日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

3781声 月の湯

2018年03月21日

中之条町から渋川市へ向かう途中、中之条町市城と呼ばれる町の東部の吾妻川添いに「月の湯」のセットはあった。

 

それは1996年公開『眠る男』のセットだった。撮影後は資料として伊参スタジオ公園に移築されたが、いまはもうない。僕は撮影当時中学生で、市城には同級生がいたので、河原で「警ドロ」(警察役と泥棒役に分かれて行う鬼ごっこみたいなもの)をして遊んでいた。「月の湯」のセットは多分もう撮影が終わった後で、もぬけの殻になったセットの中に入り(映画では、外見だけをそこに作り、中は県内の法師温泉を使った)よくはわからないけど興奮したことを覚えている。

 

ここでも何度か書いたかもしれないけど、小栗康平によって『眠る男』が撮影され、その直後に山崎まさよし主演の『月とキャベツ』が撮影され、そのファンが全国から集まったので映画資料を展示するために木造校舎が残され、「伊参スタジオ」と命名され、やがてそこで映画祭が行われるようになり、僕は今その実行委員長。また一方では『眠る男』で見事な屏風絵を描いた平松礼二氏が伊参スタジオで絵画教室のようなものを開き、そこに来たのが山重徹夫さんで、彼を中心にして「中之条ビエンナーレ」が立ち上がり、今や映画祭を越えて(ちょっと悲しいかな)「中之条町はアートの町」と全国的に認知されるまでになった。

 

映画は、映画そのものとしての意味で語られることが多いが、群馬県人口50万人記念で作られた映画『眠る男』は種となり、今やその幹は太くたくさんの葉や花を蓄えるまでになった。その行く末を見守りたい。

3780声 音は届く

2018年03月20日

「アーティストが社会に関わる」とはどんなことなのだろうか?

 

2016年のアーツ前橋「表現の森」展より現在まで、長期に渡り映像記録で関わらせていただいている「えいめい」での活動が、動画とそれに関わる人々の言葉とを合わせて公開された。

 

特別養護老人ホームでの撮影は、自分にとって常にスリリング。それは撮影初日に、昔見た舞踏家・大野一雄さんのドキュメンタリー【晩年の大野さんが体が動かせなくなり、けれど手のひらを「はらはらはら」と動かし、その動きが見惚れるくらい美しかった】を思い出したからかもしれない。

 

 

文化庁×群馬大学によるこのプロジェクトの研究も始まり、今後も続く老人たちの撮影。自分にとってとてもプラスになる現場なので、気張っていきたいと思う。

 

表現の森

 

3779声 すっぱい焼きそば

2018年03月19日

灯台元暗し。生まれ大部分を過ごした中之条町にも知らないことは多い。

 

四万温泉をメインに撮影されている映画『まく子』の打ち合わせということで、呼ばれたのは落合通りにある「ゆうみん」という中華料理屋だった。四万温泉自体が観光地なので、僕のような地元の人は足を運ぶことは少ないと思うけど、この店に対しては「観光地の料理屋だから高くてそれほどじゃないんじゃない」と思っていたことも事実。

 

一緒に入った四万温泉協会の宮崎くんは四万温泉育ちなので、まるで自分の親戚のうちに飯を食いに来たような気軽さ。それに答えるご主人も、全く飾らない人の良さげなおじさんだった。

 

「注文もらってから皮を伸ばす」という餃子は美味しかったし、何より普通の焼きそばが、あんかけではない炒めた普通の焼きそばが、すっぱい。酢を使っているという。これが始めて食べる味で、かつとても美味しかった。四万温泉は宿の飯以外にも特製釜で炊くシャリがうまい「一力寿司」や、カレーの存在感抜群の「あすなろ」のカレーラーメンなど、実は美味しいものが多いのだ。この焼きそばも、それに並べようと思う。

 

「あすなろ」は、奥さんが亡くなられてからは店を開ける機会が減ったということだが、店主には元気に頑張っていただきたい。

3778声 なまけるな

2018年03月18日

画家へのインタビューも終わり、インタビュアーを務めた美術館関係者と3人、駅近くの常連で賑わう焼き鳥屋で酒を飲んだ。画家は映画にも精通していて、面白い話ばかりだった。駅へ入り彼と別れる時、最後の最後で彼は僕らにこう言った。僕は少々酔っていたけれど、その一言を忘れないようにしようと思った。

 

「俺もある人から言われた事なんだが・・なまけるなよ。」

 

3777声 悲しき天使

2018年03月17日

近年、ありがたいことに美術関係の映像仕事が続いている。今日明日は、美術館関係者と共に著名な画家へのインタビュー回りを行う。その2件目、一見倉庫のようなアトリエに入ると、どこかで聞いたことのあるメロディーが流れていた。TVCMでイントロが使われている曲だった。

 

約1時間のインタビュー。画家は、自分の作品や自分の生き方を語り、その途中でその曲に関する個人的な体験を語った。それは、言ってみればたわいもないある夜の出来事であり、普通の人だったら同じ体験をしても右から左へ聞き流す程度の状況だったと思う。けれどその瞬間その画家の内面に起きたことは、大げさに言えば彼にとっての「絵を描く」という重要な行為と同等の、「彼の内面にある美に触れる瞬間」だったのだと思う。

 

その曲の名は「悲しき天使」。その画家が教えてくれた。

 

https://www.youtube.com/watch?v=6e_5SaFui4M

3776声 家族の風景

2018年03月16日

中学生時に同じ柔道部だったYが結婚した。久しぶりの結婚式出席。撮影しない結婚式も久しぶり。Yは県内の大きな企業で大事な役職についており、数千万の大きな予算を動かし、仕事はまじめで、酒が好きなので酒を飲み飯を食い、ちょっと心配するくらいに太っている。奥さんとなる人には小学3年生くらいの女の子がいた。結婚を境に、Yは突然お父さんになる。「お父さんって呼んでくれた時嬉しかった」と話すY。だいたい恥ずかしいことになる「新郎がギターを持って歌う」という余興を真顔でやってのけ、でも女の子はそんなYを一生懸命携帯で撮影していた。最後のあいさつでYは奥さんに「長い付き合いになるね。よろしく」と一言。男前だなー。いい結婚式だった。

3775声 きたかる

2018年03月15日

きたかるには、ゆっくりとした時間が流れている。

 

そしてまたフリーペーパー「きたかる」編集長であり、北軽井沢で町外から人が訪れ愛される喫茶店「麦小舍(むぎこや)」のオーナーでもある藤野麻子さんはとても魅力的な人だ。初めて会ったのは多分tsumujiで、麦小舍で行われたイベントに僕が出店したこともあった。数は多くないけど、たまーに麦小舍へ行っては癒され、彼女たちが制作したフリーペーパー「きたかる」もすぐに読者になった。北軽井沢の魅力を大判の魅力ある写真と麻子さんの魅力ある文章で見せる「きたかる」は、すごく良い出来だった。だからその「きたかる」が日本タウン誌・フリーペーパー大賞の「タブロイド部門賞」を獲った時も、へへへ、そうでしょうとも、と一人ほくそ笑んでいた。

 

「中之条を通るから」ということで連絡をもらい、久しぶりに彼女に会い昼食を食べた。現状報告とたわいもない話、二人共通して大ファンであるシンガーの寺尾紗穂さんを中之条や北軽へ呼びたいねという話。

 

軽井沢ほどごみごみしていないし、当然長野原町のような山間の田舎町でもない。別荘地やカフェや品のいい森があって、北軽井沢にはいつもゆっくりとした居心地のよい時間が流れている。藤野さんは移住者ながら、まさにそのきたかるの空気を身に纏ったような人だ。

 

冬は雪が多く生活も大変そうだけど、春夏秋といい感じになる北軽井沢。行って「きたかる」を手にし、きたかるを周遊してほしいと思う。

3774声 見逃シネマ

2018年03月14日

スマホの小さな小さな画面で寝床で映画が見られてしまう時代。

 

昔の人っぽいこと言いますよ。「映画は映画館で見てこそなんぼ」。

 

・・と言いながら、僕もほとんど映画館に足を運べていない。でも、「1つの映画を複数人で見て、その場を共有する、さらに見た後にあれこれ言ってみる」という体験は、幾つになってもいいものだと思っている。ので、過去映像関係の仕事をして今は中之条町へ帰ってきた知人と一緒に年明けくらいに「仲間内で映画を見る会」を作った。映画祭よりも、もっと気楽な。

 

企画人の一人である僕は参加してなかったんだけど(おいおい)、今日は「見逃シネマ」と銘打って『ラ・ラ・ランド』『この世界の片隅に』『三度目の殺人』の上映会を行った。前2本は多分説明不要。最後の1本は、是枝裕和監督による新作で数日前の「日本アカデミー賞」で作品賞・監督賞など各賞をかっさらった作品である。こういう作品こそ、見るべきだけど見逃されがちである。

 

気の合う人と・・気の合わない人とでも。一緒に映画を観ること。それってかなりオススメです。

3773声 サラバ!

2018年03月13日

小説「まく子」が町内で撮影される話を聞いてから、西加奈子さんが書いた「まく子」はもちろん、すでに映画化もされた「きいろいゾウ」の原作を読み映画も見て、そして西さんの名前を一躍有名にした分厚い小説「サラバ!」を読破した。

 

フィクションではあるが、この小説には「地下鉄サリン事件」や「阪神淡路大震災」といった実際起こったことが物語内の転機となり、実在の人物・映画・音楽の名前も出てくる。主人公の歩は日本以外にもイラン、エジプトと世界各地で暮らす人生を辿るが、基本は「僕が生きてきた年代」と同じ年代を過ごしている(それは西さんが生きてきた年代でもある)ことに、個人的な思い入れを抱かないわけにはいかなかった。

 

「サラバ!」についてつらつら書き出すと日が暮れそうなのでここには書かないけれど、凄く面白い小説であるからゆえに・・また、小説の中の登場人物と同時代を生きた僕であるからゆえに、「サラバ!」を読んで「物足りないと思ったこと」を大事にしたいと思った。「いやいや、俺たちが生きて来た時代それだけじゃないよ」ということを。では具体的にその物足りなさを説明できるかというと・・やりにくいんだけどね。そしてそれは小説自体の評価とは無関係なのだけど、そう思わせてくれた時点で、この作品はいつかまた読みたいと思っている。おすすめです。

3772声 まく子

2018年03月12日

四万温泉を舞台とした商業映画が生まれる。

 

それはいくつかの偶然が重なった結果だった。僕が関わる「伊参スタジオ映画祭」とは直接関係がないところで、人が人を呼び、その際にその人が四万温泉を気に入って、「それほど栄えてはいない温泉場」を舞台とした人気作家・西加奈子さんによる小説「まく子」の映画化の舞台として四万温泉を選んだ。僕もロケハンから関わらせてもらっている。

 

フィルムコミッション、という言葉はすでに一般化されたと思うが、それは主に地方において映画の撮影場所を提供する自治体やNPOによる組織のことを指す。中之条町は、伊参スタジオ映画祭が行っているシナリオコンペの映画化において同様の働きをするが、フィルムコミッションとしては成り立っていない。

 

けれどなぜこんなにもFC(フィルムコミッション)、FCと言われるかと言うと、一つには地域のPRとして地元を使ってもらい認知や集客に繋げたいという提供する側の希望もあるが、製作者側の希望として、大掛かりなセットなど作れない時代に、映画をより魅力的にするために魅力的な(かつ撮影がしやすい)現場を欲しているという傾向が強くなっているからだと思う。

 

その点において、「まく子」はその7割を四万温泉、残りを町内の小学校や一部東吾妻町・渋川市で撮影し、そのどれもが中之条町町内・周辺となる。そのどれもが「観光PRのための場所ではなく(町の名所の○○滝などは、往往にして映画には不要だったりする)、映画の内容に順じたベストプレイス」を揃えられたと思っている。全国上映は来春。とても楽しみである。

3771声 はれのひ食堂

2018年03月11日

東日本大震災のあと、中之条町つむじで行われた「はれのひ食堂」というプロジェクトに関わったことは、今考えてみるととても大きなことだった。

 

7年もたって福島県へは仕事で一度行っただけだけど、避難してきたHさんが「みんなのご飯を作っていて鍋を振る手が上がらない」と言ったこととか、郷土料理の再現を担当した(めっかった群馬でおなじみの)堀澤さんが言ったこと、(わりとどうでもいいけど)慰問で芸能人が来たことなどは覚えていて、7年経ってそれらが頭の中でだんだんと「フィクション」の物語として立ち上がってきた。せめて、忘れるべきではないことを忘れないようにしようと思う。

 

はれのひ食堂(ほぼフィクション)

岡安 賢一さんの投稿 2018年3月10日(土)

3770声 海ほたる

2018年03月10日

ピンチヒッターで、海ほたる上で仕事をした。ご当地ゆるキャラのアテンドという、レアな仕事だった。伸ばしていた髭を剃った。

 

群馬がどこにあるのかも知らない人が多く行き交う海ほたるで、ぐんまちゃんならいざ知らず、マイナーなご当地キャラがマイナーな市町村の宣伝をすることにどれだけの意味があるのだろうか・・などと考えたら仕事にならないので、それなりに楽しみながら仕事をした。

 

見渡す限りの海を見ても、わくわくしなかった。そういう年か?いや、最近ずっと忙しかったからだと思いたい。群馬に生まれたからには、いつだって海を見てドキドキしたいのだ。本当は。

3769声 こごみパン

2018年03月09日

草津においしいパン屋があるよ。

 

六合に住む知人に聞いた。そのパン屋「こごみパン」は、観光客で賑わう湯畑とは全く違う地域・・湯畑に着く前の道を右に折れ奥に進んだ、いわゆる別荘地の中にあった。

 

普通の家を改築したような店内。午後3時ころの伺いで、すでに多くは売り切れてしまったとのこと。店内での飲食もできて、店員兼店主の女性の「清潔感があって明るい」雰囲気そのままの、いい感じの店だった。そして食べた塩クロワッサンも、お世辞抜きで美味しかった。店を出てすぐもきゅもきゅと食べた。

 

すると、ふいに声をかけられた。僕が中之条町tsumujiのテナントで働いていた時に、隣で「uusi」という喫茶を営んでいた薄井くんだった。聞けば、今はこの地域の別荘を改築し、Airbnb(民泊サービス)等を対象にした貸し別荘業をしているとのことだった。「中、見て行きますか?」と言われて見せてもらった室内は、さすが草津、内装がしっかりした温泉もあり、数人で1〜2泊するだけなら高くはなくて、草津の宿に泊まるのとは違う体験ができそうでワクワクした。その名宿泊物件の名は「MIHARASHI LODGE」。かっこいい。

 

一時期はtsumujiという同じ建物で働いていた彼が、今は僕も彼も職種が違くて、僕は僕なりに、彼は彼なりに楽しみ(苦しみ)ながら仕事をしている。そのことに年月を感じつつ、嬉しい気持ちで草津を出た。

3768声 芸術は遊びの極致

2018年03月08日

太田市美術館・図書館の展示は、毎回とても良い。

 

どの美術館でも、展示を決めるのは作家ではなく、美術館の学芸員等である。太田市美術館・図書館の学芸員である小金沢さんとは、中之条ビエンナーレで知り合ってからもうある程度長い仲だけど、日本画を中心に近現代美術に精通し、有名無名やテクニックうんぬん以上に作家の人間性や表現のテーマに肉薄し、どう興味深く見せられるかに苦心できる・・つまりは美術と共に生きている人なのである。彼の手にかかると、一人の作家を取り上げるにしてもそこに重層感が生まれる。

 

4/8まで行われているのは「生誕90年正田壤 芸術は遊びの極致」。地元太田で活動を続けた画家・正田壤さんの個展である。彼はすでに他界している。長く続けることで画家には何度かの変換期が訪れるが、この展示でもまさに正田さんの絵画の変遷が見え、山口薫氏など、正田さんがその時代群馬にいたからこそ交流をもった画家とのやりとりもコンパクトにまとめられていた。

 

展示を見終わって、別の職員の方が「僕は太田市で育ったんですが、通う小学校にも正田さんの絵がありました」といういい話をしてくれた。また、個人的に一番良かったのは、きれいにまとめられたこの展示の図録に正田さんのアトリエの写真が数点あり、そこに手で潰された発泡酒の缶が山積みになっていることを発見した事だった。

 

職業画家として生計を立てることは難しい。正田さんの絵も、地元では学校に飾られたり、市内の会館の幕に使われるなど日は浴びるものの、全国的に有名な画家、というくくりに入る方ではない。太田市美術館がその画家に光を当てたことも良いし、なにより安い発泡酒を片手に「芸術は遊びの極致」と呟きながら絵を描き続けた正田さんは、とてもチャーミングな方だったに違いない。

3767声 痛みと生きる

2018年03月07日

肩が痛いんだよね。

 

身近な人が毎日のようにそう言っていても、「大変だね」の一言で済ませていた。今思えば、それは自分がそうでなかったから。

 

2月はじめ、寝違えを起こして、首が痛いなと思っていたら、1・2日経って右肩が痛くなり、1・2日たって右肘まで痛くなり、マウスでワンクリックをする度に肩から肘に激痛が走った。寝ていても痛さで起きた。幸いにも手自体は動いたから、ビデオカメラを持って撮影することもできた。ただ、痛い。原因が良くわからない。

 

結果、紹介で前橋のやり手の治療院へ行き、「君ねこれはそもそも体全体が歪んでいて、腰を丸めるところから始まる症状だよ。コップの水が溢れるように、一定のレベルを超えたから一気に来たんだ」という、最もらしく、でもそうかなという感じの結果に落ち着いた。

 

その場でもバキバキ整体をしてもらい、それからは仕事にかまけて湿布で騙して放っておいたら、ひと月ほどで痛みは小さくなっていき、今は1日に数回痛みを思い出す程度。ただ、時々右手が震える。あまり続くようならまた病院へ行こうと思っている。

 

そのような経験をしたことがない人でも、歯の痛いなどで仕事でも何でも手につかないという経験くらいはしていると思う。「痛み」を伴った生活はつらく、痛みと共に生きることは想像し難い。一時、決定的な原因がわからない時に、「痛み 原因」で検索したら「24時間慢性的に全身に激痛が走る」という方のブログを見つけ読んだ。直視し難い現実があり、すごく当たり前で単純に、次のことを思った。

 

痛みがなく生活できることは、当たり前の事じゃない。

3766声 夜空はいつでも

2018年03月06日

夜空はいつでも最高密度の青空だ。

 

「詩」には一般の人同様に興味がなかった。谷川俊太郎や金子みすずの数個くらいは知っているし、前に関係したアーツ前橋の展示映像では「TOLTA」という現代詩のグループを知り詩集も買った。でもその程度。

 

冒頭の一節は、最果タヒなる今売れっ子の詩人の詩集のタイトルであり、『船を編む』で国内映画賞を総なめした石井裕也監督による映画のタイトルでもある。詩集からの映画化というあまり類をみないこの映画は、やはりキネマ旬報でのその年のベストワンに選ばれた。

 

詩集を買うまではしていないが、映画はとても良かった。

 

大人になるとある程度「いろいろな逃げ道」ができる。仕事や家庭に責任をもつということは、責任をもてる立場になったということであり、そこである程度生活していれば、若い頃直面していた息苦しい問題に向き合う必要はなくなる。この映画を見て、自分にもそういう時代があったことを思い出し、今なお東京(に限らず)窒息しそうな状況で生きている若者たちがいることを思った。

 

都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。

塗った爪の色を、きみの体の内側に探したってみつかりやしない。

夜空はいつでも最高密度の青空だ。

3765声 和食パン

2018年03月05日

倉渕に「湧然(ゆうぜん)」というパン屋さんがある。パン屋と言っても、今は店の営業はやめて、近くの「道の駅 倉渕小栗の里」にパンを卸し販売をしている。

 

店主の吉森さんとは、僕が中之条町tsumujiのテナントで働いていた頃に知り合い、もう5年位経つが、主力商品である「米酵母を使った食パン」のリニューアルをするのでその広報を手伝って欲しいと連絡をいただいた。

 

倉渕は「はんでえ米」、つまりは烏川両側に広がる田んぼに、収穫した米を天日干しにして、そうしてできたお米をブランド米として販売している。吉森さんはこの米から米酵母をつくり、他の材料は北海道産小麦、瀬戸内産の塩、のみで食パンを作る。砂糖も油も卵も使用しない。米酵母が発酵を促し、甘みも加えてくれるのだそうだ。

 

かくして、倉渕地方をギュッと凝縮させた星野博美さんのイラストを冠に、ポスターと食パン用の袋が出来上がった。ポスターに考えたコピーは「倉渕の米酵母で作る、正直な食パン」。正直というのは、添加物を使用しないパンのことであり、店舗として忙しく営業するよりも、今は子どもとの時間を大切にしたいと今の営業方針に乗り換えた吉森さん自身を指す言葉のつもりだ。

 

その食パンの名前は、余計なバターの風味などがないことから和食にも合うので「和食パン」と言う。本当においしいパンなので、たくさんの人に届いて欲しい。

 

3764声 5・7・5

2018年03月04日

務める会社の母体が新聞販売店なので、人が足りない朝は新聞代配を続けている。つい最近まで夜は長く寒すぎたが、急に寒さが和らいだ。夜明けも今は5時すぎかな、結構早くなってきた。

 

今朝の上毛新聞1面の見出しは、「春〜〜〜」で(もう忘れている)、内容はあまりポジティブではなかった気がするが(もう忘れている)、1面最初の「春」という字が何かシンボルちっくで、これは一句できるのではないかと、配達バイクにまたがりながらうんうん考えていた。

 

朝刊に春の字踊り・・

 

新聞の1面の最初の見出しに「春」という字が使われていて、他の言葉は目に入らなくて、気持ちはまだ冬だったのに、それを見て急に春を感じて、えもいわれぬ気持ちになった。

 

という事を5・7・5にしたいのだが、言葉が収まらない。であれば5・7・5・7・7もありではないかと思うが、なんだか余分な言葉が足される気がして整わない。結局、諦めた。

 

ああ、抜井さんのような俳人は、このような悩む時間を好む変人なのだろうな、と思いつつ、サッと言葉で降りてくる時もあれば、一年寝かして忘れてふっと言葉が整う時もあるのだろうななどと、「言葉を組む」というその行為の不思議さを思った。

 

抜井諒一「真青」amazonなどで販売中