日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

4351声 23)小説を書く

2020年03月23日

「たっぷりと自宅にいる時間ができました。あなたは何をしますか?」

 

と言われたら何をするだろう(今望まなくてもそうなっている方も多いだろう)。僕は実は、小説を書きたいと思っている。話は飛んで数ヶ月前、ビジネスマン向けのトーク番組をyoutubeで見ていて、何がテーマだったかも忘れたのだけど、登壇者の一人が

 

「これから東京と地方じゃ差は開く一方だ。まず、少子高齢化や働き手不足によって、地方には社会インフラすらも届かなくなる。都市に出てこれない奴は不便な生活を送るしかない。政治家がなぜ地方はやばいとか言わないかわかりますか?それは政治家が地方で支持され東京へ来たやつばかりだからだよ。だから、地方は終わり、とは言えない。」

 

というような発言をした。地方に住む一人である僕は、「なんじゃそりゃ」という反感を覚えると同時に、この先10年後の地方は確かにどうなるかわからない、という事を思った。そしてふと「この先の時代に、地方に残された人たち」の物語を書いてみたいと思った。・・そしてその直後にコロナショックである。

 

都市と地方の状況は180度回転するのだろうか。密集し家賃が高い都市に住む価値が急速に下降するとすれば?自給率も高く、ネットインフラの整っている地方の方がより良い可能性を見出せる社会になるとすれば?・・コロナ禍の収束に検討がつかないように、この「都市と地方の優位性の逆転」についても、ない、とは言えない。

 

今いろいろが起きている中で、気にとまったものをメモとして箇条書きで残している。それがやがて1つの長めのフィクションとして立ち上がるか否か。人の評価は気にしない。いいじゃないか。40歳にして初めての長編小説書き。

4350声 22)いのちをいただく

2020年03月22日

今月のほとんどの時間を、会社の窓際のテーブルに座り、PCの編集作業に宛てている。撮影は軒並み中止となったものの、以前撮影していたものの編集が終わらない・・仕事があるのはとても幸せなことなのだが。

 

今日の昼飯は、100円で買える千切りキャベツパックの封をあけ、ドレッシングを投入。袋のまま箸をつっこんで食べた。あと鉄分+コラーゲン入りのウエハース数枚。夜は、道路向かいの肉屋で買ったコロッケと、お湯を注いでできるカレーおじやみたいなやつ(商品名:カレーメシ)。書いていてなんだかサバイバーな飯だなと思うものの、今だからというわけじゃなくて、こんな食生活であることが未だに多い。やれやれ。(朝ごはんはきちんと、母親が作ってくれる飯を食べておる)

 

このようなインスタントな飯を食っていると、ふと、倉渕村の「農園めぐる」のご夫婦の事を思い出すことがある。「農園めぐる」は平飼いで鶏を飼っており、その餌も国産の飼料のみを使用。産まれた卵を使って、シフォンケーキやプリンを作り、近くの道の駅「くらぶち小栗の里」などで販売している農家さんだ。

 

夫婦そろって温和なご夫婦。ケーキやプリンに貼るシールやショップカードなどを仕事で引き受けた際に何度か農園やご自宅へ伺った。そしてふと伊藤さんから「老いてしまった鶏は、自分たちで食べます」という一言を聞いた。そうか、そうだろうなと思う一方で、ずいぶん長い事生きてきたけれど、「そこ」は触れていないところだと思った。

 

もろもろが過ぎたら、伊藤さんのお宅へ出かけて、そこに立ち会ってみたいと思っている。それを「知らずして肉を食すことなかれ」という正義感ではない。「食」についてこの年になってもあまりに無自覚なので、根本的な実感を得てみたいと思うのだ。・・まあ、鉄分+コラーゲン入りのウエハースをパリパリ齧っている奴が言っても、何の説得力もない話なのだが。

4349声 21)白虹

2020年03月21日

白虹と書いて「はっこう」と読む。何度もここにで触れているシンガーソングライターの寺尾紗穂さんの新譜「北へ向かう」の中に、この白虹(霧やぬか雨などのときみられる、白色のにじ)という言葉を含む「夕暮れ」という曲がある。これは、水俣を書き続けた石牟礼道子さんの同名詩に寺尾さんが曲をつけたものである。3月あたまの発売日に購入し聞いた時の聞こえ方と、今の聞こえ方は、違う気がするから不思議だ。

 

空と海とが
炎を溶かし合う
ようにゆっくり
入れ替わっていく
淡いの夕刻を

一筋の白虹となって貫き

細くまっすぐ
飛び続けている
鳥が死ぬ

 

この曲を聴いて胸に残るものを、大切にしたいと思う。

(SPOTIFYで聞く、でサイトに飛ぶと、多分1曲まるっと聞けます)

4348声 20)発酵

2020年03月20日

中之条ビエンナーレが開催されない年に隔年で行われている「中之条クラフトシアター」が中止になった。陶芸家・指物師・家具職人・絵描きなど、ものづくり作家たちが四万温泉に集まり、作品を展示するだけではなくお客さんとものづくり体験を共にすることにより、作品や作家に愛着をもってもらおうという素晴らしいイベントだった。致し方ない。

 

その参加作家は、度々僕がここで書いている「秋、酒蔵にて」というイベントのものづくり作家が多数重複しており、先日その秋酒メンバーでZoomミーティングをした。「秋、酒蔵にて」ももう11回を数えたイベントである。第一回目から参加し続けているのは多分2人で、昨年から加わった新しいメンバーもいる。「(昨年は前橋での開催だったので)以前展示していた中之条町の廣盛酒造はどんな場所だったか」という話になったので、かなり昔に僕が撮影した動画を共有で見た(Zoomはこの共有が便利)。参加作家が「宮沢賢治」をテーマに新作の器やオブジェを作った年だった。その映像の最後には

 

「宮沢賢治、享年37歳」(堀澤宏之)

「発酵だな!」(イベント代表・吉澤良一)

 

というかけあいがある。僕もすでに宮沢賢治の享年を数年越してしまったのかという感慨深さもあるが、「発酵だな!」という合いの手は意味がわからないと思う。当時、というか今もその界隈で、「発酵」ブームが地味に、長く続いているのだ。

 

世界には様々な物体があり、様々な菌がある。発酵と腐敗の違いは、人間にとって有用か有害かの違いらしい。それに対して人間を発酵に当てはめるなら・・それは円熟に似ているのかもしれない。角がとれて、深みが増すみたいな。僕自身は一部すでに腐敗をしている気はするものの、うまく発酵できている気はしない。

 

宮沢賢治があの若さであれだけの物を残したのは、1つには今より日本人の寿命が短かったから、という事もあるのだろうか。皮肉なことに、40歳という年齢と、コロナ禍の騒動の中に置かれることによってようやく、僕は残りの人生について〈ぼんやりと〉考えている。

4347声 19)子どもたち

2020年03月19日

姪っ子がかわいい。当たり前と言えば当たり前だ。SNSに自分の子どもの写真ばかり上げる人(中には自分のプロフィール写真を子どもの写真にしている人もいる)は客観的に見たらナシだわーと思わなくもないが、僕にもし子どもがいたら「ねえねえ見て見てこんな絵描いたんですけどwww」って投稿する可能性は・・100%だ。

 

今現在(書いているのは4/17)子どもたちが抱えるストレスは想像を超えるものだと思う。僕がもし今子どもだったら?僕は夏休み、起きてはゲームボーイをはじめ、ゲームやりすぎだと怒られたら近くの公園に行ってゲームを続け、家に帰っても部屋にこもってゲームを続けるような子どもだったので(それでも一応大人にはなれるので安心してください)むしろ喜んでいるかもしれない。・・なんてことも言えない状況になってきた。

 

子どもに自分の理想を押し付けると、多分うまくいかない。姪っ子に対して、産まれた時に送ったミヒャエル・エンデ著「モモ」愛蔵版は、姉の家の隅でずっと埃をかぶったままだし、うちに遊びに来た時には「僕が思う、子どもの頃に見てほしい映画や本」を貸し与えたりするのだが、気に入ったという話を聞いたことがない。子どもの頃の僕もそうであったが、ごくごく一般的な人気俳優やアニメに興味が向いているようだ。それでも・・たとえ受け入れられなくても、「変な叔父さん」の立場で、良いと思うものは勧めていきたいと思う。

 

子どもたちに必要なこと。僕の今までの経験で言うと、それは「自分が進みたい方向を見つけ、その道の先にいる本物に会うこと」ではないかと思っている。僕は幸運にも、映画、映画学校時の講師、がそれにあたった。現在映画を生業にしているわけではないが、その経験は今も僕の芯になっている。そしてそれは今時代においては、学校で体験することでもないのかもしれない。もっとローカルな場所で、あるいはインターネットを介した場所で、子どもたちは進みたい方向や手本となる人を見つけるのかもしれない。それだって、いいと思う。

 

4346声 18)センス・オブ・ワンダー

2020年03月18日

コロナ禍のまわりには、色々なものが渦巻いている(ちなみに、僕はずっとコロナうずだと思っていた)。世界情勢、経済自粛、保証格差・・それらは大切な問題ではあるが、コロナウィルス自体は(伝染や症状の差こそあれ)他のウィルスと変わらない細菌である。であるからして、それを吸収しても回復ができる人体のすごさも僕は讃えたい。

 

「センス・オブ・ワンダー」は公害問題を告発した「沈黙の春」著者のレイチェル・カーソンによる小さな書籍である。甥のロジャーとともに海や山に出て、そこで共有した自然界の不思議を、瑞々しい文章、簡単な言葉で残している。簡単だけど、その内容は深い。皮肉なことに、花見客がいない夜桜の下、スモッグが消えはじめてみえた空の青さに、そんなセンス・オブ・ワンダーを感じている人もいるかもしれない。

 

とあるマイナーな地方芸術祭に行った時。偉そうに言うと、玉石混合だった。ではグッとこない作品の共通点はなんだったのかと考えた時に「こういう写真かっこいいでしょ?」「私の内面はこれです」という作品、つまりは「外を意識していない」作品はつまらないように思えた。それは「見る人の立場に立って感動させるものを作りなさい」ということでもなく、僕が思うには・・

 

アートに限らず、料理人でも、表現を突き詰めてやる者は、ある日壁にぶつかる。そして気づくのだ、「世界は複雑であり、自分でどうしようとしてどうなるものではない」と。その「世界」は、自然にも置き換えられるし、人、歴史、食にも置き換えられる。そして「自分が表現しようと思うものに、世界の複雑さを共存させることができた時」に、その人の表現の幅は一気に広がる。作ることに迷っていても良い。そしてさらに「世界の複雑さ」を自分の表現の中に落とし込んだ時、その表現者ははじめて、一流になるのだと思う。

 

あなたは、僕は、世界に触れているだろうか。

4345声 17)寂しさ

2020年03月17日

寂しさ、に注目している。僕を知っている人なら僕がインスタグラムで #寂しさよこんにちは というハッシュタグをつけて、いっこうに映えない地味な写真を上げ続けていることを知っているかもしれない。華やかさで溢れるインスタグラムで、言葉に頼らず写真だけで「寂しさ」は共有できるのか?というそれらしい(?)理由を上げているが、これはもう何も考えずに感覚的に続けている節がある。当然、フォロワー数は増えない。

 

僕が育った1980年〜2000年あたりは、例えばトヨタやソニーは世界の先端をいっており、身の周りに、めっちゃお金持ちという友人はあまりいなかったが、かわりにめっちゃ貧乏もいない総中流時代でもあり、身近に「豊かさ」を感じられる時代だった。ざっくり言えば。しかしその空気は、あっという間に入れ替わってしまった。経済でも文化でも「ジャパンイズナンバーワン!」と思っている人はもはやいないだろうし、この国の先を予想すれば(平田オリザ氏の著書の題名を借りれば)「下り坂をそろそろと下る」以外にない。

 

ところで音楽は、また時代を反映するものであって、今そこそこな音楽ファンにまで名前が浸透してきた折坂悠太さんは「さびしさ」という歌を歌っている(確か以前投稿もしたし、名曲なのでyoutubeで探してね)。抽象的な歌詞ではあるが、僕より一回り若い彼も、日本にただよう寂しさを感じ、そこから「イケイケどんどんの時代」には見えなかった「誇張や見栄のない新しい価値観」を見出すための歌作りを続けているような気がする。

 

そして。コロナショックによって下り坂は、そろそろ降りる、どころではなくなった。穏やかな口調で語っていたオリザ氏は劇作家として先頭にたち「今のままでは芸術文化が失われる」と強い声でアピールを続けている。ここからは僕の個人的見解だが、コロナに関しては個人個人の注意は絶対に必要でありつつも、専門家や政治家でない僕らが「危機感を先回り」しすぎると精神的に参ってしまう。なぜなら、終わりがまだ見えないのだから。だから、僕はいい意味での「事後対応」も必要だと思っている。先回りして怖がるのではなく、事が起きてから対応する、という心構えがあっても良いと思うのだ。

 

そしてこんな世の中にあっては「寂しさ」もまた、有効な手段となる。戻らないものを悔やみ妬むものとして溜め込むのではなく、寂しさに変えて、そっと流すのだ。

 

・・あ、平田オリザ著「下り坂をそろそろと下る」は2016年、折坂悠太「さびしさ」は2018年、僕がインスタで #寂しさよこんにちは の投稿を始めたのは2015年。今後「寂しさ」ブームが来たら、その言い出しっぺは僕ってことでヨロシクね!

4344声 16)やさしさ

2020年03月16日

やさしさ、は難しい。若い時の人へ対するやさしさは、自分なりの防御方法だった。責められたくないから、優しく接する。それが見破られて、「オメー何考えてるかわからねー」と逆に攻撃されたこともあった。今も「八方美人だね」と言われることがある。この年になれば誰かに嫌われたって別にいいと思っているが、波風立てないように生きてきたことは確かだろう。

 

結婚もしていないが、僕が親父代わりみたいな気持ちで接している、Aという人物がいる。Aは、ずっとつらい生き方をしてきた。お互いが若い頃は、Aの強迫神経症の問答で夜が明けるまで言い合いを続けたこともある。年をとるにつれてそういった症状は軽くなっていったが、人との付き合いに疲れ、Aは酒を多く飲むようになった。数年前からAとは家も離れていたので、時たま会って夕飯をおごり「最近どう?」と話したり、A自身英語が堪能だったので、海外へ行くためのちょっとした応援をしたりした。そんな中でも、僕からAに酒を辞めるように強く言うことはなかった。言わないことがやさしさだ、などとは思っていなかったが、本人も断酒会に行くなどして頑張っていたので、1人くらいは「辛いよな」と聞き手に回るだけの人間がいても良いのではないかと思っていた。けれど今年、Aは飲酒後に大怪我を追ってしまった。どう接すれば良かったのか、僕はこれからずっと後悔していくことだろう。

 

一方的なやさしさは、相手の何かを失わさせる。Aに対してそれは、真に立ち直る機会だったのかもしれない。喧嘩するほど仲が良い、というが、僕は親密な人とも喧嘩をすることがほぼない。それは、一方的な、やさしさ(と僕が思い込んでいるもの)で相手の怒りの出先を失くしてしまっていたのかもしれない・・と、そんな事何度かあったなと、自分でも気づいてはいる。

 

Aは以前「私が今まで生きてこられたのは、あなたのおかげです」と言ってくれた。それは、僕がいうのもなんだが、本心だと思う。だから僕は、今さら性格変わらんなーという諦めの一方でちゃっかり、変わる必要はないのかも、と思ってもいる。

4343声 15)身を切る

2020年03月15日

書きたい熱が上がってきている。今月のめっかった群馬は締め切りを半月すぎてヒーヒー言いながら、でもそれなら一言だけ書けよという誰かのツッコミを無視して(そもそもこのコラムの題名は鶴のひとこえ、なのに)長々と書いている。勢いだけで書いている。

 

今月何日目かの投稿に「高崎のREBEL BOOKSに僕が作ったzine(小冊子)を置いてもらっている」ということを書いた。そこには現実に起きた事や実際にあるものから連想した短編小説を書いたり、自分の実体験とむすびついた映画作品について書いたりしているのだが、わざわざ買いに行って読んでくれた同郷の友人から「自分のことを隠さず書いていてすごい」というような感想をいただいた。「自分のことを隠さず暴露すること」が良い表現だとはまったく思わないが、僕は確かに、自分に寄せたものを書くことが好きなのかもしれない。

 

身を切る、を考える時に、僕は映画学校時代に教わったドキュメンタリー監督・原一男さんを思い出す(帰還兵が上官を攻め立てる『ゆきゆきて、神軍』が有名だが、近年もれいわ新撰組を撮った新作などが公開されている)。授業の一貫として観せられた『極私的エロス 恋歌1974』は、70年代初期のむせかえるような時代背景の中、原さんは監督兼カメラマンとして、録音技師の彼女(現在もパートナーである佐智子さん)と二人、沖縄に暮らす原さんの昔の彼女の生々しい生活を撮影する。原さんと昔の彼女との怒号のような喧嘩が、執拗なまでにカメラに映る。今でこそ「セルフドキュメンタリー」というジャンルもあるが、これはそのはしり。そして映画の最後では、昔の彼女が米兵との間にできた子どもを自力出産する場面を、原さんは撮る。濃厚。題名のとおり、極私的なものを描くことにより、普遍的な「男と女と生と死」をむせかえる濃度で映し出していた。

 

授業で原さんは「自分なんてものは、出して出して出し尽くすべきだ」というような事を言っていた記憶がある。原さんレベルまで己をむき出しにすることは到底できないが、他者を描く表現については注意を払いつつも、やはり自分というものは、出して出して出し尽くして、それでも残る何かを大切にするべきなのではないか、と思っている。

4342声 14)熱中

2020年03月14日

40歳。独身で子どもがいないから、ということが寂しくもあり自由でもある。預金は少ないが、保険には入っているから自分に何かあっても母や同居する姉はそれなりに生きていけるだろう。8年前くらいに胸の痛みで父親が通っていた循環器病院へ行ったら「動脈にゴミがたまっている。10年早く狭心症になるよ」と言われた。父もその病で手術をしていた。あっというまに、年をとってしまった。

 

40歳。というのは節目な気もして、コロナが騒がれる前から、自分でも大げさだと思いつつ「どう生きるか」を考えていた。結婚も諦めてはいないが(笑)、「この先に残るものを残したい」という気持ちがある。自分にとってそれは、まず映像であり、次いで文章だろうか。

 

熱中している人が好きだ。その人の預金や有名無名は関係がない。なぜ熱中している人が好きかと言えば、僕自身が色々やっている風に見えて実は熱中ができないということを自覚しているからなのかもしれない。「どう生きるか」を考える時に、懸命に生きている人一人一人を見ることで、その人が見ている世界を見ることで、得られない何かを得られるのではないか、という漠然とした確信がある。それを映像に撮りたい。そして実はすでに数人、撮りたいと思っている人がいる。

 

それはもしかしたら「熱中している人」というくくり方ではないのかもしれない。言葉を変えれば「そうにしか生きられなくなった人」に僕は惹かれるのかもしれない。そういう仕分けで分けるなら、僕も「そうにしか生きられなくなった人」の一人である。

4341声 13)酒

2020年03月13日

Zoom飲み会(ネットを通じて離れた場所の人どうしで各自の家飲みを中継し合う)が流行っているようだ。家を出るなと言われても(言われるからさらに)酒も飲みたくなるのだろう。僕はまだしらふでしかZoomを使っていないのだが、先日僕以外がほぼ飲んでいる、という状況があった。僕も人並みに酒が好きなのでしらふで飲み会に参加することは少ない。かんぱーい、から、擬音が多い返事になり、歌い出す踊り出す。ああそうか、「人はこうやって酔っ払っていくのだな」という状況を冷静に見ていた。自宅なら寝るだけなんだし、酔いたいんじゃー、という気持ちもわかる。

 

うまい酒とは何だろうか。事あるごとに僕が差し入れで持っていく中之条町の酒「朔耶美(さくやび)」は確かにうまい。「魔王」だ「兼八」だと言わずに、隣町に渡る手前のリカーショップで買える「三岳」でも十分満足する。クラフトビールを作っているめっかった群馬の堀澤さんが近年はまっている自然派ワイン(ややこしい)はどれも個性的で悪酔いせずうまい。だけど、やはり酒については「いつ」「誰と飲むか」が大事な気もする。

 

二十歳過ぎの頃。幼稚園の頃からの近所の幼馴染の家に一升瓶を持って上がった。青臭い年頃だ。俺はこういうことをしたい/こう生きたい、と言い合いながら2人で一升を開けた。翌日まで残った。東日本大震災後に中之条町で開催した支援プロジェクトの打ち上げでは、苦労をみなで労いつつ、ある程度酔っ払った後で企画者である本木さんから「岡安出し切った顔してるなー」と言われた気がする。嬉しかった。近年では1年かけて撮影した八ッ場ダム映像の、川原湯温泉でのチーム打ち上げでも、良い酒を飲んだ。

 

つまりは、まだ、1人しっぽり美酒を味わう、というよりは、複数人で力を出し切って、そして酒を酌み交わしたいのだと思う。それって、若さ、でもあるよね。

 

Zoom飲み会の最後は、多分全国・全世界的に言う事が同じで「これが収まったら、みんなで集まって酒を飲もうね」という挨拶になる。これから僕たちは未体験の問題にぶちあたっていくことになる。力を出し切る覚悟はあるか?・・皆でいい酒を飲もうではないか。

4340声 12)マスク

2020年03月12日

花粉症もちではあるが、まさか「マスク」が世界にとって大切なものになる日が来るとは思ってもいなかった。
中之条町と渋川市の境目にある「うた種」で、かっこいい布マスクを作ってもらった。左右2枚の貼り合わせでできており立体的、鼻の部分には針金も入っており鼻まわりをきちっと塞げる。そても気に入り、2枚作ってもらったので、使っては洗ってを繰り返し使っている。おかげでしばらく紙マスクをしていない。

 

勘違いでしょうか。

 

男性は100%共感してもらえると思うんだけど、歯医者へ行くとマスクの女医さんや歯科技師さんなんかがいて、目元だけ見てドキッとする事あるよね。もともと美人なんだろうけど、マスク美人というか。

 

僕も今基本マスクをしていて、(小声で)わりと目力はある方だと思うのですが(小声ここまで)ぬぼーっと裸顔で「はじめまして」と挨拶していた時よりも、マスクして「はじめまして」と挨拶する今の方が、相手女性の目に、今までに感じた事のない好意を感じるのだ。

 

勘違いでしょうか。

4339声 11)仕事

2020年03月11日

テレワーク!ステイホーム!仕事改革が求められている → とはいえそんな対応ができる業種はわずかだ、働きに出ねばならない! → がその経済にもとづく生存をかけた行動すらも、さらに危機的な状況の中では行なえない! → テレワーク!ステイホーム!仕事改革が求められている →(繰り返し)

 

世界規模での大変化の中で、IT化や少子化などである程度ゆるやかに変化を続けるはずだった「仕事」が、がらりと一気に変わっていく気配がある。群馬は東京に比べて周回遅れだし、今日(4/15)もぼくの身の回りでは多少の変化こそあれ大多数の人はいつも通りの仕事、生活を送っている。

 

「大打撃を受けた飲食店。大家としてやれることは何か」先日、別の目的のzoom(ネットを通じて離れた場所の人どうしで会議やお話ができるウェブサービス)の集いで、たまたま大家業のKさんと、飲食店のAさんが揃い、その話で盛り上がった。飲食店は飲食店として「苦しい」ということを大家に言わねばならない(察して、は無理)という話や、「家賃支払いが難しい店については今の家賃を免除することで、信頼感が生まれるのではないか」という話がネット越しにされた。

 

東京で知る人ぞ知るバーが、コロナ禍による客足の激減によるオーナーの意向で閉店した。という書き込みを見た。コロナショックの難しいところは、ウィルスとしての脅威もあるが、いつ収束するのかわからないところにある。この先数ヶ月、あるいはそれ以上客足は戻らないだろうから店を閉めさせる、という意見もあるだろう。でも、それが皆に愛される店であったならば、その店が再び開くことがないという方が損失なのではないか、という意見もある。正解はない。

 

飲食業に限らず、いつ収束するかもわからない状況の中で、あらゆる仕事が変化を求められる。そんな中では、建前の仕事は通じない。会社へ行くだけでぽけーっとしている仕事は通じない。そうして色々があって、そのアフターとして残るのは・・確かに「信頼」ではないかと思う。信頼があればその仕事を助けてくれる人はいるし、例え一度たたまざるを得なかったとしても、信頼さえが残っていれば、立ち直ることもできる。

 

していきたい。お互いに信頼を持ち合える仕事を。

4338声 10)言葉

2020年03月10日

僕は言葉の使い方が下手である。いや、最近「岡安くんが書く文章良いよね」とか言われて調子にのることもある。ちなみにこのめっかった群馬のコラムのずいぶん過去の抜井さん・堀澤さんのコラムや、僕が今まで書きためたものを自ら1冊の小冊子にした「一個zine」は高崎「REBEL BOOKS」で販売をしていただいており、思ったよりも売れています!そりゃ調子のるわ!ありがたい!

 

僕はSNS歴が長い。が、ここ数年SNS疲れで投稿をしなくなった人、見なくなった人も多いように思う(コロナ禍が始まってからツイッターでの情報収集を再開した、という話も聞いたが)。SNSのコツはたぶん、政治のことを書く時も、うんちの事を書く時も(それだけの幅っていう比喩ね)「誰に読まれても良い事」しか書かないことかもしれない。僕は政治のことは書かないが、うんちの事を書く時も(比喩ね)人に読まれる前提で書いている。普段の世間と同じと思っているから、切り替えも必要ないし、実はほとんどストレスもない。それはそれで、誰でもそうできるものではないだろうが。つまりは僕はある程度、言葉に自覚的な方なのだと思う。

 

ただ言葉というのは難しいもので、例えば最近も糸井重里氏のツイッター投稿が「政権擁護だ」と非難され炎上するということがあった。実際の投稿自体は政権を擁護する言葉ではないのだが、解釈としてはそう読める可能性を含んでおり、コロナ禍に対する情報が深刻さを増していくなかで、糸井氏の投稿に限らず「言葉に、言葉の解釈に敏感になっている」ふしがある。その一番の回避方法は多分黙秘である。でもそんな中でも、例え血を浴びようとも、言葉を発し続けることは、やめてはいけないのだと思う。

 

僕の「言葉の使い方が下手」というのは、大事な局面においてである。大事なことを伝えようという時に、未だに、自分を良い人として見せたがる、正しいものを求めたがる、という気質がある(今月の投稿はまさにそんな感じだけど)。力が抜けないのだろうか。最後に、ちょっと練習をしてみようと思う。

 

きのうは からいらーめんをたべたら けさうんちをするときに おしりがいたかったです ふぁっく

 

・・ほら、これすらも読まれる前提で書いている。自分にがっかりするわ。

4337声 9)本

2020年03月09日

本をまったく読まない人もいる。週に2〜3冊は読むという人もいる。スマホ全盛の今、文字は細切れで送られてくる。スマホであれば写真、映像だって手軽に見れる。では本は、時代遅れなのだろうか。

 

深い情報、深い物語を知るためには本は優れている。僕は高崎「REBEL BOOKS」が好きなのだが、そこには店主・荻原くんがセレクトした本が、それほどは大きくない店内にギッシリ並んでいる。デザイン、まちづくり、いいところをつく小説・まんが。そして大げさに言えば、店主がそれを求めているがゆえに「私たちはどう生きるか」という手がかりになるような本が並んでいるのだと思う。それは、ネットで自分が好きなものにしか触れていない人の目に入らない領域である。

 

なぜ本を所有するのだろう。もちろん1度読んでいらなくなる本もあれば、10年くらい経ってなんでこんな本を読んでいたのだろうという本もある。それでも、読み返すことは少なくても(読み返さなくても)手元に置きたい本というのは、「ありたい自分」を含んでいる本であるように思う。それは、所有するだけでも意味があるのだ。だからその人の本棚を見ればその人の内面がわかってしまうし、僕は大切な本を所持していたいと思う。

 

コロナ禍により学校授業が先送りになった姪2人に、図書券を送った。漫画でもいいから、心に残る本との出会いがあれば嬉しい。

 

《ずっと手元に置いておきたい本を思いつきのまま5冊記してみる。興味あるものがあれば一読いただきたい》

「モモ」ミヒャエル・エンデ
「ムーンパレス」ポール・オースター
「なつかしい時間」長田弘(3/6に関係する投稿あり)
「自分の仕事をつくる」西村佳哲
「夕凪の街 桜の国」こうの史代

4336声 8)写真

2020年03月08日

写真と動画は別物だ。当たり前だと言う人もいるだろうし、似たようなものじゃないのという人もいるだろう。

 

数年前から、動画の撮影を、いわゆるビデオカメラからフルミラーレスカメラに変えた。sonyのα7Ⅲ。panasonicのGHシリーズと並び、動画撮影に向いたカメラだ(なんかセールストークみたいだな)。

 

ビデオカメラはそれこそ17歳の頃から親父のものを無断で借りたりしていじってきたが、実はカメラを自分で買うのは初めて。動画メインで使用しているが、自然と写真も撮るようになった。動画では基本、画のつながりを考えながら撮る。まず全体があり、顔のアップがあり、とか。写真もそういう撮り方はできるが、基本は1枚(1瞬)で何を残せるかだ。カメラの種類や技術・・いい写真を撮るためには色々な条件があるが、やはり一番重要なのは「撮りてのまなざし」である気がする。

 

太田市美術館・図書館で、展示の写真記録や図録の写真撮影をしている写真家の吉江淳さんと飲む機会があった。初対面ではあったが、牛腸茂雄というカメラマンのドキュメンタリー『self and others』はすごいという話で盛り上がれたのが良かった。牛腸茂雄の写真には、記念写真のような被写体がこちらを向いている写真1つをとってみても、不思議な非現実感が漂っている。でも、映えるとか、作家性が強いというものでもない。彼のことを指して「人の無意識を撮る写真家だ」というような評を読んだ記憶があるが・・うまく言葉で説明ができない。

 

吉江さんは、地元太田市などで無人の風景を撮る作品を展開している。それもやはり、映えるとか、作家性が強いというものでもないように思う。寂しいようであり、優しいようであり、その場所を見たこともないのに、どこか心にひっかかる風景だ。吉江さんとはSNSで繋がった。ある日彼がお子さんの入学式の日に、家の近所と思われる場所で撮ったお子さんの写真をSNSに上げた(多分コロナの影響で、式が短縮かなにかだったのだと思う)。それもまた、絶妙に良い写真だった。

 

・・わかった、良い写真はうまく言葉にできない。だから写真作家たちは、写真を撮るのだろう。

4335声 7)美術館

2020年03月07日

詩や俳句と同様、アートとも距離を置いていた。二十歳までに美術館に行ったのは授業で無理やり、という感じ。生まれて初めて行ったデートは(何の告白?)川崎にある岡本太郎美術館だったが、別に岡本太郎ファンだったわけでもなく、その子とはその1回きりで別れてしまった(だから何の告白?)

 

そんな自分が、東京へ行くことがあると(コロナの今、すでに懐かしみを感じる言葉ですね)映画館ではなく美術館へ行くようになった。美術に関心を持つ理由は「下手なドキュメンタリーよりも現代美術の方がよりドキュメンタリーしているから」だ。わかりにくいか。

 

地元「中之条ビエンナーレ」を誰に頼まれたでもなく撮影したのが2007年。それから色々な縁があって、今「アーツ前橋」と「太田市美術館・図書館」で動画撮影をさせていただく機会が多い。作家へのインタビューもそうだが、アーティストが学校へ行って授業を行う様子の撮影や、展示されているものを動画的にどう解釈して撮るかなど、内容は色々。強いやりがいも感じている。

 

中之条ビエンナーレの立ち上げ人でもある入内島道隆元町長は、「アーティストたちは常に先の未来を見ている。だから彼らの目を通して未来を見ることは、この地方においてなおさら必要なことだ」というような事を語った。まさにそうだと思っていて、

 

今のアートは、きれいですね、技法がすごいですね、で片付くものは少なく、「表現の不自由」展があれだけ社会を騒がせたように、アーティストたちは今と格闘しながら作品を作っている。そして美術館という場所はその作品と「私」とが対等に向き合える場所なのだ。映画のように物語や答えを提示してくれるわけではない。その作品の中に何を見出すかは、その人しだいなのだ。それが、とても興味深い。

 

コロナの影響により、一時休館をした(結果、休館・展示終了となってしまった)太田市美術館・図書館の《太田の美術vol 3「2020年のさざえ堂—現代の螺旋と100枚の絵》の展示会場を、大嶋カメラマンと共に記録した。展示の趣旨に添い、展覧会を擬似体験できるような映像なのでぜひ見ていただきたい。そして、ステイホームを課されたアーティストたちはすでに、ウィズコロナ、アフターコロナを感じ・予感し、作品を作り始めているはずだ。暗い霧が晴れた後、それらを目撃しに、ぜひとも美術館へ足を運ぼうではないか。

 

4334声 6)詩

2020年03月06日

詩とは遠い人生を歩んできた。俳句もそうだ。映画はかなり近い方。小説は人並み・・ちょっと遠い距離だろうか。若い時を見れば、漫画が一番近かった。

 

今でも詩は遠い。自分から進んで読むことはない。けれど、めっかった群馬で書くことは忘れても(3月が僕の番だと4月あたまに人に言われて気づいた)ここでの投稿は長文多め、最近はめっきり「書くこと」の関心が高くなってきたので、いい詩には巡り会いたいと思っている。

 

前橋文学館で行われている(4/12現在は休館中)「わたしたちはまだ林檎の中で眠ったことがない-第27回萩原朔太郎賞受賞者 和合亮一展-」。本来なら観客を入れて行われるはずだった詩の朗読がコロナの影響で無観客になり、当初予定されていなかった撮影を依頼された。

 

東日本大震災後、地元福島からツイッターで詩を発表し続けた和合亮一さん。撮影の依頼がある前に偶然にも文学館に足を運んでいて、彼の詩を読んで回ったのだが、僕には正直理解が難しかった。

 

ところが。彼の詩が読まれる現場を撮影し、声としてその詩を聞くと、難解と思われる詩も、僕のこころのどこかに着地した。たぶん、読まれてこそ活きる詩なのだと思った。ステイホームのまにまに、最後に貼る動画を見ていただけたら嬉しいです。

 

そして、現在は伊香保の小物と本の店「やまのは」にいる土屋裕一くんという男を、僕は「信頼のおける本ソムリエ」だと思っているのだけど、以前彼から勧められたのが詩人・長田弘さんの集大成エッセイとも言える「なつかしい時間」だった。あまりの良さに僕も、読ませたい人にプレゼントするまでになった。今こんな時だからこそ、長田さんの詩の一つをシェアしたいと思う。

 

「世界はうつくしいと」 長田弘

 

うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふと気がつくと、うつくしいということばを
ためらわず口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。
うつくしいものをうつくしいと言おう。

 

風の匂いはうつくしいと。渓谷の石を伝わってゆく流れはうつくしいと。
午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。
遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。
きらめく川辺の光りはうつくしいと。
おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。
行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。
花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。
雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。
太い枝を空いっぱいにひろげる
晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。
冬がくるまえの曇り日の、南天の小さな朱い実はうつくしいと。
こむらさきの実の紫はうつくしいと。
過ぎてゆく季節はうつくしいと。
さらりと老いてゆく人の姿はうつくしいと。

 

一体、ニュースとよばれる日々の破片が、
わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。
あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。
シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。
何ひとつ永遠なんてなく、いつか
すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。