日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

3907声 山形国際ドキュメンタリー映画祭

2018年07月26日

2年に一度、山に囲まれた盆地、山形市内において世界中のドキュメンタリーを集めて1週間にわたり上映を行う「山形国際ドキュメンタリー映画祭」」が開かれる。

 

僕は2001年の映画学校の学生時に初めて訪れ、そのあまりの素晴らしさに2003年には東京事務局にアルバイトとして入らせてもらった。その間に見たドキュメンタリーや、その間に会ったドキュメンタリー監督・関係者との出会いは僕にとってかけがえのないものだ。

 

今年、中之条ビエンナーレの参加作家でもある斉藤邦彦さんが「東京の仲間とともに「ドキュ部」をやっていて、昨年山形映画祭に行った記録をZINE(小冊子)にしたんですよ」と話してくれた。高崎のZINEイベントでその「ドキュ部」の皆さんに会い、純粋な「山形映画祭への愛」を感じた僕の口からふと「東京の映画祭事務局に遊びに行きませんか?」という言葉が出た。

 

それから半年くらい経ってしまったが、明日の東京への用事と合わせ、15年ぶりに事務局の浜さんとも連絡をとり、その場を作った。89年の第1回開催から山形映画祭を静かに牽引してきた矢野さんはじめ、会う皆さんすべてが「自分がやりたいことをやり続けている」からなのか、変わっていなかった。僕はもういい中年になってしまったが。

 

「ドキュ部」の皆さんと、山形映画祭の皆さんが楽しそうに話しているのをニヤニヤしながら見ていた。事務所から近くの中華料理屋に場所を変え、酒も飲んでいたので、僕自身「僕は山形国際ドキュメンタリー映画祭に関わってドキュメンタリーを好きになったおかげで、映像って自由だなって思ったし、世界が広がった気がしたんです」と2、3度言ったことを覚えている。

 

まだ始まってもいない気もするけど、僕がやりたいことはドキュメンタリーなのだ。

3906声 恩返し

2018年07月25日

軽トラの荷台から自力で抜け出せない雨蛙を、そっと藪の中に移した。そういえば半月前、アスファルトの上で悶えていた蝉の幼虫を、そっと近くの木の幹に移した。

 

雨蛙と、蝉の幼虫の恩返し。
美人は来なそうである。

3905声 咲耶美

2018年07月24日

「これは、地元の酒です」

 

自信をもってそう人に勧める時ほど、嬉しいことはない。自分が造ったわけでもないのにね。「咲耶美(さくやび)」は、高山村との境のちょっと手前、中之条町にある貴娘酒造のセカンドブランド的な銘柄である。これが、美味しい。

 

貴娘酒造の「貴娘」はもうずっと昔からの地酒なのでよく知っていた。けれど個人的にはそれをあえて誰かに買っていこうと思う酒ではなかった。「咲耶美」を知ったのは、実は外からの情報。「とても美味しい日本酒がある。それ、中之条で作ってるらしい」と高崎の知人が言っていたのを聞いたのだ。多分、あまり出回っている酒ではなく、中之条でも「歴史と民俗の博物館ミュゼ」下の平形酒店でのみ購入が出来る。

 

ピンク色ラベルの「直汲み荒ばしり」は、ほのかな発泡性もあり、爽やかなんだけど飽きることなく芯のある甘みと苦味がある。今まで、映画のクランクアップの酒の席や、親しい人が集まる場所に、何度か好き好んで買って持って行った。今年偶然、仕事で貴娘酒造の撮影を行ったことも、愛着の一因になっている。

 

群馬には、たくさんの酒蔵がある。それはとても豊かなことだと思う。

3904声 おいしいものだけを売る

2018年07月23日

「スーパーまるおか」をご存知だろうか。現在は場所をイオン高崎そばに移した、全国各地から「作り手と商品・材料がはっきりわかるもの、店員が食べて美味しかったもの」だけを集め売っているスーパーだ。もう5年くらい印刷の広告を担当している。

 

きっかけは「以前チラシ作成を頼んでいた人がもうやらなくなったから。BIOSK(高崎で固定種野菜と加工品を売る店)にチラシが作れる人がいると聞いて」というシンプルなもの。そのきっかけをもらうまで行ったこともなかったが、1度2度行ってその徹底ぶりに驚いた。普通のスーパー感覚でレジに向かうといい金額になるので、「1回行ったら何か1つ、買ったことのないものを買う」という自分ルールを儲け、結果鍋の素でも酢でも「こんな美味しいものがあるのか」と度々感動している。

 

創業50周年を迎えるまるおか。そんなに長く続けていて今まで「新聞折込広告は入れたことがない」という徹底ぶり(つまりはリピーターと口コミ頼り)もすごいが、今回はじめて前橋・高崎に新聞折込を入れた。反応は上々だと聞いて、ほっとした。

 

良くも悪くも「高級スーパー」と呼ばれ、来るお客・来ないお客が2分化している気がするまるおか。けれどわりと長く関係して来た僕が思うのは「いいと思ったものを適正価格で売っている」だけとも思う。いい物でも定価が安いものはその程度で売っているし、牧草にも非加熱処理にもこだわって手間と時間をかけた牛乳が高価なのはそこまでした結果なのだ。全てが価格競争でジャッジされたら、いいもの、いい生産者、いいお客は残らない。

 

この商い、仕組みはわかっても、実践し継続しここまで積み上げるのは至難の技。すごい店である。

3903声 出来た!

2018年07月22日

9日間の「温泉郷クラフトシアター」が終わった。映像担当として、パンフレットだけでは伝わらない各ものづくりの面白さを、即撮・即編で映像化し、会場やネットで紹介し、それを見た人が「これ作ってみよう」と思うような動線作りにチャレンジした。結果、26人くらいの作家のうち半数くらいは会期中に間に合わなかったが、2〜3分の短編動画をある程度は量産した。全てが揃ったら、結構面白い映像アプローチになると思う(後々youtubeにアップするので8月半ばくらいに「温泉郷クラフトシアター」で検索してみてください)

 

撮影していて一番いいなと思うのは、アクセサリーにしろ刺繍にしろお盆にしろダルマにしろ、作家の指導のもとにお客さんが自分なりにそれらを作り、作るまでの大変さの大小はあるにしても、完成した直後に見せる「出来た!」という喜びの顔である。実にいい顔をする。

 

ものが溢れる時代。使い捨ての時代。いい材料といい時間、手間をかけて作るものは美しい。自分の手がかかるとなるとその美しさは5倍にも 10倍にもなる。きっと、長く愛してくれるに違いない。

 

僕ができることは、映像という手法で石を宝石に見せることではなく(そういう腕はないのもあるが)、9日間というその時間の中で、かけがえのない時間に立ち会い、それらを削って「彫刻」していくことなのかもしれない。まだ編集は終わってないけど、僕にとってもとてもいい体験だった。

3902声 それは左利き

2018年07月21日

僕は生まれてから今まで右利きである。ただし、鼻毛を抜く時だけは左手を使うことに今気付いた。

3901声 ランゴリーノ

2018年07月20日

「温泉郷クラフトシアター」で平日の3日間。わざわざ館林からイタリアンレストラン「ランゴリーノ」のシェフが来てハンバーガーを販売した。

 

その初日、ものすごく顔色の悪い様子で準備するシェフ。「僕のことはカズくんと呼んでください」と言い、「店の通常営業と今回の出店・イベントの準備でほとんど寝てません」と話す彼への第一印象は悪いけど「変人」である。でもそのわずか数日で、美食家が多い(気がする)ものづくり作家たちとお客さんの心をぐっと掴んだ。

 

ハンバーガー販売だけでなく、四万の柏屋カフェのキッチンをカズくんが借りて(そこで貸す柏屋もすごいけど)渾身の料理を食べる会が開催された。僕もちゃっかり参加した。フレッシュなスパークリングワインと、熟成させたチーズ・オリーブの前菜。苦いでも爽やかでもないけど個性的な赤ワインに、あえて時間をおいたレバーパテやあえて新鮮なまま出すハム。この料理にこの酒というペアリング。全てを食べ終わり、恍惚感に包まれ、彼への印象は「根っからの変人」に格上げした。(昔食べた変人料理人・堀澤さんの料理も思い出しつつ・・)

 

飲食に携わる人にも色々な種類がある。自分で食べずとも食べ物は提供もできる。ただ、「食べることが本当に好きで、本当に美味しい食材・食べ方を追求し続け、その結果報告としてお客さんにそれを提供する」という料理人が稀に存在する。「ランゴリーノ」のカズくんはその領域の人だ。館林にだってわざわざ行く価値ありますよ。

3900声 ヤーマン

2018年07月19日

「温泉郷クラフトシアター」では、メイン会場となる木造校舎の前でかき氷を売っている。それを売っているのは移動販売専門の「KOTOARIKI citta」。シロップは、生のフルーツと砂糖だけを原料にしており、桃だブルーベリーだそのものの味がする。この暑さで、売れる日はかなり売れていた。

 

それを売っていた青年・・おじさんが、いわゆるヤーマンだと気付いたのはイベントが始まった後だった。ヤーマンと呼ばれるかれは昔、前橋の弁天通で「ヤーマンズカフェ」なる変わったカフェをやっていて、僕は行ったこともなかったのだけど共通の知人もおり、一言でいえば「カオスな前橋」の一旦を担っていた人物だと思う。同い年だということも今回初めて知った。

 

前橋は目まぐるしい。僕が小学校のころ遊びに行っていた前橋は、まだ商店街もぎりぎり生き残っており、人通りも多かったように思う。それから二十数年が経ち、砂山が崩れるようにしだいにシャッター商店街の代名詞的に呼ばれるようになっていった。

 

そんな中で、ヤーマンズカフェがあり、フリッツアートセンターの小見さんが「前橋アートコンペライブ」をしたり、「シネマまえばし」が閉館して「アーツ前橋」が開館して、藤澤陽くんがゆるく集まって何かしようという「前橋○○部」を展開し、メガネのJINSの田中さんが中心となって新しい店舗の立ち上げや岡本太郎の鐘がそびえ立ったりしている。全国的な知名度はないかもしれないが、文化が芽生え、育ち、途切れ、また芽生え、繰り返している。

 

近くの遠くで「前橋」を見てきた僕は、過去そのど真ん中で青春を過ごしたヤーマンと、けっこう色々な話をした。僕にとっても「前橋はこうなって欲しい」みたいなものはあまりないのだけど、高崎とはまた違う良さを持ち続けて欲しい。

3899声 青春っぽい

2018年07月18日

「温泉郷クラフトシアター」。前回よりも多く関わっている。参加作家は、四万の森の中にあるレジデンスに自由に泊まることができる。僕も数日泊まっている。目的は会社や家にいるよりは編集作業が捗るかと思ったのだが・・結局、泊まる作家と酒盛りが始まる。であればであったで、餃子を持って行って焼いたり、夏野菜を「カンタン酢」に入れといたやつを持っていったり。

 

中之条ビエンナーレでは、長期間制作をする作家たちが町内各所でレジデンス生活を送り、そこでの交流も参加する醍醐味になっている。

 

酒を飲みながら、自分はこうしたい、ああしたいを語り合った。いい年こいて、青春っぽかった。

3898声 暑い

2018年07月17日

例年になく暑い日が続く。
渋川から中之条へ向かう途中、少し気温が下がる。
中之条から四万へ向かう途中、少し気温が下がる。
その四万にいても暑い。甘い事を言っている。
館林は何度だろうか。

 

暑ければ痩せる・・というものではない。

3897声 道頓堀

2018年07月16日

新聞代配をしていて、ふと詩と歌が浮かんだ。聞いてください「道頓堀」。

 

===

 

道頓堀で
あなたが二人いて
酔い過ぎちゃったわ
寂しかったの

 

道頓堀で
あなたにゲロ吐いて
逃げないあなたを
好きになったの

 

道頓堀で
あなたの待ち受けに
見つけちゃったの
子どもの笑顔

 

道頓堀で
あなたに言い寄られ
酔いも覚めたと
一人で帰る

3896声 少年笹餅

2018年07月15日

旅館や飲食店の2代目など、若い経営者からなる四万温泉青年部から提案があり、中之条ビエンナーレに続き、温泉郷クラフトシアターでも「四万温泉ナイトシアター」を開催することとなった。

 

そんじょそこらの映画ではなく、地元の映画をということで、前回に続き「伊参スタジオ映画祭」の映画を上映していただく。2003年に始まったシナリオ大賞というシナリオコンペで、初年度大賞を受賞した『少年笹餅』と『貝ノ耳』、現在もなお自主上映が開かれる『彦とベガ』、そして当時まだ大学生だった高橋名月さんが監督した『正しいバスの見分け方』の4本。

 

僕はそもそも、中之条町へ帰ってきてほぼ無職で犬の散歩をしている時に、近所の川原で『少年笹餅』の撮影現場に遭遇。そういえば映画祭やっていたんだとその夜実行委員会の集まりに飛び込み、映画祭スタッフになったという思い出がある。

 

『少年笹餅』はまた、当時小学生だった中之条の子どもたちが主役・脇役を固めている。当時の子たちは・・今は20代なかばか。この映画出演を機に映像業界で働いている子もいる。監督であった岩田ユキさんは、現在漫画家デビューも果たしその多彩ぶりを見せている。

 

久しぶりに観る『少年笹餅』はとても良い映画だった。

3895声 ゆうみん

2018年07月14日

四万温泉はバリバリの観光地ではあるものの、観光客よりむしろ地元の人に愛される店がある。特殊な釜炊きシャリの「一力寿司」しかり、これから書く「ゆうみん」しかり。

 

「ゆうみん」は落合通りに並ぶ飲食店の1店。唯一の中華料理屋。お世辞にも入りたい!と思うような店構えでもない。僕も自分から飛び込んで知ったのではなく、四万で生まれ育った四万温泉観光協会の宮崎くんに連れて来てもらい始めて来店した。店主のおじさんは、実に「それほど大きくはない温泉地で、昔っから中華料理を作ってきた」面構え。ちょっと強面だけど、優しげな方である。

 

餃子は、注文を受けてから包むらしい。小ぶりのパリッとした餃子。店の看板メニュー。でも特筆したいのは、焼きそば。いい意味でちょっとモサっとした麺が・・すっぱいのだ。僕の経験上では、今まで食べたことがない味だった。おじさんに聞くと「何度となく焼きそば作ってよ。飽きない味はなんだってのをよく考えたわけよ。それで、ソースじゃなくて醤油と酢の焼きそばを作ったって訳」と案外すんなり教えてくれた。焼きそば食べ食べ、間に餃子をつまんで、満足して店を出た。

 

あ。「ゆうみんとユーミンは関係あるんですか?」って聞くのを忘れた。おじさんの面構えを見るに、多分、ない。

3894声 温泉郷クラフトシアター

2018年07月13日

2年に一度、中之条ビエンナーレが開催しない年に、県内ものづくり作家が四万温泉に集まる「温泉郷クラフトシアター」が開催される。

 

前回僕は映像記録として参加したのだが、今回はどういう話の流れだったか「岡安もメンバーだな」という一声で、ものづくり作家とならび「映像:岡安賢一」とパンフレットに表記された。メンバーになると何が違うのか、よくわからないけど、前回よりはかなり濃密に関わるつもりでいる。

 

このイベントの広告は、もうずっと中之条ビエンナーレディレクターの山重さんが担当している。浴衣を来た女性が佇む、けれどその顔には動物を模したお面がつけられている。「見せないことでわくわく感を出す」実に山重さんらしいコンセプト。そのメインビジュアルと同じ世界にあるような小さな物語として、イベント予告のような変わった映像を、今年も作った。

 

お面は、クラフトシアターに発展するきかっけを作った「秋、酒蔵にて」というクラフト展で繋がりのある外丸治くんのもの。踊り手?は、これまた「秋、酒蔵にて」でフラメンコによるパフォーマンスで魅せてくれるAyumi Miyazakiさん。小さな映像を作るにあたりお二人に声かけしたら「ぜひ!」と快諾してくれた。

 

実にいいイベントなので、多くの方に来ていただきたい。

3893声 酸っぱいもの

2018年07月12日

暑い時はすっぱいものが欲しくなる。一度覚えれば簡単な配合なのだとも思うけど、スーパーで「カンタン酢」的なものを買ってきて、ビニール袋にきゅうり、大根、かぶ、玉ねぎなど好きな野菜をザクザク切って入れ、カンタン酢的なものを注いでもみもみ。しばし冷蔵庫に放っておく。それをぽりぽりするのが最近の流行り。

3892声 全身映画監督

2018年07月11日

日本映画学校(現在は大学)では、1年次に脚本撮影録音ドキュメンタリー・・諸々を体験し、2・3学年で専攻を選択し学ぶ。僕はドキュメンタリーゼミを選んだ。3年の担任は、原一男監督だった。

 

当時の僕は、公開当時事件的に扱われた『ゆきゆきて、神軍』も一度見て「なんかよくわからない」と思った程度。そもそも戦争も知らず、「貴様は戦地で若い兵士の肉を食っただろう」と元上官を攻め立てる奥崎謙三氏は、違和感でしかなかった。原さんは、すでにある程度の年齢であったが一言で言えばエネルギッシュ。「ドキュメンタリーは、劇映画の数倍の要素を入れ込まないといけない」と、独自のドキュメンタリー論を展開した。

 

その年の夏、ドキュメンタリー合宿を行った。行き先は確か長崎。原さんの知人が経営する老人ホームに僕らが学生が滞在し、そこで生活する老人たちのショートドキュメンタリーを製作した。僕は、序盤の企画書提出だけで苦戦した。原さんからOKをもらえないと寝れない。午前0時は過ぎたと思う。その合宿で僕は、「人にカメラを向けることの難しさ」をより実感した。濃密な時間だった。

 

忘れられないのは、合宿の工程が終わった後、長崎へ来たのだからとゼミのみんなでちゃんぽんを食べて、温泉に入った。そこで、丸裸で、背中をまるめて体を洗う原監督は、どうみても年相応の疲れたおじさんだった。それであっても彼は、自分を奮いたたせ、「ドキュメンタリー監督は天国へは行けない」と公言し、あの合宿から15年近くが過ぎた今こうして撮影期間8年を費やして『ニッポン国vs泉南石綿村』を完成させた。

 

原一男、は全身映画監督である。僕の中に3%でもいいから、原イズムが残っていることを願う。

3891声 ニッポン国vs泉南石綿村

2018年07月10日

シネマテークたかさきで『ニッポン国vs泉南石綿村』を観た。日本のドキュメンタリー映画の中で(ニッチな枠ではあるが)有名な原一男監督(『ゆきゆきて、神軍』、『全身小説家』など)が8年もの間撮影に費やしたドキュメンタリー映画だ。上映時間215分。途中休憩を挟む。

 

石綿=アスベスト。断熱材として使われていたそれが人に危害を及ぼす危険な材料で、その製造に関わった人たちが訴訟を起こしたということは、なんとなくニュースで見た記憶があった。けれどその程度である。被害者団体に近く寄り添った原監督は、被害者一人一人にインタビューをし、訴訟の様子も・・いかに国が他人事のように不誠実に対応するかも撮り続ける。

 

原監督は「アクションドキュメンタリー」が作風だと公言している。それは過去作において、戦時中の責任を負わず生活する元軍人を、殺す勢いで批判する奥崎謙三を主人公とした『ゆきゆきて、神軍』しかり、脳性マヒの所謂障害者と言われる人々が、同情の対象になるのではなく、社会に対して物申すという抗議行動を追った『さようならCP』しかり、実際アクション性のあるドキュメンタリー作品だった。

 

けれどこの石綿村では、被写体はいわゆる一般的な人々である。ちょっと泉谷しげる似の「泉南アズベストの会」代表が厚生労働省に押し入ろうとするシーンなどはあるが若干空振り。過去作に比べてアクション性は少ないように思える。けれど、「アスベストの生産仕事に誇りを持ち仕事に懸命だった人々が、肺を真っ黒にし、呼吸困難に陥り、常に酸素チューブを着けないと生きられない体になり、その理不尽さを抱えながら死んでいく」その過程の途中でのインタビュー映像だけで、僕が思うには十分にアクションしていた。

 

多くの人が行き来する街頭で、アスベスト被害に会った男性の奥さんが、通行人に演説する。「訴訟に加担することを夫に言った時、夫からは「俺は俺の仕事に誇りを持っていた。金だって十分に稼いだ。お前はそんなに金が欲しいのか?」と言われました。悲しい。私は、お金が欲しいんじゃありません。日に日に弱っていく夫の尊厳を守りたいんです」というような内容だ。であっても、足を止める通行人はいない。僕もその場にいたら通り過ぎているだろう。けれどカメラはけっこうなアップでその女性の演説を撮り続ける。すると、そのアップサイズでスクリーンでその演説を見ると、その女性の心が受け手に伝わるのである。

 

撮影期間8年か・・。原一男監督はまた、僕が日本映画学校に通っていた時の講師でもある。

3890声 マーチ

2018年07月09日

18か19歳の夏。どの地域にも「いのいちばんに自動車免許を取ろうと躍起になるやつ」はいるもので、僕らの友達内ではタケシが取得した。親の車だったのか、買ってもらったのか小さなマーチに乗って、その夏彼はやってきた。男ばかり5人、18か19歳と言えば体はもう成人と変わらない。ぎゅうぎゅうで、冷房をかけても暑くて、カースレテオからは(今思うと恥ずかしい)ゆずの「夏色」がリピートされていた。道中のことはよく覚えていない。その年ならではの、あいつは誰々と付き合っているとか、そういうくだらない話ししかしなかったことだけは確か。

 

そうして、むんむんとした男たちを乗せたマーチがヒーコラ向かった先は、海だった。