日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

1151声 春の朧の中

2011年02月24日

月例句会の時はいつも、帰宅が日付変更線を跨いでしまう。
先生のお宅に伺ったら、机の上。
中央に置かれた花瓶に、神々しい、と言う形容が誇張でない程、
綺麗な猫柳が生けてあった。
勿論、春の季題なので、それも加えて、句会。

句を作る為、私は机の座からひとり抜けて、外へ出てみた。
窓ごしに、光溢れている室内が見えた。
机の周りに座っている人たち、皆、斜め上を見上げている。
句作の為に、花瓶の猫柳を、凝視しているのである。
その光景は、「猫柳教」と言う、新手の宗教のようにも見えなくはない。

遠くの山を眺めると、霞みがかっていて光がぼんやりと見えた。
音も、光も、匂いも、春の朧の中。
さて、俳句を作るには、五感を駆使して、それを感じなければならぬ。

【天候】
朝より曇り、午後より雨は降らねど下り坂。
気温は3月の陽気で、暖か。

1150声 梅と桜と私

2011年02月23日

日を追う毎に、春めいてくる。
とりわけ今日は暖かく、長袖シャツ一枚でも、
軽く体を動かせば薄っすらと、額に汗がにじんだ。
高崎市の街中では、梅が綻び始め、
淡い梅の香が風に漂っている。

そんな早春の光景を眺めつつ、若干の、焦燥感。
と言うのも、次回の俳句ingの予定が、来月の中旬なのである。
昨夜、その行程を作り終え、今日から、募集を開始する。
この暖かな気候が、調子良く続くと、それに伴って、
梅の開花も調子良くなる。
そして、来月の中旬には、早々に、シーズンオフ。
なんて具合が懸念され、だんだん心配になってきた。

今回の目的地は、群馬三大梅林のひとつでもある、「箕郷梅林」。
茶店で饅頭でも頬張りながら、梅で一句。
と言う趣向を意識しているので、そこにはやはり、
満開の梅がないと困る。
三寒四温でなく、四寒三温くらいになって欲しいと言うのは、
叶わぬ願であろう。
来月の今時分は、桜の心配をしているかも知れぬ。
向こう数ヵ月は、梅と桜と私、一進一退の攻防が続きそうである。

【天候】
終日、穏やかな快晴。
風が春めいてきた。

1149声 群馬にもパンダ

2011年02月22日

今日の午前零時頃。
無事に檻に搬送されたのは、中国から遥々、
上野動物園へやって来た、パンダ。
雄の比力(ビーリー)と、雌の仙女(シィエンニュ)と言う名前の、
ジャイアントパンダの2頭である。
3月には日本名も決定して、一般公開されると言う。

パンダで思い出すのは、フィアット社のパンダと言う車種。
ではなく、群馬県中之条町。
勿論、実際にパンダがいる訳ではないが、ある、のである。
「ぱんだ」と言う名の、居酒屋が。

店の暖簾を、数年前に一度だけ、くぐった事がある。
こじんまりとした、雰囲気の良い店で、
店内に飾ってあるパンダグッズが、平和な空気を生んでいる。
とりわけ、焼き鳥が安くて美味く、麦酒がすすんだ思い出がある。
今回のパンダの1件でもって、何か、記念イベントでもやっているかしら。
などと、思い馳せつつ、無性に焼き鳥で一杯やりたくなってきた。

【天候】
終日、穏やかな快晴。

1148声 春の釦

2011年02月21日

こう言う偶然もあるのか。
しみじみとそう感じたのは、今朝、偶然の再会を果たした時である。
年末から数えて、かれこれ、3ヶ月ぶり。
意外と近くに居たのに、私は全く気付かなかった。

今朝の事。
玄関の戸を開け、庭先へ出ると、芝生の上。
何やら、足裏に違和感を感じた。
小石でも踏んだのであろうと、足を上げて見ると、そこには、黒い釦が1個。
拾い上げて、確認すると、それは紛う方無き、私の遺失物の釦。

昨年の暮れ、である。
コートの釦を失くした、と気付いたのだが、
何処で失くしたのかが分からない。
おそらく、何度目かの忘年会の、何度目かに行った店の床あたりに、
転がっているのだろう。
などと、さして気にもせず、前釦の無いコートを着て、ひと冬越してしまった。
そして今朝、庭先の芝生の上で発見した釦が、その失くした前釦である。

釦をポケットにしまって、車へ乗り込む。
気付けばここ最近、エアコンを入れないで、走り出すようになった。
角を曲がる時に見えた、裏の田圃の遥かに聳える、榛名山。
薄く霞んでいる輪郭に、鳥が一羽、大きく旋回していた。

【天候】
終日、快晴。
ガソリン、1ℓ135円

1147声 たからクラブ

2011年02月20日

再訪である。
秩父には、先々週訪れた。
その時に入浴した2軒の銭湯へ、今日も入浴してきた。

まずは、東町の「クラブ湯」。
女将さんに前回の訪問を覚えていて頂いており、
早速、写真を撮らせて頂く。
はしご湯。
と言う事が脳裏に有り、鴉の行水で、手早く入浴を済ませる。
「俺も早いけど、あんちゃんはもっと、早いねぇ」
と、気さくな常連のおやっさん。
女将さんも、常連さんも、人見知りの無く、
他所者の私にとって、非常に心の和む銭湯である。

コートの襟を立てて、足早に、道生町の「たから湯」を目指す。
早い時間だが、相客多数でとても盛況である。
浴室へ入り、カランに腰掛けるべく近づくと、脇からコロンコロンと、
転がって来る物体。
止まって、凝視すれば、それは、入れ歯。
厳密に描写すれば、上顎の総入れ歯である。
「はぁ、わるひねぇ、ふへへ」
と、口をふかふかさせながら、入れ歯を拾うおじいちゃん。
一寸、間を置いて、そのおじいちゃんと2人して、爆笑してしまった。

旧市街に2軒の銭湯。
それは、みどり市大間々の、「高砂の湯」、「千代乃湯」に似ている。
などと、群馬県内の銭湯と照らし合わせながら、帰路へ着いた。

【天候】
終日、曇りがちなるも、穏やかな晴れ。

1146声 輝いていた時

2011年02月19日

今週末で、榛名湖の公魚釣りもシーズンオフ。
と言う話題が、昨日の雑談の中で出た。
今年は3年ぶりに結氷したので、公魚の釣客も、
久しぶりの穴釣りを存分に楽しんだ事だろう。
公魚が終われば、次に、3月上旬の渓流釣り解禁を、
待つばかりであろう。

私は久しく釣りをしなくなってしまったが、以前はしていた。
今から一昔前、渓流釣り解禁の時期に、釣りへ出掛けた事があった。
場所は、当時の倉渕村。
渓流釣りなので、狙うのは、山女、岩魚、虹鱒などの渓流魚である。
快晴の空が薄く橙色に染まってゆく、夕まづめ。
手頃な岩の上から、川面に向かって竿を振る。
糸の先についているのは毛針、すなわち、テンカラ釣りと言う釣法である。

魚の当たりは断続的にあるものの、自らの腕も相まって、
中々、釣り上げられない。
徐々に、山間から黄昏が近づいてくる気配。
ふと、辺りを見渡して、手を止めた。
沢一面に、ひとつひとつの光が、群れをなして浮遊している。
私もどうやら、その光の群れに、包まれている。
のだが、どうした事だろう、衣服には、無数の羽虫が次々に付着。
そうなのである、この羽虫は、かげろう。
いま、まさに、孵化したばかりのかげろうが、
百万匹の群れとなって川原に浮遊している。

それに呼応するように、川面では、渓流魚たちがかげろうを捕食すべく、
さざめきたっている。
一挙に騒がしくなってきた沢で、ひとり取り残されている、私。
結局、その日の釣果は、うぐいを2、3匹だったと記憶している。
それよりも、私の記憶に焼き付いているのは、あの時の沢の光景である。
西日の射し込む渓流に、無数のかげろうの羽の輝き。
川面の輝き、魚の輝き、そして、太陽の輝き。

【天候】
終日、雲一つない快晴。

1145声 不敵に笑ふ甘納豆

2011年02月18日

「余寒」と言うには暖か過ぎるが、「春めく」と言うには未だ寒い。
如月の半ばと言うのは、そんな曖昧な時節である。

そう言う気候の為か、体調も、何だか芳しくない。
そう言えば、ほのじ氏も、体調が定まらぬとぼやいていたので、
なんだかこのサイトは、半病人ばかりで景気が悪い。

じゃあ、景気付けに一杯。
と言う気持には、到底、なれない。
消化器系統、特に、胃の調子が悪いからである。
そう言う時に限って、何故か、口が甘いものを欲している。
様な気がして、今日も、レジ横に置いてあった甘納豆を、
衝動買いしてしまった。

そのスーパーは、何故、レジの横に甘納豆など置いてあるのだろうか。
と言う疑問を、買っている私には、持つベき資格が無い。
そして、甘納豆とコーラを飲んだ事が、いけなかった。

口に甘きは腹に害あり。
と言う諺を、字面そのままの意味で、思い知った。
それに伴って、坪内稔典氏作で有名な、甘納豆の連作が思い出された。
中でも有名な、

三月の甘納豆のうふふふふ    坪内稔典

その笑いが不敵な笑みに思えるのは、やはり、私の腹具合の所為だろう。

【天候】
早朝は昨夜降り残した、雨。
その後、回復し、終日快晴。

1144声 俳句の小宇宙

2011年02月17日

日本人として、快挙。
と言う旨の、報道が打たれた。
その内容は、宇宙飛行士である若田光一さんの、
ISSのコマンダー就任が決まった。
と言うもの。
どんどん私たちの生活にも、宇宙が近づいている心持がして、
ごく控えめに、心が躍った。

この「ISS」てぇのは、「国際宇宙ステーション」の事で、
そこの「コマンダー」てぇ役職は、「船長」と言う事。
つまり、これは私の大掴みな解釈だが、言うなれば、国際線宇宙駅の駅長。
そう考えると、一層、感服する。

日本中が若田さんに注目していたのは、何と言っても、
2009年の宇宙船「ディスカバリー」の時だろう。
日本人初となる、長期宇宙滞在と言う事で、連日テレビ中継などで、
宇宙からの元気な姿が映っていた。

若田さんがコマンダーとして宇宙へ行くのは、2013年。
その頃もまた、テレビ中継で、見られるだろう。
民間人が宇宙旅行できる日が来たら、
日本から初めて宇宙へ行く俳人は誰だろうかと、思い馳せている。
宇宙からみた、あの綺麗な地球を、季節の無い宇宙で、どう詠むか。
それこそ、俳句史に残る一句になるだろう。
有季、無季どころか、歳時記もへったくれも、超越している宇宙で、俳句。
考えただけで、一寸、放心。

【天候】
曇りのち晴れ。
夕方より、雲多し。

1141声 GO SENTO

2011年02月16日

今日の日本経済新聞のWeb刊のニュース。
『都内銭湯、顧客開拓に熱「若者・外国人をリピーターに』
と言うものに、目に止まった。

なんでも、東京都内各地域の銭湯組合が、
新規顧客の開拓に、より一層、力を入れていると言う記事。
その方法は、と言うと。
スマートフォン用のアプリを公開して、情報の一覧参照性を高めたり、
外国語で書かれた入浴マナーのポスターを設置したり、と言うもの。

率直に、便利だろうな、と思う。
例えば、電車で知らない街へ出掛けて、ちと、時間がある。
そう言う時に、このアプリで近所の銭湯を、検索。
これは便利であろう。
クーポンも、善し悪しだと思うが、付ければ、集客率も高まる筈。

このサイトも、各県の銭湯を検索して辿り着く方が多い。
事前に調べて、と言うよりも、一寸時間があるから。
と言う動機の入浴客も、かなり多い筈である。
私も、ぜひ利用したいのだが、まずはそのスマートフォンとやらに、
携帯電話の機種変更せねば、話にならない。

新しい取り組みに、問題は必ず起こり得るだろうが、
問題の解決策もまた、新しい取り組みの中から見付かるような気がする。
私は、主に地方の銭湯へ行っているのだが、
今でも、常連さんや番台の御主人が、
若輩の私に銭湯の入り方を教えてくれたりする。
大切な事は、思いやり。
いつも、皆が、気持良く使える様に、心がける。
私はそれを、銭湯から学んだ。
そして、Webにおいて、それを伝える事が、重要だろう。
その気持さえ忘れなければ、大方、大丈夫なのだから。

【天候】
終日、快晴。
夜は、明媚なる朧月。

1142声 湯温問題勃発中

2011年02月15日

巷間で、と言っても、高崎市街の裏街の一部地域での話。
そこで今、一寸した、問題が起こっている。
と言う事を、行きつけの食堂で、常連のおやっさんから、聞いた。
何故、そのおやっさんが問題の話を私に持ち込んだかと言うと、
それが勃発している場所が、銭湯、だからである。

その地域には、かつて2軒の銭湯があった。
仮に、「風の湯」と「呂の湯」としておこう。
昨年、風の湯がその長い歴史に幕を下ろし、
残念ながら、廃業してしまった。
すると、幾年も風の湯を贔屓にしていた常連さん。
銭湯と言うと、自然、近所にある呂の湯に足が向く。
それが、問題の火種となった原因なのである。

呂の湯の湯温が熱いと言う事は、その地域では常識とされていた。
反面、風の湯の湯温は、呂の湯よりは幾分温く、
私も初めて伺った時分に、随分と入り易かった印象がある。
さて、呂の湯に通う様になった、風の湯の元常連さんたち。
呂の湯の湯船に浸かっている時に、こぞって、
水をジャバジャバ出して、うめてしまうのだと言う。
風の湯の適温を、呂の湯でも実現しようと言う試み。

これで面白くないのが、呂の湯の古い常連さんたちである。
それまで、伝統とされてきた呂の湯の熱湯を、
他所者に容易く温湯にされてたまるか。
ってんで、正面切って指摘したと言う。

「ちょっとすみません、ここは皆、熱い湯が好きで入ってますから、
あまりうめないで頂けますか」

おそらく、こんな丁寧語ではなかったと思うが、
大体、こんな調子であろう。
すると、風の湯の元常連さん。

「いえ、ね、あたしもあなたと、同じ湯銭を払っているんですから、
私にも、湯をうめる権利ぐらいあるんじゃないでしょうか」

「権利ときましたか。いや、呂の湯が熱湯ってのは、
もう、伝統ですからねぇ、ここいらの」

「伝統ったって、ここは銭湯なんですから、
銭を払った者が、快く風呂に入る場所なんですから、
あたしゃ、何と言われようがうめますよ」

「分からねぇ、野郎だね、まったく」

と言う具合に、常連さん同士で、問題が勃発しているらしい。
私に話してくれたおやっさんは、呂の湯の古い常連。
なので、勿論、熱湯に入りたいのだけれど、最近はこの問題で、
いささか湯が温いと嘆いていた。
それを聞いて私。
大岡越前の様な名裁きが下せる筈もなく、
曖昧な相槌を打ちながら、ただただ、ラーメンを啜っているばかり。
ラーメンがいささか温くなっていた。

【天候】
朝は雪雲が残っていたが、直ぐにすっきりとした快晴。
降り積んでいた雪も、午後には綺麗に溶けていた。

1141声 窓辺の雪景

2011年02月14日

もはや、雪国。
硝子窓に広がる光景が、である。

夕方から霙が降り出し、夜には雪となった。
現在時刻午前零時において、積雪は10cmくらいであろう。
高崎市でそのくらいなので、高崎市以北では、
更に雪の嵩を積んでいるだろう。
ニュースによると、東京でも本格的に、積雪している。
上越新幹線一部地域を筆頭に、各公共交通機関が、
その運転を停止しているらしい。

おそらく、明朝の巷では、交通機関の乱れが、甚だしいだろう。
こう言う日は、終日、家でおとなしく。
していられる筈もなく、私も勤めに行かねばならぬ。
そんな切羽詰まった状況だと言うのに、私は先程から窓辺で、
降る雪を凝視している。
雪。
そのひとひらの裏側に潜む声を、五七五に収録する為に。

【天候】
夕方まで晴れ。
夕方より曇りのち霙。
夜には雪となり、たくましく降り、積雪。

1140声 風穴に雪

2011年02月13日

スタッドレスタイヤにチェーンを巻いたマイクロバスは、
咳き込む様なエンジン音をたてながら、榛名湖畔を走って行く。
榛名神社へと続く、峠道。
雪深い路面。
辺り一面の雑木林は、ことごとく雪に覆われている。

悲惨だった。
昨日、榛名湖俳句合宿からの帰路で見た光景が、である。
雪道を下って行くバスの前方に、まず、赤色ランプが見えた。
バスが近づいて行くと、おそらくスリップしたのだろう。
路肩の側溝に突っ込んでいる、軽自動車が1台。
パトカーの脇に、警官2人。
過ぎると直ぐに、路肩に動けなくなっている乗用車が1台。
運転手の若い男性は、一心不乱で携帯電話に話しかけている。
次に、正面衝突している、車が2台、路肩に寄せてある。
そして、路肩の浅い小川へ、横転している1台のワンボックス車。
最後のその光景を見た時に、バスの一同、声を失った。

雪道は、本当に危険である。
改めて、痛感した。
身に降りかかるであろう災難が、潜んでいる。
その雪の、直ぐ隣に。

途中でチェーンを外し、私たちのバスは、無事、高崎駅へと到着した。
私以外の皆さんは、東京へと帰られた。
一番遠くは四国から。
皆を見送ってから、私ひとり、高崎の街へと歩を進める。
二日しか、一緒には居なかったが、何か、
心にぽっかりと、風穴が空いてしまった感覚。
立ち止まって、句帳を開こうとして、止めた。
そして、また、一歩二歩。

【天候】
朝は雲多くも、午後には快晴。
やや風強く、寒い一日。

1139声 一面の雪の中での俳句会

2011年02月12日

高崎駅からバスへ乗車し、榛名湖へ着いたのが、午前11時頃。
結氷している榛名湖上は、しんしんと降り積んでいる雪のお陰で、
一面の銀世界。
テント村の如く、公魚を狙う釣客たちのテントが、色とりどりに点在している。
句帳とペンを握りしめ、ザクリザクリと、湖心へ向かって歩を進めて行く一団。
それが、私たち。

10句を投句して、句会。
終わったら、雪原と化した湖へ。
宿へ戻って、10句投句で句会。
終わったら、また雪原。

夜も深い時間まで、その調子。
一日のスケジュールが終了し、床に入って目を瞑っても、
瞼の裏に、五七五が浮かんでくる。
と言う、俳句漬け人間が、完成していた。

起床して、時計を見たら、午前7時半。
即ち、残り1時間半。
投句の締め切りが、である。
カーテンを開け、窓の外へ目をやると、
湖の上をうろうろしている、人数名。
あれはまさしく、今回の参加者の方々。
顔も洗わず、歯も磨かず、兎も角、句帳とペンを探した。

そして、存分に雪と俳句と戯れて、夕方、バスで帰路へと着いた。
私など、プロ野球選手のチームに、
少年野球の選手が交じっているような、そんな、具合だった。
プロとの力の差を、改めて痛感したと共に、
そう言う人たちと作っていると、俳句力とでも言おうか、
そんな力が貰える気がした。
今回の合宿は、私にとって大きな力となった。
一番の御土産は、真っ黒に埋め尽くされた、この句帳である。

【天候】
榛名湖上はしんしんと降雪。

1138声 榛名湖俳句合宿

2011年02月11日

雪、である。
窓の外、いよいよ本降りになって来た。
向かいの家の屋根は、すでに白くなっている。
こんな日に出かる予定が、1件。
それも、山へ。

今日は、榛名湖へ出掛ける予定。
公魚釣り。
には興じる事なく、俳句を作りに行く。
それも、合宿で、なのである。
さて、時間なので、出掛けよう。

【天候】
朝より、雪。

1137声 夜学のあかり

2011年02月10日

二月に入ってからだろうか。
ここ数日、随分と流れが悪い。
朝の水道管は凍てているので、水の流れが悪い。
あるいは流れないのだが、水の事ではない。
ここに書くべき文章の、である。

机に座って、あれこれと考える。
模糊とした記憶から、書くべき内容を構築すべく、
糸口を探そうと思うのだが、一向に見付からない。
糸口さえ見付かってしまえば、まさに水の如く、流れ出すのだが。
思えば、この流れ出すかどうか、と言う瀬戸際感覚と、
ここ数年、毎日向き合っている。

集中が足りないのだろう。
学生諸氏は、現在、入学試験時期の真っ只中である。
翻って考えるに、学生時分の試験。
1時間で、原稿用紙10枚以内の小論文をひとつ、書きなさい。
今回のお題はこれです。
と言う状況で、その場で考える間もなく鉛筆を走らせていた記憶がある。

小論文は得意。
と言うか、それ以外が不得手だったので、得意にせざるを得なかった。
明日の金曜日は、建国記念日で祝日。
世間一般は、この週末は三連休となる。
しかし、一部の学生諸氏は、最後の追い込みや、
入学試験に挑むのであろう。
天気予報は全国的に雪。
なんとも、巡り合わせが悪い。
先程、近所のコンビニへ出掛けた際、入口に自転車の折り重なる、
学習塾の灯りが、煌々としていた。
私は信号が青になり、車を発進させた。
助手席に置いてあった缶麦酒が、音を立てて転がった。

【天候】
終日、曇りがちながら晴れ。
夜半より雪雲が垂れ込め、寒冷。

1136声 2月の雪

2011年02月09日

起床してすぐ、である。
何と言うか、空気の流れが停止しているような閑けさ。
この気配には、幼い頃より、憶えがある。
窓の外は、おそらく、雪。

天気予報は半ば的中し、深夜から雪が降り始めていたらしい。
私の住んでいる、前橋市寄りの高崎市(旧群馬町)では、
積雪2、3cmと言ったところであろう。
ボタ雪気味なので、道路までは積もっていない。
私の生活地域の周辺では、目立った交通機関の乱れもなく、
午後にはさっぱりと、解けてしまった。

詩歌に親しむ者にとっては、この「月雪花」と言うのは、
格別、叙情的に映るだろう。
楽曲では、「雪月花」と言う方が多い。

私も、俳句に親しむ者のはしくれとして、朝。
直ぐにペンとメモ帳を持って、句を捻ろうとしたが、如何せん寝ぼけ眼。
この叙情的な実景を捉えた句が、一向に作れない。
手を伸ばした、冬の歳時記。
「雪」の項の頁を見ると、なんとも「雪」に関する季語の多い事。
日本人の大方は、古くより雪と親しんで来たのであろう。
一向に句が作れぬまま、今や、夜更け。
すっかり雪は、解けてしまった。

【天候】
午前中降雪。
午後より晴れて、雪は一掃された。

1135声 花粉症対策

2011年02月08日

予報は夜半から雪。
すっかり気候も、冴え返ってしまった。
そして、すでに兆候が出始めている、と感じた。
花粉症の、である。

今年の花粉飛散予測。
その類の記事が、そろそろ新聞紙面やテレビニュースなどでも、
頻繁に見られるだろう。
地域によっては、昨年の10倍、はたまた20倍と言う予測が出ている。
総体的に見て、今年の飛散量の予測は、多い。
それも、途轍もなく、多いらしいのである。

私も、花粉症なので、やはり飛散量やら花粉対策やらが、気になる。
例年、処方された薬などは服用せず、対策と言えば、
マスクと目薬くらいで、済ませている。
しかし今年は、どうやら例年通りでは、対処しきれないのでは。
と言う予測が、自らの中にある。

そんな折、先日、小耳にはさんだ花粉症対策。
それは、ヤクルトであった。
毎日、1本ヤクルトを飲んでいる人が、
花粉症の症状が大分軽くなった、と言う。
それは、化学的な実証はされていないので、
自身を持っては言えない、とも言う。
しかし、都市伝説と言う類のものよりは、信憑性がありそうである。

善は急げ。
てぇんで、ここ数週間、私もヤクルトを飲んでいる。
まずは、自ら被験者となり、試してみようと思っている。
なんだかこうなると、大分、気持が大きなって、花粉に対して、
「来て見やがれ」とさえ思うようになった。
どうやらヤクルトは、頭脳を、冴え返らせる。
こっちの方は、信憑性のない、都市伝説の類である。

【天候】
日中、穏やかな快晴。
夕方より、雪雲が垂れ込め、暗雲たる雲行き。

1134声 ミュンヘンの剣豪

2011年02月07日

先日、古本屋で、古本を一冊、衝動買いした。
「日本剣豪列伝」著・直木三十五(河出文庫)、である。

勿論、面白そうだから買ったのであるが、
購買の引き金となったのは、「上州」の一文字。
頁を捲っていたら、上州の剣豪に関する内容が、所々に見られた。
確かに、上州は元来、武芸の盛んな地域でもあるので、当然である。
しかし、本文の焦点は、本の内容ではなく、本に挟まれていた、
「しおり」に当たる。

帰宅して、徐に本を読もうと頁を開くと、しおりの入っている頁が開いた。
しおりを取り出して見ると、それはしおりでなく、
「生ビール一杯券」と印刷されたチケット、なのである。
黄色の色上質紙に、赤文字で記載されている店名は、「池袋ミュンヘン」。
そのコピーには、「パイプオルガンが楽しめる」とある。
有効期限は、61年7月31日。
勿論、昭和であろう。

インターネットで調べると、この池袋ミュンヘンとは、
池袋では有名だった老舗ビアホール。
過去形なのは、平成18年に惜しくも閉店してしまったらしい。
それにしても、しおり代わりに挟んであった、昭和61年のチケットが、
25年の時を経て、今、私の手元にある。
本の内容よりも、その状況の方に、魅かれてしまう。
全所有者は、ミュンヘンでビールジョッキ片手に、
本書を読んでいたのであろうか。
それとも、歴代の購入者が皆、このチケットを挟んだまま、
手放して行ったのか。

印刷されている、池袋東口の地図。
駅前の、「キンカ堂」と「富士銀行」が、郷愁を誘う。

【天候】
終日、穏やかな快晴。