日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

3776声 家族の風景

2018年03月16日

中学生時に同じ柔道部だったYが結婚した。久しぶりの結婚式出席。撮影しない結婚式も久しぶり。Yは県内の大きな企業で大事な役職についており、数千万の大きな予算を動かし、仕事はまじめで、酒が好きなので酒を飲み飯を食い、ちょっと心配するくらいに太っている。奥さんとなる人には小学3年生くらいの女の子がいた。結婚を境に、Yは突然お父さんになる。「お父さんって呼んでくれた時嬉しかった」と話すY。だいたい恥ずかしいことになる「新郎がギターを持って歌う」という余興を真顔でやってのけ、でも女の子はそんなYを一生懸命携帯で撮影していた。最後のあいさつでYは奥さんに「長い付き合いになるね。よろしく」と一言。男前だなー。いい結婚式だった。

3775声 きたかる

2018年03月15日

きたかるには、ゆっくりとした時間が流れている。

 

そしてまたフリーペーパー「きたかる」編集長であり、北軽井沢で町外から人が訪れ愛される喫茶店「麦小舍(むぎこや)」のオーナーでもある藤野麻子さんはとても魅力的な人だ。初めて会ったのは多分tsumujiで、麦小舍で行われたイベントに僕が出店したこともあった。数は多くないけど、たまーに麦小舍へ行っては癒され、彼女たちが制作したフリーペーパー「きたかる」もすぐに読者になった。北軽井沢の魅力を大判の魅力ある写真と麻子さんの魅力ある文章で見せる「きたかる」は、すごく良い出来だった。だからその「きたかる」が日本タウン誌・フリーペーパー大賞の「タブロイド部門賞」を獲った時も、へへへ、そうでしょうとも、と一人ほくそ笑んでいた。

 

「中之条を通るから」ということで連絡をもらい、久しぶりに彼女に会い昼食を食べた。現状報告とたわいもない話、二人共通して大ファンであるシンガーの寺尾紗穂さんを中之条や北軽へ呼びたいねという話。

 

軽井沢ほどごみごみしていないし、当然長野原町のような山間の田舎町でもない。別荘地やカフェや品のいい森があって、北軽井沢にはいつもゆっくりとした居心地のよい時間が流れている。藤野さんは移住者ながら、まさにそのきたかるの空気を身に纏ったような人だ。

 

冬は雪が多く生活も大変そうだけど、春夏秋といい感じになる北軽井沢。行って「きたかる」を手にし、きたかるを周遊してほしいと思う。

3774声 見逃シネマ

2018年03月14日

スマホの小さな小さな画面で寝床で映画が見られてしまう時代。

 

昔の人っぽいこと言いますよ。「映画は映画館で見てこそなんぼ」。

 

・・と言いながら、僕もほとんど映画館に足を運べていない。でも、「1つの映画を複数人で見て、その場を共有する、さらに見た後にあれこれ言ってみる」という体験は、幾つになってもいいものだと思っている。ので、過去映像関係の仕事をして今は中之条町へ帰ってきた知人と一緒に年明けくらいに「仲間内で映画を見る会」を作った。映画祭よりも、もっと気楽な。

 

企画人の一人である僕は参加してなかったんだけど(おいおい)、今日は「見逃シネマ」と銘打って『ラ・ラ・ランド』『この世界の片隅に』『三度目の殺人』の上映会を行った。前2本は多分説明不要。最後の1本は、是枝裕和監督による新作で数日前の「日本アカデミー賞」で作品賞・監督賞など各賞をかっさらった作品である。こういう作品こそ、見るべきだけど見逃されがちである。

 

気の合う人と・・気の合わない人とでも。一緒に映画を観ること。それってかなりオススメです。

3773声 サラバ!

2018年03月13日

小説「まく子」が町内で撮影される話を聞いてから、西加奈子さんが書いた「まく子」はもちろん、すでに映画化もされた「きいろいゾウ」の原作を読み映画も見て、そして西さんの名前を一躍有名にした分厚い小説「サラバ!」を読破した。

 

フィクションではあるが、この小説には「地下鉄サリン事件」や「阪神淡路大震災」といった実際起こったことが物語内の転機となり、実在の人物・映画・音楽の名前も出てくる。主人公の歩は日本以外にもイラン、エジプトと世界各地で暮らす人生を辿るが、基本は「僕が生きてきた年代」と同じ年代を過ごしている(それは西さんが生きてきた年代でもある)ことに、個人的な思い入れを抱かないわけにはいかなかった。

 

「サラバ!」についてつらつら書き出すと日が暮れそうなのでここには書かないけれど、凄く面白い小説であるからゆえに・・また、小説の中の登場人物と同時代を生きた僕であるからゆえに、「サラバ!」を読んで「物足りないと思ったこと」を大事にしたいと思った。「いやいや、俺たちが生きて来た時代それだけじゃないよ」ということを。では具体的にその物足りなさを説明できるかというと・・やりにくいんだけどね。そしてそれは小説自体の評価とは無関係なのだけど、そう思わせてくれた時点で、この作品はいつかまた読みたいと思っている。おすすめです。

3772声 まく子

2018年03月12日

四万温泉を舞台とした商業映画が生まれる。

 

それはいくつかの偶然が重なった結果だった。僕が関わる「伊参スタジオ映画祭」とは直接関係がないところで、人が人を呼び、その際にその人が四万温泉を気に入って、「それほど栄えてはいない温泉場」を舞台とした人気作家・西加奈子さんによる小説「まく子」の映画化の舞台として四万温泉を選んだ。僕もロケハンから関わらせてもらっている。

 

フィルムコミッション、という言葉はすでに一般化されたと思うが、それは主に地方において映画の撮影場所を提供する自治体やNPOによる組織のことを指す。中之条町は、伊参スタジオ映画祭が行っているシナリオコンペの映画化において同様の働きをするが、フィルムコミッションとしては成り立っていない。

 

けれどなぜこんなにもFC(フィルムコミッション)、FCと言われるかと言うと、一つには地域のPRとして地元を使ってもらい認知や集客に繋げたいという提供する側の希望もあるが、製作者側の希望として、大掛かりなセットなど作れない時代に、映画をより魅力的にするために魅力的な(かつ撮影がしやすい)現場を欲しているという傾向が強くなっているからだと思う。

 

その点において、「まく子」はその7割を四万温泉、残りを町内の小学校や一部東吾妻町・渋川市で撮影し、そのどれもが中之条町町内・周辺となる。そのどれもが「観光PRのための場所ではなく(町の名所の○○滝などは、往往にして映画には不要だったりする)、映画の内容に順じたベストプレイス」を揃えられたと思っている。全国上映は来春。とても楽しみである。

3771声 はれのひ食堂

2018年03月11日

東日本大震災のあと、中之条町つむじで行われた「はれのひ食堂」というプロジェクトに関わったことは、今考えてみるととても大きなことだった。

 

7年もたって福島県へは仕事で一度行っただけだけど、避難してきたHさんが「みんなのご飯を作っていて鍋を振る手が上がらない」と言ったこととか、郷土料理の再現を担当した(めっかった群馬でおなじみの)堀澤さんが言ったこと、(わりとどうでもいいけど)慰問で芸能人が来たことなどは覚えていて、7年経ってそれらが頭の中でだんだんと「フィクション」の物語として立ち上がってきた。せめて、忘れるべきではないことを忘れないようにしようと思う。

 

はれのひ食堂(ほぼフィクション)

岡安 賢一さんの投稿 2018年3月10日(土)

3770声 海ほたる

2018年03月10日

ピンチヒッターで、海ほたる上で仕事をした。ご当地ゆるキャラのアテンドという、レアな仕事だった。伸ばしていた髭を剃った。

 

群馬がどこにあるのかも知らない人が多く行き交う海ほたるで、ぐんまちゃんならいざ知らず、マイナーなご当地キャラがマイナーな市町村の宣伝をすることにどれだけの意味があるのだろうか・・などと考えたら仕事にならないので、それなりに楽しみながら仕事をした。

 

見渡す限りの海を見ても、わくわくしなかった。そういう年か?いや、最近ずっと忙しかったからだと思いたい。群馬に生まれたからには、いつだって海を見てドキドキしたいのだ。本当は。

3769声 こごみパン

2018年03月09日

草津においしいパン屋があるよ。

 

六合に住む知人に聞いた。そのパン屋「こごみパン」は、観光客で賑わう湯畑とは全く違う地域・・湯畑に着く前の道を右に折れ奥に進んだ、いわゆる別荘地の中にあった。

 

普通の家を改築したような店内。午後3時ころの伺いで、すでに多くは売り切れてしまったとのこと。店内での飲食もできて、店員兼店主の女性の「清潔感があって明るい」雰囲気そのままの、いい感じの店だった。そして食べた塩クロワッサンも、お世辞抜きで美味しかった。店を出てすぐもきゅもきゅと食べた。

 

すると、ふいに声をかけられた。僕が中之条町tsumujiのテナントで働いていた時に、隣で「uusi」という喫茶を営んでいた薄井くんだった。聞けば、今はこの地域の別荘を改築し、Airbnb(民泊サービス)等を対象にした貸し別荘業をしているとのことだった。「中、見て行きますか?」と言われて見せてもらった室内は、さすが草津、内装がしっかりした温泉もあり、数人で1〜2泊するだけなら高くはなくて、草津の宿に泊まるのとは違う体験ができそうでワクワクした。その名宿泊物件の名は「MIHARASHI LODGE」。かっこいい。

 

一時期はtsumujiという同じ建物で働いていた彼が、今は僕も彼も職種が違くて、僕は僕なりに、彼は彼なりに楽しみ(苦しみ)ながら仕事をしている。そのことに年月を感じつつ、嬉しい気持ちで草津を出た。

3768声 芸術は遊びの極致

2018年03月08日

太田市美術館・図書館の展示は、毎回とても良い。

 

どの美術館でも、展示を決めるのは作家ではなく、美術館の学芸員等である。太田市美術館・図書館の学芸員である小金沢さんとは、中之条ビエンナーレで知り合ってからもうある程度長い仲だけど、日本画を中心に近現代美術に精通し、有名無名やテクニックうんぬん以上に作家の人間性や表現のテーマに肉薄し、どう興味深く見せられるかに苦心できる・・つまりは美術と共に生きている人なのである。彼の手にかかると、一人の作家を取り上げるにしてもそこに重層感が生まれる。

 

4/8まで行われているのは「生誕90年正田壤 芸術は遊びの極致」。地元太田で活動を続けた画家・正田壤さんの個展である。彼はすでに他界している。長く続けることで画家には何度かの変換期が訪れるが、この展示でもまさに正田さんの絵画の変遷が見え、山口薫氏など、正田さんがその時代群馬にいたからこそ交流をもった画家とのやりとりもコンパクトにまとめられていた。

 

展示を見終わって、別の職員の方が「僕は太田市で育ったんですが、通う小学校にも正田さんの絵がありました」といういい話をしてくれた。また、個人的に一番良かったのは、きれいにまとめられたこの展示の図録に正田さんのアトリエの写真が数点あり、そこに手で潰された発泡酒の缶が山積みになっていることを発見した事だった。

 

職業画家として生計を立てることは難しい。正田さんの絵も、地元では学校に飾られたり、市内の会館の幕に使われるなど日は浴びるものの、全国的に有名な画家、というくくりに入る方ではない。太田市美術館がその画家に光を当てたことも良いし、なにより安い発泡酒を片手に「芸術は遊びの極致」と呟きながら絵を描き続けた正田さんは、とてもチャーミングな方だったに違いない。

3767声 痛みと生きる

2018年03月07日

肩が痛いんだよね。

 

身近な人が毎日のようにそう言っていても、「大変だね」の一言で済ませていた。今思えば、それは自分がそうでなかったから。

 

2月はじめ、寝違えを起こして、首が痛いなと思っていたら、1・2日経って右肩が痛くなり、1・2日たって右肘まで痛くなり、マウスでワンクリックをする度に肩から肘に激痛が走った。寝ていても痛さで起きた。幸いにも手自体は動いたから、ビデオカメラを持って撮影することもできた。ただ、痛い。原因が良くわからない。

 

結果、紹介で前橋のやり手の治療院へ行き、「君ねこれはそもそも体全体が歪んでいて、腰を丸めるところから始まる症状だよ。コップの水が溢れるように、一定のレベルを超えたから一気に来たんだ」という、最もらしく、でもそうかなという感じの結果に落ち着いた。

 

その場でもバキバキ整体をしてもらい、それからは仕事にかまけて湿布で騙して放っておいたら、ひと月ほどで痛みは小さくなっていき、今は1日に数回痛みを思い出す程度。ただ、時々右手が震える。あまり続くようならまた病院へ行こうと思っている。

 

そのような経験をしたことがない人でも、歯の痛いなどで仕事でも何でも手につかないという経験くらいはしていると思う。「痛み」を伴った生活はつらく、痛みと共に生きることは想像し難い。一時、決定的な原因がわからない時に、「痛み 原因」で検索したら「24時間慢性的に全身に激痛が走る」という方のブログを見つけ読んだ。直視し難い現実があり、すごく当たり前で単純に、次のことを思った。

 

痛みがなく生活できることは、当たり前の事じゃない。

3766声 夜空はいつでも

2018年03月06日

夜空はいつでも最高密度の青空だ。

 

「詩」には一般の人同様に興味がなかった。谷川俊太郎や金子みすずの数個くらいは知っているし、前に関係したアーツ前橋の展示映像では「TOLTA」という現代詩のグループを知り詩集も買った。でもその程度。

 

冒頭の一節は、最果タヒなる今売れっ子の詩人の詩集のタイトルであり、『船を編む』で国内映画賞を総なめした石井裕也監督による映画のタイトルでもある。詩集からの映画化というあまり類をみないこの映画は、やはりキネマ旬報でのその年のベストワンに選ばれた。

 

詩集を買うまではしていないが、映画はとても良かった。

 

大人になるとある程度「いろいろな逃げ道」ができる。仕事や家庭に責任をもつということは、責任をもてる立場になったということであり、そこである程度生活していれば、若い頃直面していた息苦しい問題に向き合う必要はなくなる。この映画を見て、自分にもそういう時代があったことを思い出し、今なお東京(に限らず)窒息しそうな状況で生きている若者たちがいることを思った。

 

都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。

塗った爪の色を、きみの体の内側に探したってみつかりやしない。

夜空はいつでも最高密度の青空だ。

3765声 和食パン

2018年03月05日

倉渕に「湧然(ゆうぜん)」というパン屋さんがある。パン屋と言っても、今は店の営業はやめて、近くの「道の駅 倉渕小栗の里」にパンを卸し販売をしている。

 

店主の吉森さんとは、僕が中之条町tsumujiのテナントで働いていた頃に知り合い、もう5年位経つが、主力商品である「米酵母を使った食パン」のリニューアルをするのでその広報を手伝って欲しいと連絡をいただいた。

 

倉渕は「はんでえ米」、つまりは烏川両側に広がる田んぼに、収穫した米を天日干しにして、そうしてできたお米をブランド米として販売している。吉森さんはこの米から米酵母をつくり、他の材料は北海道産小麦、瀬戸内産の塩、のみで食パンを作る。砂糖も油も卵も使用しない。米酵母が発酵を促し、甘みも加えてくれるのだそうだ。

 

かくして、倉渕地方をギュッと凝縮させた星野博美さんのイラストを冠に、ポスターと食パン用の袋が出来上がった。ポスターに考えたコピーは「倉渕の米酵母で作る、正直な食パン」。正直というのは、添加物を使用しないパンのことであり、店舗として忙しく営業するよりも、今は子どもとの時間を大切にしたいと今の営業方針に乗り換えた吉森さん自身を指す言葉のつもりだ。

 

その食パンの名前は、余計なバターの風味などがないことから和食にも合うので「和食パン」と言う。本当においしいパンなので、たくさんの人に届いて欲しい。

 

3764声 5・7・5

2018年03月04日

務める会社の母体が新聞販売店なので、人が足りない朝は新聞代配を続けている。つい最近まで夜は長く寒すぎたが、急に寒さが和らいだ。夜明けも今は5時すぎかな、結構早くなってきた。

 

今朝の上毛新聞1面の見出しは、「春〜〜〜」で(もう忘れている)、内容はあまりポジティブではなかった気がするが(もう忘れている)、1面最初の「春」という字が何かシンボルちっくで、これは一句できるのではないかと、配達バイクにまたがりながらうんうん考えていた。

 

朝刊に春の字踊り・・

 

新聞の1面の最初の見出しに「春」という字が使われていて、他の言葉は目に入らなくて、気持ちはまだ冬だったのに、それを見て急に春を感じて、えもいわれぬ気持ちになった。

 

という事を5・7・5にしたいのだが、言葉が収まらない。であれば5・7・5・7・7もありではないかと思うが、なんだか余分な言葉が足される気がして整わない。結局、諦めた。

 

ああ、抜井さんのような俳人は、このような悩む時間を好む変人なのだろうな、と思いつつ、サッと言葉で降りてくる時もあれば、一年寝かして忘れてふっと言葉が整う時もあるのだろうななどと、「言葉を組む」というその行為の不思議さを思った。

 

抜井諒一「真青」amazonなどで販売中

3763声 生首と鼠

2018年03月03日

髪が伸び放題で、おばちゃんを越えてメデューサみたいになってきたので、会社そばで散髪した。

 

前回来た時までは多分、洗髪しかやっていなかった女の子が担当になった。若い頃は、自分のイケてなさへのコンプレックスもあり、この「髪を切っている時の美容師との会話」に勝る気まずさはなし、と思っていたけれど、歳をとると、こきたいときに屁もこくし、美容師との会話も気にならなくなってくる。

 

私の部屋、髪を切る練習のマネキンの生首がたくさんあるんですよ。良く切れたな、ってやつはとっておくんで。気持ち悪いですよね。

 

終礼の時に、視界にねずみみたいなものが見えたんですよ。言っても信じてもらえなくて。でもそのあと、店長のかばんの中にいたんです。ねずみ。

 

わりと良くしゃべる子だった。そりゃあ怖いね。へぇーそんなことあるんだね。と適当に答えた。さっぱりした髪は、以前までの担当の男性の方が上手な気がしたけど、洗髪担当を卒業した彼女はこれからどんどん髪を切るべきだし、気に入った。

3762声 石牟礼道子

2018年03月02日

今年、生涯に渡って新潟水俣病患者についての著書を書き続けた石牟礼道子さんが亡くなった。僕は残念なことに彼女の本を読んでいないのだけれど、ラジオの追悼番組で代表作である『苦海浄土 わが水俣病』の一節をアナウンサーが朗読し、その言葉のあまりの重さに目眩がした。

 

「銭は1銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。上から順々に、42人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に69人、水俣病になってもらう。あと100人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか」

 

また、先月末の新聞には彼女が残したこんな言葉が綴られていた。

 

「手に盾ひとつももたぬものたち、剣ひとつ持たぬものたち、権力を持たぬものたち、全く荒野に生まれ落ちたまま、まるで魚の胎からでも生まれ落ちたままのようなものたちが、圧倒的強者に立ちむかうときの姿というものが、どんなに胸打つ姿であることか。しかも死にかけているものたちが。もっとも力弱きものたちが人間の偉大さを荷ってしまう一瞬を、わたしたちはかいま見ました」

 

言葉には魂が宿り、それは年月を経てもなお、残り続ける。

3761声 春の嵐

2018年03月01日

春の嵐なのか、強風吹き荒れる日が続く。

 

ふと、春の嵐のようなあの性欲はどこへ行ってしまったのかと思う。

まだ、38歳と3ヶ月。今月は岡安が担当します。

 

3760声 零れるように

2018年02月28日

本日夜半から雨が降り出し、明日は春の嵐で雨風共に強い予報である。
これが過ぎれば、春一番が吹いき、いよいよ春めいてくるだろう。
いましがた捲ったカレンダーは、もう満開の桜の写真。

二月は零れるように過ぎていきました。
明日からのひと月は、岡安さんです。

3759声 深い霧

2018年02月27日

花粉症対策のため、夕方、耳鼻科へ寄った。
入り口で受け取った整理券が73番。
待合室の電光掲示板に案内されている数字が50番。
つまり、私の前に20人以上も待っているということになる。
待合室の人数から見ると、一旦、外へ出ている人もいるらしい。
こどもたちは、待合室の奥のアンパンマンのシートが敷いてある一角で、
寝転んだり、本を読んだり、喧嘩していたり、ぐずったり。
一時間半くらい経過しただろうか、呼ばれて軽い往診を受け、吸入をした。
子どものころ、中耳炎になって依頼の、吸入器である。
あの時分より、幾分、近代的になっているような。
水蒸気のような煙を鼻に当てたホースから吸うのだが、
なんだか、深い霧の中にいるような感覚であった。
ごった返している薬局で薬をもらい、帰って来た。