日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

1041声 湯河原で、一寸、赤面

2010年11月06日

どうにかこうにか、行って来た。
湯河原へ、である。

未だ夜の明けきらぬ高崎を出て、湘南新宿ラインは一路、首都東京を目指す。
寝ぼけていてどこでどう乗り換えたかもおぼろげな状態で、
乗車しているのは東海道線。
小田原駅を過ぎたあたり、秋晴れの空に、浮かぶ富士山を見て、目が覚めた。
淡い空の色と相まって、まさに、銭湯のペンキ絵。

湯河原へ着き、一通り、吟行会スケジュールに則る。
沢の小径を、黛まどかさんと一緒に吟行して行く。
その参加者は、ざっと百数十名。
秋気が澄んでいて、とても心地好い。

吟行会の表彰の後、雪崩式に、「第10回湯河原文学賞俳句の部」の表彰式。
名前を呼ばれて、表情を受け取る。
ってのは、最後を遡れば、高校の卒業式以来ではないか。
その時は校長先生、今日は湯河原町長。
旧式ロボットの如く、ぎこちない動作で表情を受け取り、席へ着く。
表彰式。
って事で、学生諸氏は制服。
一般の受賞者の方は、ややフォーマルな装い。
その中、私だけが、ジーンズにウィンドブレーカーの遊山スタイル。
一寸、赤面。

宿泊はせずに帰路へとついてしまったが、
老舗の湯宿へ泊まってみたいものだ、と思った。
温泉街自体は、やはり寂れているのだが、海が近いだけに、
鮮魚店や海鮮居酒屋等が目立ち、群馬県人にとっては、新鮮である。
漱石に藤村に芥川、その他、文学界の巨匠たちも訪れている。
ってのは、正直、或る程度の規模の温泉場なら、何処でも耳にする話。
しかし、そう聞くと、やはり湯気の向こうに思いを馳せてしまう。
湯河原の街で感じたのは、あたたかさ。
それは勿論、気候だけでない。

【天候】
終日、秋晴れの一日。

1040声 遅寝早起

2010年11月05日

明日は、やはり「第10回湯河原文学賞」の表彰式に出席しよう。
と言う決意を持ったのは、今晩である。
実はまだ、自分でもその参加を危ぶんでいる。

理由は、出発の時間にある。
早朝に自宅を出ねば、時間まで間に合わないのである。
当日は、表彰式の前に、「黛まどかさんと歩く湯河原吟行会」が開催され、
その吟行会参加の集合時間が、朝10時なのである。
朝10時までに、湯河原町に到着するには、
未だ朝日が昇る前に起床し、家を発たなければならないのだ。
もっとも、これを書いている現在時刻は、限りなく日付変更線の近きにある。

今回。
私は、おまけで入選したようなものだが、入選でも副賞が出る。
その副賞が、この吟行会の無料参加券なので、
意地でも吟行会に出てやろうと言う気構えは、ある。

しかし明日、寝不足ぼんやり頭を抱えて吟行した所で、
まともな句が詠めるかと言えば、甚だ不安である。
いっその事、午後から始まる表彰式だけに参加して、
観光がてら、ゆっくり温泉にでも浸かってくれば良い。
とも思うのだが、その案は我が心の中で採用されない。

明日参加する為に、断腸の思いで欠席の連絡をした予定が、
2つ3つあるからである。
予め決まっていた予定もあるし、飛び込みの予定もある。
それらの予定を断り、私が、ゆったりと湯河原温泉で一杯やっていたら、
明日の予定に出席する人たちに、後日合わせる顔が無い。
だから明日の私は、辛酸を舐めてでも、彼の地へ赴かなくてはならぬのだ。
けれども、当日の予定が全て終了したら、大いにゆったりと、
一杯やるつもりである。
欠席した予定がどれも、「銭湯」に関連するものだったので、
せめて、銭湯へ入ってこようと思う。

【天候】
朝は雲ひとつ無い秋晴れ。
午後になって、風と雲が出て来る。
朝、新潟方面の山並みに雲があると、午後、必ず風が吹く。

1039声 食卓の配役

2010年11月04日

いよいよ、秋の暮である。
秋気も日を追う毎に、強くなってきており、
吹く木枯らしに冬の気配を感じる。

季節が変わってくれば、やはり、食卓に並ぶ食材も変わって来る。
っても、旬の味覚とは縁遠い食生活を、送っているので、
容易にその食材を列挙し得ない。
その中でも、今日の夕餉において、
食材からではないが、深まる秋を感じた一幕があった。

夕餉に並んだのは、スーパーの値切り寿司、いや、にぎり寿司。
割引シールが貼ってあったので、つい。
私は、寿司が好きなので、喜々として箸を進めていた。
進めて行くのだが、いまいち、速度が出ない。
寿司が美味しくない訳ではない。
それは、冷たい、からなのである。

スーパーのにぎり寿司ってのは、握ってから時間が経っているので、
当然、冷たくなっている。
秋の半ば頃までは、それが少しも気にならなったが、晩秋の今は、気になる。
あまり冷たいと、舌が味の輪郭を掴めない様な、ぼんやりとした味覚になるので、
大いに損をした様な心持がする。

しかし、その合間に飲む、熱いお茶が、とても美味く感じる。
お茶ばかりガブガブ飲むので、お腹が一杯になってしまい、
やはり、損をした様な心持である。
これとは逆の原理で、おでんを食べている時は、
冷たい麦酒が美味く感じる。
麦酒の方は、ガブガブ飲むと、次第に好い心持になってくるので、
こちらの方が問題ない。
どうやら、寒い時期の食卓の主役は、温かいものに譲っておく方が、
理にかなっている。

【天候】
雲一つない秋晴れの一日。

1038声 深谷の湯と本庄の祭

2010年11月03日

つい今し方、目を覚ました。
と言っても、現在時刻はもう夜の9時であるから、
うたた寝をしてしまったのである。

最近、昼寝やうたた寝の類はめったにしなかったが、
今日はどう言う訳か、急激な倦怠感と眠気に襲われた。
それもこれも、夕方に入った湯が起因していると推察される。

今日は、文化の日であった。
文化の日なので、たまには文化的な一日を送ろう。
と思い立ち、以前から誘われていたオカリナのコンサートを観に行こうと、
車を走らせた。
走らせたのだが、天高い秋晴れの空に旅情を誘われ、
途中の駅で車を止めて、電車に乗ってしまった。

降りたのは、埼玉県は深谷駅。
駅からの徒歩圏内に、2軒の銭湯があって、両方を目指して歩く。
2軒とも確認したが、どうやら、1軒しか開いていない様子。
じゃあ、ってんで、開いている方の「姫の湯」の暖簾をくぐる。

常連さんで賑わっており、写真撮影等は自粛して帰って来た。
浴室に、半ば剥げているが、大きなペンキ絵のある、古風な銭湯だった。
私が湯船の縁に腰掛けて、熱湯に苦戦していると、
「どんどん埋めていいよ」
って、常連の方が水をジャバジャバ出すので、快適に入れた。

姫の湯を辞してから、時間が有ったので、はしご湯をしようと、
本庄駅で途中下車。
本庄には、「藤の湯」って銭湯が、市内に1軒残っている。
駅北口から市街地へ歩いて行くと、祭囃子が聞こえてきた。
銀座通りまで来ると、往来に立ち並ぶ屋台と、埋め尽くさんばかりの人。
山車も数台出ており、たいそう、賑やかな祭りである。
この様な見知らぬ土地での予期せぬ出会いが、旅の醍醐味である。

昨日今日と、「本庄祭り」の開催日らしい。
その所為もあってか、臨時で休みか、藤の湯はお休みだった。
とぼとぼと駅へ戻り、帰路へ着いたが、日が沈んで気温が下がり、
風が一層身に沁みてきた。
それによって体が冷えてしまったのか、家へ着くと、
すぐストーブの前で丸くなって、猫の如く寝てしまった。
起きて今、一向に書く気力などないのだが、習慣が体を動かしめている。

【天候】
終日、雲一つない秋晴れ。

1037声 秋の思いの三味の音

2010年11月03日

今日、仕事で訪れた磯部温泉を、しばしそぞろ歩いた。
閑散とした温泉街には廃屋なども目立ち、秋風が身に沁みた。
ふらふらと歩を進めていると、往来脇。
名物である磯辺煎餅の店から、煎餅を焼く香ばしい匂い。
無意識に物欲しそうな目を向けてしまったのか、焼いている御主人。
硝子窓を開けて、「はい」って、焼き立ての磯辺煎餅を数枚くれた。
特有の風味と軽い歯触りが相まって、美味い。

未だ温かい煎餅を、ぱりぱりやりつつ、うら寂しい路地へ入る。
道すがら目に止まった一軒の廃屋。
蔦紅葉の這う壁にかけている、表札。
風雨に晒され、墨の筆文字がかすれて消えかかっていたが、
何とか、読む事が出来た。

「義太夫稽古場」
と、書いてある。
今は昔、ここで、磯部温泉の芸者さんたちに、
義太夫節を指南していたのだろう。
義太夫三味線の音色に合わせて、義太夫節の声音が聞こえてくる。
なんてオツな夜が、磯部温泉に、確かにあった証であろう。
今その光景は、秋の思いの中だけにある。
そこから踵を返して、温泉街へと戻った。

【天候】
終日、雲多くも秋晴れの一日。
寒さも、近日はしばし緩んでいる。

1036声 浴場における文化と文明

2010年11月01日

先日の酒席で、公衆浴場における、入浴マナーの話になった。
話題は、「マナーの乱れ」、であった。

そのマナーの乱れを憂いていたのだが、私は、こと巷の伝統的な銭湯に関して、
マナーの秩序は保たれていると感じている。
反面、日帰り温泉やスーパー銭湯、それも近年できた大型の施設ほど、
マナーの秩序が乱れていると感じるのだ。

例えば。
これは若者に多いが、浴室の中にバスタオル巻いて入っている。
湯船に漬けなければ、別段、衛生的に悪いところもなさそうだが、
タオルがビチョビチョのまま、脱衣場へあがる人が多い様である。
そして、最近多いのが、サウナで携帯。
防水機能つき携帯電話の普及が、如実に表れている。
この人たちは、自宅の風呂でも、電話しながら入っているのだろう。
文明の利器は、入浴作法をも凌駕する。

しかしながら、風呂に入っている時くらい、文明と言うか、
現代社会から解放されても良いのではないかと思う。
私などに至っては、現代社会から逃げる様な心持で、銭湯へ行く。
そして、一度暖簾をくぐって、真っ裸で湯に浸かっていると、
しばし社会の仕組みから解放されたようで、非常に心持が好い。

技術の進歩により、携帯電話に留まらず、
情報端末やゲーム機の類は確実に、公衆浴場文化の中へ流入してくるだろう。
流入して氾濫し、そして定着してしまうのだろうか。
電車内の携帯電話や化粧のように。

【天候】
朝より強い雨。
午前10時頃には上がり、晴れて、暖かな一日となる。

1035声 ダークかつソリッド

2010年10月31日

昨日は、台風圏の中で右往左往していた一日だった。
まずは、群馬県立女子大学へ向かった。
目的は、「群馬学リサーチフェロー」として研究活動の一である、「ゼミ活動」。
昨日は、その初回のゼミ活動日だった。

このゼミ活動ってのは、一般的に大学で行われているゼミのようなもの。
つまり、少人数のクラスで、テーマに関した発表、それに基づいた議論などを行う。
第1回目の昨日は、リサーチフェロー各々の「研究計画」の発表。
それに対して、意見交換及び議論などを行う。

異業種交流。
ではないが、やはり、分野の違う方々の意見と言うのは、
思わぬ観点で捉えられており、新鮮であった。
そう感じたのはもとより、私の研究計画が浅はかだった事も、多分にある。
私は、「温泉」と「銭湯」を、全く乖離させて調査及び研究をしようと考えていたが、
やはりそれは不自然である。
と言う事が、意見交換の中で分かった。
特に、ここ群馬県では。

その後は、台風による豪雨の中を、一路、中之条町へ。
向かうのは、「旧廣盛酒造」にて開催されている、「酒」をテーマにした16人展。
そのオープニングセレモニー。
初めて会う方、見慣れた方、久しぶりに会う方、思わぬところで会う方。
様々な方々と、酒を酌み交わす事ができ、
本当に素晴らしい作品の数々を見学できた。

その中、挨拶されたひとりの木工作家さんが言葉が印象的だった。
要約すると、
「今回の開催場所であるこの、旧廣盛酒造から、私は無機質で暗い印象を受けました。
この会場に合う木工作品を考えた結果、『ダークかつソリッド』なもの、と言う考えに至りました。
それはつまり、木工作品のもつ、『木の温かみを消す事』。
木の温かみを消した、新しい感覚の作品を是非、観て行って下さい」
と言うもの。
かなり意訳してしまったが、確かにその作品からは「ダークかつソリッド」な、「作家魂」を感じた。
しかし、その作家さん自身は、温かみが滲みだしたような、気さくな人柄なのだ。
秋灯の下、心地好い酔いと共に、なかんじょうの夜は更けゆく。

【天候】
台風一過。
の筈が、終日、曇天。
夕方頃より、小雨がしとしと。

1034声 台風圏のなかんじょう

2010年10月30日

夕方から夜半にかけて、台風14号が関東地方に接近する。
と言う予報が出ていながら、中之条町へ行こうとしている。

目的は「旧廣盛酒造」で開催されている、16人展。
「酒」をテーマにした展示会なので、会場では勿論、酒を飲む事になる。
台風圏の中で酔っ払っていて、帰路、氾濫した川に流されはしないか。
自分の事ながら、いささか心配である。

晩秋の雨ってのは、身に沁みて体に堪える。
昨今の異常気象が体に堪えているのは、どうやら人間だけではない。
我家の庭に植わっている、柿の木。
昨年は鈴なりに実っていたが、今年はどうしたことだろう。
実っている柿は、僅かに、3つ。

【天候】
台風14号の接近により、大雨。
夕方より徐々に小雨、夜半には雨上がる。

1033声 ふるさとの場所

2010年10月29日

こうやって、かなり酔っている時に更新する事を、自ら禁じて来た。
しかし、どう言う訳か、今宵は更新作業に取り掛かってしまっている。

つい先程、梯子酒の最後に寄ったのが牛丼チェーン店。
所謂、「締め」ってやつだが、その選定理由は、価格を考慮しての結果である。
300円でお釣りが来るってのは、非常に安価で締められて、助かる。

カウンターで食べていると、後の席の若者。
推定年齢20代前半の男女。
会話に出ている小学校の名前が、母校なので、一瞬「ギクッ」としてしまった。
しかし、考えてみれば、彼らは私の随分年下なのである。
お互いに面識がある筈もない。
故郷に住んでいると、この様な例が多々あって、世間の狭さと言うおうか、
地域社会の「近さ」を感じる。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
ってのは、室生犀星だが、確かにそうだと思う。
近くて疎んじている悲しさは、到底、うたにはならない。
「ふるさと」ってのは、何も生まれ育った街だけではない筈。
そして、誰にでも、一寸飲んだ時なんかにふと思い出す、
ふるさとがある筈である。

【天候】
終日、鰯雲のたなびく秋晴れの一日。
冷気も緩み、束の間に平穏な気候。

1032声 マイナーチェンジ

2010年10月28日

雨降りで、気温が急激に下がった、今日。
巷では早くもダウンジャケットを着込んでいる人も、チラホラと見掛けた。
そして今週末、10月も末だと言うのに、台風が本州を直撃する。
と言う天気予報が出ており、年々、異常気象が顕著になって来ている。

今日は「群馬県民の日」だと言うのに、こう冷たい雨が降っていては、
子供たちも出掛けるに出掛けられないだろう。
街では子供たちの姿を、あまり見掛けなかった。
学校が休みになったり、各地の施設が無料解放されたりと、
各種の県民の特典を享受できないのが、いささか気の毒である。

県民の日。
には因んでいないのだが、今日、
この「めっかった群馬」をマイナーチェンジした。
コンテンツを、3つばかり増やしたのだ。
中でも、とりわけ目新しいのが、「ぐんまの窓口」。
と言うコンテンツ。

読者参加型のコンテンツである。
あれこれと説明をつけると、ややこしくなるので、
詳細説明は加えない。
この窓から群馬をのぞくけば、役には立たないけれど、
面白そうな情報がめっかる。
そんなコンテンツになればいい。
と言う抱負だけで、読者は分かる筈だと、信じて疑わない私。
なので、一存において、この新コンテンツ作成致し申し候。

【天候】
朝より冷たい雨。
夜半に雨上がるも、冷気強し。

1031声 それでも、行くべきか

2010年10月27日

結社に属している訳でもなし。
同人誌に投稿している訳でもなし。
自分の周辺に、大勢やっている人がいる訳でもなし。
ってのは俳句、の事である。
と言う状況下で、「一日一句」と自らに言い聞かせ、手探りで句作して来た。
助言もあって、今は「一日五句」にしているが、粗製乱造の感は否めない。

その良し悪しをはかるものはなかろうか。
と考えていたのが、今年の晩夏頃。
その時に偶然見つけたのが、「第10回湯河原文学賞」。
「俳句の部」があったので、見つけたその場で一句作って応募してみた。

それをすっかり忘れて、今週初頭。
一通の封筒が、自宅のポストに突っ込まれていた。
差出人は、「湯河原町役場」。
「はて、銭湯の本の問い合わせかな」。
などと考えてつつ、開封して文面に目を通した。

「貴方様の作品が入選作品に決定しました」
と言う事で、来月の表彰式と、当日開催される吟行会に来ませんか。
ってな内容。
「湯河原」ってのは、神奈川県でも屈指の温泉場。
「真鶴」の先で「熱海」の手前。
と言うぐらいの事は知っているが、彼の地に行った事は無い。
群馬県からでは、ちと遠い。
新幹線を利用しても片道2時間強ぐらい、所要時間がかかる。

その当日は別の予定も入っているし。
今の私には、新幹線で往復出来るほど、金銭的余裕もなし。
そして別に、「最優秀賞」と言う訳でもなく、ただの「入選」だし。
さりとて、行ってみたいと言う気持ちも、少なからずあり。
夜寒の机の前で、通知文を眺めながら、未だ決めあぐねている。

【天候】
終日、秋晴れているが北風強く、冷え込みが強い。
日暮には、部屋に暖房器具が必要な気温となる。

1030声 急行の冬

2010年10月26日

先程から机の前で呻吟しているのだが、書くべき内容は一向に出て来ず、
鼻水ばかりが出て来る。

北海道の札幌市などの平野部では、今日、初雪が観測されたらしい。
今週は、一時的に冬型の気圧配置が強まって、朝晩冷え込んでいるおり、
群馬県にも、いよいよ冬将軍の足音が聞こえて来た。

近頃、俳句にのめり込んでいる所為もあって、風景の断辺から着想した言葉を、
しばしば書き留めておく。
今日見た風景ってのが、ひとすじの木枯らしに舞い踊る木の葉。
その動きが、とても面白く。
それはまるで、サッカー選手が繰り出す、トリッキーなボールさばきの妙技。
を、見ているかのようであった。

書いてから気付いたのだが、「木枯らし」も「木の葉」も、
どちらも冬の季語である。
どうやら今年の冬将軍は、急行列車で向かって来ているらしい。

【天候】
晴れているが、雲の多い一日。
午後より北風が強まり、夜は冬の如く冷え込む。

1029声 西口公園古本まつり

2010年10月25日

1000声を越えて、少しはこの日録の行間にも、「貫禄」めいた雰囲気が漂う。
かと思えば、一向にその気配は無い。
とまれ、著者本人にも、その気配が無いのだから、仕様が無い。

貫禄。
と言えば私、買い物の時にも、一向に思い切った買い物が出来ないでいる。
つい先日、池袋の街での道すがら、
「第8回池袋西口公園古本まつり」なる催しに出くわした。
西口公園ってのは、東京芸術劇場の脇に在る、小さな公園。

当然。
私もふらふらと吸い寄せられて行き、並ぶ古本を物色。
したが最後、一寸一見のつもりが、出ているテントの端から端まで、
腰を叩きながら、一心不乱に見て回ってしまった。
そこでは帰路の事も考え、持ち運びの容易い文庫本に焦点を絞って、購入して行った。
神田にも劣らぬ品揃えを前に、半ば作業的かつ機械的に、
欲しい著者の本を探して行く。
その間に、思わぬ掘り出し本に出会えるから、古本探しは面白い。

300円。
ってのが、その日私が自らに課した、金額の規制。
つまり、300円以上の文庫本は、購入リストから外して行くのである。
それでも、概ね300円あれば、大抵の文庫古本は買える。
しかし、やや稀少な本、例えば、内田百けんの旺文社文庫などは、500円位が相場。
(これが壁となって、未だ自分の本棚には並べず仕舞いの本が多い)
この上限が500円に出来ない所に、自らの貫禄の無さを、痛感した。
気付けば、購入した本、12、3冊。
鞄の重さに、滅入ってしまった。

【天候】
朝曇り。
昼ごろには薄日射し、気温上昇するも、夕暮にかけて下り坂。

1028声 市中居酒屋模様

2010年10月24日

最近、チェーン店の居酒屋によく入る事がある。
先日も、時間的余裕が無かったので、駅前のチェーン店居酒屋に入った。
一人なので、案内されたのは、申し訳程度に何席かあるカウンター席。

生麦酒につまみを数点注文し、一息付く。
カウンター席には私独り、目の前は壁。
と言う状況なので、話す人も居らず、鞄から文庫本を取り出して頁をめくった。
誰にも干渉されず、本を読みながら飲む。
ってぇのも、偶には良いもので、思いの外、寛ぐ事が出来た。
それにつけ、料理の味も左程悪くなく、おまけに低価格ときている。
これで、後の座敷から響いている、学生の狂乱金切り声さえなかったら。
っても、それはこの手の居酒屋の、宿命とも言える。

今月は都内へ出掛ける用事があったが、都内の主要駅付近における、
「均一居酒屋」の台頭には目を見張るものがあった。
古い老舗が店を畳んで、チェーン店の均一居酒屋に変わっている場所も多い。
そこらかしこの街頭広告に、「280円均一」などの「均一」と言う惹句が踊っている。
案内されて、私も数回、入店した事があるが、嘘っぱちの生麦酒以外、
及第点の料理ばかりである。
案内人曰く、
「注文を全てタッチパネルで行う事により、人件費を削減し、
コストパフォーマンスを高めている」
とかなんとか。
そこの客筋は、学生よりも勤め人のお父さん連中の方が、多かった様に見受けられた。

お父さん連中は均一居酒屋で、その子供連中は正調な居酒屋で飲んでいる。
なんとも、皮肉な話である。

【天候】
朝より曇って肌寒し。
夕方より雨が降り出し、いっそう冷え込む。

1027声 遊山の季節

2010年10月23日

今日は、二十四節季の「霜降」。
今、「しもふり」って読んだ方、おそらく数名。
それじゃ、肉になっちまう。
「霜降」と書いて、「そうこう」と読む。
読んで字の如く、この頃には冷気が強くなり、露が霜となって降り始める。
ここまで来ると、「立冬」まではチョイとひとっ走り、と言った感がある。

また、この時期には、山間部が紅葉に染まり始める。
確かに、私は普段、群馬県北西部を移動している事が多いが、
既に薄く、紅葉に染まっている。
つい先日、国内屈指の名所である、日光のいろは坂などは、
平日から渋滞している、とのニュースを聞いた。

今日は、清々しい秋日和の土曜日。
おそらく県内でも、上毛三山はもとより、吾妻峡や高津戸峡、照葉峡などの渓谷は、
見頃を迎え、多くの遊山客で賑わっている事だろう。
今時期から冬季にかけての温泉も、風情豊かな露店風呂が楽しめる。
机の後ろに広がっている、秋の淡い青空を眺めていると、
そんな愉しい想像が駆け巡る。

現在、廻っている茨城県の銭湯も、残す所、
日立市など県北東部地域に点在している。
よって、群馬県から行くには、とても遠い。
もっとも、日帰りで行こうとしているから遠いのであって、
一泊二日で行けば時間的余裕も十分にとれる。
それに比例して、金銭的余裕が無くなって行く。

私はともかくとして、巷は行楽の季節。
群馬県に紅葉狩りに出掛ける遊山客の方がいるならば、
もし、その行く先が、みどり市の高津戸峡ならば。
渓谷沿いの町、大間々に在る、2軒の銭湯を勧める。
その内の1軒、高砂の湯の浴室には、御主人と息子さん作のペンキ絵がある。
その図画が、「高津戸峡」。
地元の名所が描かれているペンキ絵ってのは、とても珍しいのだ。

【天候】
終日、秋日和の一日。

1026声 現代の胃弱

2010年10月22日

高齢者。
などと言うと気分を悪くされるかも知れないが、所謂、高齢者の人たちである。
その言葉のイメージとは似つかわしくない人たちが、私の周りには、居る。
また、そう言う人たち話を、良く聞く。

前橋市街から、チョイト自転車を漕いで、伊香保温泉まで行ってしまう60代後半。
若者とは一線を画す、瑞々しい感性で、「恋」の句を幾つも詠んでいる、80代前半。
医者の言う事など一切聞かず、酒のつまみには、ステーキやハンバーグを、
バクバク食べている、90代後半。

その人たちに共通している事。
それは、「内臓の強さ」である。
内臓、とくに消化器系統が丈夫にできている。
食欲の減退も無く、胃もたれもしない。
酒に強くて、食への好奇心が人一倍強い。
そして、若干、血圧が高そうでもある。

酒のつまみにステーキやハンバーグ。
かろうじて20代後半の私だが、そりゃ無理だ。
いや、私でなくとも、現代の若者は「草食系」なんて言われている世代。
未来を担う世代は、もれなく胃弱なのである。
近年、うつ病の罹患者が全年齢層で増加し、
現代病として一般化している、現代社会。
何か、「胃弱」と密接な関係があるような気がしてならない。

【天候】
終日、小雨交じりの曇天。
虫の声も細くなり、晩秋に移りゐたる気配。

1025声 俳句の中の食

2010年10月21日

今宵は、俳句の稽古に出掛けた。
当然、季題で俳句を作る訳だが、今日のその中に、「冬瓜」があった。

「とうがん」
夏野菜だが、秋の季語となっている。
この冬瓜の煮物をつまみつつ、句作していた。
蓋を開けてみれば、参加者5名中、冬瓜の句を詠めなかったのは、私だけ。
他の4名は、冬瓜を題材に、叙情的な句や、視点の面白い句を読んでいた。
私は、ただ、食っていただけで、冬瓜からはひとつも句が出て来なかった。

これ偏に、食生活の影響ではなかろうかと思う。
年中、チェーン店の牛丼を食べていたり、飲み屋に行っても、焼き鳥など、
ほぼ決まった品を注文している。
食に季節感が乏しいのである。
これでは、いざ食で一句、なんて時に、思考回路が思う様に働かない。

これからは、旬の食を大切に、っても、赤提灯に旬などあるのだろうか。
「どさんこラーメン」の店で、「長崎ちゃんぽん」を注文しているような、
節操の無い私である。
赤提灯は赤提灯なり、私は私なりの、季節を詠めば良い。
一先ずは、それで行くしかない。

秋雨や酒場通りに人気無き

【天候】
終日、断続的な雨が降り続く。
雨足は、微弱なり。

1024声 鼠だって熊だって

2010年10月20日

今日の午後、群馬県昭和村で、67歳の男性が、山で竹の下見をしていると、
突如として出現した熊に襲われた。
と言う報道を、先程インターネットニュースで読んだ。
今年は、全国的に熊の被害件数が多く、群馬県でも既に8件の被害がある。
10月に入ってからは、朝刊の紙面に掲載されて無い日は無い、
と言うくらい、全国で号令でもかけた如くに、人里に熊が出没している。

その一因は、今夏の猛暑。
その影響によって、山では「ナラ枯れ」ってな現象が起こっているらしい。
これによって、熊の餌であるドングリなどの木の実が減少し、
餌を求めて人里へ降りて来ざるを得なくなった、と言うのだ。
人里へ降りて来た良いが、運悪くに射殺される熊もいる。
運が悪いのは熊ばかりでなくて、遭遇し、なおかつ熊に攻撃された人も、である。

一因は猛暑だが、その根底にあるのは、人間の自然破壊ではなかろうか。
私も生活の中で、今年の秋は、道で轢かれている狐や狸、
イタチやハクビシンなどの動物を頻繁に目撃している。
本当に、今年の秋は、多い。
人里に下りて来ざるを得なくなった、動物たち。
これが警鐘なのは、明らかなのだが、そう思っていても、
日々の中でやり過ごしてしまう。

「窮鼠猫を噛む」
ってな、故事成語を思い出す。
あまり追い詰めてはいけないのだ。
鼠も熊も人も。

【天候】
終日、曇天。
日暮も早く、いよいよそぞろ寒くなって来て、
街行く人の大半が、ジャケットを羽織っている。
十三夜だが、月見えず。