日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

987声 日々のほろほろ

2010年09月13日

去年くらいからだろうか、9月の連休の事を、
「シルバーウイーク」なんて言い始めたのは。
巷の勤め人(私もその端くれである)連中は、
宿泊の予約と渋滞の懸念で大忙しである。
去年の今時分。
「来年は高速道路が無料化が実現している」
などとタカをくくっていた人たちも、依然として先行きが見えない状況と、
政治の時局を鑑みて、自家用車にETCを装着している模様。
「土日祝日1,000円乗り放題」
ってのを、甘んじて受け入れている。
私はと言うと、「今更」と言う言葉が邪魔をして、どうにも購入に踏み切れない。
しかし、1,000円は魅力である。
その伝で行くと、地上デジタル放送対応のテレビ。
なんてのも、広告などを見ると、
「今更」と言う言葉が脳裏にこだましてしまう。
ここでもまた、エコポイントってのが、私を誘惑する。
政府の政策に、日々ほろほろと翻弄されながらも、
私たちはやはり国家を意識せねばならない。
そうしなければ、いつまでたっても私たちは、
落ち着いて芝居が観られないのではないか。
と言う怪しげな文章を、何故、ETCの一つも買えない様な私が、
夜な夜な製造しなくてはならないのか。
結局、問題は、目下の侘びしい現実に回帰する。
【天候】
朝、小雨のち晴れ。
午後、風が強かったせいもあって空気が澄み、
鰯雲に照る美しい夕焼けとなる。

986声 茨城の銭湯へ出発

2010年09月12日

遂に、足を踏み入れてしまった。
茨城県へ、である。
今日訪れたのは、茨城県古河市。
その場所は、群馬県の鶴舞う形のくちばし部分にある、板倉町の先。
隣接こそしていないものの、渡良瀬遊水地を挟んだ、直ぐ向こう側である。
高崎市からは、一般道でおよそ2時間。
自宅からの距離は、往復150km程度だった。
目指すは、勿論、銭湯。
古河市には、古河駅程近くに1軒、伝統的な銭湯が営業しているのみ。
その名を、「古河浴場」と言う。
古河市内は城下町の面影を残す、古風な景観が残る街並み。
その街並みに調和する事なく、都会的なビル型銭湯だった。
しかし、褪せた暖簾の先には、創業50数年を経た情緒が残されている。
その純度は高い。
番台の親父さんに伺うと、過去、古河市内だけで、
9軒の銭湯がひしめき合っていたらしい。
古河城下が如何に繁栄していたか、の証拠である。
現在は、古河浴場1軒のみの灯火となってしまったが、
早い時間からお客さんが絶えない状況を見て、少し安心した。
今回、初めて出逢った物がある。
それは、浴室内に設置されている、ひとつの蛇口。
それも、公園の水飲み場に有る様な、噴水型の蛇口なのである。
これで、のどが乾いたら水を飲めるので、脱水症状防止になる。
茨城の銭湯。
何か、オモシロい事になって来そうな予感がする。
【天候】
晴れなれど雲多し。
残暑、甚だ蒸し暑し。

985声 冷たいおでん

2010年09月11日

終日快晴。
夕方より雲多し。
「冷えたおでん」
ってのが、こんなにも侘びしい食べ物だと、痛感したのは今朝の事。
酔っ払って帰る道すがら、寄ったコンビニで酔眼に映ったのは、
「おでん70円均一セール」
と言うレジ横の看板。
飲み物を買うついでに、思わず、怪しい呂律で、
合計350円分のおでんを買ってしまった。
家に着けば、当然、蒸し暑い部屋でおでんなど食べる気になれず、
机の上、そのままにして床に着いた。
翌朝、容器の蓋をとって中を覗くと、油分が凝固した昨夜までおでんだったものが、
そこにあった。
全体的に汁を吸って焦げ茶色になったおでんを、
独り温め直して食べる姿の、なんと侘びしいこと。
来週14日火曜日に迫った、民主党代表選挙。
などと、突如本題に入ったが、冷えたおでんをフリに使っている時点で、
オチが見えている。
どうも、私の文章展開自体が、冷たいおでんの如く、
不味いものになってしまった。
買う時ゃ、たいそう美味そうに見えて購入した。
しかし、いざ帰宅し、蒸し暑い自分の部屋と言う現実に直面すると、
とてもそこで、アツアツのおでんなど食べる気にはならない。
翌朝に食べるおでんの、その侘びしさに起因する事柄は、今日報道された、
谷啓さんが急逝のニュース。
氏の十八番であるギャグ、「ガチョーン」。
実は、「ガチョーン」と間を伸ばして発音するのではなく、
「ガチョン」と詰めて発音するのが正式な、やり方。
そして、手を突き出すのではなく、出した手を引きながら「ガチョン」。
将来、「日本ギャグ大全」と言う類の書籍が編纂されるならば、
「谷啓」と言う項目で、大幅に頁をさく事になるだろう。
私には、クレイジーキャッツのメンバーよりも、
「釣りバカ日誌」シリーズの佐々木課長役の方が、馴染み深い。
更に言えば、ズッコケ系統のギャグならば、「ガチョーン」よりも、
志村けんの「変なおじさん」による「だっふんだ」の方が、馴染み深い。
しかしそれも、「ガチョーン」の流れあってこその、「だっふんだ」なのだろう。
日本コメディ界におけるその功績は、偉大である。

984声 生活の確信

2010年09月10日

終日、快晴。
であるが、猛烈なる残暑。
と言う感じではなく、湿度が低く空が高い、気持の良い秋晴れであった。
今日、富岡市の食堂へ入ったら、冷蔵庫。
並んでいる瓶麦酒が全て、キリンの「秋味」に入れ代っているではないか。
坂口安吾著の『いづこへ』に出て来る一節ではないが、
二十九日の貧乏に対する一日の復讐とばかりに、一月の生活費を一日で浪費する。
私の場合は、一月に亘って苦しめられた猛暑への一日の復讐。
有り金はたいて、秋味を片っ端から飲み干して行く。
しかしそんな事が出来る訳もなく、唾を飲み込んで自制心を保ち、
カツ丼を注文した。
『いづこへ』では主人公、浪費のあげく、三日間ぐらい水飲んで暮らし、
下宿や食堂の借金から夜逃げする羽目になる。
しかし安吾はこう書いている、『細々と毎日欠かさず食ふよりは、
一日で使ひ果して水を飲み夜逃げに及ぶ生活の方を私は確信をもつて支持してゐた。
私は市井の屑のやうな飲んだくれだが後悔だけはしなかつた。』
そんな事を考えながら、夜半。
焼き鳥の隅で、財布の小銭を勘定しながら低級酒を煽っている私は、
一向に自らの生活に確信を持てない。
それを革新してみんとする気力もまた、持ち得ないようである。

983声 お下がんなさい、白線まで

2010年09月09日

台風は静岡県上空で温帯低気圧になって、夜の内に関東地方を離れて行った。
群馬県に至っては、とりわけ甚大な被害は無かった模様。
午前中は薄曇りで、午後からはすっかり快晴となったが、
やはり、吹き行く風は秋の冷たさ。
今日の事。
「どうしてこんなにも不快なのだろう」
眼前の光景を黙殺していればよいものを、どうしても、視界に入ってしまう。
カウンターに座っている私に、相向かう形で座っている、向こう側の席のお姉さん。
年の頃は、およそ20代後半。
茶髪に染めた頭頂部、若干伸びた黒髪は、巷で言うプリン頭。
身なりは上下、量販店のスウェットである。
鼠色の上と、細い黒縞の下の組み合わせは、どこか囚人を連想させる。
その容姿に関しては、特に述べるべき言葉も浮かばないが、問題はその容体。
まず、サンダルを脱ぎ散らかして、裸足を椅子の上に置いて、腰掛けている。
そのM字開脚スタイルのまま、牛丼の肉を一枚一枚、
持ち方の下手な箸で口に運んでいるのだ。
それを見ていて、こんなにも、牛丼が不味そうに感じたのは初めてであった。
不快ではあるが、未だここまでは社会通念として白線の内側だと思う。
そこに止めを刺すのは、彼女がテーブルに置いて、喰いながら凝視している携帯電話。
おそらく、ワンセグを視聴しているのだろうと思われる音が、
店内に漏れ聞こえている。
この雑音が、食事中の私に、甚だしい不快を感覚させる。
隣の席で、静かに食事を楽しんでいらっしゃる老夫婦が、見るに忍びない。
ファーストフードの牛丼チェーン店にだって、白線の内と外はある。
「お嬢さん、お下がりなさい、白線の内側まで」
ってのが、言えない。
牛丼に顔を埋めながら、こんな禅問答的もどかしさを感覚していた。
私も、からっ風に吹かれながら、歳を重ねた証拠であろうか。
若者風味な表現で、捨て台詞をばひとつ。
「お嬢さん、ビミョーにヤバイよ、その食い方」

982声 風土と方言

2010年09月08日

先日、中之条町で開催された「伊勢町祇園祭」を訪れ、
全体の雰囲気が「駘蕩」としていたと、自分の感想を書いた。
以後、「羨ましい」との声が、メールにて私の元へ幾つか届いた。
勿論、その駘蕩とした雰囲気を味わいたかったのだろうが、
メールをくれた人は、群馬県の県庁所在地在住の、謂わば町場の人である。
確かに、神輿や花火などが催される盛況な町場の祭りでは、
それも大いに風情があるのだが、駘蕩とした雰囲気など、味わえぬ。
その雰囲気の一翼を担っているのが、方言ではなかろうか。
そう考えているのは、つい先程、この小冊子を書棚の隅で発見したからである。
「あがつま語★辞典」(収集及び発行 小板橋武)
経年の用紙劣化で、全体的に黄ばんでいるこの小冊子は、
ひょんな経緯で私の手元にある。
3,4年前、四万温泉へ宿泊したと事があり、その日の夜、
中之条町の伊勢町まで酒を飲みに下った事があった。
その夜、初めて入ったスナックで、その店のママから貰ったのがこの小冊子。
とても貴重な小冊子だとおっしゃっていたが、
「これで、吾妻弁を勉強してらっしゃい」
と言う、強烈な濁声で発した温かいお言葉と共に、
私にプレゼントしてくれたのだった。
机の前で頁をめっくているが、聞いた事の無い方言ばかりである。
「なかんじょなんそんなずらぁねぇよ」
吾妻民がこう話すのを聞いて、県外の人は無論の事、
県内の人でも、こと若い世代は理解に苦しむ人が多いだろう。
「いいえ、中之条など、そんなことはありませんよ」
と正確にその方言の意味を理解するには、この小冊子が必要である。
この小冊子に羅列されている方言を読んでいるだけでも、自然と頬が弛む。
その行間からは何やらもう、駘蕩とした雰囲気を感じ取れる。
風土が人々の方言を培うならば、吾妻と言う山間の地域は、とてもあたたかい。

981声 秋の醍醐味

2010年09月07日

どうやら、直撃は免れぬ。
台風9号は強い勢力を保ちつつ、明日、北陸から東北へ上陸する模様。
今日のニュースでは終始、気象庁が警戒を呼び掛けていた。
毎年の伝で、この台風が行ってしまえば、空気がガラっと入れ代る筈。
そうなれば、山の方から一気に秋めいてくるのだろう。
毎年の事で、キリンの「秋味」なんて麦酒が店頭に並ぶようになると、秋を感じる。
しかし今年は、猛暑の影響か、もう販売は開始されているのだろうが、
生活の中で、どうも目に止まらなかったらしい。
未だ、一本も飲んでいないのだ。
猛暑に伴って、今年は秋刀魚も大いに不漁で、店頭価格が高騰している状況である。
そう言えば、毎年恒例であるキリン秋味のテレビCMを、今年は未だ見ていない。
CMに釣られて、秋刀魚と秋味で一杯。
なんてのは、我が人生における、毎秋の醍醐味になっている。
台風が去り、落ち着いて醍醐味が味わえる季節を連れて来てくれる事を、切に願う。

980声 秋祭りの八木節

2010年09月06日

時折、紙コップの中に飛び込んでは溺れている羽虫を、
箸で掬い上げながら麦酒を飲んでいた。
山間の町にはすっかり夜の帳が下りたのだが、今日ばかりは、
往来が賑やかにさんざめいている。
遠くで太鼓の音が鳴るたび、僅かに、骨が震えているのが分かる。
目の前のステージでは、地元の、昔お嬢さんだった方々が、
情熱的なフラダンスを踊っている。
麦酒を飲み干して、斜向かいの席に眼をやると、
地元から来たと思しきおじいちゃん。
コカコーラ片手に、瞬きもせず魅入っておられた。
昨日行って来た、中之条町の「伊勢町祇園祭」は、会場である商店街に、
とても駘蕩とした雰囲気が流れていた。
商店街の続く直線の往来を、歩行者天国にして会場を作っている。
それ故に、来場者はその往来の一筋を行ったり来たりする訳だが、
城下町の祭などと違って、単純明快。
道案内が、かえって分かり易くもある。
祭りの町を流れるこの駘蕩とした雰囲気を作っているのは、やはり、
山間の穏やかな町に住み暮らす人たち。
そう言う所に来ると、流石の八木節も、毒気を抜かれた様な節回しになる。
踊り手が皆、花笠を持って踊る。
一緒に行ったほのじ氏は、この駘蕩とした雰囲気が性に合うらしく、
終始穏やかな表情で眺めていた。
この土地で「博徒忠治の生い立ちこそはぁ〜♪」なんて、巻き舌で歌い上げても、
しっくりこない。
やはり、この土地には、この土地の八木節が息づいている。
そんな事を考えつつ、最後の梯子の店を飛び出し、
中之条駅21:00発の終電に飛び込んで、帰路に着いた。

979声 伊勢町の八木節

2010年09月05日

秋祭り。
と言うよりも、夏祭りと言った様相だな。
と思われる、この陽気。
今日は、吾妻郡中之町で、毎年恒例の秋祭りである「伊勢町祇園際」を、
見学に行く予定。
「伊勢町の八木節」
ってのは、群馬県内北西毛地区では有名な八木節踊りで、
非常に特徴的な八木節踊りらしい。
「だから、観に行こう」
と誘ってくれた人も、私と同様、八木節の虜になってしまった男である。
移動手段は電車。
吾妻線へ乗って、のんびりと向かおうと言う、算段。
伊勢町祇園際は、一回の祭りの中に、山車、神輿、八木節、千人踊など、
様々な行事が盛り込まれている。
里山の麓に抱かれたのどかな街が、燃焼する日なのだろう。
祭ってのは、街場から山村へ入れば入るほど、魅力的な祭礼になって行く気がする。
八木節の本場、桐生の八木節祭りと、どの様に趣が異なるかが、楽しみである。

978声 小川町で再会

2010年09月04日

連日の猛暑、引き続き。
半ば解せない心持で眺めていた、今朝の青空。
二日酔いの目に、染みた。
私の前に座って、煙草をふかしながら朝刊を読んでいる男。
こいつは、同級生。
そして、私たちがいるカプセルホテル。
ここは、埼玉県川越市。
私には、友人がいる。
そいつ等は、県外各地方で、暮らしている。
と言っても、関東地方内の話。
随分久しぶりに、昨夜、埼玉県は小川町で集まった。
それぞれの生活事情の為、集まったのは私を含め3人。
3人とも、小川町とは縁もゆかりも無いのだが、音頭をとった私の一存で、決定した。
それぞれの住まいの中間点及び、鉄道路線図を考慮しての選定であった。
個人的には、夏風邪の真っ最中で、生麦酒片手にゲホゲホ咳き込んでいると言う、
面目ない状況。
それに相まって、消化器系統全般の稼働率も甚だ悪く、食えない飲めない。
それでも、時折、胃から込み上げて来る内容物を、麦酒で流し込みつつ、杯を重ねる。
梯子の最後は、駅前のホルモン焼き屋で飲んでいたのだが、
夜も深くなった頃に辿り着いたのは、川越駅。
最終的には、私とWのみ、チェーン店の居酒屋の隅で、
酔眼朦朧となりつつ、ハイボールをチビチビ飲んでいる始末。
当然、終電など、とうに行ってしまい、カプセルホテルで一泊。
翌朝、二人して駅の立ち食いうどんを啜って、それぞれの帰路へ着いた。
男同士における久々の再会など、とりわけ、あふれる情感など感覚しない。
しかし、それだけで十分だ。

977声 養生は二の次

2010年09月03日

今日も、例外なく、雲一つなく、猛暑。
午後より、いわし雲の類が、チラホラ散見される。
しかし今朝、窓から赤城山を眺めると、その長い裾野の稜線が明瞭に見えた。
太陽から注ぐ陽射しからは、未だ盛夏の名残を感じるけれども、空気の方は、秋。
まさに、秋気澄む、と言った具合である。
依然として私が、風邪を引き摺っている。
しかし、そうそう風邪にも構っていられないので、どかどかと、
自らの用事をこなしている。
まさか、自分が風邪をひく事を予期していなかったので、
風邪の兆しが無かった頃に入れた予定が、山積している。
赤く腫れあがっている扁桃腺を、雑巾絞りにする思いで、枯れた声を出しながら、
その山の頂を目指している次第である。
平日は割と養生しやすい環境にあるが、週末に養生するのはちと酷である。
自分以外が遊び呆けている姿を想像する事で得る、焦燥感。
これが非常に、体に毒となる。
よって、養生は二の次。

976声 いっそのこと、革命

2010年09月02日

秋晴れ。
なのだが、一向に秋の気配は無く、炎天の酷暑が甚だしい。
風邪っぴきで、体調が頗る悪い身にとっては、
まさに地獄の業火に身を焼かれる思いである。
そして、気象庁の予報によると、明日土曜日の気温は今日よりも更に暑く、
日曜日はそれを更新する暑さになると言う。
もはや、戦意喪失と言う感がある。
私の場合、風邪が喉にきている。
よって、声がカラカラに枯れてしまった。
声が出ない事の煩わしさを、今、身をもって実感している。
例えば、電話。
携帯電話が鳴って、出るとする。
「あ゛い゛、ぬ゛ぐい゛です゛」
この様に、全ての音に濁点が付いてしまう。
「あれ、声、どうなさったんですか」
と、必ず相手が問う。
「じょ゛っ゛ど、がぜで」
このやり取りをしてから、本題に入らねばならぬのだ、毎回。
それに比べると、文章でのやり取りは、とても快適である。
こちらの状態を相手に斟酌されずに、用件のみを伝えられる。
この様な状況下で、電子メールの利便性を改めて実感した。
これを書き終えたら、ちと億劫ではあるが、近所のコンビニまで、
のど飴を買いに行こうと思っている。
しかし、別人の如く、ここまで声がかすれると、元の声に戻るのか、
いささか不安になって来る。
いっそのこと、コンビニでコーラでも買って、一気飲み。
喉に激烈なる刺激を与え、我が声に革命を起こせぬものか。
その荒療治が成功し、ブルージィーな声を手に入れた暁には、
ブルースマンとして、売り出そうかしら。

975声 初秋の病人

2010年09月01日

発熱、全身倦怠感、咽の痛み、胃部不快感、下痢。
これ等全て夏風邪の症状である、それが今、私の体で顕著に発症している。
気象庁の発表によると昨日、8月31日をもって、
東京都心で連日続いていた熱帯夜の日数が、
1994年に観測された47日を上回る、48日となった。
これによって、最多記録を更新し、今夏が異常に暑い夏であった事が証明された。
熱帯夜ったら、夜の気温が25℃以上なので、それがもう一月半も続いているってのは、
殺人的とまではいかないが、拷問的な暑さである。
体力減退の折、そりゃ、風邪にもなる。
私の場合は、特に咽。
今朝などに至っては、声がガラガラ。
会話していても、相手が私の言語をほとんど判別出来ないくらい、
声が枯れてしまっている。
続いて、熱による全身倦怠感。
そこに追い打ちをかけるのが、胃部不快感と下痢。
現在時刻午後6時30分。
寝床の横に白旗を立てて、すっかり降参。
蒸し暑い部屋で病臥している。
枕を胸にして腹ばいになって、ノートPCで、これを書いていると言った具合である。
風邪で寝込んでいる、夕方6時。
テレビのニュース番組などを、寝床からぼんやりと眺めていると、思い出す。
小、中、高の学生時代に、風邪で学校を休んだ日の事。
時期は異なるのだが、こうやって、ぼんやりと夕方6時のニュース番組を眺めていた。
子供も大人も、病人の心境と言うのは、どこか似ている。

974声 求め続ける

2010年08月31日

「風雲急を告げる」
と銘打った報道を、今日は何度となく目にした。
民主党代表選において、その出馬を濁していた小沢一郎前幹事長が、昨夜から一転。
一夜明けて出馬を表明した事から、菅直人現首相と小沢一郎前幹事長との、
一騎打ちの構図になった。
これによって、与野党を巻き込んだ政界再編が示唆されており、
政局は混濁の様相を呈している。
ってのは、今日の報道を見たままに書いた事。
テレビの中の政局が混濁しているのと、水槽の中の水が混濁しているのと、
私にとっては大差無いのかも知れない。
そこに求めるものは、極めて少ない。
では、何に求める。
生活状況から見て、私の場合それは本ではなかろうか。
では、何を求める。
読書傾向から見て、根底にあるのは孤独だと思う。
どこかに、作者の孤独を内包している作品に魅かれる。
テレビ、音楽、会話等あるが、私の場合は得てして、
本の中に求めるものがあるようだ。

973声 子供と夏の虫 後編

2010年08月30日

昨日続き。
現代においては、(私が子供時分もそうだが)カブト虫はペットとして、
ホームセンターなどで、人気を博している。
私は金を出して買った事は無いのだが、友達はペットショップで幼虫を買っていた。
それを腐葉土と一緒に虫籠に入れ、夏休みの宿題の課題である自由研究として、
成虫になるまで観察記録をつけていたのだ。
私の同年代でも、首都圏で幼少期を送った友人などは、
デパートでカブト虫を購入していたと聞く。
また、巷の専門店類では、珍しい外国産のカブトムシやクワガタが、
マニアの間で高額で取引されている。
「カブト虫などを、獲るのではなく買う」
ってのは、子供たちにとって、もはや当たり前の動機である。
先日、ホームセンターで見かけたカブト虫の価格は、580円であった。
私の子供時分も、それ位の価格だった記憶があるので、
ここ20年程で、カブト虫相場の変動は少ない様子。
これは、カブトムシ雄と雌、ペアでの価格である。
荷風の『断腸亭日乗』を読んでいると、日記の中に時折、
「白米一升 金参拾五圓也」
なんて、当時の物価が書き添えてある。
それに習って、(何故習うか分からないが、兎も角、思い出したので)、
この記事で言うならば、
「カブト虫(ペア) 金六百円位也」
と言う事になる。
我が祖父母の昔話によれば、カブト虫やクワガタ虫はその昔、
確かに子供たちの人気者であった。
しかし、大人にとっては、カブト虫やクワガタ虫の類は、
「害虫」として警戒されていたのだと言う。
理由は、果樹や木肌を喰い荒らしたり、その幼虫でも、根を荒らすから。
その為、これらを掴まえても、それは採集ではなく駆除、と言う事になる。
何れにせよ、カブト虫やクワガタ虫にとって人間とは、甚だ、迷惑な存在であろう。
私に至っては、子供時分に殺生したカブト虫及びクワガタ虫は、
その数何百匹にも及ぶ。
今でも、角を掴んで、足を宙にもがいているカブト虫などを眺めていると、
小波の如く、罪悪感が胸に去来する。

972声 子供と夏の虫 前編

2010年08月29日

今日、祖父母と話していると、話の分岐から、カブト虫の話になった。
この話は、祖父母と私の会話において、分岐しやすい話題の一つで、
学生時分から何度となく話している。
幼い頃の私は、カブト虫やクワガタ虫が好きだった。
と言う、孫の思い出話なのだが、祖父母はこの話が好きなのだ。
会話中に出て来る、カブト虫やクワガタ虫の呼称。
それが特徴的で面白い。
先ず、カブト虫は、雄が「カブト」で雌が「マグソ」。
次にクワガタ虫だが、ミヤマクワガタは「へータイ」。
それ以外は全部、「クワガタ」と呼んでいる。
これは、方言による地域変名なのだろうが、カブト虫やクワガタ虫は、
地方によって様々な呼称が付いているので、面白い。
私の住んでいる地域で変わった呼称と言えば、ノコギリクワガタ。
その小型なものは、(それが大きくなるのかは分からないが)
角(大あごの事)が湾曲しておらず、直線的になっている。
それを、「バリカン」と呼んでいた。
他にも、クワガタの雌は総称して「ブーチン」だった。
よって、ノコギリクワガタの雌ならば、「ノコのブーチン」となり、
ヒラタクワガタの雌ならば、当然、「ヒラタのブーチン」となる。
後は、カブトムシの雌には、「ブタ」と言う、
いささか申し訳ない呼称が付いていた。
人気のカブトムシの雄は、時々、全体が赤身がかっているものがいた。
コイツは、「赤カブ」と称され、より一層、子供たちの間で珍重されていた。
そして、赤身がかったものは、ノコギリクワガタにもいて、これも同様であった。
異常に蒸し暑い今宵は、橙色に輝く半月。
カブト虫は樹液を吸い、私は道草を食う。
紆余ならまだしも曲折、しつつまた明日。

971声 蝉の唄声

2010年08月28日

雨上がりの夜半。
クーラーを切って、窓を開けると、網戸。
雨宿りでもしていたのか、蛾や浮塵子のような羽虫が、
無数にしがみ付いていた。
中に紛れて、丸々太った蝉が、一匹。
さして気にも止めずに、翌朝。
寝床から網戸を眺めると、羽虫連。
綺麗さっぱり、見事に一匹も居ない。
蝉の奴も、近所の大樹を目指し、飛び立ったようである。
蝉の一生も、そろそろ最後のひと踏ん張り。
と言った、時節。
蝉の一生を思うと、つくづく、芸術家肌の生き方だと思う。
7、8年も土の中にうずくまっていて、漸く、地上に姿を見せる。
そして、孵化したかと思うと、地上ではせいぜい1月くらいしか生きていない。
その1月に、配偶と言う命題に挑むのである。
1月と言う短い興業期間の地上舞台に出演する為に、
8年もの下積み期間を要するのである。
否、下積みと言える活動はしていないから、只単に、
短い人生の時間を浪費しているだけかも知れない。
地下での膨大な時間の浪費こそが、あの特色のある力強い鳴き声となって、
地上に響き渡らせる。
その鳴き声は、地上に羽を伸ばせた歓喜の唄に聞こえ、時に、
自らの悲しい宿命に対する、悲哀の唄にも聞こえる。

970声 夏のレクイエム

2010年08月27日

立秋はとうに過ぎたのだが、食堂の席へ着くと思わず、
冷やし中華を注文してしまう。
食べ終えて、酷暑の街へ出れば、往来。
近頃、ひっくり返って行き倒れている蝉を良く見かける。
その死骸は皆一様に、腹の辺りが白く粉を吹いている。
食べ終えてから向かったのは、役場。
その裏口の棚。
誰が獲ったか、クワガタが一匹入っている瓶が置いてあった。
指で瓶を突いたが、反応は無し。
どうやらクワガタは、瓶の中でひっくり返って、死んでしまった様子。
それもそうだろう。
日光に直射している瓶の中には、萎れた葉っぱが一枚。
これじゃ、いくらなんでも、生きられぬ。
里は暮れて、月明かり。
秋虫の奏でる音色は、夏のレクイエム。
ってな描写は、野暮だね、やっぱり。
麦酒こぼしちまったよ、まったく。