日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

1296声 海のある場所山のある場所

2011年07月19日

今宵は涼しい。
別に、冷房を利かせて訳でもなく、部屋に吹き来る、
雨上がりの風が涼しいのである。
湿った夜風は、そこはかとなく、秋の気配さえ伺わせる。

大型で強い台風6号が、室戸岬の南南西を進んでいる。
その為、今日の本州は大荒れの天気。
一昨日は、所用、と言うか遊びの予定で、千葉県へ行っており、外房の海を見た。
この台風の影響だろうが、浪がとても高く、岩礁に叩き付けられて、
鉛色の空へ、猛々しいしぶきを上げていた。

「それ来た」
とばかりに、荒れた海へ入って行くのは、ロングボードを抱えたサーファーたち。
「遊泳禁止区域」
と書かれた看板の裏の海に、一際、波乗りの人たちが多い。

波乗りをつぎつぎ喰らふ夏の海 (諒一)

まさにそんな調子で、沖に立つ白波は、波の上に居るサーフボードを、
次々に喰べてゆく様だった。
海の似合わない私は、句帳をポケットに押し込んで早々に、海を辞した。
帰路は半島から、外環を抜け、高速道路を駆って、新潟方面へ進んで行く。
高崎ICへ近付いてくると、夕映えの榛名山全景が見えた。
当然だが、いつも私の帰ってくる場所には、山がある。

【天候】
台風6号の影響で終日、荒れ模様の天気。
大雨洪水警報なども発令され、断続的に強く降っている。

1295声 児の六感

2011年07月18日

「子供」
と言っても、まだ赤ちゃんと言うくらいの、齢である。
「子」と表記するよりも、「児」と表記した方がしっくりくる。
この連休中に、そんな児と接する機会があった。

私くらいの年。
と言うと、数か月の誤差を除けば、もう三十歳である。
少し前から、「アラサー」なんて言う、
三十歳前後の人たちの呼称が、流行している。
自分の同世代と言うと、そのくらいの年齢層の人たちになる。
その多くは、結婚をしたり子育てをしたり、と言うのが、
目下、人生の大きなテーマになっている世代である。

「お子さんは何人いらっしゃるんですか」
なんて、俳句で知り合った先輩諸氏に聞かれる事が多い私だが、
結婚も子育ても、自分には未知のもの。
しかし、同世代との付き合いの中では、切っても切れない事項である。

自分よりも年若だが、子育ての真っ最中。
そんな、ケースが最近、目に見えて多くなって来た。
連休中に伺った家庭も、そのひとつ。
新婚家庭の新居であり、その幸せの中心にいるのが、
未だ一歳に満たない赤ちゃんである。

年若。
と言っても、子供のいる夫婦と言うのは随分とたくましい。
と感じた。
「人の親」であるから、当然と言えば当然だが、
「人を育てる」と言う行為が、自覚させるのだろうな、と言う私の考え自体が、
親の目から見れば、既に浅はかなのかも知れない。

赤ちゃんは、その真ん丸な目で、終始、私の顔を不思議そうに眺めていた。
第六感が働いている、と言う感じである。
何だか、空っぽな脳内を見透かされたような気がした。

【天候】
終日、曇りがちな晴れ。
台風の影響だが、暑さは未だ強か。

1294声 自と季の目線

2011年07月17日

「暑いので体に気をつけましょう」
句会場の会議室へ入ると、まずホワイトボードに大きく書いてある、
その文字が目に入った。

昼前に、吟行地へ到着。
日盛りの公園をほっつき歩いていると、所々に見える日傘。
あれはおそらく、この句会の参加者。
「みんな、川へ行ったぜ」
緑陰に佇んでいる先生が声をかけてくれたが、
その声音からは、「やれやれ、この暑いのに」と言うあきれ加減が伺える。
「行きましょう」
今来たばかりの私がそう言うと、しぶしぶ、置いてある荷物を持って、
先生も緑陰から一歩踏み出した。

「川」
と言うのは、公園の裏に流れる利根川の事。
来てみれば、「夏の川」と言う大きな景の中に、色々な発見があって面白い。
鳶や鷹が飛んでいたり、釣人がいたり、瀬音が涼しかったり、
河原の石がやけていたり。
汗を拭きつつ、炎天下でご高齢の先輩俳人が句作している姿は、
俳句の過酷さを物語っている。
「自然を詠む」
と言う事は、まず自然と、つまり詠もうとしている季題と、
同じ目線に立たねばならない。

幸い、熱中症で倒れる方は誰もおらず、この日の句会は無事終了した。
私は、おまけ程度に先生から一句特選を頂いたが、別の選者からはからっきし。
全体的に不出来であった。
句会の後に、何名かで喫茶店へ移動した。
俳句談義の中で、先生が「蛇」の句を作る為に、
実際に蛇を飼いながら句作していた話を聞いた。
これもまた、自然と、その季題と同じ目線に立つ、と言う事だろう。
冷珈琲のストローを弄びつつ、頭の中で、
今日詠んだ自らの浅はかな句を、おさらいしていた。

【天候】
終日、猛暑日。
※18日記

1293声 二十三年夏の吟行句会

2011年07月16日

「群馬部会吟行句会」
この炎暑に、である。
現在時刻は8時半を過ぎたところだが、外はすでにカンカン照り。
それでも、日が今日と決まっているので、行かねばならぬ。
吟行地へ行って辺りをほっつき歩き、俳句をつくらねばならぬ。
俳句の先輩方(ご高齢の方)は、大丈夫であろうかと、いささか心配になる。
しかし、そんな過酷な状況でも、おそらく気の利いた句を作るのだから、
詩人は幾つになってもあなどりがたい。

巷では、今日から海の日が入った三連休。
まさに、夏の行楽時期の真っ只中、と言った具合である。
その初日が、「俳句」と言うのも、なんだか薄っすら寂しい心持もあるが、
この魅惑的な短詩形にとりつかれてしまったのだから、仕様が無い。
今回は、吟行地が前橋市と、自宅から近いので、助かった。
良い俳句を授かる為に、仲間の句を観る為に、さて出掛けよう。

【天候】
終日、炎暑。

1292声 本を埋める

2011年07月15日

酒が良かったからか、寝汗をかいたからか。
昨晩、度を過ぎて飲んだ酒が、やけに残っていない。
と言う、感慨も束の間、午前六時半ともなれば、
入り込む朝陽に部屋の室温が上昇し、横になっていられない。
額には玉の汗で、寝巻きはぐっしょり濡れている。
これじゃあ、残るものも残らない訳である。

朝食が、バニラアイスとコーヒーゼリーと言う、混沌具合。
寝てる間に、相当、脳みそが沸騰してしまったらしい。
それから、長い一日。
夢遊病者の如く、炎天下を彷徨い歩いて、帰宅。
「車の重心がやけに傾いている」
と思って、思い出した。
書店から引きあげて来た、およそみかん箱に二箱分ほどの、
大量の本を、積みっぱなしだったのである。
早いところ下ろさねば、熱で駄目になってしまう。
さりとて、狭い我が家には、もう下ろす場所が無い。

「埋めるか、庭に」
挙句には、そんな事まで真剣に考えた。
しかし、みかん箱ごと土に埋めたとして、直ぐに朽ちてしまうであろう。
タイムカプセル式に、何か、保存できる容器に入れなければならない。
大きな穴を掘り、保存容器に本を入れ、土をかぶせる。
そして、木札をさして、記す。
「群馬伝統銭湯大全ここに眠る」

ぼんやりと、大量の本が目の前にあると言う現実から、非現実の世界の旅へ。
脳内に描いた、その妄想映像だけで満足し、「バタン」と、車のドアを閉めた。
「後で下ろそ」
と思った。

【天候】
終日、夏日。
夜、栃木県で震度5弱の地震。
高崎は震度3程度。

1291声 落語と利き酒と

2011年07月14日

「利き酒大会と寄席」
と言う、粋な集まりに伺ったのは、昨晩である。
主催は、榛名山の麓の町にある焼肉屋のご主人。
店に入ると、ペンと用紙を渡されて、「さぁ」と、御猪口をひとつ。
それを片手に、奥へ進むと、人だかりの机の上に、銘柄の分からぬ十本の酒瓶。
つまりは、こう。
右の五本と左の五本を、神経衰弱の如く、一致させれば良い。

「利き酒」
自分で本腰を入れてやるのは、日本酒では初めてに近い。
端から順に、御猪口に入れて飲み進めて行く。
「違う」
と言う事は分かるが、味の形容が出来ない。
考えた挙句、何故か、「南京豆」とだけ、用紙に記した。
南京豆の様な風味を感じたので、右3番目の酒は南京豆と書いておけば、
左の酒を飲んだ時に分かり易いと思った。
「思った」
のだが、どう言う訳か、左の五つの酒瓶には、2つも南京豆がある。
すなわち、私の舌が馬鹿になってしまったのだろう。
つくづく、自らの味覚が頼りない。

「分かりますか」
と、私が聞いたのは、隣で御猪口を傾けているほのじ氏である。
先程から、「利き酒」の量を通り越して、
御猪口になみなみ注いで飲んでいるので、もはや試合を投げだして、
飲んだくれているのだと思った。
「銘柄まで分かるよ」
と、この答えがギャグにならなかったのは、後の発表の時に、
五銘柄全問正解で、主催者からほのじ氏の名前が発表されたからである。
参加者およそ二十五名中、全問正解者は三名。
私は、五問中二問正解と言う、なんともおぼろげな出来具合。

さて、利き酒も済んだところで、いよいよ三遊亭時松さんの登場。
演目は「短命」。
核心部分を省略する事で、深い味わいを生む。
川柳や俳句などに顕著に見られる、古来から伝わる、粋な手法である。
などと、私の下手な解説つきでは、野暮になってしまう。
ちょいと一杯ひっかけながら聴くには、最高の古典である。
その芸、流石であった。

「銭湯好き」
それも筋金入りで、入っている筋が良い。
時松さんが、である。
紹介して頂いた、やまたけさんに感謝しつつ、焼肉でまた日本酒を一杯。
冷酒を飲みつつ、中でも「水風呂」が特に好きだと言う、
時松さんの言葉を思い出していた。

【天候】
終日、夏日。
炎暑、甚だし。
※15日記

1290声 夏に向かって立ち向かえ!

2011年07月13日

「なでしこジャパン」
と言うらしい、女子サッカーの日本代表を。
スポーツニュースには疎いので、詳細は良く分からぬが、
「FIFA女子ワールドカップ」の準決勝戦が今夜。
日本時間では明日の朝、キックオフされるらしい。

今大会で、このなでしこジャパンが健闘し、準決勝まで来ている。
準決勝戦で、スウェーデンを下せば、優勝に大手がかけられると言う、
大事な一戦を控えている、宵なのである。
しかし、ドイツ、フランクフルトでのキックオフが、現地時間で、8時45分。
と言う事は、日本時間になると、早朝3時45分になるので、起きているか否か。
サッカーフリークは、今日の日中、大いに悩んでいたようである。
私は、明朝のテレビニュースで、その結果を知る事になる筈。
「歴史的瞬間」を寝て過ごす事になるが、起きていられる力など、
私には到底出ないので、それで良い。
最近、雑誌などで「女子力」と言う言葉を目にするが、
これこそ、日本が発揮している女子力なのだろうな、と思う。

そして、今まさに「第93回全国高校野球大会」が開催されており、
食堂などへ行くと皆、箸を休めて食い入るようにテレビ中継を見ている。
昼は野球に夜はサッカーと言うスポーツ好きもな人も、少なからず、いるだろう。
そう言う人を、毎年、この高校野球の季節になると、少し羨ましく思う。
私に目には、夏を存分に謳歌している様に、映っているから、である。

私など、スポーツ(スポーツの枠かどうかは微妙だが)と言えば、夕暮時の銭湯で、
相撲の夏場所を見ながら、近所のおじいちゃんと話すくらいなものである。
「白星ですか、これで魁皇が遂に、1045勝ですねぇ」
なんて、見ず知らずのおじいちゃんと話が合う瞬間は、楽しい。
そして、「立ち向かっている」人たちは、かっこいい。
殊に、夏は。

【天候】
終日、夏日。
夕立も無く、暑い一日。

1289声 忘れたい重さ

2011年07月12日

今日もまた、酷暑である。
今年の夏は、専門家の意見を聞かずとも、最高に暑い夏になる。
と言う事だけは、確信している。
熱中症の報道も、日増しに増加しており、毎日、何だか恐ろしい心持で、
玄関の戸を開けて一歩踏み出す。

「恐ろしい」
などと、年寄臭い事を言っているが、実際、何であろうか。
私が毎日感じている、この慢性的な全身倦怠感は。
子供時分に、自分の父親を筆頭とするおっさん連中を見て、
「大人はだらだらしているなぁ」
と呆れていたが、実際、自分がおっさんになってみると、
その「だらだら」の理由が良く分かる。
毎日の全身倦怠感による体の重みが、目下の実際問題なのである。

風の噂で、子供等はもう、カブト虫やクワガタ虫捕りに夢中らしい。
この気温では、早いものはもう地上に出てきているだろう。
もっとも、最近虫取り網などもって、野山を駆けずり回っている子供たち。
と言う牧歌的な光景を、目の当たりにしていない。
そればかりか、朝、近所の登校班の子供たちを見掛けると、
みな、落ち着き払って、足取り重く、だるそうにして歩いて行く。
しかし、夕方になると、下校の子供たちみな、
いきいきと飛び跳ねながら帰っているので、そう言うところは、子供らしいと感じる。

いささか涼しい風が吹き始めた、夕方。
県内に広く展開する大型書店の本部へ、
「群馬伝統銭湯大全」を取りに行った。
発売以降、店頭に置いてもらっていたのだが、
本日をもって、ひとまず終了。
どっさりと売れ残りの本を積んで走る、車の重みが、とてもせつない。
帰路の途中、ひとまず、麦酒を買って帰ろうと思った。
重さを忘れる一時の為の一杯。
なのだと、思う。
飲む動機ってのは。

【天候】
終日、夏日。
館林市などは、まだ記録的な暑さが続いている。

1288声 夜の手前の空気感

2011年07月11日

夕立のあと。
夕日が山の裏へ沈んで、
雲の腹が茜に染まったり、
植田の水が澄んでいたり。
そう言う、夜の手前の空気感が好きで、
自転車に乗って、裏の田圃へ行く。

子供時分から変わらぬ景色が、そこにはある。
もっとも、大型ショッピングセンターが出来たり、
幹線道路が走ったり。
榛名山の麓には、人工的な建造物がいくつも出来て、
大きな景を見ると変っている。
しかし、水路や畦道、植田の中を泳ぐおたまじゃくしなど、
子供目線の景は変わっていない。

年を喰ったせいか、最近やけに自然の機微が目につく。
入道雲の輪郭が耀いていたり、夕日の茜に、染まる雲と染まらぬ雲があったり。
澄んでいるのは水でなく、水が映している空と風が澄んでいたり。
夕日を美しいと思った、時にさびしくなったり。

7月11日の今日は、あの地震から丁度、4ヶ月。
季節は移ろって、すっかり夏。
水面にたゆたっている町の灯を、ぼんやり見ている。
鎮守様の方から、盆踊りの練習だろうか、お囃子が風に乗って、幽か。

【天候】
終日、夏日。
館林市で全国最高気温37,5度を観測。

1287声 炎天下の個性

2011年07月10日

顔が痛い。
と言うのも、終日、炎天下を彷徨い歩いていたので、仕様がない。
鏡を覗くと、全体的に、特に鼻頭に強く赤みがさしている。

これはもう火傷と言へる日焼けかな

と言う、月並な俳句を詠んでしまうくらい、疲労感と共に、
熱中症の初期症状が表れている。

高崎の市街地を歩く。
老舗の食堂と銭湯にしぼった、ひねくれた観光案内しながら歩く。
私が案内をしているのは、東京からいらした方で、
詳しい話の運びは省くが、何故かそう言う事になった。
ひとしきり、高崎の街を案内して、とどめに銭湯へ入って帰路に着いた。

「やっぱ、良いですよね、高崎は」
そう言ってもらえたのも、やはり、「街の伝統が残っていた」からだろうなと、
改めて感じた。
老舗の商店や食堂がひしめく、商店街。
銭湯や寺社仏閣や歴史的建造物。
そう言う個性が残っているからこそ、この街を紹介でき得るのである。

【天候】
終日、猛暑日。
夕立があり、綺麗な夕日。
その後、いささか涼しい夜風が吹く。

1286声 生活から生活へ

2011年07月09日

梅雨明けした今日は、熊谷市街地の路上をほっつき歩いていた。
炎天のアスファルト上は、近年市が推している事業のキャッチコピー「あついぞ!熊谷」、
まさにその通りであった。
市内に三軒残っている銭湯の中、二軒には訪れた。
今日は、最後の一軒である、「朝日湯」を目指す。

道は覚えた。
何度も通っているから、であるが、銭湯を目指して街中を歩くのは面白い。
ここ何年か、靴底を減らして見て、そう感じている。
銭湯は大抵旧市街地にあるので、その街の裏通りを歩く事になる。
湯に浸かり、常連さんや番台の方と会話す事で、
徐々にその街の、個性やしきたりが、見えて来る。

知らない街、今回は熊谷の街が、少しづつ分かって来た。
駅を出て、こっちの方は商店街、こっちの方は飲み屋街。
「八木橋」と言う、地元で絶大な支持を得ている百貨店の存在や、
七月後半には、「うちわ祭り」が開催されるとか。
その街の「生活」を知ると、親近感が芽生える。

昭和15年に開業した朝日湯は、破風を構える趣深い銭湯であった。
内装も大幅な改修が為されていない為、古風な良い雰囲気である。
湯船に浸かろうとすると、湯船の中にいるおじいちゃんに声をかけられた。
「65くらいかい」
勿論、年齢でなく体重の事だと察し、
「はい、まさに65kgくらいです」
と、答えると、おじいちゃん。
ほくそ笑みながら、声も無く何度も頷いておられた。

湯上がりに、番台のおばちゃんと雑談していると、
さっきのおじいちゃんが、暖簾をくぐって来た。
「あら、忘れ物」
おばちゃんが言うと、おじいちゃんは曖昧に頷いて、脱衣籠をごそごそやっている。
私は、畳の上に落ちている眼鏡に気付き、
「これですか」
と言うと、また、おじいちゃん。
今度は恥ずかしそうに笑みを浮かべて、何度も頷きながら、
眼鏡をかけて出て行った。
「国道渡る時、気を付けてくださいね」
おばちゃんが、おそらくいつもの調子で、おじちゃんの背中に声をかけた。

汗を拭いつつ、帰路の道を行く。
これで熊谷市の銭湯は全て回ったので、また、次の街へ行くだろう。
しばし、熊谷市とお別れと言う訳である。
知らない街の生活の中に入り、何かを発見し、また別の街へと行く。
何だか、探偵小説のような筋書きであるが、私の場合それが銭湯なので、
随分と庶民的な探偵になってしまう。
さて、次の街ではどんな発見があるだろうか。

【天候】
本日、関東甲信越地方は梅雨明け。
まだ、蒸し暑い梅雨空。
夕方から夜にかけて、ゲリラ雷雨、何度か。

1285声 湯屋で一杯

2011年07月08日

向かいの家の、瓦屋根の照り返りが、目にしみる。
蒸し暑い部屋から、ぼんやりと眺める、窓の景。
いま、強烈なる二日酔いに、苛まれながら。

昨夜は、所用で桐生の銭湯へ出掛けた。
暖簾をくぐって、銭湯の中にある食事処で話していると、
当然、「まぁ一杯」と言う運び。
近所に住む、知り合いの方もいらして、「まぁ、一杯」。
その内、「かぁちゃん、焼酎もう一本」。
酔眼朦朧としてきたところで、桐生駅まで送って頂いた。

「最後の一軒になってもやる」
親父さんの力強い言葉に、とても感銘を受けた。
しかし、その言葉を言わしめている様な現状も、ある。
暖簾を下ろす銭湯が後をたたなくて、現在の残存数は二十七軒。
風呂に入って、手拭いのしぼり方を知らない日本人が増えるのは、
さみしい気がする。
しかし、そこには、それぞれの現実がある。

そんな事を考えながら、列車は新前橋駅に着いた。
改札を出たが、真っ直ぐ帰宅する心持ではなく、
千鳥足で階段を踏み外しながら、駅前へ出た。
目抜き通りを歩いていると、なにやら往来に人だかり。
近づいてみると、そこは居酒屋、である。
とても盛況なので、お客さんが入りきれないのである。

「お待たせしてすみません」
ぼんやりと立っている私の横へ、いつの間にか店のお姉がいて、
「生ビール中グラス無料券」を頂いた。
太っ腹なサービスに、頭を下げ、人気の秘訣も垣間見えた気がした。
閑散とした新前橋駅前ロータリーに於いて、稀有な賑わいである。

「さて」
踵をかえして、直ぐ隣の、チェーン店の居酒屋へ入った。
カウンターに座り、冷たい麦酒で一息つく。
先程の光景を、句に認めようと、句帳にペンを走らせた。
しかし、文字にならない文字。
その時、「相当きてるな」、と実感した。

【天候】
梅雨の晴れ。
湿度が高く、まとわりつく様な、暑さ。

1284声 位置について用意

2011年07月07日

いま、マップを作っている。
いや、正確には「作ろうと」している。
観光地の案内所でよく見かける様な、マップであるが、
その内容は、観光情報でなく、銭湯情報。
それは、群馬県内にある伝統銭湯が網羅された、マップなのである。

まさに、実質的な製作に取り掛かっている最中だが、
何故、自分がこのマップを作ると言う話の運びになったのか。
と言うところが、判然としない。
縺れる因果の糸を、解いていたら、一本の糸が残った。
それが、「銭湯のマップを作る」と言う事だった。

「あったら便利」
以前からそう思っていたので、大いに、作るつもりでいる。
実際、自分で銭湯の本を出版してみて、
「頁にマップが助かる」
と言う声も寄せられているので、若干ながら、ニーズはあると踏んでいる。

「銭湯地図」
そんな風な名前がよかろうと、今のところ思っている。
その名を冠したマップが出来上がる。
つまり、ゴールへ辿り着くまでに、飛び越えるハードルは、いくつもある。
ハードルに当たってしまった時でも、当然ながら、
走り続けねばゴールへは着かない。
位置に、着いた。
用意は、した。
あとは、「ドン」。

【天候】
終日、晴れたり曇ったりの梅雨空。

1283声 夕菅を思う夕暮

2011年07月06日

「そろそろ見頃かな」
山間を吹き行く涼やかな風に焦がれながら、
炎天の下で思いを馳せるのは、「きすげ」である。

「きすげ」は、花の「黄菅」。
群馬県で名所となっているのは、主に、榛名湖の「夕菅」。
野反湖や尾瀬の、「日光黄菅」などである。
七月初旬から中旬くらいが見頃で、
高嶺に咲き群れる黄菅と空とのコントラストが、それはもう美しい。
排気ガスみまみれながら、炎天のアスファルトを歩いていると、
思い浮かべるその光景が、想像上の天国に均しい。

この黄菅。
どう言う訳か、あまりメジャーな歳時記には掲載されていない。
私が所有している数冊の歳時記にも、電子辞書の歳時記にも載っていない。
そこで、「俳句の花図鑑」(尚美堂出版)の頁を捲ると、流石、
「夕菅」も「日光黄菅」も載っている。

高原風景の中を、ゆっくりと吟行してみたい。
花図鑑の例句にある、阿波野青畝の一句。

天が下万のきすげは我をつつむ

夕暮の淡い光の中で、たゆたう一面の夕菅。
空が近くにある、清々しい高原風景である。
そんな景色から、遠く離れた街場では、
明日に控えた七夕に、俄かに沸いている。

【天候】
梅雨晴れ。
終日、甚だ蒸し暑し。

1282声 湯屋のガガ

2011年07月05日

青い山の裏には、もくもくと湧き上がる夏の雲。
強い日差しと、突然の夕立。
今日は、もう梅雨が明けてしまったかのような、天気であった。

夕方には、大きな西日が青田を照らしていた。
青田に映っている茜色の空。
入っては出て行く雲。
仄かなる夜風の香りに誘われて、自転車を漕ぎ出した。

自転車を停めたのは、高崎市内の銭湯。
まだ明るい内の風呂てぇのは、とても贅沢な気分になれるので、
好きな時間帯。
朝湯も好きだが、県内では、前橋市の一軒でしかやっていないので、
年に何度も入れない。
それなので、まだ、身上を潰さずに済んでいるのかも知れない。

湯船に浸かって一息。
夏期間の銭湯は、早い時間が空いている気がする。
あまり早く入っても、寝るまでに汗をかいてしまうからだろうか。
私などは、銭湯に入っても、寝る前にシャワーを浴びる事がしばしば。
と言うか、頻繁にあるので、その点は効率が悪い。
しかし、夕方の入浴が好きなのだから仕方ない。

誰も居ない浴室。
湯船で足を伸ばしていると、女湯からはずんで来る声。
主はどうやら、おばちゃん二人らしい。

「そうよねぇ、ほら、いるじゃない」
「えっ、だれが」
「ほら、この前来た、あの外人さんの」
「あっ、レディーガガよね」

まさか、おばちゃん同士の会話から、
世界をときめかせているポップアイコンの名前が出て来るとは。
ここは、アメリカのニューヨークでなく、高崎市の入浴する場所である。
しかも、「レイディーガガ」と、若干発音がネイティブっぽい。
なんだか、そこはかとない敗北感を覚えつつ、瓶牛乳を飲んで帰路に着いた。
歌えないけど、鼻歌を奏でながら、すっかり日の落ちた山へと漕いで行った。

【天候】
朝は雨なるも直ぐに上がり、梅雨晴れ。
高崎市周辺、昼に一時雨降るも、豪雨と言ったほどでなし。
終日、真夏日。

1281声 ぬる麦酒

2011年07月04日

「そう言えば最近、米粒を食べていない」
そう思う、と言う事は、そろそろ夏バテの時期である。
然るに、この季節。
口当たりの良い麺類ばかり食べるようになったり、
麦酒を主食として飲んでしまうから、米を食べる機会が著しく減少してしまう。
そして早くも、夏バテの兆候が出始めている。

「まずかった」
その原因は明白で、昨日の、銭湯二軒のはしご湯にある。
夏場の風呂。
と言うのは、言わずもがな、汗を大量にかく。
なので、風呂上がりに水分を大量に補わなくてはならない。
一軒目から、風呂上がりに、瓶牛乳にサイダーを一気飲み。
二軒目に移動中は、ペットボトルを一気飲み。
二軒目の風呂上がりにまた、コカコーラとオロナミンCを一気飲み。
「一気飲み」
せずにはいられぬほどの、砂漠漂流者の心持も分かるほどの、
暴力的な喉の渇きに襲われるのである。

おかげで今日は、腹の調子が絶不調。
そう言う時に限って、消化の悪い、揚げ物系統を食べてしまって、
いま、独りゆっくりと後悔している。
こう言う時は、燗麦酒などが良いが、群馬県では飲める店を知らない。
これが、「缶」の誤字で無くて、「燗」の麦酒なのである。
ぬるく燗をつけた麦酒の事。
その昔、東京のビアバーで飲んだ事がある。

それは地麦酒で、銘柄は博石館ビールのブラウンエールだった。
仄かな酸味と、発泡感の無く、ぬるい麦酒の不思議な味わい。
三杯目くらいに丁度良い。
そんな、印象を受けた。
しかし、その後はやはり、キリッと冷えたピルスナーを、
ゴクゴク飲みたくなった。
それを思うと、また横っ腹の辺りが、不気味な蠕動運動を。

【天候】
終日、梅雨空。
蒸し暑く、気まぐれな小雨程度。

1280声 西日と調和

2011年07月03日

数ヵ月ぶりに、県外の銭湯へ出掛けた。
場所は熊谷市、である。

熊谷市には、現在三軒の伝統銭湯があり、
その中の二軒をはしご湯して来た。
もう一軒は、日曜定休なので、断念。

この二軒には、一度来た事があったが、どちらも盛況な故、
写真撮影はせずに帰って来た。
今回は、一番湯客となるべく、開店時間目がけて訪問した。
まずは、駅近くの「桜湯」。
往来を歩いて行くと、ひらひらと、涼しげに揺れる白暖簾が見えて来た。
「もう暖簾が出ている」
と、いささか焦ったが、前回、春に来た際は、紺暖簾だった事を思い出していた。
これが、歳時記で言うところの「夏暖簾」なのかな、と思った。

番台のおやっさんへお願いし、貸切状態の浴室を手短に撮影した。
男女へかかる大きなペンキ絵は、女湯の方に富士山があるようだった。
句を捻りながら、湯船に浸かっているが、もう次の銭湯が気にかかって、
一向に集中できない。

そそくさと辞して、次の「見晴湯」を目指す。
電線が、長い影を落としている路地裏を歩き、早速、見晴湯の敷居を跨ぎ靴を脱ぐ。
浴室内は、地元の湯客で盛況。
ならば、ここで一息。
風呂前の瓶牛乳をやりつつ、新聞に目を通す。
見晴湯には、男女の浴室にかかる壮大なペンキ絵がある。
富士山の景だが、この西日の当たる時間はことにそれが、美しい。
図柄をよく見れば、岬の松の一本一本に影が生まれている。
勿論それは、「絵」の影なのであるが、入り込む西日と見事に調和している。
芸術性と大衆性が程良く調和した、ペンキ絵師の見事な仕事である。

写真撮影は控え目に、風呂から上がってサイダーを飲んで、帰路へ着いた。
一度しか来た事が無いが、何だあろうか。
あの、銭湯の湯の匂いから呼び起される、懐かしさと安心感は。
そして、見知らぬ土地の湯屋で過ごす、夕暮時の不思議な時間は。

【天候】
曇りがちなる梅雨晴れ。
ひねもす、蒸し暑し。

1279声 夜の商店街のときめき

2011年07月02日

「みんな忙しい」
ぼんやりと、そう思っている。

昨日の七月一日から、三ヶ月間に亘って開催される、大型観光イベント、
「群馬デスティネーションキャンペーン」が始まった。
それに伴って、県内各地でもイベントが開かれており、
何やら人が動いている気配がする。

祭りや花火大会の準備。
地元サッカーチームの試合。

週末にある、群馬県知事選挙。
その最後の追い込みであろう、炎天下。
自転車の演説部隊が、候補者の名前を絶叫しながら、漕いで行く。

街中が何やら、忙しない。
額に玉の汗を浮かべながら、人々は行き交っている。
日中、ぼんやりしていて、夜。
のこのこと、街中へ出掛けた。
「高崎田町屋台通り」を覗くと、区画の往来にテーブルと席が沢山出ていた。
皆、美味そうに、焼き肉で一杯やっている。
夜風に棚引く煙に巻かれながら、ノースリーブの若者がジョッキを飲み干す。
その光景は、なんとも、夏めいていた。

千鳥足で、夜の商店街をほっつき歩いていたら、七夕飾りを見掛けた。
もう、そんな季節。

文月や六日も常の夜には似ず  芭蕉

「ときめき」てぇ、事だろう。
七月七日の前夜は、誰しも、常の夜では無い、ときめきがある。
六日の夜に思う、その感覚は、とても尊い、と思った。
怪しげなお姉さん方の、生温い視線を振り払って、
人気の無い夜の商店街を、ずんずん進む。

【天候】
雲の多い晴れ。
梅雨らしい蒸し暑さ。