日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

3756声 一輪の池

2017年02月18日

終日、曇天であった。
句会のため、千葉県八千代市勝田台へ出かけた。
昨日は春一番が吹いてあたたかだったが、
一転、冴返ってしまった。
駅前から少し歩き、手ごろな森林公園へ歩を進めたが、
鴉がなくばかりの寒林という具合で、
春の気配が乏しかった。
すぐに森を辞して、こんな寂しげな場所まで歩を進めるとは、
私も物好きだと改めて思った。
句会で隣に腰掛けて居た俳人が、
「時間があったので駅周辺を歩いた」と言う。
問えば、あの寂しい森を訪れており、
森の奥へ進むと、寂しい池がひとつあったとの由。
上には上がいるものである。

3755声 デジタル句会

2017年02月17日

昨日にもまして暖かな日差し。
先日、ペッパーの話を書いたが、出来栄えの良し悪しは別として、
いまや「俳句作って」とiphoneに問いかければ、人工知能が俳句を作る。
 
先日も、「羽生善治王座がついにコンピューターと対決するかも
しれない」と言う報道を目にした。気になって少し調べると、
碁や将棋のみならず、いまや小説を書き、音楽を創り、
絵画を描くというから驚きである。
 
ある句会では、投句をメールでしてくれという。
句帳に書いてある句をせっとメール本文に打ち込み、送信。
すると、句会の幹が人数分の用紙を持って、部屋へ帰ってきた。
用紙はつまり清記用紙で、そこには既に、
先ほど送信した参加者の句が印刷されている。
ランダムに振り分けられ、きっちり整列しているのである。
 
従来ならば、短冊に必要枚数記し、投句控えなどと一緒に、投句。
それを、幹事ないしは担当者が規則に基づいて振り分け、そして配り、
配られた参加者は、清記用紙に写していく、という手順である。
 
エクセルか何かのアプリケーションを利用しているのであろうが、
詳しく聞くのを忘れてしまった。
一度でも句会に参加したことのある人ならば分ると思うが、
選句までの手順が、いささか煩雑であり、
誤字脱字など間違えやすいところでもある。
その心配がなくなる、と言うのは、大いに快適でもあるし、
反面、句会の緊張がなくなることにも繋がる。
やはり、書くことによって養われる集中力もあると感じている。
 
一度便利なものを体感してしまうと、
それまでのアナログなものが億劫になってしまうものである。
誤字脱字などで、小さく揉めている光景を見たこともあるし、
また自分がしでかして痛い目をみた経験もあるので、
いまは、もうすこし各所の句会にITが普及してくれたらと、思う。

3754声 コップの泡

2017年02月16日

快晴続きで、心地よい陽気である。
日中の気温は桜の咲く頃くらいであったと、
気象予報士が伝えていた。
 
一挙に桃や梅が咲き、桜の蕾も膨らんだ。
麦酒を注げば、コップから泡が溢れ、
おっとっとと、口で迎えに行く。
その回数が、今宵は多かった。
どこか、気が急いているのだろう。

3753声 魔力

2017年02月15日

このところ快晴続きである。
本日も然り。
 
花見の予定を立てている。
俳句などに手を染めている方はこの時期、当然であろうか。
古参の俳人に言わせれば、遅すぎるくらいかも知れない。
 
花見句会をどのように開催するかは、
年間に開催される句会の中で、
神経を使う予定のひとつである。
 
この時期、花見会場付近での手ごろな句会場の確保は、
至難である。
それならば、花見と句会を一緒に、
つまりは花見用のブルーシートなどを敷いた上で、
花見をしながら句会をすればよかろうと考える。
これが中々上手くいかないのである。
何度も失敗した経験がある。
 
まず、書くのが困難。
昼は風が吹くし、夜は手元が暗いし。おしなべて寒いし。
そしてなにより、進行が困難。
乾杯してから句会を、などと悠長なことを考えていると、
桜の魔力か、その場の雰囲気か、すぐに酔いが回ってしまい、
もう句会どころではなくなってしまうのである。
ぐだぐだになった句会を切り上げ、早く腰を据えて花を見て、
杯を傾けようではないか。
という経験が、何度となくある。
それでも、また花の下で句会がしたくなるのは、
やはり桜の魔力か。

3752声 値札

2017年02月14日

古本屋で文庫本を一冊買った。
値段は三百六十円であった。
帰りの電車の中で、裏表紙に貼ってある、
値札シールを爪で剥がそうとすると、
二枚重ねて貼ってあった上の方の、
つまり三百六十円と記してある値札だけ剥がれた。
下から出てきた値札には、百円と記してあった。
三百六十円の上に、百円の値札を貼るのは分るが、
その逆があるとは驚いた。
郊外から都内の店舗に持ってくると、値段が上がるのだろうか。
この作家の本の価値が急上昇し、慌てて値段を貼り直したのだろうか。
そんなことより、今日はバレンタインデーである。

3751声 二個

2017年02月13日

すっきりと快晴。
帰りがけに空を仰ぐと、満月であった。
最寄り駅の構内に、チェーン店のたこ焼き屋が開店した。
最近流行の、店内で立ち飲みができるようになっている店舗である。
もちろん、窓から注文すればお持ち帰りも出来る。
 
立地が影響しているのか、ときおり、
なにやら揉めている光景を見ることがある。
今夜も、おじさんが窓越しの店員になにやら説明していた。
近づくと「だから、二個」とおじさんの声が聞こえた。
その前には、少々慌てた様子の若い店員。
 
「○○円になります」
たこ焼き二個にしては随分安いな、と思ったが、すぐ合点した。
おじさん言うことろの「二個」とは、
たこやき六個入りの二船ではなく、
文字通り、二個だけ欲しいということであった。
 
マニュアルにあるのかないのか。
それは、六個入りの金額を割って、二個だけ販売した金額であった。

3750声 葉書

2017年02月12日

風は強かったが、快晴であった。
溜まっていたお礼状など書いていたら、日が暮れてしまった。
俳人の住所を知るには「年鑑」が便利である。
頁をめくると、しばらく会っていない数名の方の住所が変わっていた。
もっとも、私もその一人である。
 
俳句と生活は密接しているので、葉書に住所を書きながら、
その人の暮らしぶりや、句作環境に思いをめぐらした。
都会か郊外か、海の近くか山の近くか、この葉書が、
どんな町のどんなポストに届けられるのだろうかと。

3749声 石鹼玉

2017年02月11日

定例句会で原宿へ出かけた。
暦の上では早春といえど、二月はまだまだ寒い。
朝からすっきりと晴れていたので、
句会でも青空の寒さを詠った句が出ていた。
 
暦の上で立春を過ぎると、冬の寒空とは、
ことなる寒空である。
どこがどう違うと、理路整然とは説明できない
けれど、体感してみるとやはり歳時記ある「春
寒」がしっくりくる。
 
駅前の雑踏を抜け、代々木公園へと入ると、梅
の香りなどほのかに漂ってきた。
ちらほら春の気配があるのだが、一句も出来ず、
半ばあきらめてベンチへ腰掛けたとき、しゃぼ
ん玉がふうわりと。
 
芝生の方を見ると、大きなブルーシートを敷い
た上で、おじさんがしゃぼん玉をしていた。
プラスチックの鎖のようなものに二本の長い柄
を付けた器具を、シートからぶわっと空へ浮か
せる。
そうすると、鎖の隙間から何百と言うしゃぼん
玉ができるのである。
しゃぼん玉へ群がる子どもたち、黙々としゃぼ
ん玉を作るおじさん、傍らで見守る親御さん、
そして、私。
しゃぼん玉は、見ていて飽きない。
それが、はかないものだからからかも知れない。

3748声 無機質な声

2017年02月10日

ヒューマノイドロボットのペッパーを、
巷でよく見かけるようになった。
先日は、高速道路のサービスエリアにいたし、
今日は、携帯キャリアショップにいた。
 
今日のペッパーは、五十年配の女性と会話していた。
私は椅子に腰掛け、その声を聞くともなしに聞いていた。
調子よく、滞りなく会話は進んでいたのだが、
途中からあやしくなったきた。
基本的にペッパーの質問に、女性が答えるという流れなのだが、
その質問内容が、どんどん深くなって行き、
女性が答えに窮する場面が出てきたのである。
 
「好きな人はいますか」
店内に響きわたるペッパーの声。
「デートにいくなら、どこがいいですか」
まではよかった。
「プロポーズされるとしたら、どんな場所がいいですか」
店内の人の耳も意識していたであろう、
この質問に長考したその女性は、ほろりと小さな声で答えた。
「海の見えるレストラン」
まじめに答えるその女性の乙女な一面を垣間見て、
胸がほのと温かくなった。
そして、間髪いれずペッパーが無機質な声で返した。
「それはいいですねー」

3747声 ミルクスタンド

2017年02月09日

首都圏は朝に小雪がちらつく程度で済んだが、
山間部や西日本では大雪になったようである。
こんな程度でも都内は、特に地下鉄など通常よりも、
だいぶ混雑していた。
平日の朝は、毎日似たような状況であるが。
 
たまに、紙の珈琲カップ片手に、
地下鉄のホームまで降りてきた旅行者らしき方が、
この芋洗い状態の列車の行き来を、呆然と見ている。
今日も、大型のスーツケースをひいた若い男女が、
「とても乗車できない」といった調子で、
ホームのベンチに座っていた。
二人は、胸にチャンピオンのワンポイントの入った、
おそろいの濃紺のパーカーを着ていた。
 
私もこちらに出てきた当初は、
乗り換えに疲れてしまうことがあった。
そういうときはよく、秋葉原駅のミルクスタンドに立ち寄り、
フルーツ牛乳などで一息ついていた。
もうミルクスタンドにはだいぶ、寄っていない。

3746声 木曜日の雪

2017年02月08日

私の住んでいる場所は高台にあるので、
この時期は見晴らしの良いところまで出ると、
早朝には富士山の白い影がくっきりと見える。
その前には、スカイツリーが聳えているのだが、
ちょいと摘めば取れそうである。
 
すっきり晴れていたが、それも今日まで。
日本列島の上の等圧線がこみ合ってきている影響で、
明日は関東地方の平野部でも、一時雪との予報が出ている。
 
雪晴れの朝。
こまごまとした街の影が全部雪に埋まった白銀の都内を、
この高台から見下ろしたら、どんなに気分が良いだろう。
これが、予定のない休前日ならば、本当にそう思うが、
今日は水曜日だし、今週末は出かけねばならぬし、
降らぬに越したことはない。
越したことはないのだが、時には雪を見たい気がする。
平野部に住む俳人ならば、みなそう思うはずであろう。

3745声 とんかつの音

2017年02月07日

快晴だが、まだまだ寒い。
駅や電車の中は、ポスターに梅林やら河津桜の見学ツアーやら、
花が満開になっており、俄に春めいている。
今日の昼はとんかつを食べた。
駅近くにある、カウンターだけの定食屋なのだが、
この店のとんかつ定食が好きで、時間があれば足を向ける。
カウンターに腰掛けて、目の前で揚がりつつあるとんかつを、
ぼんやりと眺めていた。
きつね色になったとんかつを、大将が箸で油からあげて、
まな板の上へ置く。
そして、手早く包丁で、サクリ、サクリと一口大に切り、
皿に盛り付ける。
その「サクリ」と言う音が、なんとも良いのである。
とんかつを揚げる音も、包丁の入る香ばしい音も、
なんだか冬の音ではなく、春の音に変わりつつある気がした。

3744声 感染経路

2017年02月06日

如月らしい、澄んだ青空であった。
巷ではインフルエンザが猛威を振るっている。
職場や知人、生活圏内でインフルエンザが直ぐ近くにある。
蔓延っているのである。
 
こうなると、日々の生活もなんだか疑心暗鬼になってくる。
コンビニのおでんや、スーパーの揚げてある惣菜など、
むき出しで陳列してある惣菜を買うときに、心に迷いが生じる。
しかしながら、日々満員電車に乗っていたり、職場などで会話したり、
直接人を介するのが、一番危険な感性経路であろう。
 
この状況では、もう自己の免疫力に頼るしかないようである。
数年前のこの時期、体調を崩して病院に行ったことがある。
昼に受付をし、インフルエンザかもしれないと言うことで、
感染症の疑いのある者が通される隔離部屋で、
顔色の悪い他の外来者と一緒に待機することとなった。
 
結局、診察、検査が終了したのが夜になってしまったが、
インフルエンザの反応なしとのことで、
胃薬だかなんだかを貰って帰ってきた。
もう何型ともなく、様々なインフルエンザウイルスを、
数時間にわたり吸い込んでいたことになる。
この時期は病院も油断ならない。
そういえば、これを書いている今も、軽い頭痛が…。

3743声 暖房貧乏

2017年02月05日

午後から小雨。
まだまだ寒く、家にいる間は暖房が欠かせない。
家が古く隙間風が多いせいもあろうが、冷える。
当然、朝から晩まで暖房装置を付けっぱなすわけだが、
「温水ルームヒーター」なる装置が主力となっている。
 
この装置は、一見、ガスファンヒーターのようなのだが、
装置の裏に温水を通す線が出ている。
ガスで燃焼させて空気を暖めるのでなく、ガスで水を温め、
その温水の熱で空気を暖めるという仕組みである。
平たく言えば、温水暖房という訳である。
 
結露が起こりにくく、空気を汚しません。
というのがこの装置の「売り」らしく、
実際に使用していてまさにその通りだと実感した。
床暖房のごとく使用すれば、快適である。
そんな調子で、年末である。
家の戸口に挟まっていた、ガス検針の伝票に記載されていた料金に、
驚愕した。
何かの間違いではないか、とさえ思った。
二万円を越えているではないか。
プロパンガスといえど、二万の壁を越えることなど無いと、
多寡をくくっていた。
この装置を設置する前は一万円を下回っていたので、
やはり、この装置の燃費であることは確実である。
しかしながら、この快適なシステムに慣れてしまうと、
いまからストーブを引っ張り出そうとは思えない。
 
この冬は暖房貧乏。
口に出したときの語呂はとても良いのだが、
何だか薄ら寒い状況になっている。
本格的な春が待ち遠しい。

3742声 むなしい時間

2017年02月04日

風はつめたく、日差しはあたたかく。
立春らしい日和であった。
こんな気持ちのいい青空の下、二日酔いであった。

昨晩は人と待ち合わせをして、酒場へ向かったのだが、
何かとすれ違うことが多かった。
みな、気持ちだけ急いているような。
身体はまだ冬だが、心が先に春に向かっているからだろうか。
などと考えつつ、麦酒を飲みすぎてしまった。
瓶麦酒でちょこちょこ飲んでいればよいものを、
注ぎ注がれ、という手間を面倒に思い、
終始ジョッキを注文していたので、相当量飲んでしまった。
面倒に思うことこそ、心と身体のバランスが乱れているのであろう。

二日酔いの朝に、ジーンズのポケットから丸まって出てきた伝票。
そこに青いインクで長々と印字されている、
「生ジョッキ×1」の数を声を出して数えている時ほど、
むなしい時間ったらない。

3741声 冬耕

2017年02月03日

今日は節分、である。
こちらでは、ぽちりぽちりと梅が咲き始めた。
先週末は句会があり、千葉県八千代市へ探梅に出かけた。
参加者は私とほぼ同世代の俳人であった。
早咲きの梅を探して野をほっつき歩く、長閑な一日であった。
群馬でこの時期の探梅というと、寒風が吹きすさび、
梅などどうでもよいので、ともかく熱燗。
という具合であっただけに、風土の穏やかさを感じた。
結局、句帳に書きとめた句のほとんどに、
線を引っ張って消してしまったが、
冬の畑を耕している夫婦の光景を写生した句は、残すことにした。
その光景は、どこか故郷に似ていた。

3740声 串カツ調査記

2017年02月02日

快晴だが、日差しが凛と澄んでいて寒い一日であった。
先週は大阪に出かけていたのだが、小雪がちらついていた。
今回こそはと、立ち飲み屋を数件はしごしてきた。
目当ては「串カツ」である。
 
以前にも、大阪へ出かけた際に何度か食べる機会があったのだが、
毎回、その様相が違うことが気になっていたのである。
例を挙げると、串カツというと、細目のパン粉がついた小ぶりなもので、
ソースにとぷんと漬けて食べる印象があった。
しかし、ある大阪市内の居酒屋で注文した際に出てきた串カツは、
粗目のパン粉がついた大ぶりな、もはやフライのようなもので、
べったりソースがかかった状態で出てきたのである。
予想を大きく裏切られ、それから、串カツのスタイルについて、
気にかけるようになった。
 
今回は調査とまでは行かないが、本場で、
いろいろな店の串カツを見たいと思った次第である。
立ち飲みや二軒と居酒屋一軒に行き、前者は二軒は、
細目のパン粉で卓上のウスターソースを使用するスタイル、
後者一軒は例に挙げた店なので、粗目のパン粉にソースが
かかっているスタイル。
しかし、いずれも梅田近辺だったので、地域性は検証できなかった。
串カツもさることながら瓶麦酒を鱈腹飲んでしまい、
四軒目に行くことも無く、調査は断念した。
おまけに、どの店でもどて煮と串カツしか注文していなかったことがたたり、
その晩から、ひどい胸やけに悩まされることになった。
 
翌朝、宿泊先ホテルの朝食のバイキングに添えてあった串カツは、
衣はごく細目で薄く、具も小ぶりなもので、ソースは二度漬け禁止の、
あの王道のスタイル。
結局、胸焼けの中ではあったが、これが一番美味しかったかもしれない。

3739声 待春

2017年02月01日

本年もよろしくお願いいたします。
堀澤さんひと月の間お疲れさんでした、シンキチ醸造所ではその名の通り、
遂に麦酒の醸造が始まるのですね。
そして、このひと月で、セキチュー派だということがよく分かりました。
群馬県に縁のない人は「セキチュー」と見ても、ピンと来ない人が大半。
と言いたいところですが、関東圏に数店舗あるのですね。
セキチューには、「たこ顔」なるたこ焼き店が併設されている店舗が多くあって、
このたこ焼きを昔からよく買っておりました。
年末に高崎駅へ立ち寄った際、1階のイーサイト内にこのたこ顔が出店していたので、
驚きつつ、一船購いました。
私の中で群馬のたこ焼きといえば、幼少時分から食べ慣れた下小鳥にある「大黒屋」か、
このたこ顔でした。
それも、「築地銀だこ」がみどり市で創業される前の話ですがね。
さて、二月。
今日は関東地方の多くの場所で晴れ、10℃を越えていました。
春遠からじですね。
それでは、またひと月のお付き合い。