日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

753声 金曜日には花を

2010年01月22日

今日は金曜日。
つまり、「花金」である。
「はなきん」なんて私語を、墓場から掘り起こして使ってみたのだが、
どうにもやはり、花金なんて言葉を使う風潮は、現代の巷に無い。
その昔は、金曜日に花があった。
なんて書くと、「お前はいくつだ」と突っ込まれてしまいそうだが、
実体験としてそう感じている。
金曜の夜と言えば、街にも華があったものである。
記憶の根は芋づる式に繋がっていて、次々に思い出す。
そう言えば、金曜夜7時半には、「はなきんデータランド」なるテレビ番組を見ていた。
今頷いている読者諸氏は、若くない筈。
確か、「ミュージックステーション」の前に放映していた番組で、桂文珍さんが司会だった。
私は未だ小学生、中学生時分だったが、あの華やかな番組セットを見つつ、
明日に控える土曜日と、魅惑的な日曜日の待ち遠しさを噛み締めていた。
金曜日には、浮き立つような足取りで、学校から通学路を帰ったものだった。
年齢の為か世相の為か、あるいは懐具合の為か、金曜日と言えど、
感慨は薄くなってしまった。
街に出掛ける回数も、めっきり減ってしまった。
雪崩式に金曜日を転げ落ち、はっ、と気付けば土曜日の朝。
と言う具合だから、土曜日だって、満足な過ごし方が出来ない。
金曜日。
少しは、自ら摘んできた花を添えてみようかと思う。
そうすれば、私の週末が幾らかでも華やぐかも知れない。

752声 飛び級で御林住

2010年01月21日

「えーっ」
と先日も、驚かれてしまった。
年齢の話、なのである。
銭湯や俳句のイメージが影響しているのだろうが、
にしたって、少々、上に見られる事が多い。
「私、てっきり、少しお兄さんかと…」
と、30代前半の女性。
「いや、ずっと、30代後半くらいかと思ってたわ」
これは、40代後半の男性。
「確かに、20代後半です」
息巻いているのは、私。
五木寛之さんの「林住期」ではないが、古代インドでは人生を四つに分類すると言う。
学生期、家住期、林住期、遊行期が、それである。
学生期(がくしょうき)は、生まれてから24歳まで、家住期(かじゅうきは25から49歳、
林住期(りんじゅうき)は50歳から74歳、そして、遊行期は、75から90歳となる。
そして、この林住期には、社会的な務めを終え、輝かしい「第三の人生」が待っている。
と言う事になっているらしい。
家住期に入ったばかりの私ではあるが、
こうもことごとく年齢を上の見られるならば、早く林住期に行きたい心持である。
いっそ事、家住期は飛ばしてしまって、飛び級で事を進めたい。
そんな事を考えているから、いけない。
どうやら、学生期での道を誤った感がある。

751声 中将湯とバスクリン

2010年01月20日

「バスクリン」
で有名な、ツムラライフサイエンス株式会社がその社名を、
「株式会社バスクリン」に変更するらしい。
今年の6月に開催予定の定時株主総会以降なので、9月1日付での変更となる。
勿論、私も子供時分から、バスクリンは良く使っていた。
「森の香り」などを入れると、湯が緑色に染まり、はしゃいでいたのを記憶している。
大人になってからは、吝嗇根性を出して、規定量よりも少なめにして、使っていた。
このバスクリンってのは、その歴史を遡れば、日本初の入浴剤なのである。
入浴剤の元祖と言う訳だ。
1897(明治30)年、当時の社名で津村順天堂、が発売したのが、
「くすり湯浴剤中将湯」。
これは家庭用と言うよりは、銭湯向けの入浴剤として商品化されたらしい。
その後、この商品から、芳香浴剤「バスクリン」が生まれ、
高度成長期の内風呂付住宅の普及により、家庭用入浴剤として、飛躍的に浸透する。
元は、銭湯への誘客を見込む為の入浴剤が、今は、銭湯へ向かう客足を、
留める効果を生んでしまっている。
時代の移ろいは、ときに皮肉な結果を生む。
私も銭湯を巡るようになって、この「中将湯」の看板を目にした事がある。
中将姫と言うお姫さまが描かれた、華やかで豪奢な看板であった。
そして、発売から100年以上経った現在でも、現役で使用されているのだ。
今日は大寒。
この真冬、久しぶりに、バスクリンであったまろうと、思い立った。
のだが、気温、小春日和で温かいんでやんの。

750声 ツイッターとハサミは使いよう

2010年01月19日

最近よく見かける、「Twitter」と言う用語。
「ツイッター」と読むらしい。
最近では、今年の1日から内閣総理大臣である鳩山首相が、
ユーザー登録して利用を開始した事でも知られている。
そして先程、ニュースを見ていたら、今月18日、地震に見舞われたハイチの支援のため、
米赤十字社の本部を訪れた際、このツイッターを利用したとの事。
まずそもそも、このツイッターってのが、どう言うシステムであるか。
私は知らない。
システムか、ってぐらいだから、一応、新手のコミュニケーション・サービス。
ってな事は分かる。
ウィキペディアから引くと、つまりは、140文字以内で投稿する、
ブログとチャットを足して2で割ったようなシステムを持つもの、らしい。
ユーザーたちが、「つぶやき(ツイート)」を投稿するから、ツイッター。
確かに、機能を見れば素晴らしいと思う。
これが、災害時おける非難情報の提供など、リスク回避の面で活躍してくれれば良い。
しかし、反面、私には疑心暗鬼の感がある。
何だか「つぶやき」ってのは、リスクを誘発する気がしてならない。
日常生活で、余り良い事はつぶやいてない気がする。
むしろ、不平不満、つまり「ぼやき」の方が圧倒的に多い。
規制が無ければ、そんなぼやきが、サイト上に充満してしまうのではないだろうか。
思春期の学生などは、そう言う事に感覚的に敏感なので、
むしろこれを避けて通る気がする。
裏を返せば、大人が鈍感になっていると言える。
偉そうに書いている、私も。

749声 因果鷹揚

2010年01月18日

どうしてこうなったのだろうか。
因果が絡まりあっていて、解きほぐしてから、改めて考える気にもなれない。
こうなったらもう、この因果を鷹揚に受け止めるべきである。
ともあれ、大舞台なのだ。
来週、1月24日の県民会館小ホール。
芝居屋らいぶ「ヨロコンデ」のコンサートに、参加する事になった。
参加するっても、ステージに上がる演者として、である。
私はエレキギターでの参加で、勿論、脇役である。
脇役ながら、非常に、僭越かつ恐縮している。
しかし私は、もう、やらねばならないのだ。
やらなければ、来てくれる人の心は打てない。
もしもの時は、どうするか。
懐に忍ばせてある、脇差を抜いて懐紙で包み、逆手に持って一気に、腹。
読者諸氏、介錯を願い出るならば、来週の日曜日、県民会館にて。

748声 ひとこえリズム

2010年01月17日

役に立つ、事だってある。
毎日、こうやって一文の得にもならぬ文章を書いていも、である。
このサイト以外に、文章を書かねばならない時と言う事が、少ないながらある。
その媒体は、大きく分けて、紙かインターネットになる。
そんな時、書くテーマにもよるが、テストでヤマが当たった時の如く、
完成度はともかくとして、スルリ、と左程苦も無く書ける時がある。
「ひとこえの賜物」
だと思う。
毎日、こうやって更新している作業が、知らずに文章修業になっており、
自らの力になっていたのである。
しかし、その文字量と言えば、概ね400字〜800字くらいなので、
原稿用紙に換算すれば、1、2枚。
その1、2枚のリズムが、どうやら体に染み付いてしまっているようなのだ。
例えば、文字数を原稿用紙で5枚、つまり2,000文字の文章を書くとする。
そうすると、目測を誤ってしまう事が、多い。
1,500文字で終わってしまったり、2,500文字を超えても終わらなかったり。
リズムが掴めない。
掴めていないか、元からリズム感が悪いか、どちらかである。

747声 藪入りを、国民の休日に

2010年01月16日

今日は藪入り。
と言っても現代、その風習を目にするのは、時代小説か落語ぐらいなものだろう。
江戸の頃から、昭和の初めぐらい、と曖昧であるが、まぁ落語に出てくる時分である。
奉公人が休暇をもらって、親元へ帰ったり、休んだり、遊んだりする事が許される日。
それが、1月16日及び7月16日の藪入りの日、と言う訳である。
週休2日が当たり前の今時節。
藪入りの賑わいは、街に無い。
そう、商家が隆盛を極めていた江戸の時分、藪入りの日とあれば、
街はたいそう賑わった。
奉公人は主人から着物を新調してもらい、小遣いを貰って、街に繰り出す。
街では、商店や露店も軒を連ね、芝居小屋などは大盛況だった事だろう。
一週間単位で、のんべんだらりと日を送る、現代人。
「こちとら必死に働いてんだい」
と、腕まくりはしないで、どうぞひとつ穏便に。
言いたいのは、現代社会に、藪入りって制度は通用しないけれども、
藪入りってな、気質だけは受け継いでみたら、どうだろう。
つまり、定額給付金。
とまでは言わないけれども、着物を新調して街へ出て、映画でも見て美味い物を食おう。
ってな国民の休日を、一日作る。
日頃、街を歩いていると、そう言う気質が街に欲しいと、つくづく、思ってしまう。

746声 回遊魚

2010年01月15日

今日の夕方。
帰宅途中、ふらりと本屋へ寄った。
店内、そぞろに見ていると、奥の通路に、本が詰められた銀のラックが1体。
ラックに付いているポップには、「セール品」とマジックで書かれている。
本の背表紙を見るに、その大半が料理のレシピ本。
何気なし、手にとって頁を捲ると、良く出来ている。
分かり易く、デザインのセンスも良い。
奥付まで来ると、出版社名。
知らない。
ラックに本を戻すと、大半の本が、その見た事も聞いた事も無い出版社の本。
他にも、目にした事が無い出版社の本が並んでいる。
僅かに遅れて、察しがついた。
これ、皆、昨年、及び一昨年に、倒産してしまった出版社の本ではなかろうか。
値札を見ると、半額から6割7割引きの、もはや叩き売り状態。
昨今の出版不況を思い、いささか悲しくもあるが、購買心をくすぐられる。
そこに陳列されている本が、大半がレシピ本と言うのも、合点がいった。
料理のレシピなどは、主婦の方々、最近はインターネットで検索するのが常識らしい。
と、聞いた事がある。
確かに、各サイトやブログなどで閲覧すれば、無料なのだから、
本の売り上げも伸び悩む訳だ。
ラックに載っているのは、
掴みどころの無い顧客ニーズってやつを、掴み損ねた結果である。
湖にいる魚の群れは、常に回遊している。
一旦は、自分の垂れている釣り糸の下に留まって、餌を食べていたかと思えば、
回遊し、また別の釣り糸の餌を食べる。
その餌が、新鮮であるうちは留まっているが、鮮度が落ちてくれば、また回遊。
回遊魚のいるポイントを掴み、その湖に適した餌を用い、
餌が新鮮な間に釣り上げてしまう事が、重要だ。
その前に、糸がこんがらがってしまうのが、いつもの私の釣りである。

745声 あっしは冷たい足の持ち主

2010年01月14日

もう、冷たくなっていて、寝られない。
足の先が、である。
こうやって、毎晩書いている時は、机に向かって書いている。
机に向かっていると言う事は、椅子に座っており、足は机の下にある。
この足が、どうしても冷えてしまう。
靴下を履いているのだが、冷える。
何だが、女々しい悩みだが、冷えきっている。
そう言う状態で寝床に潜り込んでも、中々、寝付かれない。
足の先へ手を伸ばして触ってみると、アイスノンを巻いていたかの如し。
冷えの原因として、部屋の気温が低い事も挙げられるが、
体質もあるのではなかろうかと思う。
私は、所謂、冷え症と言った症状は過去に自覚した事は無いが、
現在は、冷え症体質を自覚している。
それに挙げられる、最たるものは、食生活。
要は、冷たい物を食べ過ぎ、あるいは、体を冷やすものを食べ過ぎなのである。
日頃食べている、回転寿司、もり蕎麦、もりうどん、アイス、生野菜、冷たい弁当
など、
体温よりも低い温度の食物がいけない。
こいつ等が、徐々に体温を奪って行き、冷え症体質を作っているのではあるまいか。
然らば、体温より高い温度の食物を摂取するように、心掛けねばならない。
それでも駄目なら、晩酌の麦酒を熱燗に変えてみようかしら。
確かに、体温よりも高い温度だが、胃の腑辺りから温度が高鳴ってきて、
余計寝付きが悪くなる。
それでも、冷たさに縮こまっているよりは、夢見心地で寝返りを打っている方がよい。

744声 ドーナツ・ストーブ・体育座り

2010年01月13日

まるで私の好きな、シュガーシロップでコーティングされたドーナツ。
を連想させる程、氷結している、自家用車のフロントガラス。
今朝、出勤するべく車に乗り込むと、前方視界は零、全く見えない。
白い息を吐きながら、エアコンの目盛りを目一杯回して、解けるのを待っていた。
今日は、西高東低の気圧配置が一層強まり、九州地方の平野部でも積雪したと言う。
此処、群馬県の平野部には雪の兆しは無かったが、赤城おろしの寒風が吹き荒れていた。
こう言う寒い日は、四肢間節の動きも悪いし、脳の動きも悪い。
したがって、思考も何だか覚束ない。
さっきから、ストーブの前で膝を抱え、体育座りをしている。
更新内容の着想を待っているのだが、こんな寒い日は、
これが中々、ゴールへ辿り着かない。
振り返ってみれば、去年の夏。
扇風機の前で膝を抱え、夜半に随分長い事、体育座りをしていた。
季節は移ろえど、我が行動様式に目立った差異は無い。
それひとえに、才が無いだけ。
ドーナツでも食いながら、気長に待つか。

743声 タラノハラ

2010年01月12日

またしても、気付けば、日付変更線の瀬戸際に立っている。
少々、出っ張った下っ腹をさすりつつ、さすりつつ、いや、待てよ。
いつから、こんな下っ腹が出しゃばって来たのか。
12月、マラソンをやった事もあって、細身な体系だった筈ではないか。
それが、何故、ってその原因は明白で、やはり、正月。
思い起こせば、しこたま飲んで、たらふく食って、あれで太らない訳はない。
正しく、鱈の腹みたいになってしまった。
しかし何だか、「タラノハラ」ってのは、力士っぽくもあるな。
間違いなく、弱そうだけど。
などと、下手なコメディ台本の様な文体になってしまった。
それもこれも、タラノハラの四股名を襲名する事が、
決定するか否かと言う瀬戸際の私が書いているので、仕様が無い。
これを読んでいる読者諸氏の中にも、もしやいるのではないだろうか、
正月の不摂生で、タラノハラになってる方々。

742声 女の目線を女は支持する

2010年01月11日

・シネマテークたかさきで「パンドラの匣」を観賞。
・一二三食堂で「ソースヒレカツ丼」を食事。
・藤守湯で一番風呂。
何だか三段落ちの如き、我が休日の過ごし方だが、
最後に赤提灯の暖簾をくぐれば、完成である。
今日は、その完成を待たずに、家路に着いてしまった。
生活雑事の羅列及び垂れ流し的日記風随筆形式。
早口言葉の様だが、平たく言えば、日報。
みたいな内容で更新する事が無いよう、心掛ける。
ってのが、私がこの日刊「鶴のひとこえ」を始めるにあたり、
自らに課した「執筆心得」である。
その執筆心得を遵守してきたつもりであるが、
本日此処に、高崎中心市街地での一つのコースを提案する意を込めて、羅列した。
上記の3つの施設。
いずれも、街の小さな、映画館と食堂と銭湯である。
しかしながら、いずれも、他の同業種と一線を画す点が垣間見える。
それは、「女性の支持」である。
まず、「シネマテークたかさき」。
ここは、市街地の小さなコミュニティシネマであるが、若い女性の独り客が多い。
今日も多く見受けられた。
私が観たのは太宰治原作のパンドラの匣であったので、
あるいは、太宰ファンの女性であるのかも知れない。
現代においても若い女性ファンを掴めるとは、などと、横道へ逸れる前に、次。
続いて、「一二三食堂」。
南銀座通りを城址の方へ一本、と言っても分かりづらいが、
ともかく、南銀座通りの裏である。
昭和3年から続く老舗食堂で、なんて私があえて説明するまでも無く、
雑誌や新聞に掲載された事がある有名店。
ネット検索すれば、情報に事欠かないだろう。
ここも、純和風の伝統的な食堂なのに、若いカップルや女性の独り客が多い。
しかも、その大半が、名物のソースカツ丼を食べて行くので、恐れ入る。
最後に、「藤守湯」。
ここは市街地からはちと離れている、大橋町に在る、銭湯。
本サイトのコンテンツ「とっておき探訪」に詳しい。
伝統的な横丁の風呂屋。
にも拘らず、ここでも、若い客を頻繁に見掛ける。
幼い息子娘と一緒に、家族で来店する若夫婦や、近くに高校があるだろうか、女学生たち。
浴室に、時折響き渡る嬌声は、相客にも程良い活気を与える。
この3店舗に共通するのは、所謂、「女性目線」を意識して経営していると言う事。
それがどう言う目線なのか、じっくりと述べたいのだが、丁度、時間となりました。

741声 左足の濡れ場

2010年01月10日

新成人であろうか。
私が先程までいた飲み屋内を、発狂せんばかりに走りまわっていた一団。
トイレでは、顔色の青い青年がうずくまっていた。
血気盛ん。
ではカタがつかん。
程に酔うた経験も無いではない。
ともかくも、落ち着け、そして、大志を抱け。
とは言うものの、私。
千鳥足で帰路に着く、夜道。
真っ暗やみの、田圃の畦道。
よろめいて、路の側溝に左足がはまってしまい、びしょ濡れ。
闇雲に、美女の濡れ場を妄想しつつ、心地の悪い足を引き摺って歩く。

740声 郷土の句

2010年01月09日

昨日の一文一句。
共鳴と言うか、共感と言うか。
ともかく、「良いじゃん」と言うお便りを頂いた。
確かに、日めくりカレンダー式で、「毎日一句」が見れるのも面白い。
しかしながら、今日みたいに穏やかな休日の青空の下、
駘蕩とした空気の中で考えているからであって、煩瑣な日々の生活の中でとなると難しい。
難しいのだが、やはり手間の掛かる事ってのは、きちんと面白い。
お便りには、郷土の句も添えられていた。
未だ、その投稿をどうこうすると言う事も出来ないが、好きなのを一句。
眺むれば冬の顔なる赤城山
おまけに一句。
冬の街朔太郎の猫現るる
その人の号、「草野」と申し候。

739声 一文一句のリズム

2010年01月08日

ふと、思い出した。
何処かは忘れてしまったが、今年の新年会。
この「鶴のひとこえ」に対する、提案めいた意見を頂いた。
それは、「毎日、最後に一句、付けてみたら」と言うもの。
その場では、曖昧な返答をし、杯を重ねてごまかしてしまったが、
落ち着いて考えると、それもなかなかオツである。
「最後に」
なんて、心遣いはいっそ取っ払って、毎日一句、なんてどうだろうか。
と言う事は、名称も、日刊「鶴の一句」なんてのに変えなければならない。
しかしながら、この文章修業の場を失うのは、いささか怖い。
文章ってのは、スポーツや音楽などと同じで、毎日鍛錬する事によって、
微弱ではあるが、そのリズムを体が覚えて行く。
リズム感覚が身に付いてこそ、実践的な力になる。
ってな事を、スポーツも音楽も文章でさえも、音痴である私が言うのも、
ちゃんちゃらおかしい。
そして、俳句ってのも、例外なく、リズム感覚を要する。
では、提案通り、一文一句の形式をとれば良いのだが、
その労苦を考えるのはもっと怖いので、やはり、手が杯に向いてしまうのである。
何だか主旨が、煮え切らずに迷走しているが、
気に掛け、意見をくれた心に感謝し、一句付けてみようかしら。
正月や月も浮かるる広瀬川

738声 七つ集めろ

2010年01月07日

1月7日。
つまり今朝に七草粥を食べた人が、私の周りにどれ程いるのか。
歳時記に無頓着な私には推測し得ないが、勿論、私は食べていない。
先日の俳句ingで、七草粥の句を読んでいる人がおり、
その時に、この節句行事を思い出した始末である。
正月の暴飲暴食で弱った胃腸や、崩れた体のバランスを、この七草が整えてくれる。
気が利く先人の知恵により、現代社会に生きる私等は、一休み出来ると言う訳だ。
では、春の七草、全てを答えなさい。
ってのが、この時期のクイズの定番であるが、読者諸氏はどうだろう。
せり、なずな(ペンペン草)、ごぎょう(母子草)、はこべ(はこべら)、
ほとけのざ(田平子)、すずな(蕪)、すずしろ(大根)。
以上が七草全て。
群馬県の片田舎で育った私にとっては、全て馴染み深い草である。
裏の田圃へ行って、30分もあれば、全て揃えられた。
「揃えられた」
と、過去形にしたのは、一瞬、現在進行形で揃えられる根拠が、
見当たらなかったからである。
片田舎と言えど近年は、高崎市と合併したり、
近所に大型ショッピングセンターが出来たりと、
それなりに、都市化の波のうねりが押し寄せているのだ。
私が子供時分に遊んでいた田圃も、宅地や駐車場に姿を変えてしまっている。
現に、「七草セット」なんて商品が、近所のスーパー店頭に並んでいるくらいだから、
手近で七草全てを揃えるのは、困難なのかもしれない。
人間の体は、スーパーで七草セットを買って来て、それを食べれば調子が整うだろうが、
七草が育たない、ペンペン草も生えない様な町にはなって欲しくない。
七草全てを答えられない私だが、そう思う。

737声 銀歯ギラギラ

2010年01月06日

漸く撥を買って、三味線を弾いている。
三味線の構え方も知らなきゃ、撥の持ち方も分からない。
それでも、必死になって撥で糸をペチペチ叩いていると、
時間が経つのを忘れ、三味線の音色に夢中になっている。
何だか、中学生の時に初めてフォークギターを手にした時の、新鮮な心持が甦る。
私が、何処かしらから三味線を手に入れて来て、何やら弾いている様ないない様な、
と言う事は、祖母の耳にも伝わっていた。
正月、新年の挨拶に行った時に言われたのだ。
「おばちゃんもね、三味線、お酒を飲むとよく弾いてたんだよ」
この「おばちゃん」ってのは、祖母の姉の事で、私も子供時分には、
随分と可愛がってもらった。
ヘビースモーカーで大酒飲み。
一緒に車に乗っていると、突然、「ちょっと停めて」と言って、
道端の自動販売機まで走って行く。
そして、「echo」と言う安煙草の、橙色の箱を持って帰って来る姿が、
脳裏に焼き付いている。
盆暮れ正月は、もれなく酒臭く、そう言う時には決まって小遣いをくれた。
そのおばちゃんが、酔うと三味線を弾いていた。
それも其の筈である、おばちゃんの職業は芸者だったのだから。
私は、おばちゃんが三味線を弾いていた姿を見た事は無いし、
芸者だった事実も最近知ったのだが、聞いて直ぐに納得した。
男勝りで、破天荒で、短気で、狡賢くて、酒飲みだけど、粋で優しい。
まさに、花柳界を生き抜いて来た、粋人なのであろう。
おばちゃんは、私が小学生時分に、あっさりとこの世を去ってしまったが、
今でも、ギョロギョロした目を細くして笑うおばちゃんの顔を、
記憶のスライドショーで思い出せる。
笑った顔から、銀歯のギラギラした光がこぼれ落ちていた。
「血は争えない」
年々、おばちゃん系統の隔世遺伝が顕著になってきた、私の行動。
だけれども、粋に三味線を弾きこなすには、私一代の努力では、無理かも知れない。
素質までは遺伝しなかった様である。
おばちゃんの名前は、「ヨシノ」と言うらしい。
どんな字を書くのか、聞くの忘れた。

736声 日課中毒

2010年01月05日

旦那と旅行へ行って、旅館やホテルへ泊る。
当然、仲居さんが上げ膳据え膳でもてなしてくれる。
起きて、蒲団を畳んで、朝食を作って、片づけて、などと言う日常の煩わしさから、
解放されるひととき。
それがどうしても我慢できなくて、雑巾を持って来て部屋の中を掃除してしまった。
と言う、女性の随筆を読んだ事がある。
その女性は、大正生まれの主婦。
所謂、「古風」な日本女性と言える。
この女性にとって、一切の家事から解放される事が、
安息ではなく苦痛となってしまったのだ。
自分から日課としている家事を取り上げられた事は、存在意義の消失に等しく、
その不安に苛まれてしまったのだろう。
現代では稀有な、日本的女性のエピソードであるが、
私も大晦日、その気持ちをほんの少しだけ察した。
暮れの仕事納めが終わり、不精な私は大掃除も何も放り出して、
炬燵に根を生やしていた。
元日以降は、新年の挨拶やら新年会やら俳句ingやら、出掛ける予定が目白押しである。
しかし、大晦日までは何も無し。
これは勤め人の特権とも言える。
のほほんと過ごしたって、バチは当たらないだろう。
と、太平楽を決め込んでいたのだが、どうも、尻の座りが悪い。
炬燵に入って横になって本を読んでいると、何だか、
背骨を猫じゃらしで撫でられている様な、むず痒さが走る。
堪らず、炬燵から這い出て、俳句の季語を調べたり、パソコンに向かったりしている。
どうやら、随筆の女性じゃないが、日課に浸食されてしまって、
もう日課無しでは生きられない体になってしまったらしい。