日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

1197声 屋台のぬくもり

2011年04月11日

あの日から一ヶ月である。
そんな日に、何の仕打ちか、福島県で、また地震。
最大震度は6弱と言う、抜き差しならない状況。
それでも、復興の手は休まない。

昨日は、高崎市の、高崎田町屋台通りや、すもの食堂において、
群馬県に避難している方々と、交流する催しが行われた。
避難場所は、東吾妻町の町営施設。
そこからみんな、車に乗ってやって来たのである。
私は夜から行って、屋台で飲んでいただけなので、
大した事はしていないが、それでも。
被災された福島県南相馬市の方々から、直に被災状況を聞くと、
ニュースでは得られない、痛切な思いが伝わって来た。

屋台の扉が開いた。
コの字型のカウンター越しに、ピザの注文である。
それも、5枚。
おやっさんは、大急ぎで焼にかかる。
避難所へ行っても、焼き立てのピザは、きっと食べられない。
そして、この狭い屋台で肩を寄せ合うぬくもりは、きっと感じられない。
ピザが焼き上がると、それを御土産に、御一行は車で、
東吾妻町へと発った。
高崎市から避難場所へ到着するまで。
いや、食べるその瞬間まで。
暖かくあってほしい、と思った。

【天候】
終日、晴れ。
午後より雲多く、一時、小雨。
夕方、群馬県は震度4程度の揺れ。

1196声 ジェットの刺激

2011年04月10日

「赤くなってるよ」
言われて、鏡の前に背中を向けて見れば、
背中の真ん中に、野球ボールほどの赤丸が二つ。
「15センチくらい離した方がいいねぇ、あれは、気持好いんだけど」
「そうですね、気持好かったんで、つい、近づけてしまいました」
手拭いを背中にまわして、ゴシゴシと、
恥ずかしさ紛れに、擦ってみた。

私の背中に赤丸を付けたもの。
それは、浴槽に付いている、「ジェット噴射」なのである。
今日は、渋川市の銭湯「福寿湯」に久しぶりに出掛けた。
いつ来ても、福寿湯の浴室は、清潔で洒落ていると、感じる。
福寿湯の湯船には、強力なジェット噴射が二基、付いている。
これを背中に当てて、ゆったりと湯船に浸かるのが、
入浴客の至福の時間なのである。

福寿湯において、私の数ある中の好きな点に、
湯温が温い、と言う点がある。
これにより、ゆったりと長湯ができる。
ジェット噴射を至近距離で背中にあて、長く浸かっているものだから、
その跡が、くっきりと残ってしまったのである。
「爺臭い」
と思われても、私の体がジェットの刺激を欲しているのだから、
そう思われても、仕方が無い。

湯上がり。
番台のおばちゃんと、オロナミンCを飲みながら、雑談。
私の本を読んで、首都圏から来てくれた湯客があるようだった。
以前、開催された銭湯ナイトで、
群馬県北部の銭湯事情を尋ねられた事があり、
その人かな、とも思った。
県外から、女性も来ている様だった。
伝統銭湯では、「女性の強さ」を思い知る場面に、多く出くわす。
ここ福寿湯も、然り。

【天候】
終日、穏やかな快晴。
群馬県内の里山、菜の花と桜のコントラストが、とても綺麗である。

1195声 真夜中の砲弾

2011年04月09日

朝から雨。
休日、それも桜の時期の雨。
ってのは、巷には喜ばれないかも知れない。
しかし、今日の私にとっては、喜ばしいことに思える。

花粉症のこともあるが、雨の休日。
ってのは、神経を休めるには、丁度良い。
一刻も早く、曇天を引き裂いて、青空の顔が見たい。
なんて思っている方々は、大変、精神的に健康な状態だと思う。

昨晩は、隣町にある場末の居酒屋に行ってみた。
「行ってみた」
と言うのは、その店が初めての店だったから。
初めて入る酒場(この場合では個人経営の小さな飲み屋であるが)、
と言うのは、ちと緊張する。

生麦酒から始まって、カウンターでひとしきり飲む。
店内、私を除いて、みな顔見知りの常連さんばかり。
その中にいて、ひとり粛々と、杯を進めてゆく。
時折、厨房の親父さんが気を使って話しかけてくれるが、
会話を上手く繋げない。
仕様が無いので、テレビのボクシング中継ばかり見ていた。
会話に混ぜてほしい。
のではなく、この、空気に混ぜてほしい。
のだな、などと、たこわさびをつつきながら、
自らの胸の奥を探っている、かなしさ。

帰る頃にはやや千鳥足になっており、
店の女将さんが、見送ってくれた。
覚束ない足取りで、二階から降りて行く、私の背中を、
呆れた様な顔で見ているような、気がした。
階段の下まで降りて、数歩。
「ゴチリ」
音がした暗がりの方へ目をやると、
砲弾のようなものがひとつ転がっていた。
顔を近づけて確認すると、それは、
プロパンガスのバルブの上にかぶせてある、カバー。
元の位置に立てて、帰った。
砲弾、ではなくて良かった。

【天候】
朝より雨だが、直ぐに止む。
午後には薄日が差し込み、しきりに囀りも聞こえた。

1194声 大地がある

2011年04月08日

少し動けば、軽く汗ばむ。
くらいに留まらず、額にじんわりと汗が浮き出すほど。
今日の体感気温が、である。

高崎城址のお濠端の桜も、7分咲位になっており、
通行人の眼を楽しませている。
極少数ではあるが、昼間からブルーシートの上、
のんびりとお花見していた。
昨晩は、3月11日の地震以来、最大の余震が起こったので、
巷にも、いささか緊張感が戻っているようだった。
今回は、左程、大きい津波が来なかったのが、
せめてもの救いであった。

あの日。
押し寄せた大津波が、地上の、あらゆるものを、
飲み込んで行ってしまった。
報道写真や映像を見るに、一面の瓦礫であった。
その後は、放射能に脅かされる事になった。
しかし、大地は残っている。
日本の、この大地には、桜が咲くではないか。
桜が咲いて、人や動物が住んで、畑や町がある。
空があって、空気があって、水がある。
そこに、あまねく、光がある。

【天候】
終日、薄曇り。
晴れ間から注ぐ日差しは強く、気温も20度前後。
計画停電は今日で解除。

1193声 お見舞い

2011年04月07日

市街地の外れにある、左程大きくも、かと言って小さくもない病院。
そこに、祖母が入院したのは、一昨日。
その話を、両親から聞かされたのは、昨晩。
詳しい話を詮索せず、箸を休めないまま、
「取り合えず、明日、行ってみる」
とだけ、答えた。

流行らなそうな鄙びた和菓子屋で、和菓子の詰め合わせを、ひとつ買った。
それを、見舞いの品に携え、病院の入り口をくぐった。
昼さがりの病院は、閑散としており、受付には人も疎らだった。
テレビの声が響く中、忙しげに若い女性の看護師が、行き来していた。

二階へ上がると入院病棟になっていた。
病院特有の消毒剤のような匂いが、鼻をつく。
中央の受け付けを通り過ぎて、一番端の部屋から、
部屋の入り口にある、祖母の名前を探してゆく。
通路には、各部屋のドアが、開け放たれている。

そう言う病棟なのだろうか、入院患者は皆、お年寄。
患者同士で歓談をしたり、点滴を打ちながら寝ていたり、
それぞれの時間を過している。
私が部屋を覗きこむと、起きている人は、少し驚いた様な表情で、
じっと、私の顔を見た。
部屋に顔を入れた瞬間、室内の空気が、重く、淀んでいる様な感じがした。
ここでも、若い女性の看護師が、背の高い銀色の台車に薬品を載せて、
忙しく各部屋を回っていた。

祖母の名前は、一番奥の部屋にあった。
開け放たれた窓から入り込む、午後の柔らかい日差し。
春風がやさしく、薄緑色のカーテンを揺らしている。
カーテンの前、窓の桟に手を付いている御婆さんが、
やはり、少し驚いた様な表情で、私を凝視している。

一番入口に近いベッドで、祖母は今、寝ていた。
打っている、透明な点滴の効用か、子供のように、深く寝入っている。
正月に会った時から、随分と痩せた印象である。
その為、一目見た時は、ここに寝ているのは、別の人かと思った。
名前を確認してから見ても、腑に落ちなかった。

「おばあちゃん」
と声をかけようと思ったが、止めた。
ベッドの脇の机に、備品が置いてあるので、
午前中に見舞いが来たらしかった。
その脇に、先程の御菓子をそっと置いて、部屋を辞した。

薄暗い廊下から、階段を下りた。
祖母の部屋から、遠ざかって行く。
過去の、元気だった頃の祖母の映像が、瞼の裏に映った。
病院の外へ出ると、あまねく、春の光が満ちていて、
懐かしさが込み上げて、胸を刺した。

【天候】
終日、快晴。
風もなく、暖かな一日。

1192声 平日の昼の閑散

2011年04月06日

「しかし、ガラガラだな」
思わず心の中で呟いてしまったのは、
今日、行きつけの食堂の暖簾をくぐった瞬間。
いつもの平日の昼時は、工業団地の工員さんたちが、
店内にひしめいている筈。

お茶を持って来てくれた、おばちゃんに聞くと、
工業団地が全体的に、昨今の計画停電等の影響で、
勤務時間や出勤日が、大幅にずれているらしい。

「大変ですねぇ」
と声をかけたら、おばちゃん、薄笑い。
隣にある、チェーン展開のうどん屋さんが、
計画停電中は休業するので、お客さんが流れて来ると言う。
「停電特需」
ったら世間体が悪いが、今日みたいな日の反面、そんな日もある。
やはり、昭和時代を生き抜いてきた商売は強い。

おばちゃんは、自宅横の畑で、かき菜やほうれん草を作っており、
それを食堂の定食メニュー内で、出している。
今回の放射能汚染の報道で、自粛していたらしい。
私も、一番美味しい時期に、おばちゃんの春野菜を食べられない事を、
口惜しく思った。
奥から、食堂の若旦那が出てきて、まだ赤ちゃんの息子の為、
飲料水の確保に各商店を奔走した話を、意気揚々と語りだした。
おばちゃんは、先日、上毛新聞社の本社まで、義援金を届けに行ったらしい。
ここでもやはり、昭和時代を生き抜いてきた強さ、を感じた。

ラーメンを啜り終わって、箸を置く。
誰もいない店内に、テレビの音が響いている。
ゆっくりと、入口の硝子戸が音を立てて開いた。
入って来たのは、一見して職業の判別がつかない、常連のおやっさんだった。
そして、いつもの席で、いつものラーメン定食。

【天候】
終日、快晴。
晴れて、とても暖かい一日。
計画停電は、4月で一旦打ち切りとの発表。

1191声 風が光って山が笑う

2011年04月05日

「山笑う」
と言う季題があるが、どの山も今時期はまさに、
微笑んでいるような印象を受ける。
県内の桜も、満開の手前まで来ており、
いよいよ華やぎの季節を迎える。

街中で見かけたのは、大学の新入生、であろう。
みな真新しいスーツを来て、お母さんと一緒に群馬音楽センターへ入って行く。
今日を皮きりに、群馬音楽センターはもとより、
各学校で入学式シーズンを迎える。
彼らが市井にも、華やぎを添えることだろう。

また、週末の居酒屋や飲み屋街では、酔いつぶれた若者を、
多く目にする季節の到来でもある。
震災の影響を鑑み、今年はいささか下火になるだろうが、
東北地方のアルコール業界は、むしろ飲んでもらった方が助けになるだろう。
「お酒が心の癒しになる」
と言う事を勉強する、良い機会になるやも知れぬ。
とまれ、新入生の多くは、未成年なのだが。

大方の新入生諸君は、高崎市役所の付近の桜並木で、
母親と記念写真を撮っていた。
初々しい彼らに、当たって、吹き行く風は、キラキラ光って見えた。

【天候】
終日、快晴。
風もなく、雲一つない青空。
計画停電は、今日明日とも見送り。

1190声 桜と猫とわたし

2011年04月04日

前橋地方気象台が、昨日の3日。
市内においてソメイヨシノが開花したと、発表した。
気象台発表によると、桜は1週間ほどで満開となる見通しなので、
今週末には満開を迎えるのだろう。
今年はどこも、桜満開の中での、入学式であろう。

週末は都内の方へ行っていたのだが、
やはり各商店や自動販売機では、水が売り切れ状態だった。
飲料水の確保は、群馬県よりも、はるかに困難な様子が伺えた。
「お一人様三本まで」
なんて張り紙が、どこの量販店の飲料水売り場に貼ってあった。
しかし、全く無い訳ではなく、随時、供給はされている。
それを上回る需要があるらしい。

地方よりも桜の開花が早い都内では、この時期、
「桜まつり」が開催される予定らしかった。
その看板の上には、どこも、「東日本大震災の云々」と言う口上で始まる、
開催中止を伝える張り紙。
上野公園には、パンダ見物客の長い列。
繁華街には、飛び回っている、春休みの子供たち。
飲み屋街には、新社員と思しき青年たちの一群。
あてもなく、ふらふらと街を彷徨っているのは、わたし。
暗がりに入り込む寸前に、振り返った猫と、目が合った。

【天候】
終日、晴れ。
午後より風強し。
先週末に引き続き、今日、明日も計画停電は見送りの様子。

1189声 生活の現像

2011年04月03日

「一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がる」
ってな歌の文句ではないが、そのくらい、
腰を据えて取り組まないといけない。
そう感じているのが、私の句業である。

生活の中で俳句を作る時。
その句作の状況は、大きく二つに別れる。
季題が現像か、想像か、である。
現像というのが正しいか否か、怪しいところではあるが、
現実と言う意味も加味している。

季題の現像。
ってのは、読んで字の如く、実物の桜を観察して、桜の句を作る。
季題の想像。
ってのは、その反対に、過去に観た桜を想像して、桜の句を作る。

端的に言えば、どちらの状況でも、無理なく句が作れれば良い。
のだが、現在、私の場合、やはり現像を写生した句の方が、
「秀」となる事が多い。

先日も、先生に見てもらった句の中。
丸が付いているのは、全てと言っていいほど、現像を写生した句。
その中、「とりあえず代表句」てぇな、意外と好評だった句も、
現像の梅を、観察して作った句。
就寝前に、寝床の中でメモ帳に書き留めた句など、
ことごとく、駄句ばかりである。

その伝で行くと、この文章も、現像を前にした写生文の方が、
読者に対し、訴えかける文章が出来るかも知れない。
しかし、私のおぼろげな生活の現像自体が、
面白味のないものばかりである。
然るにやはり散文は、いささかの想像を交えつつ、創作がした方がよい。
と言う結論に達した、私の場合は、であるが。

【天候】
朝より曇り。
気温は昨日から大分下がり、冴え返る。
夕方には晴れるが、肌寒い一日。

1188声 水元公園散歩

2011年04月02日

葛飾区の水元公園。
てぇ名前だけは、知っていた。
映画「男はつらいよ」の劇中、何度も出て来る、ロケ地だからである。
自然豊かな水郷公園で、都内屈指の花菖蒲の名所としても、
名を馳せている。
この公園を、ほっつき歩いていたのは、今日の午後3時頃であった。

桜は、ソメイヨシノが2分咲といった具合なので、
花見客などは見当たらなかった。
公園となりにある、香取神社には、枝垂れ桜の老木があり、
満開に咲いていた。
そのお陰で、メモ帳に1、2句書き留めることができた。
肝心の花菖蒲は、この時期見る影もないが、
園内には春の花々が咲いており、春の色に彩られていた。

春休みなのであろう、沢山の子供たち。
皆、手に網とプラスチックの虫籠を持ち、水辺を走り回っている。
都内にも、子供が思いっきり遊べる公園が、やはり必要である。
と、感じた。
女の子の一群が集まっているので、近くに行って見ると、
網の中に、テナガエビが獲れていた。

香取神社の脇には、大人がひょいとひとまたぎ出来るほどの小川がある。
そこでは、親子連れや、地元のおじいちゃんなどが、短い竿に玉ウキをつけて、
釣りをしていた。
じっと見ていると、斜向かいのお父さんが、一匹、釣り上げた。
小さい、ハゼであった。
針から外すと、少し離れたところをあるいていた鷺の前へ、投げた。
それに気づくた鷺のくちばしは、地に着く前に、器用にそれを捉えた。
テナガエビにハゼ。
群馬とは随分と水辺の生き物が違うことを、実感した。

夕方になり、帰路につこうとした時に、地面がゆるやかに揺れた。
「余震が未だ続いている」
と感じ、少し不安になった。
周りに人にも、一瞬に、緊張が走っている様だった。
【天候】
終日、穏やかな快晴。
花粉、甚だ多し。

1187声 初花の誘い

2011年04月01日

「こっちこっち」
と、案内をされたのは、暗がりの幹。
差し出された指の先、屈んで顔を近づけてみると、あった。
初花が、である。

僅かに二輪ばかし、咲いていた。
この、前橋公園内の他のソメイヨシノは、未だ蕾を固く閉ざしている。
公園の隅に、少しばかり立ち並んでいる夜店屋台も、
骨組みだけを残している。

懐中電灯で照らし、慌てて句を引っ張り出そうと、その可憐な花弁を凝視。
無粋な私の見つめ方が、桜の花びらの機嫌を損ねた様で、
いささか、花の色が陰った様な気がした。
そんな調子なので、満足な句など出来やしない。

おまけに、集合時間を1時間しくじってしまい、
私に残された時間は、せいぜい30分。
30分で何とか数だけを揃えて、投句。
月例の句会も、折角、趣向を変えて、前橋公園へ夜桜吟行だと言うのに、
私の結果は勿論、惨憺たるものとなってしまった。

「いやはや、遅れました」
と、先生に挨拶した時、ふんわりと、夜風に漂って来たのは、酒の香り。
寒さしのぎに、コップ酒でも飲んでいらしたのだろう。
花見の匂いだな、と思った。

【天候】
終日、穏やかな快晴。
計画停電も今週は見送り。
花粉の飛散量は多いけれど、駘蕩とした空気。

1186声 春の職員室

2011年03月31日

日増しに、気温が暖かくなっている。
計画停電の実施見送りも続き、且つ、
春休み期間と言う事も有り、巷には駘蕩とした空気感が漂っている。

昨日は、自分の出身学校へ行く用事があった。
仕事であるが、行く日を、いささか楽しみにしていた。
玄関から入り、ぺったんこの来客用スリッパをつっかけて、
廊下を歩いてみた。
建物は変わっていないのだが、やはり、当時より随分と狭く感じた。
静まり返っている廊下から、校庭の桜並木が見えたが、
未だ桜は咲いていなかった。
芭蕉の句。

「さまざまのこと思ひ出す桜かな」

まさに、そんな趣がであった。

職員室の脇に、山村暮鳥の詩が掲示してあった。
その昔、山村暮鳥が代用教員を勤めていた学校なのである。
在学当時は、「ぼちょー」と言われても、
その語感の面白さしか残らなかったが、
青年になってから、この同郷の詩人の作品に、感銘を受けた。
日当たりの悪い、壁の隅っこに掲示してある暮鳥の詩を、
卒業した後、読み返しに来る子供がいるかも知れない。
そう言う光景が、連想された。

職員室の扉を、ゆっくりと開けた。
その「ガラガラッ」と、引いて開ける扉の音と手の感覚が、
小学生時分を鮮明に、思い起こさせた。
私の在学当時は、職員室の扉を開けると、いつも、
煙草の紫煙が渦巻いていた。
出て来たのは、煙草の紫煙ではなく、
私よりも随分と年若な、女性の先生だった。
扉を開ける際、反射的に、「しつれいします」と、大きな声が出た。
教育ってのは、体の奥底に染み込んでいるものである。
今時分の先生方の服装ってのも、随分とお洒落になったと、感じた。

【天候】
終日、快晴。
午後より風強く雲多し。

1185声 その日に向かって

2011年03月30日

「泣いた」

と言う人が多いのは、昨夜、
サッカーの東日本大震災復興支援チャリティーマッチが、開催されたから。
日本代表対Jリーグ選抜の試合において、交代出場のカズが見事、
ゴールを決めたから、である。

私の場合。
今まさに絶頂の、花粉症諸症状による、眼のかゆみと鼻水に、泣かされていた。
しかし、少年時代より、カズの試合を観て来た世代として、
昨夜のゴールは、感慨深かった。
そして、世代間の溝が、印象的に感じたのは、先日開催された、
第83回選抜高校野球開会式の、選手宣誓。

宣誓したのは、創志学園の野山慎介主将。
その始まりの言葉が、とても、残った。

「宣誓。私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。」

と、始まって行くのだが、あの、阪神淡路大震災の年に生まれた子が、
もう高校球児になったのか。
などと、深い印象の後に、小波の様な感慨がやって来た。

その伝で行くと、この東日本大震災の年に生まれ出たる子たち。
その中にも、16年後の将来、甲子園の土を踏むべく、球児となり、
日々奮闘して行く子がいるだろう。
そして、どこかの高校の主将の、何某君が、壇上で、宣誓するだろう。

「宣誓。私たちは16年前、東日本大震災の年に生まれました。」

その世代が輝く日は、必ず来る。
その輝ける世代を、テレビで観る日が、私にも今のところ、
一応、来る予定のつもりでいる。
その日に向かって、進まねばならぬ。

【天候】
日中、快晴。
夕方より、曇り、一時、小雨がぱらつく。

1184声 いのちとさくら

2011年03月29日

春風駘蕩。
とはまさに、こんな穏やかな日の午後を、言うのだろう。
今日で、首都圏の梅の蕾も、大分、綻んだらしい。
ソメイヨシノの桜前線が北上し、群馬に到達するまで、もう秒読みである。

県内外でも、桜の時期に関する祭りは、軒並み中止。
いつもなら、この時期。
ブルーシートで場所取りに勤しむ人たちが、風物詩となっている、
上野公園でも、今年は、その姿がめっきり見られない。
と言う報道を、ラジオで耳にした。

芭蕉の句に、

命二つの中に生たる櫻哉

がある。
命のあることの、喜びを、尊さを、感じるのは、他でもない。
命ある、私たちである。
桜の下で、節度を持って一杯やりながら、それを噛み締めたって、
バチ当たりではない筈。

【天候】
終日、穏やかな快晴。
昨日に続き、気温も暖かく、計画停電もまた、回避。

1183声 生活の中の一杯

2011年03月28日

「回避」
と、市役所一階の立て看板に大きく書かれていたので、
今日の計画停電が、見送られた事を知った。
停電しないのは、何かと都合がよいのだが、
他の地域では計画停電が実施されているので、
喜んでもいられない。
喜んでいられないが、やはり、停電が無いと安心できる。

今日は、気温がたいぶ暖かだったので、暖房器具の需要が減り、
東京電力の供給能力で間にあったらしい。
冷暖房器具と言うのは、それ程、電力消費が激しい。
と言う事が、分かった。

日中は、シャツ一枚に薄いジャケット。
と言う、所謂、春の装いで、快適なくらい。
こう暖かくなってくると、ぼちぼち、五臓六腑が求める始める。
麦酒を、である。
然るべきところで飲めば、年中、美味い麦酒が飲めるのだが、
今時期、つまり春くらいが、丁度頃合いがよいではないかと思う。

麦酒と言えば、一般に、夏の炎天下。
と言うイメージであろう。
その時期に飲む麦酒も、確かに、格別。
なのだが、グラスごとキンキンに冷やしてしまっている店が、
続出するのも、この時期。
冷やしすぎると、味を損なう。
のだが、私は、殊更、冷やし過ぎ麦酒には否定的でも無い。
凍ってしまっているのは、駄目だが。

兎も角、もう時期、麦酒の美味い時期が到来する。
先日、仙台市に住む親戚から電話があり、生活状況を聞いた。
やはり、明らかに、関東地方よりも、ガソリンや寝食の物資、
そして生活必需品が不足している。
麦酒など、嗜好品の状況は、いささか不謹慎かと思って聞かなかった。

しかし、もし不足しているのなら、
救援物資の中に美味い酒も入れてあげたい。
被災された方も、復興支援に尽力している方も、
被災地生活の一日を終えて、寝る前の晩酌。
美味い麦酒を飲んで、「不謹慎だな」と言うよりも。
「この一杯の為に生きてるんだな」
と言う方が、きっと、良い筈。

【天候】
終日、快晴。
暖かな一日だが、朝晩はまだ冷える。

1182声 染まりあう、青

2011年03月27日

縄暖簾のカウンター。
明らかに、発泡酒と思しき、生ビール。
明らかに、低級酒と思しき、冷酒に熱燗。
そんな事より何より、大将の人柄と、焼き鳥が美味いので、
この店に通っている。
こんな場末の飲み屋でも、会話の転ぶ先は、大震災の話。

アルコールの酔いが心地好いのは、
それまで張り詰めていた神経が、鈍化しするから。
たまには(たまにならよいのだが)、神経だって休ませなければ、
疲弊してゆく一方である。
神経が鈍化するのは良いのだが、当然、複雑な脳神経において、
様々な不協和音をきたす。
例えば、満腹中枢の機能不全が起こり、さんざん飲み食いした揚句、
ラーメンなどを「締め」などと称して、啜ってしまう。

そして今朝、その安酒と暴飲暴食のツケが、一気にまわってきた。
寝床で呻吟しながら、甘んじて我が体内機能がツケを返してゆく。
あらかたツケを返し終わったところで、寝床から這い出し、
気分転換に外へ出てみた。
庭先の木々の蕾も、大部膨らんでおり、春爛漫の時期を近く感じた。
その根元には、寄り添う様に咲いている、おおいぬにふぐり。
俳句のひとつでも、と思い、しゃがみ込んで、しばし眺めていた。
しかし、昨夜の鈍化がまだ色濃く残っている様で、浮かぶのは駄句ばかり。
あきらめて、自転車で散歩に出掛けた。
空の青色と、おおいぬのふぐりの青色とが、脳内で、爽やかに染まりあった。

【天候】
終日、快晴。
午後より、狂える如き風、吹き荒れる。

1181声 東向きの窓

2011年03月26日

自室の、東向きの窓の下に、机がある。
机の上は、ノートパソコンが一台と、不要な物で溢れかえっている。
天気が好くて、暇な日は、日がなぼんやりと、この机に頬杖をついて、
硝子窓の空を見ている。

青空は、雲が浮かんでいる時もあるし、雲一つ無く、真っ青な時もある。
一日の中で、常に移ろい行く。
空を眺めていて、雲があった方が、眺めやすい。
雲一つ無い真っ青な空、と言うのは、なんだか焦点が彼方へ吸い込まれて行くようで、
眺めていると、いささか目が疲れる。

口を半開きにして、空を眺めていても仕様が無いので、積んである本をひとつ手に取る。
「アサヒグラフ増刊1985年4月1日号」
グラフ雑誌の衰退甚だしい現代からしてみれば、いささか感慨深い雑誌である。
先日、古本屋で買ったのだが、購入の動機は、「昭和俳句六十年」と言う特集だったから。
そう、1985年は、昭和も数える事60年。

その特集内容は、驚くほど豪華。
まず、橋本照嵩氏が撮影した、「現代俳人群像」。
山口誓子から始まって、楸邨、青邨、青畝から、林信子までが、
その「現代俳人」としての生活を、氏によって活写されている。
次に、座談会。
このメンバーがまた、井伏鱒二、飯田龍太、河盛好蔵、永井龍男と言う、競演である。
そしてとどめに、桑原武夫による「再説・第二芸術論」。
もはや、脅威なる内容の充実ぶりである。
当時、発売されたこの雑誌を熱心に読んでいた若人の中から、
現在活躍している、「現代俳人」が幾人も生まれたのだろう。
そして、裏表紙には、日産自動車の広告。
これまた、渋いセドリックが載っている。

頁を閉じて窓に目をやる。
空の底に沈殿している、紫色の夕日。
遠くの空に、影絵のような雲がひとつ浮かんでいる。

【天候】
終日、風強くも快晴の一日。

1180声 茫洋たる海原

2011年03月25日

そう言えば。
昨日は、誕生日。
さりとて、別段に嬉しからず、ちと、陰鬱な心持ちにさえなる。
残すところあと1年となってしまった、20代の間に、
自らが、何を成し遂げられたのか。
遠くに、「目的」らしきものが浮かんでいるが、
それを「目標」と定めるには、甚だ、前途茫洋としている。
我が世界、視界360度、おぼろげな景色の中にある。
この茫洋たる海原にいて、漕げど一向に灯台の光へ近付かぬ、焦燥。

今日、ひとつの光景を、見た。
郊外にある、昼時の静かな町役場。
入口脇には、先週から設けられた、東日本大震災義援金受付。
その小さな受付に、杖をついた、小さな初老のご婦人がひとり、来た。
受付の女性の前まで来ると、軽く会釈をし、
カーディガンのポケットから差し出した、茶封筒。
そしてまた、にこやかに会釈すると、杖を運ばせながら、
自動ドアーから、出て行く。

自分が何をしたいのか。
自分が何をするべきなのか。
んなこたぁ、とりあえず横っちょへ置いて、兎も角。
健やかなる、行動。
それに尽きる。

【天候】
終日、曇りがち。
時折、小雨が交じる薄ら寒い日。