛び込んで、帰路に着いた。

979声 伊勢町の八木節

2010年09月05日

秋祭り。
と言うよりも、夏祭りと言った様相だな。
と思われる、この陽気。
今日は、吾妻郡中之町で、毎年恒例の秋祭りである「伊勢町祇園際」を、
見学に行く予定。
「伊勢町の八木節」
ってのは、群馬県内北西毛地区では有名な八木節踊りで、
非常に特徴的な八木節踊りらしい。
「だから、観に行こう」
と誘ってくれた人も、私と同様、八木節の虜になってしまった男である。
移動手段は電車。
吾妻線へ乗って、のんびりと向かおうと言う、算段。
伊勢町祇園際は、一回の祭りの中に、山車、神輿、八木節、千人踊など、
様々な行事が盛り込まれている。
里山の麓に抱かれたのどかな街が、燃焼する日なのだろう。
祭ってのは、街場から山村へ入れば入るほど、魅力的な祭礼になって行く気がする。
八木節の本場、桐生の八木節祭りと、どの様に趣が異なるかが、楽しみである。