日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和7年度は4月(す)5月(堀)6月(坂)7月(ぬ)8月(岡)9月(す)10月(堀)11月(坂)12月(ぬ)1月(岡)2月(す)3月(堀)の順です。

6126声 機嫌良くいる

2025年03月16日

 ふと、鶴のひとこえの(ほ)の人、堀澤さんと話がしたくて、昨日彼がビールを醸している「シンキチ醸造所」を出てすぐに「飲みませんか?」とLINEをした。わりとすぐに帰ってきて、明日とかどう?と。僕はたまたま月曜日から県外で仕事だったこともあり、本庄市の店で飲もうという提案に即答した。堀澤さんおすすめの「自然派ワインとアテ・サクラ」。一番飲んだワインはフランスの「ラ・ヴィーニュ・ダンベール’22」。堀澤さんが、この店のマスターはワインの味の言語化がすごい、と力説していたがこのワインの解説には「スミレや黒果実にオリエンタルなスパイス感 メリハリあるエキス エッジが効いていながら滑らかな味わい」とあった。なるほど。僕は個人的に香りには醤油を、味にはお香を感じた。とても美味しかった。

 何を話したか、ということはここには書かないが、お互いの大部分の変わらない部分と、一部の変わった部分がある程度共有できた気がして嬉しかった。もう一人、機嫌良くいる人が堀澤さんの隣にいてくれたことも大きい。堀澤さんとは今後一緒にやりたいことがあって、それはすぐには動かなそうだけど、むしろ堀澤さんから提案されたこともあって、それを実現させることもとても良さそうだ。会うのは1年にあるかないか程度だけど、やはり自分にとっては、たまに彼と話すことは必要な事だなと思った。

 堀澤さんが「岡安さんは、悲しいってことがわかる人だ」と言った。そうだろうか。悲しさや寂しさを紛らわさず、向き合いながら、けれど機嫌が良い人でありたい。

6125声 呑む

2025年03月15日

 今日は電車で高崎へ。OPAの最上階のカフェで書き事をして、あとは仕事をしないと決めた。思う事もありシンキチ醸造所へ行こうと思っていたのだが開店前だったので駅前の串カツ屋へ。「とりあえず5串」みたいのを頼んで店員さんが説明もしてくれたが良く聞いていなかった。玉ねぎやエビはわかるが、肉っぽい2つは何だかわからない。そんなことは気にせず飲み食いする店なのだろう。

 前から行きたかった市役所そばの「本屋ブーケ」は小さいながらとても良い本屋だった。自然、旅、楽しさや悲しさ、そのガチな本を揃えるというよりは、それに対する憧れや入り口を示すような本が多い印象だった。全体の雰囲気としては、優しさに包まれている。

 シンキチ醸造所に以前行った時は、運転係で飲まずに帰った(なんていい人)。土曜日の夕方、2人で、僕のように1人で、ゆっくりビールを楽しんでいる人が多かった。そしてやはり「たまレバ」が美味い(玉ねぎた乗った鳥レバー)。席が埋まるようなら2杯飲んでさっと去ろうと思っていたが、ゆっくりできたので本屋で買ったばかりのエッセイ「さびしさについて」(植村一子・滝口悠生著)を結構読み進めることができた。その一節。

 「あるとき母親に対して、この人に自分の本心を話すのはやめよう、と強く決めた瞬間がありました。自分の一番近くにいる、一番わかってもらいたい人に対して求めることを諦める。まだ幼かった私には絶望でもありました。」

 こんな文章を読みながらも酒が呑めるようになった。大人になったのかもしれない。

6124声 流れる

2025年03月14日

 信頼は心臓、お金は血液

 一昨年から昨年にかけて、身に染みて思った言葉だ。その頃には全く戻りたくないのだが非常に貴重な体験だったとも思う。仕事でめちゃくちゃな失敗をして中古自動車1台くらいの損失を出したが、失敗当初は「信頼を失った、もうこの町には住めない」とまで落ち込んだ。一番ひどい時は、寝ようと思っても寝られず、30分もするとドキドキして目が覚める。病気の姉が隣の部屋で苦しんでいて、激しい咳が聞こえると行って姉の指にクリップをはさみ酸素量を図る。それが同時の出来事だったから、今思えば良く身がもったと思う(その時支えてくださった人には感謝しかない)。

 その時、お金はなくなっても死なない。それよりも大事なのは、人からの信頼だ、と思った。その失敗はお金で解決できて(機器の修復)、結果信頼は失わずに済んだ。お金はなくなっても死なない、とは言え、やはりないならないで身動きが取れなくなる(それもわりと同時期に経験した)。だからそうか、お金は行動をするための血液なんだと。それも実感を伴って理解できるようになってきた。

 今年は1年がかりの、とか数か月がかりの、とか長期の仕事が続いたので、今に至るまでの資金繰りが大変だった。ようやく終わる仕事が続き、お金という血液が回りはじめた(結果としては年度として過去最高利益が出せそう)。そういうことを書いてみると、ああ自分もようやく経営者として歩み始めることができているのかもな、と思う。もう一度言う。信頼は心臓、お金は血液。

6123声 追加する

2025年03月13日

 長いこと関わった映像の編集が形になり、その書き出し(映像編集は、絵や音を切り貼りした後に、1つの映像データとして書き出す必要がある。パソコンのスペックや映像の長さ等にもよるが長いものは書き出しで4時間以上かかるものも)合間に飯を食べに出た。14時を過ぎていたが、「あ、つむじのスパイスわがんせまだ間に合うかも!」と中之条町ふるさと交流センターつむじに。しばらくぶりの来店だった。

 一仕事終えて気持ちも高ぶっている。「あいもりカレー、温玉付きで!」とオーダー。週替わりで種類が変わる店。今日はポークときのこのコルマカレーと麻辣豆腐キーマのあいもりだった。温玉もスパイスの味付けがされていてうまい。一仕事終えての外食ってなんでこんなに美味しいのだろうか(まだそれ終わってないけど)。映画好きの店主と高崎映画祭話ができたのも良かった。

6122声 会議する

2025年03月12日

 今夜は伊参スタジオ映画祭の会議だった。まだ寒い時期なので町役場の会議室を使う。映画祭は2001年から始まったので、長い歴史を持つ。僕含め長いこと続けているスタッフもいるが、ここ数年で入ってくれた若めのスタッフもいる。近年はそういった新しめのスタッフが頑張ってくれており今夜も比較的多く集まってくれた。

 映画祭の柱とも言うべきシナリオ大賞(全国から映画シナリオを募集し映画化させる取り組み)もすでに2人の監督がロケハン(映画の撮影地を探すこと)で来町しており、部分立ち合いもしたのだが映画化がすでにめちゃくちゃ楽しみだ。仕事上、映画よりもアートが身近になって随分と経つが、今年に入ってから映画熱が再熱している。一言で理由を言うなら、人生を描くならやはり映画が良い、ということなんだと思う。人生を見たい、見せたいのだ今は。

6121声 コピペする

2025年03月11日

 今月、なんとなく動詞をタイトルにしようと決めた。めっかった群馬「鶴のひとこえ」は続いて長い。2011年3月11日に自分が何をしていたかと考えた時に、当時は中之条町の町中にある「ふるさと交流センターつむじ」でテナントの1つを営業していて、地面が揺れて中庭に出たら当時道路向かいにあった群馬銀行の窓ガラスが割れた。そのことを未だに覚えている。その後の事もつらつら書けはするがふと、その当日の「鶴のひとこえ」を読みたくなった。すでに公開されているものなので無断でコピペをしたい。担当は、抜井諒一氏であった。

1166声 地震について

2011年03月11日

3月11日午後18時に、高崎市の自宅で書いている。
今日の午後、東北地方太平洋沖で、大地震が発生した。
現在も、断続的な余震が続いており、各地の被害状況も拡大している。
各報道を見るに、交通機関の麻痺、建造物の倒壊、停電や火災など、
様々な災害が確認されている。
読者諸氏。
貴方自身、そして貴方の周りの人の、安全確保を、優先されたし。

地震の時分。
私は高崎市街地に居たのだが、路上に避難している、
幼子を連れたお母さんが目に止まった。
小さな子がいる家庭は、今晩、特に注意した方がよいだろう。
この文章を読んだら、まずは、焦らず。
また、今、揺れている模様。

【天候】
終日、風強くも、雲の無い快晴。

1167声 助け合うこと

2011年03月12日

電話が繋がらない。
と言う事もあったが、種々の事情を鑑みて、
昨夜は見送って、今朝、受話器を取った。
繋がって、話した。
無事、であった。
電話先の相手は、仙台市に住む私の親戚、である。

一晩、家の中に居て、外へは出ていないと言う。
なので、地震や津波による被害など、外の状況は把握していないが、
兎も角、家屋内は、激しく損傷しているらしい。
水や食料の確保に苦慮しているが、さしあたり、
生命の危険はないと言う。
高齢であり、持病もあるので、いささか心配だが、
仙台市の現状では、そのまま、家に居た方がよい。
と、本人も言っていた。

困っている人を、助ける。
自分の生活の範囲で、自分の手の届く範囲で。
お互いが助け合えば、きっと、大丈夫。
そう言う教育を、受けて来たではないか、私たちは。

【天候】
終日、雲一つない、快晴。

6120声 想像する

2025年03月10日

 最近ずっと仕事のことと身の回りのことを考えていたので、外への想像力が欠乏していることに気付いた。気付いたのは、伊参スタジオ映画祭で映画『山歌(サンカ)』を監督した(その映画は、山々に実在した流浪の民・山窩(サンカ)を題材に六合で撮影された力作)笹谷遼平監督の1945年東京空襲体験記 東京空襲「せめて名前だけでも」公開プロジェクトの映像を見たからだ。8分弱の映像なので、ぜひご覧いただきたい。
1945年東京空襲体験記 東京空襲「せめて名前だけでも」公開プロジェクト

 歴史を、外を想像するということは、自分以外について考えると思いがちだが、どこか自分に絡めないとすぐに忘れたり、他人事であり続けたりしてしまう。だから身に体験のない空襲であっても、すでに多くを忘れてしまった震災であっても、それ以外であっても、自分を通してもう一度考える。

自分は何をしたいのか
自分は誰を救いたいのか

6119声 登る

2025年03月09日

 群馬県の仕事で猟友会に密着し、高度銃猟技術研修用動画を制作する仕事が長く続いた。納品も終わり(昨日、その動画を用いて初めての狩猟実習会が開催されたはず(参加はできず)/実習会向け映像なので一般公開はないと思います)良い仕事ができたという実感がある。

 猟友会の取材は、過去にも2回行っていたが(群馬県のyoutubeチャンネルで狩猟と検索すると2つ動画が出ます)、今回は毎週日曜日に吉井町に通い密着する仕事。カメラマンが山の中までついていけない、は本末転倒なので、昨年11月あたりからだったろうか、主に夜ウォーキング(徘徊?)をして、体を慣らせていった。その後も体を動かしたくなる状況が重なり、3日坊主で終わると思われたそれは今も続いている。それ以前の僕からしたら、驚きだ。

 とはいえ、密着は終わってしまった。平地も好きだが、山に身を置きたい気持ちが残っており今日は仕事合間に地元嵩山に登った。大天狗側から山頂付近の広場まで登り、すぐに下山して46分。息は切れるし、ちょっと辛いなと思ったがその程度で登れるようになった。うちから車で5分で行けるのだ、これからもホームマウンテンとして登っていきたい。

6118声 方々へ行く

2025年03月08日

 このところずっと仕事ばかりしてきたので、まだ色々立て込んではいるが今日は休みと決めた。話したいこともあったので、長野原町在住のアーティスト・木工職人である中川浩佑くんを誘い、彼が全然知らないという群馬県のアートシンを訪ね回る一日にした。

 道の駅まえばし赤城の「SHOP CAFE Qu」で行われている若き自由画家ぽんちゃんによる「描きたいんだ!」展、展示されている映像を担当した太田市美術館・図書館の「原田郁・衣真一郎 リポジトリ:内と外で出会う」展、たまたまタイミングが合った中之条ビエンナーレ関連作家の「SUBARU × ART OTA CITY EXHIBITION」展、こちらも太田同様に映像で関わっているアーツ前橋の「はじまりの感覚」展。ほんとうはあと2ヶ所くらい行きたかったのだがそれでもう夕方だったので、岡本太郎の鐘やギャラリー・ヤーギンズ前、白井屋ホテルなど、活気を取り戻した前橋中心地を散歩して一日を終えた。途中と最後、めっちゃ美味しいパキスタン料理の伊勢崎「サラームカレー」と知ってて損しない渋川市の「たか幸食堂」(もつ煮定食を激押しした)にも立ち寄りながら。

 中川くんの作る作品は独自で、ジャンルで言ったら造形×音。エアリアンハープと呼ばれる「作品に貼られた弦が風によって振動し音を発する」作品を作っている。最新作は、彼が勤める会社・きたもっくが北軽井沢スウィートグラスに建てためちゃくちゃ高い位置に作ったツリーハウス(そのハウスは稲垣豊さんの手によるもの)。エアリアンハープが設置されており、浅間山から吹き下された風が音を奏でる(僕はまだちゃんと聞いていない)。

 中川くんから、彼が若い頃にイギリスを中心にヨーロッパ各地を巡った旅の話を聞いた。一方の僕は今の気分として「大事なものは足元にある気がしてるんだよね」と話した。

6117声 納品する

2025年03月07日

 長い間動画を生業としてきたが、数年前まで写真については素人を決め込んできた。実際、細かくは書かないが同じ人や物事を記録する時も映像と写真とは別物と思っている。映像は流れを見せるもの、経過を伝える必要がある。一方の写真は瞬間の切り取り。そういった違いがある程度わかったので、必要となれば写真も撮るようになった。まだまだとは思うが、仕事でも高崎市の工場のホームページ用写真を撮影したり、記録にあまり人をさけない現場で映像を撮影しながら写真も同時に撮影したりもしている。

 昨年の今頃からずっと、東吾妻町の「岩島麻保存会」の活動を記録してきた。日本では縄文時代から縄作りに使われていたという麻。明治以降は綿や輸入繊維の台頭、戦後は大麻取締法の影響や安価な麻素材の輸入などで麻の栽培自体は珍しいものとなったが、ぼくの家のそこそこ近所でもある岩島地区では今もメンバー10人ほどの保存会の方たちが種まきから繊維にするまで一貫した仕事を続けており、丁寧に作られた麻は、宮内庁や神社庁にも送られている。

 保存会も極端な高齢化となったことで「その技を後輩に継ぐために記録したい」という仕事をいただいた。近いことも利点となり何度も足を運んだ。はじめは映像で記録するだけだったが、1つ1つの作業は長く、写真でも記録するようになった。そして、アーカイブとしての映像とは別に写真集を制作することになった。僕にとってはもちろん、自分の写真がメインで本ができるというのははじめての体験である。

 今日は印刷所へ、その写真集を受け取りに行った。非売品となる可能性があり500冊と全く多くはないが、保存会の方たち同様に、もしかしたらそれ以上に嬉しいものがある。そのまま吾妻へ直帰し、会の方にお届けした。ぼくは基本的に「何かを記録して残す」仕事をしている。目先の作るものに忙しくて、過去作ったそれがその後どんな影響を与えたかまでは追い切れていない。けれどふと何かの時に「この動画こんなに再生されていたんだ」とか「あの仕事があのアーティストのその後にも影響したんだ」とか過去からのギフトのようなものを受け取る瞬間ある。この写真集「黄金の一 岩島麻」が、この先貴重な資料・表現として残ってくれたなら、さらにさらに嬉しいのである。

6116声 食べる

2025年03月06日

 朝飯は変わらず母親の手料理を食べさせてもらっているのだが(ありがたや)、昼夜は最近はもっぱら、必要最低限のものをスーパーで買って会社の小さな台所で簡単に調理をして食べる。夜は炭水化物をとらない感じなので、野菜や肉をただ焼いたりすることが多い。

 今日はずっと籠っていたので昼に食べに出た。中之条駅前に昨年くらいかな、できた「ママン食堂」。居抜きで入って以前は刺身定食も食べられる定食屋だったが、ママンは肉中心の定食屋。チキンカツ定食を頼んだ後に、やっぱり唐揚げ定食に変えてもらって良いですか?と聞いたら「両方が半分ずつ乗ったブラザー定食はどうですかとのこと」。それにすると、モモ肉の唐揚げとムネ肉のチキンカツが皿に乗った定食がでてきた。これがブラザーか。ご飯は特盛まで無料だったが、普通盛りとする。美味しかった。

 会計を済ませ「美味しかったです。なんでこんなに唐揚げが柔らかいんですか?」と尋ねると、その答えは返らず「甘酒作られるんですか?」と店員さん。今日たまたま、家の本棚から引っ張り出してきた書籍「麹でつくる甘酒のレシピ」(堀澤宏之著/池田書店)を持って読んでいたのでそう聞かれたのだった。「そうなんですよ、そこのこうじやで麹を買って行こうと思って」と僕。

 店を出て、3分ほど歩いて「こうじや德茂醸造舗」へ。德茂さんに聞いたら乾燥麹は売っていなくて生麹しかないと言う。良いではないか。それでも大丈夫だろう、多分。500グラムほど買って店を出た。

6115声 協働する

2025年03月05日

 不思議な仕事がある。群馬県高山村の仕事だ。僕が住む町の隣ながら、仕事で関わるまで「沼田市へと通過するだけの村」だった。せいぜい、ロックハート城が目立つ(その城では3回ほど結婚式の撮影もした)くらい。ふとした縁で、この村の広報物を作るようになった。ポスター、登山マップ、そして今行っているのが観光マップ。僕の役割としてはデザイン部分を担っているが、チームみんなで「村のブランディング」を行っている、という気概がある。

 たからのやまたかやま

 移住コーディネーターであり、村のすてきな雑貨店「カエルトープ」の飯塚咲季さんが言いだした言葉のような気がする(もとは村の農家さんかな・・誰かが言っていた言葉らしい)。少し長いがそれに続く彼女の言葉を引用すると「自然と人の手が紡ぐ 穏やかな風景広がるこの村で 人のあたたかさ 豊かな里山資源 こころから受けとれたなら ここはたからのやま」 実際に村を歩くようになると、その言葉通り、なんて素晴らしいところなんだろう、と思うようになった。

 不思議な仕事、というのは、僕や咲季さん、時には高山村ラブなフォトグラファーの丸山えりさん、高山村に住んだこともありメキメキとその腕を上げているイラストレーターの根井美智さん、役場担当者の廣田亜美さん、初期にはロゴマークを作ってくれたちぎらまりこさんと(なんと僕以外全て女性ではないか)仕事を行う時に少なくとも僕は「急がない、自分で見たもの聞いたことを重視する、否定ではなく良いものを探しそれを持ち寄る」ということを心掛ける・・というか、そのメンバーとの協働だと自然とそうなるのだ。これほどまでに穏やかな気持ちで進められる仕事は他にない。

 そして毎回、広報の仕事であるにも関わらず「誇張しない、嘘をつかない」の優先が認められる。村にある良いものを見つけ、整理し、そっと提示する、それで村の魅力を伝えたい。今日の地図ミーティングでも、そんなことを話した。地図は月内納品(そういう部分は急がない・・わけにはいかない)。道の駅などに置かれると思うので、ぜひ手にとっていただきたい。

6114声 働く

2025年03月04日

 今期は例年に比べ「長期取材による年度末納品」の映像やらデザインやらが多い年となった。おかげで12月あたりからずっと仕事をしている気がする。それぞれの仕事で関係してくださった方たちは皆素晴らしく、先月後半あたりから終わりが見えたもの、納品できたものも出てきて、めちゃくちゃ良い仕事ができている実感も出てきた。けれど、働きすぎだ。

 今月から、合同会社岡安映像デザイン初の試みとして、中之条在住のクリエイター、長塚菜摘さんと業務提携を結び、僕がリスのほっぺばりに一人で抱えまくっている仕事の幾つかを都度ではなく1年契約で手伝っていただくことにした。長塚さんは伊参スタジオ映画祭の若手スタッフでもあり、年はうんと離れているが映像について対等に話ができる人だと思っている。ありがたい。

 今夜は、元旦から自分の足で歩いて構想を進めてきた高山村の地図をかなりの状態まで進めた。午前0時を過ぎたところで、年に1~2回連絡があるKさん&Kさんから「何してるの~」と電話。新前橋で飲んでいることは電話に出る前からわかった。「仕事してるんすよ~」と返事して2、3会話を交わして電話を切る。あと数日はこんな生活が続くが、土曜日は酒を飲みたいと思う(予告)。

6113声 書く

2025年03月03日

 原稿用紙は一枚400文字。小学校の頃の作文は苦手で一枚書き切るのも大変だった記憶がある。先月末から、取材した音声を聞きながら原稿用紙にして30枚、12,000文字をひたすらに書きまくっている。

 普段は映像の撮影編集や紙もののデザインが多いが、このような物書き仕事も年々増えてきた。今回は特に、頭を対言葉に切り替えるまでに時間がかかった。切り替わってからは、ただ言葉の中に潜ったり浮かんだりするだけ。

 書いているのは、中之条町に移住したアーティストたちの生き様。実は、数年前にそれを本にしたいと思ったこともある。不思議な巡り合わせだ。春には「nakabito」という冊子となり皆さんの目に触れると思う。

 物書きの筋肉は、明らかにこの「めっかった群馬」で鍛えられた。ありがたいやら、よく今まで続けてこれたなと思うやら(抜井さん堀澤さんに比べれば全然途中乗車ですが)。

6112声 演じる

2025年03月02日

 中之条町で撮影されている映画のエキストラに参加した。僕が実行委員長を務める伊参スタジオ映画祭とは関係がない商業映画なのだが、近しい人もスタッフで加わっており、小学生エキストラの募集をお手伝いしたことから、今夜の撮影にも1度ならと協力をした。映画祭スタッフも何人か集まってくれたことが嬉しかった。

 エキストラは、主に演じる俳優さんの背後で、通行人だったり喫茶店の客だったりを演じる。そんなの簡単だと思われる方もいるかもしれないが、いざ「本番!」と声がかかりカメラが回ると右手右足を上げて歩いてしまったりもする。僕も映像畑ながら映画の現場はあまり経験をしていないので得意ではないが、年齢を重ねて羞恥心がなくなったのか、わりと楽しく演じることができる。

 席を隣になったのは23歳だという町の若者。つい、お父さんは幾つ?と聞くと僕より2歳年上なだけだった。自分で聞いておいて、それを聞くと、自分も何か違えばこのくらいの息子がいたんだろうか、と深く考えているようであまり考えていない安易な考えが浮かぶのだが、待ち時間3時間の僕らの出番はあっと言う間に終わった。今、こうして筆を走らせていて思う事は、僕はもうちょっとしっかり岡安賢一を演じてみようということだ。まだやれる。

6111声 歩く

2025年03月01日

 年末年始から個人的なことで色々があって、それまでと景色が違って見える。45歳にもなってそういう心境になるとは思っていなかったが、外から見れば今までと変わらないくせ毛の髭中年であるし(体重は5キロくらい落とせた)景色が違って見えるほどの心境の変化は、すぐに元に戻ってしまうのかもしれない。けれど、この広い視界のまましばらく歩けたら良いなと思っている。

 高山村の観光地図を新しくする仕事に関わっている。過去のものをトレースしても地図は作れるが、車で通り抜けたら里山の景色とロックハート城しか記憶に残らない小さな村。国道145号線を離れ自分の足で北へ南へ歩いてみると、たくさんの道祖神やきれいな小川、効率的ではないが人の営みが見える田んぼなどが現れる。それがどれだけ紙に落とせるかはわからないが、歩いている。良い天気だった。
(岡安賢一)

6110声 幸あれ

2025年02月28日

晴れてあたたか、花粉症は悪化。明日に参加を予定している句会があるのだが、このウサギ目では参加者に恐怖感を与えてしまうので、休むことにする。良くなってきてはいるものの、まだ充血がはなはだしい。治りが遅く、寄る年波を実感している。鼎談の校正に赤を入れ、兼題句の選句、カレンダー掲載用の句の自選など済ませる。句集刊行時から世話になっていた若手編集者より、本日で退職とのメールが届く。残念だが、幸あらんことを心から祈る。冷たい麦酒をグラスに注ぎ、二月を終える。

6109声 春の重なり

2025年02月27日

晴れて暖か。明日で早くも二月尽。今年は桜の時期に句会の予定があるため、開花状況が気になっている。できれば早めに咲いてほしい。俳句総合誌の校正を済ませて、ひと段落する。句の掲載が二つの総合誌で重なってしまったが、致し方ない。発表できるクオリティの春の句のストックが、ほぼなくなってしまった。そして、来月の句会後の飲み会の店がなかなか決められない。