日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

5526声 美ヶ原

2023年07月26日

朝の5時に北軽で目覚め、早めの朝食を取った。向かったのは「うつくしがはら・・確か、昔、うつくしがはら美術館ってあったよね?」という知識しかない美ヶ原。仕事が趣味みたいだった僕も、パートナーができて休日を設けるようになった。

美ヶ原高原美術館は現在も存在し、入場料を払わずとも、野外のどでかくて色もどえらい(高原の中に巨大な真っ赤や真っ黄色の彫刻作品が連なっているんだから、どえらいという感想しかない)作品を眺めることができる。その間の無料で通れる木道を歩いて、終わりかと思った・・

ら、その先になだらかな斜面が遠くまで続いている。黒と白のホルスタイン種、こげ茶のジャージー種(多分)、牛たちもいる。まだ早い時間だったが、歩いた先にあった山小屋風の休憩所の駐車場は多くの車で埋まっていた。さらに奥に進むと、遠く遠くに巨大な電波塔を背に持つ大きな建物が見えて(世代的にわかる人しかわからないが、魔界村のステージ1のようであった)、歩いた先で石塔の鐘も見上げた。さあ、終わりかと思った・・

ら、その先に道が続いている。すぐに、高原的な場所から、雄大な山々を見下ろす稜線や連なる山が見える。僕等はピクニックみたいな革のサンダル履きだったが、このエリアになるとリュックに登山靴、ガチな登山者の姿しかなくなってくる。すれ違う登山者の「お前ら何その舐めた格好」な目線を交わしつつ(あくまで僕がそう思われているのかなと思った妄想です)、無理のない範囲で行けるところまで歩いた。絶景に次ぐ絶景。登坂はスタート時から数えても少なめ。とても良かった。遠く遠くに見えていた電波塔の裏に出て、来た道を戻った。

先がわかって行く場所も良いが、先を知らずその先に、その先に、というのがとても良いなと思った夏の日。

5525声 黄色い瓜

2023年07月25日

そんなことを書いた翌日には、売り上げとは関係ない事に足を運ぶ。昨年あたりに知り合い何かしらの縁?で顔を度々合わせているyamanofoodlaboの古平夫婦に付き添う形で六合を回った。(yamano~は六合の赤岩に移住し、とてもユニークなことをしているのでインスタ見てみてください)

何度か足を運んでいる、田代原地域の山口英義さんを訪ねる。入山きゅうりや高原花豆などの農業を継ぐまでは東京でエンジニアをしていた英義さん。群馬県の農家で唯一という、ハイテクノロジーを活用する農業の機械や話を聞いて驚いた。六合の山奥と最先端の農業技術。尊敬しかない。

それはそれとして、古平夫婦や、今回都心から訪れたゲストに対し英義さんは丁寧に野菜の話をしてくれた。入山きゅうりは熟れると黄色くなる。収穫量も少ない。見た目が悪いとか、作っても儲からないとか、英義さんが就農した頃は言われていたきゅうりだ。けれど、黄色くなるのは「きゅうりがヨーロッパから日本に渡ってきた時の原種に限りなく近い」証拠なのだそうで、少し黄色くなりはじめの頃が美味いという話。そして、その原種の種を守るために、種取用の畑の周囲にはほかの作物をつけないという話(入山きゅうりは他の農家も作っているが、へちまなどと交配しまざっているものが多いのだそうだ)。ハイテクノロジーよりも個人的にはこちらの方が興味深い。

黄色い瓜。黄瓜。きゅうり。がきゅうりの語源という説もあるとも聞いた。何十回、何百回と繰り返されてきた種の保存の時を思うと気が遠くなる。「売上とは関係ない」と思うことを僕が今も続けてしまうのは、経営者としてはダメな部分であるが、それが先の何かに繋がると思っているからでもある。そうやって今まで生きてきた。

yamanofoodlaboインスタ

5524声 決算報告書

2023年07月24日

合同会社岡安映像デザインとして独立して1年が経った。自分の苗字を入れるという恥ずかしい社名は(とはいえそれが一番と思った)、昔も今も個人のフリーランスみたいな仕事の関わり方なのであまり口にすることはなく、それはともかく僕と経理の2人の給料を1年間払えたことに少しほっとした。


今日は伊勢崎から、お世話になっている会計事務所の代表が来社してくれて、「決算報告書」をもとに話をした。どうにもこのお金に纏わる数字というやつが苦手なのだが、いち経営者として聞かねばならない。聞かねば。

開業資金はとかくかかっていない小さな小さな会社だが、概ね好調という評価をいただき・・けれど全く安心できない。現に今は請求書を出すまでが長い仕事を複数抱えていてキャッシュが少ない。会計事務所代表からは「どうすれば効率良く稼げるかを考えましょう」とアドバイスをいただき、それな!と思う以上に、突飛なビジネスではなく今やっていることをコツコツ・・と思ってしまう自分がいる。

僕は多分、トップで動くタイプの人間ではない。それをここ何年も承知の上で、ただ目先の事を続けていく、という行為のみによって生きている。経営者として、という心構えはまだまだ足りない。

5523声 凡庸の先

2023年07月23日

来月末に富士山に登りながらの撮影があり(若い時に1度登っているが、体力的に無理かなと思いつつ、長く付き合ってきたグループ関連の撮影なので引き受けた)、付け焼刃であることは十分わかりつつ、仕事前に地元の嵩山に登ってみた。小学生でも登れる低山だが、太ももきついとか、山頂付近では息も荒かったりして先が思いやられた。

下山していてふと何気ない木の枝を見つけた。夏、やや逆光で葉がゆらゆらと揺れている。これを写真に撮る場合、引き画で撮ったのでは凡庸だし味気ない。寄りで撮ることを考えた時に、一部に蜘蛛の巣が張っているのが気になった。これを避けて、逆光でシルエットのようになった葉だけを撮れば映える写真に、あえて蜘蛛の巣をアップで撮れば不快に思う人もいるとは思うがなぜこれを撮る?という疑問符が残る写真となる。

僕の今のニュートラルな撮影したい絵としては、凡庸で味気ない引き画であった。むしろ、その引き画で勝負できなければ(何かに)負けるような気さえしていた。・・と、こんなことを考えていられるのだから今日は余裕があった。来月末までに・・鍛え・・無理・・いやいや・・

5522声 およぐひと

2023年07月22日

前橋文学館で行われている「ちぎらまりこのはりえぐらし」に関連した公開制作の様子をライブ配信する。という希望があり、昼前に到着、セッティングを行った。どうせだったら全体の絵と手元、2カメを切り替えられるようにしようと思い、三脚を二脚立てて、小型のスイッチャーも設置する。

午後に、どうしてもという撮影が同市内であり、セッティングとスタートだけを僕がして、あとは文学館スタッフにお願いする形になってしまった。が、文学館のスタッフはとてもやる気があり(ちぎら展もそうだが、様々な企画展においては文学館スタッフが設営はもちろんディスプレイ装飾なども作成している)何ら心配はなかった。

ちぎらさんが今日制作したのは、萩原朔太郎の「およぐひと」という詩から連想した切り絵だった。その詩は三階の催しをするホールの入り口奥に(多分)開館当時から)壁に詩文字が書かれていて、その壁の余白を切り絵で埋めていく制作となった。はさみで切って、糊で貼って。独自なタッチと、優し人柄も感じさせる詩世界を拡張する絵になったと思う。

制作の様子は今は文学館youtubeでも見られるが、ぜひ足も運んでいただきたい。

5521声 立ち会うこと、記録すること

2023年07月21日

今日は9/9から始まる「中之条ビエンナーレ2023」のオープニングに関する仕事だった。このオープニングプロジェクトは昨年から始まっており、今日は今まで関わってきたアーティストたちが一堂に会した。

コロナ禍が影響した最たるものは「直接人と会うことを禁じられた」ことであったように思う。それにより「(主に映像を通じて)リモートで会ったり、記録を見たりする機会」は増えた。

未だ、学校でコロナが流行りだして不安、などという声も聴くが、2023年はアフターコロナ元年と言っても良いのかもしれない。そんな時に、何が、できるか。

事を終えた場所には、夏の合間、蝉の声が鳴り響いていた。こうご期待。

5520声 未来戦略ミーティング

2023年07月20日

中之条町は昨年、都丸茂樹町長に変わった。それが発端となり、中之条町役場の若手が中心となって、意欲のある町民の自主的な参加を求め「未来戦略ミーティング」というグループを立ち上げた。

3年前くらいまでの僕であれば、ふーんとそれ留まりであったように思うが(そもそも仕事だけでも手が回らない状況、仕事以外にがっつり関わるのは映画祭だけと決めており、田舎ならではの伝統芸能やらない?という誘いなども断り続けてきた)参加者募集の情報を見つけ参加してみた。

僕ももう40歳半ばに近づく年であり、映画祭では町に対して感謝の念もあり、自分ができる範囲で恩返しができればという思いがあった。参加してみると、上から3人目くらいの年齢で(上限45歳という決まりがあったような)老害にならないように気をつけねばと思っている。

今夜は図書館などが併設するツインプラザに30人近くが集まり、中之条町に関して関心があることをひたすら挙げる、というワークショップを行った。今日は年代別に分かれたが、この集まりには、介護関係者、移住コーディネーター、旅館業者、小売業者、印刷業者、大学生、税理士、兼業主婦など色々な人たちがいる。

例えば今夜出た「美味しい田舎料理を作れるおばあちゃんの技を残したい」という意見と「兼業主婦で忙しく手軽に惣菜が買える場所がほしい」という意見とは組み合わさる余地がある。まだ始まったばかりだが、話し合うだけではなくて何かしらの行動が生まれ、仕事や制度が生まれると良いなと思っている。

5519声 集落の学び舎

2023年07月19日

昨日に続き学校撮影である。今日は暮坂峠を越えて、六合中学校での撮影だった。同じ中之条町ではあるが、旧中之条町エリアと旧六合エリアは峠をはさみ、土地の雰囲気も、そこに住む人々のルーツも違うような印象を受ける(中之条町は四万温泉をもつ観光地であり、吾妻郡の生糸の流通ターミナルでもある商業地だった。一方の六合の木工細工などの文化は長野方面から伝わってきたのではないかという話を聞いたことがある。)

昨日の中之条中学校と同じく、中之条ビエンナーレに出展するタップダンス奏者のLilyさんによるワークショップだったのだが、昨日は体育館にそこそこいっぱい中学生があつまり学年ごとに3回に分けて行ったそれが、今日は全学年集まっても1回、講師を囲んで間近でできる程度の少人数ワークショップとなっていた。

六合に限らず、現金収入を得るための仕事が少なく交通の便も悪い地方ではこのような子どもの減少は見られるのだと思う。そのあたりを真面目にここで考えることはしないが、僕みたいな立場から見ると「少人数学校、良いな」と思う事の方が多い。

高学年は低学年のお兄さんお姉さんになり、先生たちにもゆとりがあるように感じる。体育館の外を見れば、蝉の大合唱、大自然である。最先端の何か、には触れにくいのだと思うが、昔からある何か、はすぐ側にある。

そんな環境から、豊かな発想で現金収入を得られるような大人が、あるいは現金収入は少なくともあるもので豊かに暮らせる大人が育てば、とても良いことだと思うのだ。

5518声 学生たちは

2023年07月18日

今日は、僕の母校である中之条中学校で中之条ビエンナーレに関係する撮影、その後は前橋に移動し群馬大学、こちらも中之条ビエンナーレには関係する撮影を行った。

大人になると、学生と接する機会は少ない。教員は別だし、お子さんをお持ちなら小中高なんなら大とずっと学生と接するとは思うが、「今の学生が何を考えているか」わからないと思う人は多いと思う。僕もその一人だ。

撮影越しに接して思うのは「いい子が多い」「ヤンキーは絶滅した?」「シャイな子もいる一方で、大学生などは学びだけでなくその先の仕事や社会問題なども頭にある積極的な子が多い」という感じだろうか。

スマートフォンを通して色々な事を知れるから、逆に熱中するものを見つけにくいということもあるかもしれない。僕等のころはざっくり言うと「ほぼみな中流家庭」であったが親世代の収入格差が広がり、目に見えないところで子どもにも影響があるのかもしれない。などとも思うが、憶測に過ぎない。

一つ思うのは

大人でさえも、この先どう生きていこうか迷う時代である。先生も、親御さんも、ましては学生自身も大変ではあるが、「学び続ける事」は大切なことだ。・・なんてことを書いたら、浦沢直樹の名作漫画「マスターキートン」のユーリー・スコット教授の言葉を思い出したので文末に置いておく。

「人間はどんなところでも学ぶことができる。知りたいという心さえあれば。」

5517声 チャイムが鳴った②

2023年07月17日

事務所で仕事をしていたら、チャイムが鳴った。

今日も外は灼熱と言って良いかんかん照りだった。もあっとした暑さの中立っていたのは、見知らぬ若い女性だった。

「スイーツを販売しているんですが、いかがですか?」

瞬時に、「町のほうから来て、割りと高めなスイーツを売り歩く商法だ」と理解する。この事務所は初めてだが以前も何回か訪問されたことがある。

「以前買ったことあるんですが、そういうのはいりません。暑い中大変ですね・・」

と返事をすると、即諦めたように女性はくるっと背を向けた。暑い中・・という声が届く前に背を向けたし、そもそも「買います」以外の同情などは不要なのだろう。

最初にそのような訪問販売を受けた時に、こんな商売成り立つの?と思い検索したら、所謂あまり良くない仕事として幾つか出てきた。販売するものは粉ものばかりなので、町のほうの工場などで大量に作るのだと思う。それをわざわざ田舎に持っていき、若い子が売る(若い子に売らせる)。当然、「(味のうまいまずいは不明、価格が高いであっても)わざわざこんな所まで売りに来て可哀そうね、買ってあげるわ」という(特に)年配の方は多い。儲かるのかもしれない。そして売る若い人たちも、そのような商売であることは自覚しながら、知らぬ家にピンポンするストレスも抱えながら、この灼熱の中を売り歩いているのだろう。

なんとなく、世の中は甘くないな、と思った。

5516声 チャイムが鳴った①

2023年07月16日

事務所で仕事をしていたら、チャイムが鳴った。

会ったことはあるかな・・ないかな・・という感じだが、事務所の東側に畑を持っているおじさんだった。手に畑から抜いたばかりの(根っこに土がついているからそうなのだろう)枝豆を持っている。

「明日、朝の4時半くらいから刈り取りの作業します。迷惑かけますんで、これどうぞ」

と葉や茎がついたまんまの枝豆をまるっといただいた。その晩は(も)編集が終わらず、力尽きて会社に泊まった。確かに就寝中、物音で目が覚めたような気もするが基本ぐっすり眠っていて、朝6時過ぎに目が覚めた時には、東側のカーテンを開けると、作業が終わり人もおらず、土が露わになった畑が広がっているだけだった。

枝豆は、これはなんだか丁寧に食べねばならないなという気分で、1房1房を枝からもいで、塩水が染みるように1房1房はさみで先端を切り、塩もみをして塩ゆでをして朝飯替わりにいただいた。

5515声 一緒に観る

2023年07月15日

伊参スタジオ映画祭は、昨年の開催が諸事情で遅れ今年1月末の開催となった。であるから、例年よりは「こないだやったな感」が強いのだが、今年の映画祭準備を進めている。今夜は山の中の木造校舎=伊参スタジオで会議を行った(余談ではあるが、今年からその校庭が非町営のキャンプ場となった)

今時期に何を準備するかというと、上映する作品の選考である。できるものは、上映素材を借りたり、ネットでの限定視聴を使ってスタッフ試写を行う。劇場で上映中のものは、東京まで観に行くのはなかなか困難なのだが、県で上映していればなるべく観に行くようにする。映画祭は長く続いてきたので、関係する監督の作品だけでも毎年いい数になる。

映画はたった1人でも楽しめるものだが(作品によっては1人で観て自問するのが向いている作品もあるだろう)、みんなで観るとそれはそれで新鮮だ。印象的なシーンで自分以外がどんな反応をするのかもちょっと感じることができる。悲しいと思ったシーンで笑う人もいるかもしれない。

相変わらず本番以外の出席数が少ないのが悩みではあるが、長編2本、よい試写鑑賞ができた。高橋さんがいつものように手作り味噌汁ときゅうりの漬けたんを持って来てくれて、わいわい食事タイムもあった。今年も、伊参ならではのラインナップでみなさんをお迎えしたい。

5514声 愛の不時着

2023年07月14日

これをお読みの方にも、「愛の不時着」をご覧になった方はいると思う。Netflixで観ることができる韓国ドラマだ。今年に入って朝鮮学校と接点ができ、先日夕食に招いてもらった時にこのドラマの話が出たので、気になっていた。

仕事中、BGMとしてだったり、映像の書き出し時間の休憩だったりで、「愛の不時着」を観出した。確かに面白い。韓国のセレブな女性社長がパラグライダーに乗る。嵐が起きて不時着したのは北朝鮮。彼女を見つけた北朝鮮兵の大尉と衝突し、やがて恋に落ちる。

どこまでがリアルかわからないが、北朝鮮は首都ピョンヤンを除き昭和初期の日本の様で牧歌的な雰囲気。電化製品からも流行りからも遠い不便な場所で、韓国セレブが、今まで気づかなかった人間味に目覚めていく様子が面白い。便利さは、豊かさとイコールではない。

敵役もいたりして、一度大きなクライマックスを迎え(このドラマ観てみたいという方はこのあたりまでで読み辞めよう)、その後は舞台を韓国に移す。

そこからが、個人的には面白くない。状況は入れ替わり、北朝鮮の素朴な軍人たちが韓国の華やかさ(舞台は現代)に驚き、楽しむ様が多めに描かれる。たぶん、北朝鮮パートがとても人気があったので(キャラ立ちが済んだので)、韓国パートはその余韻みたいなものなのかもしれないが、状況が逆転しただけでドラマが変わることが発見だった。

ドラマはドラマだが、北と南が大きく違うことは事実。歴史をググると、第二次大戦後、日本の植民地から解放され、北はソ連、南はアメリカが駐留、別々の国家を作った、と出てくる。それは歴史のほんの1ページ。僕はまだまだ多くを知らないが、なんとなく切ない。

5513声 ニュータッチ凄麺熟炊き博多とんこつ

2023年07月13日

なかなか大規模な撮影のコンペがあり、夜、帰社後に僕が担当する部分のデータを作った。こういう映像のアイデア出しは好きな方なのだが、なかなか時間がかかる。

夜は姉の家で登利平(前回の撮影弁当に続いて今月2度目)をごちそうになったが、仕事を片付ける景気づけ?で深夜に久しぶりにカップ麺に湯を注いだ。

「ニュータッチ凄麺熟炊き博多とんこつ(ヤマダイ)」。先日ぼーっと見てたテレビで、「スーパーなどに出回っているとんこつ味のカップ麺の中で、味や価格などでナンバーワンになったカップ麺」であった。先日、ジョイフルホンダで見つけた。期待が高まる。

味は・・あぁ、今からでも店行ってとんこつらーめんが食べたいな、と思う味だった。箸にもかからない味ならそう思うこともなくカップ麺として食べていた気がするから、本物を食べたくなった=いくらか本物に近い味であったとも言える。

案の定(おいおい)眠くなり、データを仕上げたのは翌昼だった。限られた時間の中では良い提案ができたと思う。

5512声 OTA

2023年07月12日

詳しくは書けないが、太田市美術館・図書館関連の撮影で太田。この美術館は開館当時(もう6年前ですって!)から撮影で伺っており、個人的に不思議な親密感を抱いている。当時仕事に呼んでもらった小金沢智くんはこの美術館を離れ、今は山形芸工大で教鞭をとっているが、今も繋がりがある。

今日の撮影も、ああ美術って、ああアートって良いな、という内容だった。

中之条、前橋、太田と、不思議とアート関係の映像仕事が続いている。映画こそ好きで20から映像を続けてきたが、美術やアートはどちらかと言えば関心が薄かった。僕が変わったというよりは、地元中之条で「中之条ビエンナーレ」が始まったことがきっかけのように思うのだが・・長くなるのでここでは書かない。

そういえば先月かな、全く別の種類の撮影で、太田市に泊まった。撮影は館林だったが、なんとなく太田を選んでいた。夜、1人でぷらぷら駅近くに出歩き、一軒は激込みすぎていくら待っても席に座れず、一軒は一人のみをお断りされ、入れたのは駅近くで赤ちょうちんをぶらさげる唐揚げが名物らしい居酒屋だった。ふとした時に泊まって、夜飲みに出かけられるような町があるのは、嬉しいことだ。

5511声 本屋写真館

2023年07月11日

友人の土屋くんとミワさんが営む本屋写真館に初めて足を運んだ。一緒に行った悠貴さん含めて面識や親交があり、ずっと行ってみたい場所だった。

玄関を開けると、壁も床も、木に包まれる。居住スペースでもあるがすぐに、2階の高さにまで届く大きな本棚が目に入る。本棚は、その先の通路の両脇にも、他の壁にも2階にも、いたるところにあり、聞くと10,000冊の本が収容できるとのこと。「suiran」の屋号で古本を取り扱い、現在も伊香保の本と雑貨「やまのは」をしきる土屋くんが今までに集めてきた小説・写真集・漫画・雑誌などが棚のほとんどを埋め尽くしている。そして1階の奥には、ミワさんが家族写真などを撮るスタジオとなっていた。窓は大きく、自然光が射すシンプルなスタジオ。

手すきの時間、僕も(もと言っていいと思う)スマホで映画でもなくyoutubeを見たりSNSを見たりして過ごしてしまう事が多い。その雑多ですぐ忘れてしまう情報を流し見するくらいなら、本を読んだ方が良いだろうなとある程度大人になって以降ずっと思っている。たまには気になった本を読むが、買ったまま積んである本も多い。スマホで本を読む気にはなれず、今そうなのだから、僕も(もと言いたい気持ちである)物体としての本を読み続けていくだろうとは思う。

土屋くんは以前、自分にとってとても大事な本と、詩人の長田弘さんの「なつかしい時間(岩波新書)」を僕に進めてくれた。僕はその本を今までに3度買い、2度人にあげた。そのくらい、良い本であった。時代に左右されない美しい言葉を読んで想像したり考えたり、それは「本を読む」という体験が最適に思えた。

土屋くんとミワさんは終始、良い夫婦だなー、と思わせるところがあった。会いたい人には会いたい時に会いに行く、は実践していきたいことだ。

5510声 僕の役目はここまでで

2023年07月10日

そんあことある?という話なのだが、昨日の撮影、事無く無事に終えたのだが、最初1台のビデオカメラで問題が起こった。

sonyのNX100という随分昔に出たセミプロ用の大き目なビデオカメラがあるのだけど(4K撮影もできないが、その使いやすさから今もテレビの現場でも使われている)、長年使っている1台があった。

現場によっては2台同じカメラがある方が良いところもあるので、その時は前橋にある知り合いの映像会社から借りて使ってもいた。が、何年も何回も借りているうちに「もう1台買った方が良くね?」と今更ながらに思い、会社の予算的に買える状況ではあったので信用できる会社から中古で購入した。

それも使ってのはじめての2台体制と言って良いのが機能だったのだが、長年使っていた方の一台が電源を入れてもすぐに切れてしまう。その時すぐに思ったのが

「新しい一台も来たことだし、僕の役目はここまでです」と働くことをやめたビデオカメラなのかこいつは?という妄想だった。つか、そんなタイミングある?お届いてしまった。

結果としては、あれこれ本番前に試して、指したSDカード自体に問題があったようなのだが、それを交換して無事撮影を終え事務所に戻ってから試してもやや不安な感じである。

機械は機械であるから、ただこのタイミングで壊れただけ、という意見があれば正論だと思う。けれど僕はどうしても、そんな個別の主張があった気がしてならず、むしろこんなに長年壊れずに動いてきてくれてありがとうとすら思っているのである。

5509声 より輝く

2023年07月09日

体を使ったパフォーマンスは、若ければ若いほど良いように思われる。特にスポーツにおいては、いつの間にかプロ野球選手たちが僕よりも若くなり、年とったなと思いつつも、そんなに若い時期にピークを迎える職業がしんどいだろうな、と思ったりする。

ダンスもまた若さがものを言うことはあると思うが、フラメンコは、若いほど良い、とは違う表現であるように思う。今日は、「秋、酒蔵にて」でも長年顔を合わせている宮崎亜由美さんが出演するフラメンコライブの撮影だった。

彼女のフラメンコを始めてみたのはもう10年まえくらいになるが、今回の彼女の踊りも実に良かった(彼女だけではなく、出場したフラメンコを学ぶ方たちや、教える側の宮田恵さんの踊りもそれぞれに良かった)。昔に比べて体は動かないだろうし、このピークにもっていくのも並々の調整ではないと思う。でも、今の年齢でしか踊れない(表現できない)何かがあると思うのだ、それを色気だ円熟味だと端的に言葉で表すことはできないが、そういうものなのだと思う。

フラメンコに限らず、それまでの人生が出る表現、に惹かれる。自分もそういうことができる人になりたい。