日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

1306声 夏の終わりの色

2011年07月29日

午前零時の手前。
いま、夏の雨が降っている。
遠くに蛙が鳴いているが、吹き来る夜風は、
そこはかとなく秋の涼しさを感じさせる。
涼しさ、だけでなく、雨の匂いが、もう夏のものではない。

昨日の句会では、題詠の季題の中に、「秋近し」だとか、「晩夏」などがあり、
夏の終わりを否応なしに考えねばならなかった。
しかし、夏休みである巷の学生たちは、七月最終週の今時期は、
もう、有頂天の時期であろう。
まだ、これから来る八月の夏時間をたっぷり浪費できる、と言う、余裕と期待。
「夏惜しむ」
なんて気持は、胸の中のどこを探してもなかろう。

とは言っても、それは陰暦の事で、八月八日の立秋を過ぎても、
まだ日中は炎天が続いているので、実生活ではまだまだ、夏を感じている。
八月に入ってから、祭りや花火などの句を、これから大いに作るつもり。
そうなのである。
八月と言えば、祭りの時期ではないか。
第一週から口火を切り、日本列島では毎週、其処此処の街で、祭り囃子が鳴り響き、
花火が上がっていると言う季節。
一戸の家庭も然りで、夕涼みにバケツを出して、風鈴の音を聞きながら、
輪になって手花火をやっている家庭。
そんな純和風の模範になるような家庭が、まだあるだろうか。
夏の終わり。
に色があるならば、あの線香花火の淡い赤光が相応しいと思う。

【天候】
日中、曇りがちなる晴れ。
夕方は大雨洪水警報が出て、ゲリラ豪雨や夕立有り。
その後、断続的に夜半まで降り続く。

1305声 生活の韻律

2011年07月28日

「なんと心地好い事」
てぇのは、ふと、自由律で俳句を詠んでみたときに思う。
私は普段、概ね定型、即ち五・七・五と言う規則に則って、句作している。
「有季定型」と言う事を、俳句の入門書でも、俳句の教室でも、
口を酸っぱくして説いている。
私もそれに、大いに賛成し、その韻律の美しさに感動している。
だからこそ、この世界のあまねく光を、闇を、俳句にして見たいと思った。

則る事も素晴らしいが、則らない事もまた素晴らしい、と思う。
私の高校時分の友人に、無遅刻無欠席で一学年を終えた者と、
遅刻欠席常習の者とがいた。
当然、所謂、「評価」は前者の方に分があるのだが、
生活の魅力は、断然、後者の方にある。

「何してたの」
と思わず聞いてしまったのは、彼が五限の授業が終わってから、
つまり、もう一日の授業が終わってから登校して来たから。
その時間に来ても、当然、出席扱いにならず欠席と言う事になる。
それならば、いっそ、欠席した方が得策。
と言う事は、高校生にもなれば、誰でも分かりそうな事である。

「寝坊して、公園でパンを食って、昼寝してから来た」
その自由律な生活スタイルに、聞いていて呆れてしまったが、
「平日の昼間、公園で昼寝」と言う未知の世界に、大きく心を動かされた。
高校生活を定型で生活していた私は、それから一寸、
定型をはみ出して見たりした。
しかし、流石に昼寝の彼の様には行かなかった。

彼の見たであろう、平日の午後二時の、人気の無い公園の、風のきらめき。
教室の窓の景ではなく、たまに、そんな世界に足を踏み入れたって、良いじゃないか。
昼寝の彼だって、一緒に高校を卒業できた。
ふと彼を思いだして、もし彼が俳人だったら、自由律で詠んでいるだろうなと、思った。

【気候】
朝より曇りがちなる晴れ。
夕方より雨、夜半には上がる。

1304声 占い嫌い

2011年07月27日

占い。
と言うものが、社会生活を送る上で、意外と重要な位置を占めている。
そう感じたのは、社会人になってからである。

社会人。
と言うのは、概ね、労働時間帯が決まっている。
一日、24時間の中、20時間働いている人もなかろうと思う。
勤め人なら、出勤は朝。
と言う人が多かろう。
テレビ番組で各局が、朝刊紙面解説と天気予報の他に、
こぞって組んでくるのが占い、である。
血液型の局もあれば、星座占いの局もある。
テレビを付けていると、否が応でも、何らかの占いを見なければならない。

朝、テレビを見ない人でも、ラジオがある。
通勤途中の車の中で、あるいは、職場で、ラジオが流れている環境も多かろう。
ラジオ各局でも、朝の番組での占いは必須のようで、チャンネルを合わせると、
「今日の運勢は」
なんて事も、しばしば。

この占いが、どうしても、嫌いなのである。
極力、それが目に入らないように、毎日生活している。
テレビだったら、番組進行が占いになった途端に、チャンネルを一時換える。
ラジオでも然り。
とにかく、自分の今日の運勢なるものを、何ものにも決定づけて欲しくない。
嫌いな理由は明白で、当たらないから。

油断して、今朝は偶然、テレビ番組とラジオの占いを、聞いてしまった。
その結果は、私の星座であるおひつじ座は、今日の最高の運勢らしかった。
解説を聞けば、概ね、非の打ちどころが無く、特に恋愛運が良いらしい。
聞いてしまったからには、捨て置く事も出来ず、喉に骨がつかえているような心持で、
一日を過した。
過して見て、やはり、当たっていない。
どころか、今日ほど運勢のつき、が無い日もなかろうと言うくらい、おぼろげな一日だった。

朝から、体調は悪いは、忘れ物はするは。
用事を忘れるは、慌てて車は擦るはで、良い事なんか皆無である。
予定の句会には遅刻し、投句までの時間が無くなってしまい、
取り乱しつつ、曖昧模糊とした句を出す羽目になった。
蝉など鳴いていないのに、蝉時雨の句を出したって、句会で誰も採る訳きゃない。
句帳の端から引っ張り出した、以前作り溜めてあった句に、推敲を加えて出したものが、
幾つか、特選に入ったようだった。
しかし、それでは一向に句業の鍛錬にならない。

もう、ぼろぼろになって帰宅し、いま、自棄酒をやっている。
それにしても、腑に落ちないのが、特に最高得点の恋愛運、である。
我が人生の恋愛事情について、今日の出来事が何の作用をもたらすのか。
まさか、句会で句を採ってもらった、女性陣の方々と何か、であろうか。
とすると、あの方が私の母くらいで、あの方が私の母より少し上で。
だから、占いはヤダ。

【天候】
朝より、曇りがちなる晴れ。
蒸し暑く、夜半になってから、通り雨。

1303声 微熱と麦酒

2011年07月26日

ここ数日、夕立があるので、夜風が涼しくて助かっている。
夏バテと言うか夏風邪と言うか、昨日あたりから体調が芳しくない。
よって、今日一日などは、何だか地に足が付いていないような心持で過ごしていた。
おそらく、熱でもあるのだろうが、意識的に気にしない。

芳しいのか芳しくないのか、模糊とした体調の時。
その体調の悪さが顕在化する瞬間が、ある。
それは、酒が一口、舌の上を滑った時。
例えば、食欲もまずまずあり、風呂に入ってまずまず気分転換でき、
さて、風呂上がりにいつもの缶麦酒を、一口。
その一口が、どうしたことか、ちっとも美味くない、のである。
五臓六腑の側からも、入場拒否の声が聞こえて来る。

今週は、我がひと月のおぼろげな予定の中の俳句週で、
明日と明後日に、連続して句会がある。
調子が良ければ、こんなに贅沢な週はないのだが。
などと、大袈裟に弱っていては、いけない。
微熱くらいあるほうが、一部の神経が敏感になっているので、
いつもと違った句が出来るかもしれない。

【天候】
曇りがちなる晴れ。
夕立があり、夜風は涼し。
不安定な天気続く。

1302声 けだるい夏

2011年07月25日

やけに目に付く。
若者が、である。

昨日の晩も、近所の日帰り温泉へ出掛けた帰路。
田んぼの畦道にある、自動販売機の前。
その薄明かりの前に、自転車と共に、五、六人の中学生と思しき若者たち。
たむろしていて、何をするでもなさそうである。
ただ、時を持て余している感、は滲み出ていた。

そして、今日の昼。
田舎町のファミリーレストランへ入ると、様々な年代の若者たちがわんさか。
坊主頭の野球部の一団やら、親と来ている制服の高校生やら。
中でも、何某かの大学生サークルと思しき一団が、突出して騒々しい。
店内をぎこちない足取りで行き交う店員もまた、学生アルバイトの諸君。
幽体離脱的視点で、禁煙席の端っこに座っている自分を俯瞰すれば、
彼らの過す夏、と私の過す夏との、深い溝が見える。
大人でも子供でもない、若者の夏の、あのけだるさ。
と言うのは、夏時間特有のものであるよな。
彼らの放つ雰囲気が、そう感じさせた。

けだるい。
から、いいのであって、だるい。
てぇのは、色気が無い。
「けだるい午後」
「だるい午後」
こう並べて読むと、一目瞭然である。
彼らと私との間にある溝は、このけだるさがあるかどうか。
と言う、気がする。
私などは、毎日、単にだるい夏を過しているよな。

【天候】
朝より曇りがちな晴れ。
夕立があり、その後、夜風は清涼。

1301声 ジョウモウ大学伊勢崎句会

2011年07月24日

「じゃあ、授業開始の時刻になりました」
と言う事で、今回の教室である、ほのじ厨房から顔を出すと、
浴衣で満席の教室。
有り難い事に、定員の十五名から一名増えて、十六名での授業となった。

まずは簡単に、俳句の「取扱説明書」的な説明を述べて、
早速、吟行へ出掛けた。
参加者全員、今日が生まれて初めての句会。
と言う、新鮮な目を持った方々。
炎天下の伊勢崎市街地を、歴史散策しながら、歩いている最中、
「これ、季語になりますか」
と言う質問を、多く受けた。
夏木立、緑陰、夏の風、夏の空、入道雲。
そんな季語をメモ帳とペンを持って見つめているのは、
日傘に浴衣の、まさに歩く季語みたいな人たち。

街の文化遺産を見学しつつ、路地裏を歩く。
広瀬川で心地好い風を感じたり、道すがらの商店でかき氷を食べたり。
確かに吟行しているののだけれど、参加者みな、子供の様な無垢な笑顔を浮かべて、
仲間と一緒に、街歩きを楽しんでいる様子。

句会場の緑寿司に到着し、二階で句会。
投句は三句。
短冊を回して、句を清記して行く。
厳選された三句で勝負して来る方もあれば、
三句の中に遊びの一句を入れられるほど、余裕で楽しんでいる方もいる。
みなの選句を披講すると、なるほど、参加者の座で人気のある句が分かる。
多様な眼差しをもった、色彩豊かな句が沢山見られた。
俳句の垢がついていない、と言うか、無垢で新鮮な句ばかりが並んでおり、
一句づつ読んでいて、とても清々しい思いがした。
私が特選に頂いた句など、まさに、その調子。

初めて会う人とでも、句会をが終わる頃には、自己紹介など入らずに、
打ち解けられた心持になる。
あの妖艶かつ涼しげな浴衣と、かき氷と、伊勢崎の街なみと、
みんなの、少し恥ずかしげな笑顔が、いま鮮明に思いだされる。
それを持って、昨日のジョウモウ大学の授業は成功したと、私は自負する。

【天候】
終日、曇りがちなる晴れ。
午後から雲多し。

1300声 第1300声記念特別企画「鶴の手拭い恩返し」

2011年07月23日

大暑を過ぎて、いよいよ盛りを迎える、夏。
どうにかこうにか、この日刊「鶴のひとこえ」も、本日でめでたく、
第1300声の節目を迎えました。
そこで今回は、「鶴の手拭い恩返し」と題して、
クレインダンスより、読者の方へ、景品の手拭いをもって恩返しさせて頂きます。
夏場の御出掛に、手拭はとても便利です。
手拭い一本あれば、道すがら、汗を拭いつつ、
湯屋を見つけたら一寸、ひとっ風呂浴びて行けます。

クレインダンスの、堀澤、抜井が選りすぐった手拭いを、抽選で2名様に、
一品づつプレゼントさせて頂きます。
現世かつ公平な抽選をもって、当選を決定させて頂きます。
それでは、下記を参照したうえのご応募、お待ちしております。

■応募方法
送付先の「郵便番号」・「住所」・「氏名」を明記の上、
Topページにある【お問い合わせ】よりご応募下さい。

■応募締切
平成23年7月30日(土)

■当選発表
厳正な抽選のうえ、当選者には発送をもってかえさせて頂きます。

■アンケート
日刊「鶴のひとこえ」に対して、ご意見ご感想をご記入下さい。
※後日掲載させて頂く場合がございます。(無くても可)

※お一人様、メール一通のご応募とさせて頂きます。
応募に際し、頂いた個人情報は、当企画の目的にそった賞品送付等にのみ利用し、
他目的には利用しません。

【天候】
終日、夏日。

1299声 開校記念授業

2011年07月22日

明日は、ジョウモウ大学開校式の日。
と、書いている今は、一夜明けて、開校式当日の朝。
夏の眩しい日差しが注いでいるが、窓からはまだ、
早朝の清涼な風が吹きこんでいる。
今日も一日、炎天になりそうである。

電話が鳴って、起きた。
寝惚け眼でそれを耳に当てると、中から、ほのじ氏の声。
二日酔いの頭痛を感じつつ、今日行われる授業の確認を行う。
最終的に、授業参加の定員は埋まった。
と聞いて、一安心したが、句会で使用する用紙を、追加で作らねばならい。
電話を切ってから、早速、パソコンの前に座った。

ともあれ、他の授業に比べ、俳句に至っては、
紙とペンさえあれば出来てしまうので、楽。
「楽」と言っても、さて、もし今日初めて俳句に接する人がいて、
その人に、俳句の「楽しさ」を伝えられるか、と言ったら、これは「楽」ではない。
私は、今日、たまたま「先生」と言う立場で出席するが、
俳句の宗匠であるという気持ちは、まかり間違っても無い。
「若輩のお主が、俳句教室など笑止」
そんな事を、もし思っている人があれば、それは間違いである。
俳句と言う、この世界最短詩を楽しむ為に、年齢の如何は問題ではない。

問題は、今、出掛けねばならぬ時刻まで、
残された時間の余裕が無い、と言う事。
私が遅れたのでは、洒落にならない。
特に、俳句の座では、遅刻は禁物。
そう言えば、浴衣。
今日は、和装で参加と言うお達しが出ているので、
まず、箪笥から浴衣と帯を探さねばならない。
いよいよ、何かと切羽詰まって来た。

【天候】
朝より、快晴の夏日。

1298声 浸かるなら熱い湯

2011年07月21日

カラオケ店の脇を通りかかると、一瞬、釘づけになった。
入口脇に停めてある、夥しい数の自転車に、である。
この時期のカラオケ店と自転車、と言う事で、直ぐに気がついた。

「夏休み」
なのである、巷の学生諸氏は、昨日から。
休みの日でも制服を着ているのは、女子高生のみに顕著に見られる特徴である。
丁度、遅れて来たのだろうか、制服の女子高生が二人、カラオケ店の中へ入って行く。
一人の右手には、持ち込みの食料と思しき、パンパンに膨らんだコンビニ袋。
腕時計に目を移せば、まだ午前10時を回ったところ、である。
あのコンビニ袋の中には、おそらく、相当数の昼食も入っているのだろう。

その中の一人がどこからか手に入れて来た、安物の缶チューハイやらカクテルやらを、
回しの飲みしつつ、流行歌を片っ端から歌いまくりかつ踊りまくり、大いに騒ぐ。
おそらく、高校生の夏休みなど、そんな状況予想に反しないと思う。

そう言えば先日、熱湯が好きだと言うお爺ちゃんに、訪ねてみた事がある。
「どうして、そんなに熱い湯が好きなんですか」
すると、お爺ちゃん得意げに、
「熱いとさぁ、出た時が気持いいんだよ、風が爽快でさぁ」
そして、
「温い湯にだらだら入るより、熱い湯にさっと入って出る方が、気分がいい」
とも。
確かに、温い湯てぇのは、入り易いのだけれど、出た時の爽快感に欠ける。
その点、熱い湯は入る時こそ辛いが、肩まで浸かって直ぐ出れば、
驚くほど爽快感が得られる。
汗も、熱湯にさっと入浴した時の方が、直ぐに引いて、肌がさらっとした印象である。

こんな下手なレトリックのように、学生生活は単純ではないが、振り返って、自分。
もう少し、熱い湯に浸かっておけばよかったな、などと、時々思ったりしている。
ともあれ、湯水のように時間を使える、彼女等の青春は、まだ長い。

【天候】
朝より、小雨交じりの曇天。
台風6号も過ぎ、夕方より徐々に晴れ間。

1297声 羅針盤

2011年07月20日

「最近さぁ、句が変わったよね」
斜向かいに座っているYさんから、そう言われた。
差し込む夕日が話声と飽和している、ファミリーレストラン店内。
句会の後に、時間の空いている数人で出掛け、既に小一時間は腰を置いている。
私は曖昧に頷きながら、この前の俳句ingの際に、ほのじ氏から言われた、
「わるのり俳句が詠めない体になってるね」と言う旨を、思い返していた。

Yさんは、俳句の仲間である。
特に親しくはない。
随分と年齢が違うし、俳句の大先輩なので、親しく、と言うのは難しい。
以前、初めて参加した句会で、Yさんを紹介して頂いた。
その時から、姉御肌なYさんは、私に会う毎に、
「がんばりなよ」と、口癖の様に言ってくれる。

「ストイック」
その言葉がまず思い浮かぶ。
いつも、Yさんは吟行へ来る際には、肩から小さな折り畳み椅子をかついでいる。
そして、気に言った場所を見つけると、その椅子に座り、
何分でも、時に何時間でも目の前の景を眺めている。
先日も、公園の池の畔に椅子を出し、木陰から水面をじっと見つめていた。
句会場で、写生の利いた佳句が詠みあげられ、Yさんが名乗ると、
私はいつも、あの椅子の、ストイックな背中が甦る。

「変わった」
と言うのは、幾らか「見れる」様になってきたからだと、
自分ではそう解釈している。
翻せば、今までは「見れていなかった」と言う事になる。
それは、自らの過去の作品を見れば、一目瞭然である。
対象に対して、如何に曖昧な観察眼を向けていたかが、分かる。
しっかりと写生などせず、拵えた空想の世界に目を向けていた。
それがまた、私の空想世界とは、何と面白味の無い世界であるか。

「Yさんはしっかりと見ようとしている」
そう思う様になったのは、何度目かの句会から。
「実景を素直に写生する」
もし、芝生にヨットが走っていたり、雲の中から天使が出て来ても、
その景を素直に写生すればよい。
蛙の声が、笑い声に聞こえるのか泣き声に聞こえるのか、
はたまた、自分を罵る声に聞こえるのか。
感じるままに、写生すればよい。
まずは、見ること。
そして、感じるとこと。

句作の際にに顔を出すのが、自らの「わるのり」な心。
わるのりから滑稽に転化できれば良いのだが、大抵、失敗に終わる。
しかし、そう言う面白味も必要だろうと、強く感じているし、
実際、そう言う句が好きである。
俳句の作り方など、百人百通りであろう。
百人百通りであるが、そこには良し悪しがある。
まだまだ、あの落ち着きの無い雲の様に、自分の句は変わって行くだろう。
私の中の羅針盤が、良し、の方向をさしているかどうか、不安であるが、進む。

【天候】
台風6号の影響で、終日、大荒れ。
雨、断続的に降り続き、暑さ和らぐ。

1296声 海のある場所山のある場所

2011年07月19日

今宵は涼しい。
別に、冷房を利かせて訳でもなく、部屋に吹き来る、
雨上がりの風が涼しいのである。
湿った夜風は、そこはかとなく、秋の気配さえ伺わせる。

大型で強い台風6号が、室戸岬の南南西を進んでいる。
その為、今日の本州は大荒れの天気。
一昨日は、所用、と言うか遊びの予定で、千葉県へ行っており、外房の海を見た。
この台風の影響だろうが、浪がとても高く、岩礁に叩き付けられて、
鉛色の空へ、猛々しいしぶきを上げていた。

「それ来た」
とばかりに、荒れた海へ入って行くのは、ロングボードを抱えたサーファーたち。
「遊泳禁止区域」
と書かれた看板の裏の海に、一際、波乗りの人たちが多い。

波乗りをつぎつぎ喰らふ夏の海 (諒一)

まさにそんな調子で、沖に立つ白波は、波の上に居るサーフボードを、
次々に喰べてゆく様だった。
海の似合わない私は、句帳をポケットに押し込んで早々に、海を辞した。
帰路は半島から、外環を抜け、高速道路を駆って、新潟方面へ進んで行く。
高崎ICへ近付いてくると、夕映えの榛名山全景が見えた。
当然だが、いつも私の帰ってくる場所には、山がある。

【天候】
台風6号の影響で終日、荒れ模様の天気。
大雨洪水警報なども発令され、断続的に強く降っている。

1295声 児の六感

2011年07月18日

「子供」
と言っても、まだ赤ちゃんと言うくらいの、齢である。
「子」と表記するよりも、「児」と表記した方がしっくりくる。
この連休中に、そんな児と接する機会があった。

私くらいの年。
と言うと、数か月の誤差を除けば、もう三十歳である。
少し前から、「アラサー」なんて言う、
三十歳前後の人たちの呼称が、流行している。
自分の同世代と言うと、そのくらいの年齢層の人たちになる。
その多くは、結婚をしたり子育てをしたり、と言うのが、
目下、人生の大きなテーマになっている世代である。

「お子さんは何人いらっしゃるんですか」
なんて、俳句で知り合った先輩諸氏に聞かれる事が多い私だが、
結婚も子育ても、自分には未知のもの。
しかし、同世代との付き合いの中では、切っても切れない事項である。

自分よりも年若だが、子育ての真っ最中。
そんな、ケースが最近、目に見えて多くなって来た。
連休中に伺った家庭も、そのひとつ。
新婚家庭の新居であり、その幸せの中心にいるのが、
未だ一歳に満たない赤ちゃんである。

年若。
と言っても、子供のいる夫婦と言うのは随分とたくましい。
と感じた。
「人の親」であるから、当然と言えば当然だが、
「人を育てる」と言う行為が、自覚させるのだろうな、と言う私の考え自体が、
親の目から見れば、既に浅はかなのかも知れない。

赤ちゃんは、その真ん丸な目で、終始、私の顔を不思議そうに眺めていた。
第六感が働いている、と言う感じである。
何だか、空っぽな脳内を見透かされたような気がした。

【天候】
終日、曇りがちな晴れ。
台風の影響だが、暑さは未だ強か。

1294声 自と季の目線

2011年07月17日

「暑いので体に気をつけましょう」
句会場の会議室へ入ると、まずホワイトボードに大きく書いてある、
その文字が目に入った。

昼前に、吟行地へ到着。
日盛りの公園をほっつき歩いていると、所々に見える日傘。
あれはおそらく、この句会の参加者。
「みんな、川へ行ったぜ」
緑陰に佇んでいる先生が声をかけてくれたが、
その声音からは、「やれやれ、この暑いのに」と言うあきれ加減が伺える。
「行きましょう」
今来たばかりの私がそう言うと、しぶしぶ、置いてある荷物を持って、
先生も緑陰から一歩踏み出した。

「川」
と言うのは、公園の裏に流れる利根川の事。
来てみれば、「夏の川」と言う大きな景の中に、色々な発見があって面白い。
鳶や鷹が飛んでいたり、釣人がいたり、瀬音が涼しかったり、
河原の石がやけていたり。
汗を拭きつつ、炎天下でご高齢の先輩俳人が句作している姿は、
俳句の過酷さを物語っている。
「自然を詠む」
と言う事は、まず自然と、つまり詠もうとしている季題と、
同じ目線に立たねばならない。

幸い、熱中症で倒れる方は誰もおらず、この日の句会は無事終了した。
私は、おまけ程度に先生から一句特選を頂いたが、別の選者からはからっきし。
全体的に不出来であった。
句会の後に、何名かで喫茶店へ移動した。
俳句談義の中で、先生が「蛇」の句を作る為に、
実際に蛇を飼いながら句作していた話を聞いた。
これもまた、自然と、その季題と同じ目線に立つ、と言う事だろう。
冷珈琲のストローを弄びつつ、頭の中で、
今日詠んだ自らの浅はかな句を、おさらいしていた。

【天候】
終日、猛暑日。
※18日記

1293声 二十三年夏の吟行句会

2011年07月16日

「群馬部会吟行句会」
この炎暑に、である。
現在時刻は8時半を過ぎたところだが、外はすでにカンカン照り。
それでも、日が今日と決まっているので、行かねばならぬ。
吟行地へ行って辺りをほっつき歩き、俳句をつくらねばならぬ。
俳句の先輩方(ご高齢の方)は、大丈夫であろうかと、いささか心配になる。
しかし、そんな過酷な状況でも、おそらく気の利いた句を作るのだから、
詩人は幾つになってもあなどりがたい。

巷では、今日から海の日が入った三連休。
まさに、夏の行楽時期の真っ只中、と言った具合である。
その初日が、「俳句」と言うのも、なんだか薄っすら寂しい心持もあるが、
この魅惑的な短詩形にとりつかれてしまったのだから、仕様が無い。
今回は、吟行地が前橋市と、自宅から近いので、助かった。
良い俳句を授かる為に、仲間の句を観る為に、さて出掛けよう。

【天候】
終日、炎暑。

1292声 本を埋める

2011年07月15日

酒が良かったからか、寝汗をかいたからか。
昨晩、度を過ぎて飲んだ酒が、やけに残っていない。
と言う、感慨も束の間、午前六時半ともなれば、
入り込む朝陽に部屋の室温が上昇し、横になっていられない。
額には玉の汗で、寝巻きはぐっしょり濡れている。
これじゃあ、残るものも残らない訳である。

朝食が、バニラアイスとコーヒーゼリーと言う、混沌具合。
寝てる間に、相当、脳みそが沸騰してしまったらしい。
それから、長い一日。
夢遊病者の如く、炎天下を彷徨い歩いて、帰宅。
「車の重心がやけに傾いている」
と思って、思い出した。
書店から引きあげて来た、およそみかん箱に二箱分ほどの、
大量の本を、積みっぱなしだったのである。
早いところ下ろさねば、熱で駄目になってしまう。
さりとて、狭い我が家には、もう下ろす場所が無い。

「埋めるか、庭に」
挙句には、そんな事まで真剣に考えた。
しかし、みかん箱ごと土に埋めたとして、直ぐに朽ちてしまうであろう。
タイムカプセル式に、何か、保存できる容器に入れなければならない。
大きな穴を掘り、保存容器に本を入れ、土をかぶせる。
そして、木札をさして、記す。
「群馬伝統銭湯大全ここに眠る」

ぼんやりと、大量の本が目の前にあると言う現実から、非現実の世界の旅へ。
脳内に描いた、その妄想映像だけで満足し、「バタン」と、車のドアを閉めた。
「後で下ろそ」
と思った。

【天候】
終日、夏日。
夜、栃木県で震度5弱の地震。
高崎は震度3程度。

1291声 落語と利き酒と

2011年07月14日

「利き酒大会と寄席」
と言う、粋な集まりに伺ったのは、昨晩である。
主催は、榛名山の麓の町にある焼肉屋のご主人。
店に入ると、ペンと用紙を渡されて、「さぁ」と、御猪口をひとつ。
それを片手に、奥へ進むと、人だかりの机の上に、銘柄の分からぬ十本の酒瓶。
つまりは、こう。
右の五本と左の五本を、神経衰弱の如く、一致させれば良い。

「利き酒」
自分で本腰を入れてやるのは、日本酒では初めてに近い。
端から順に、御猪口に入れて飲み進めて行く。
「違う」
と言う事は分かるが、味の形容が出来ない。
考えた挙句、何故か、「南京豆」とだけ、用紙に記した。
南京豆の様な風味を感じたので、右3番目の酒は南京豆と書いておけば、
左の酒を飲んだ時に分かり易いと思った。
「思った」
のだが、どう言う訳か、左の五つの酒瓶には、2つも南京豆がある。
すなわち、私の舌が馬鹿になってしまったのだろう。
つくづく、自らの味覚が頼りない。

「分かりますか」
と、私が聞いたのは、隣で御猪口を傾けているほのじ氏である。
先程から、「利き酒」の量を通り越して、
御猪口になみなみ注いで飲んでいるので、もはや試合を投げだして、
飲んだくれているのだと思った。
「銘柄まで分かるよ」
と、この答えがギャグにならなかったのは、後の発表の時に、
五銘柄全問正解で、主催者からほのじ氏の名前が発表されたからである。
参加者およそ二十五名中、全問正解者は三名。
私は、五問中二問正解と言う、なんともおぼろげな出来具合。

さて、利き酒も済んだところで、いよいよ三遊亭時松さんの登場。
演目は「短命」。
核心部分を省略する事で、深い味わいを生む。
川柳や俳句などに顕著に見られる、古来から伝わる、粋な手法である。
などと、私の下手な解説つきでは、野暮になってしまう。
ちょいと一杯ひっかけながら聴くには、最高の古典である。
その芸、流石であった。

「銭湯好き」
それも筋金入りで、入っている筋が良い。
時松さんが、である。
紹介して頂いた、やまたけさんに感謝しつつ、焼肉でまた日本酒を一杯。
冷酒を飲みつつ、中でも「水風呂」が特に好きだと言う、
時松さんの言葉を思い出していた。

【天候】
終日、夏日。
炎暑、甚だし。
※15日記

1290声 夏に向かって立ち向かえ!

2011年07月13日

「なでしこジャパン」
と言うらしい、女子サッカーの日本代表を。
スポーツニュースには疎いので、詳細は良く分からぬが、
「FIFA女子ワールドカップ」の準決勝戦が今夜。
日本時間では明日の朝、キックオフされるらしい。

今大会で、このなでしこジャパンが健闘し、準決勝まで来ている。
準決勝戦で、スウェーデンを下せば、優勝に大手がかけられると言う、
大事な一戦を控えている、宵なのである。
しかし、ドイツ、フランクフルトでのキックオフが、現地時間で、8時45分。
と言う事は、日本時間になると、早朝3時45分になるので、起きているか否か。
サッカーフリークは、今日の日中、大いに悩んでいたようである。
私は、明朝のテレビニュースで、その結果を知る事になる筈。
「歴史的瞬間」を寝て過ごす事になるが、起きていられる力など、
私には到底出ないので、それで良い。
最近、雑誌などで「女子力」と言う言葉を目にするが、
これこそ、日本が発揮している女子力なのだろうな、と思う。

そして、今まさに「第93回全国高校野球大会」が開催されており、
食堂などへ行くと皆、箸を休めて食い入るようにテレビ中継を見ている。
昼は野球に夜はサッカーと言うスポーツ好きもな人も、少なからず、いるだろう。
そう言う人を、毎年、この高校野球の季節になると、少し羨ましく思う。
私に目には、夏を存分に謳歌している様に、映っているから、である。

私など、スポーツ(スポーツの枠かどうかは微妙だが)と言えば、夕暮時の銭湯で、
相撲の夏場所を見ながら、近所のおじいちゃんと話すくらいなものである。
「白星ですか、これで魁皇が遂に、1045勝ですねぇ」
なんて、見ず知らずのおじいちゃんと話が合う瞬間は、楽しい。
そして、「立ち向かっている」人たちは、かっこいい。
殊に、夏は。

【天候】
終日、夏日。
夕立も無く、暑い一日。

1289声 忘れたい重さ

2011年07月12日

今日もまた、酷暑である。
今年の夏は、専門家の意見を聞かずとも、最高に暑い夏になる。
と言う事だけは、確信している。
熱中症の報道も、日増しに増加しており、毎日、何だか恐ろしい心持で、
玄関の戸を開けて一歩踏み出す。

「恐ろしい」
などと、年寄臭い事を言っているが、実際、何であろうか。
私が毎日感じている、この慢性的な全身倦怠感は。
子供時分に、自分の父親を筆頭とするおっさん連中を見て、
「大人はだらだらしているなぁ」
と呆れていたが、実際、自分がおっさんになってみると、
その「だらだら」の理由が良く分かる。
毎日の全身倦怠感による体の重みが、目下の実際問題なのである。

風の噂で、子供等はもう、カブト虫やクワガタ虫捕りに夢中らしい。
この気温では、早いものはもう地上に出てきているだろう。
もっとも、最近虫取り網などもって、野山を駆けずり回っている子供たち。
と言う牧歌的な光景を、目の当たりにしていない。
そればかりか、朝、近所の登校班の子供たちを見掛けると、
みな、落ち着き払って、足取り重く、だるそうにして歩いて行く。
しかし、夕方になると、下校の子供たちみな、
いきいきと飛び跳ねながら帰っているので、そう言うところは、子供らしいと感じる。

いささか涼しい風が吹き始めた、夕方。
県内に広く展開する大型書店の本部へ、
「群馬伝統銭湯大全」を取りに行った。
発売以降、店頭に置いてもらっていたのだが、
本日をもって、ひとまず終了。
どっさりと売れ残りの本を積んで走る、車の重みが、とてもせつない。
帰路の途中、ひとまず、麦酒を買って帰ろうと思った。
重さを忘れる一時の為の一杯。
なのだと、思う。
飲む動機ってのは。

【天候】
終日、夏日。
館林市などは、まだ記録的な暑さが続いている。