日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

955声 名残惜しけり宇都宮

2010年08月12日

巷はお盆。
私も、一応勤め人のはしくれなので、
ささやかながら「盆休」なる期間に入っている。
それを利用して、今日は宇都宮市まで足を伸ばした。
今回は、高崎駅から宇都宮行きの高速バスへ乗車。
時間はおよそ3時間程かかるのだが、1,500円と言う格安の料金で行ける。
何せ、お盆の期間なので、車内混雑及び交通渋滞を懸念していたのだが、
その心配をよそに、快調に行って帰って来れた。
宇都宮にはもう何度も行きましたね。
って、歌謡曲「東京」のメロディーを口ずさみつつ、目指すは、銭湯。
宇都宮市に残る3軒の内の1軒である、「東湯」。
そして、私が、「とっておき探訪」で連載している「栃木路地裏銭湯記」の、
トリを飾る、伝統銭湯。
もう3回くらいになるだろうか、訪れる時はいつも折り合い悪く、定休日だった。
しかし今日は、事前に電話確認しておいたので、万全である。
開店は午後2時半と、早い。
しかし、常連さんの方が、もっと早い。
暖簾が掛かる前から、湯船に浸かってんだもんな。
スキンヘッドの常連さんに、「兄ちゃん、我慢だ、我慢」って励まされながら、
宇都宮の熱い湯を体感して来た。
オロナミンCを飲みながら、番台のおばちゃんに銭湯の事を伺うと、
親切な方で、色々と教えてくれた。
ここ東湯は、市内に現存する銭湯で、一番古い銭湯との事。
なるほど、おばちゃんの座る木製番台が、歴史を物語っている。
話の花を自ら摘んで、足早に帰りの高速バスに飛び乗った。
日野町の屋台横丁で、もう一度呑みたくもあったが、今日中に帰らねばならない。
これでしばらく、宇都宮に行く用事が無くなったと思うと、
いささか寂しくもある。

954声 書店巷談 後編

2010年08月11日

昨日の続き。
店内レイアウトも分かり易く整理され、本もテーマ別で陳列されているので、
書籍陳列棚を眺めているだけで、買いたい本が山ほど見付かる。
そんな堅実な書店なので、また読書の秋がくれば、客足も戻って来るだろう。
などと、楽観視している、私。
だから、本たちが親孝行してくれないのか。
会話の中、いつも私は、店長に同じ質問をしてしまう。
「最近はどんな本が売れていますか」
「情報誌の○○なんか、結構、出てますねぇ」
「そうですか、やはり情報誌は強いですね、文芸では」
「文芸では○○。しかし、売り上げの大半を占めるのは、やはり実用書ですから」
「そうですか」
「7,8割を占めていますね」
「やはり読者は、実用的かつ鮮度の高い情報を求めるのですね」
「はい、それも、今日得たら今日使える情報を」
高度情報化社会。
なんて言葉は、当節では当たり前すぎて恥ずかしいくらいだが、
現代社会はそうなっている。
情報を得られるソースが多様になり、かつ、簡単に得られる。
消費者は、夏の日盛りに書店へ足を伸ばすより、クーラーの効いた室内から、
携帯情報端末で、情報を閲覧する傾向にあるのだろうか。
かく言う私だって、毎日インターネットを閲覧している。
店長から、伊勢崎市の老舗古書店が閉店セールをやっているとの情報を伺った。
そこは、以前から、郷土関係書籍を豊富に取り揃えている事で有名な店。
「掘り出し物が沢山あるよ」
との事なので、今月中に、一度足を運んでみようと思った。
今日得た情報を明日に消すのか。
今日得た情報を明日に残すのか。
後者の実現を成してこそ、高度な情報化社会と言えるのではなかろうか。
黴の生えたような古本ばかり漁っている私が、言うのもなんだが。

953声 書店巷談 前編

2010年08月10日

今日、勤めからの帰り掛けに、書店へ寄った。
私が「群馬伝統銭湯大全」を発売して、
一番最初に置いてもらった書店である。
店頭に置いてある在庫確認。
と言うのが目的だが、十中八九、売れていないだろうなと予想して行った。
その予想に反せず、我が本たちは、
クーラーのきいた店内で愛想の無い顔を並べているではないか。
しかし、この書店は県内でも稀にみる、元気な、つまりは売れている書店なので、
販売不振の元凶は、この親不孝者な本たち自身にある。
それを遡れば、結局、生みの親であり育ての親である、私が悪いと言う事に終始する。
本は兎も角として、丁度、店長がいたので、店内でしばし立ち話をした。
「いやぁ、夏に入って、めっきり駄目ですよ」
「そうですか、しかしまぁ、暑さ寒さも、彼岸までと言いますから」
「だと、いいんですがねぇ」
「そうですなぁ」
聞くところによると、普段は好調な売り上げなのだが、
今夏は、売上実績も夏バテ気味らしい。
店舗前の往来を工事している事が原因か、それとも、連日の猛暑による、客足の不振か。
何れにせよ、夏に入って、客足が落ちているとの事。
確かに、先程から店内、雑誌を読んでいる学生たちが数人いるが、
一向に、レジへ向かう客足は無い。
「書店は閑散としているくらいが良い」
などと、一人の消費者としては、不謹慎にも、そう思ってしまう。
私自身が夏バテ気味なので、掲載可能文章量超過につき、この続きは、明日に。

952声 昼行灯考

2010年08月09日

先日、財布を落とした事が響いているのか。
それとも、お盆休みが近づいて来て弛んでいるのか。
自らの体内における、「活力」が乏しい。
言うなれば、昼行灯の如き状態だろうか。
「昼行灯」
と人は揶揄する。
いやいや、案外、捨てた物じゃないと、私は思う。
夜がくりゃ、大いに重宝じゃないか。
夜は、必ず来るのだから。
「行灯ってのは夜になったら灯ける物だ」
と人は指摘する。
いやいや、夜になって灯けたんじゃ、シケて灯かないかも知れない。
そうしたら、昼行灯に頼るしかないじゃないか。
だけど、往々にしてそれは、夜が明けきらぬ内に燃え尽きてしまうだろう。
夜が来ずとも、空に暗雲立ち込める時。
昼行灯の光が、煌々と闇を照らす。
夜を待っていた行灯たちは、慌ててその火を貰って灯る筈である。
やはり、昼行灯。
捨てた物じゃないね。

951声 よなよな狂い咲き

2010年08月08日

めらめらと燃えていた木が、炭火になってちろちろと燃えている。
目を閉じると、我が胸中にそんな光景が想像できる。
その炭火の周りを、夜を徹してまで、輪になって踊り狂っている人たち。
延々と流れている演目は、勿論、「八木節」である。
昨夜、以前から告知していた「よなよな狂い咲き」と言う、奇妙な企画の為、
「桐生八木節祭り」へ出掛けて来た。
参加者は私を含め、3人。
桐生で合流した方が、4人。
計7人で、本町5丁目に設置された櫓の周りで、踊った。
桐生合流組に桐生人の方が居たので、その方を師と仰ぎ、踊り方を教えて頂いた。
もう10分も踊れば、心臓の鼓動も八木節のリズムで脈打っているかの如く、
体が自然と動いて、櫓の周りを周って行く。
毎年気になっていたのが、踊り手の掛け声。
今年こそは覚えようと、踊りながら耳を澄まして聞いていた。
いささか間違っているかもしれないが、私にはこう聞こえた。
「小原庄助さんはぁ、なんで身上潰したぁ」
「朝っ寝、朝っ酒、女が大好きでぇ、それで身上潰したぁ」
「あーもっともだぁ、もっともだぁ」
「いいや違う、いや違うぅ、あっそれぇ、いいやそうだ、いやそうだぁ」
「祭っりだ、祭っりだ、桐生の祭っりだぇぃ」
これを皆、大声で歌う。
可愛らしい小学生から、素敵な老境の御仁まで、汗みずくの真っ赤な顔して、
「朝っ寝、朝っ酒、女が大好きでぇ」
と歌うのである。
こんな素晴らしい光景は、群馬県内の祭りに類を見ない。
まさに、「狂」を「興」としていた。
「狂い咲き」
酔眼と汗に滲んだ目の前の光景に、それを見た。
櫓の周りで妖しく蠢きながら、よなよな狂い咲いた、花たち。
桐生に咲いた花は、なんと妖艶で、なんと扇情的で、
なんと浮世離れした色の花だったか。
筆舌に尽くし難い。
 
櫓の近くで踊っているのは、ひっつめ髪にねじり鉢巻きを巻いた、姐御風なお姉さん。
胸に巻いたサラシの白さが、どうにも目に焼き付いている。
羞恥をかみ殺して蛇足する。
帰路の途中、私、財布を無くしてしまった。
しかし、浴衣用の財布なので、中にはスイカ(食べる方じゃなくて)と現金のみ。
駅から、雪駄を引きずって、とぼとぼ帰る途中、思い出していたのは、
本企画の告知で書いた文章。
「そこで何かを得る。そして、金を失う」
書いたばっかりに、本当になってしまった。
いささか高くついた一夜だったが、因果応報である。
とほほ。
※赤い二つ折の財布ですので、見掛けた方は御一報下さい

950声 立秋の遅刻

2010年08月07日

もう立秋である。
夕方になると、家の裏の田圃にも、チラホラと蜻蛉が飛び始めている。
来る秋軍勢の斥候であろうか。
掛かる不安は、今夏を無為に過ごそうとしている事である。
今し方、本棚に差しこんだのは、「俳句歳時記夏の部」(角川文庫)そして、
その隣から引っ張り出したのは、「俳句歳時記秋の部」(角川文庫)である。
陽気は未だ一向に夏だが、時候は秋。
歳時記の頁を捲っていると、いささか寂しい心持になって来る。
今日から作るのは秋の句。
「さて、じゃあ一丁句作してみるか」
ったって、これから祭りに出掛ける私は、浴衣を着てこれを書いている。
夏の衣に身を包みながら、秋の句を考えるってのも、中々難しいものだ。
そんな事をやっている間に、いつもの事で、遅刻である。
さて、駅までどうやって行こうか。
まさか、浴衣着て自転車に乗れないし。
やれやれ。

949声 祭りの気配

2010年08月06日

今日、上野村を訪れた。
日盛りの中、川縁に車を停めて、カメラを携えて沢へ降りる。
河原には、沢山の赤蜻蛉が、鋭角的に飛翔していた。
この虫たちが風に煽られる度、羽に反射した陽射しが、空に輝きを添える。
その光景をカメラに納めようと、数枚シャッターを切ったが、
デジカメの画面には、夏の川面が輝いているだけだった。
結局、秋の気配を映せず仕舞いで帰って来た。
高崎市内まで帰って来ると、中心市街地は、明日明後日に渡って開催される、
「第36回高崎まつり」の為、街全体が蠕動していた。
今年は、総勢38台の山車による町中巡行が、見所らしい。
前年までは、およそ半分しか山車が出ていなかったとは、
高崎市内に在る大衆食堂に居た、おやっさん談による。
街場の方では、秋の気配など微塵も感じられない。
8月第1週の週末。
と言えば、日本全国津々浦々で、祭りや花火大会が開催されるのだろう。
犬も歩けば棒に当たる式に、この時期、何処へ行っても、渋滞は必死である。
私は明日、「地蔵峠とカンカン帽のよなよな狂い咲き」で、
桐生は「八木節祭り」に行く予定である。
しかし当日は、街全体が「狂い咲き」の状態なので、
私たちがいくら狂い咲いたところで、さして違和感は無い筈である。
今宵、窓から吹き入る風は、涼やかで、私の住んでいる高崎と前橋市の境目に在る町は、
非常に穏やかである。
今宵も、20kmと離れていない桐生市街で、狂乱の八木節祭りが開催されているとは、
ゆめゆめ想像し得ない。

948声 沼田御馳走譚

2010年08月05日

昨夜訪れた沼田の町は、祭りだった。
丁度、3日に渡って開催されている沼田祇園祭の中日。
独りでふらりと訪れたのではなく、私たちは総勢4名だった。
今回の道中記を、私が添乗員として語るには、いささか心許ないので、
総勢の中一人である、ほのじ氏を引っ張り出して来よう。
ほのじ氏を筆頭に、酷暑極まる沼田の町へ訪れたのは、
市内に在るYさんのお宅にお邪魔する為であった。
Yさんのお宅に着くと、挨拶と共に缶麦酒が空いて、
挨拶が終わると日本酒の一升瓶が空いて。
その間に、机を埋め尽くさんばかりに料理が出てきて。
そうこうしている間に、知人も多数訪れて。
日が暮れる頃には、盆と正月が一緒に来た様な、飲めや歌えの立派な酒宴であった。
食の通人であるYさんの趣向を反映して、皿の上の料理は、
日本各地の逸品揃いである。
私に至っては、今年で一番豪奢な御馳走だと思った。
百けん先生ではないが、机の上の品々を、自らの御馳走帖に、
書き留めておきたいくらいであった。
Yさんのお宅は、沼田の中心市街にあり、往来に面しているので、
軒先から手の届く距離を、神輿が渡御して行く。
極上の日本酒と極上の料理、そして、軒を通る神輿の演出は、
私の、否、私たちの胃の腑まで溶かした。
竜宮城の浦島さんの如く、帰路の事はすっかり忘れて、特にほのじ氏と私が、
杯をどんどん進めた。
途中、Yさんにかの有名な鮒寿司(それも貴重な子持ちの鮒の)を頂いて、
一切れ食べたが、どうにも修行が足りない為か、馴染めなかった。
鮒寿司は御馳走の土俵の中でも、番付が別格なようである。
ほのじ氏は、涼しい顔して、何切れも食っては、美味い美味いと日本酒を煽った。
その時に、氏が料理人である事を思い出した。
祭りが終わる事に、泣く泣く、Yさんのお宅を辞した。
Yさん、そしてYさんの御家族御友人たちが、私たちを歓待してくれた、
それも全力で、である。
それを思うと、お猪口を一口飲む毎に、酒が胸に染みて、心を打った。
そこには、全力で歓待し得るだけの故郷、沼田の町があるからだと思った。

947声 夏の読み物

2010年08月04日

手に取る本は、心の渇きを癒す、水の如きものだろうか。
先日、古本屋でまとめ買いしてきた本の中に、
「心を強くする名言」童門冬二監修(成美堂出版)が有った。
連日の猛暑に、ちと、夏バテ気味な模様。
こんな陽気には、そうめんを啜るが如く、
サラリと読める名言集のような読み物が好ましい。
そして飲み物は、いつもの冷えたビールが、誂え向きである。
いささか、贅沢な夏バテのような気もするが、名言によって強くなった心があるから、
心配無い。

946声 語彙の風味

2010年08月03日

「若年寄」ないしは「老成」。
などと言う印象を、知人の多くが私に抱いていると言う状況。
それに起因するのは、私の語彙ではないかと、推察している。
ここ数年、生活の中で接するのは、同世代よりも歳上の世代が多い。
その為か、私の持つ語彙、平たく言えば、言葉のボキャブラリーが、老ける。
つまり、徐々にであるが、会話している年代のボキャブラリーと、
自らのボキャブラリーが平均化してくる。
女子高生の娘を持つお母さんなどが、娘の持つボキャブラリーと平均化して、
所謂、「若者言葉」を多用して会話している様を、良く見かける。
この場合、常に下の世代を基準にして平均化が為されるのだと思うが、
こと私の場合は、上の世代を基準にしてしまったようである。
そう考えると、おばあちゃん子として育ってきた環境も、
この現状の一翼を担っているのだろう。
なので、同世代と会話する時は、意識して同世代に、
自らのボキャブラリーを合わせようと試みる。
大抵は失敗に終わるのだが。
だから余計に、(と自分で言うのはいささか不本意ではあるが)若い世代と会話すると、
そのボキャブラリーを新鮮だと感じる時がある。
先日、或る集まりで、私の隣に座っていた、女性。
彼女の年齢は私の一つ下だが、やはり、新鮮なボキャブラリーが次々に飛び出す。
けっして、豊富ではないのだが、若者特有のスラングめいた言葉を自在に操る。
食事の箸を止めて、彼女が眺めているのは、私が先日出した、銭湯の本。
頁を捲りながら、述べる感想は、
「エー、なんですかコレー、チョー、ウケるんですけど」
「ココ、イイじゃないですか、ヤバいですよねー、マジ」
だって。

945声 希望的を観測

2010年08月02日

綺麗な虹が現れる前には、決まって、嵐の様な雨がある。
と言う事は、自然を見ていれば分かるけれども、
嵐の前に虹を見ようとするから、人は思い悩む。
夜にあれこれと思い悩むのは、明日が、もうすぐそこに、
迫って来ているからではなかろうかと思う。
とすれば、思い悩んでいる原因は、言わずとも来る明日に有る。
明日を、今日よりも安楽に過ごそうとしているから、人は思い悩む。
然るに、希望を叶える。
って事が、人を生かしめている。

944声 旅行と観光

2010年08月01日

固定観念が更新された。
と言う実感を得る時は、もっぱら他人との会話によるところが多い。
先日の例をば、ひとつ。
近頃、世間的にお盆休みが近い所為か、
他人との話題が自然と、旅行方面へ流れる事が多い。
私と話しているこの人は、中小企業における中間管理職の男性。
趣味は旅行で、この道何年と言う、謂わば、週末旅行の達人である。
話題は国内旅行に流れ着き、その旅行談を聞いて私は、
自らの固定観念を更新せざるを得なかった。
この氏が行った旅行先は、北海道は函館である。
実は私、北海道の土地へは未だ足を踏み入れた事が無く、
未開の地に対する憧れを持って、氏の話を聞いていた。
しかし、連休を利用して、北海道旅行など、当節、珍しくも無い話。
それが、その話の落ちは、連休では無いのである。
つまり、その人の函館旅行談は、日帰り旅行なのである。
氏は、群馬県高崎市在住。
高崎から函館まで、まさか日帰りで行って来るとは。
これが、仕事ではなく旅行、と言うから吃驚する。
しかも、飛行機ではなく、新幹線と在来線のみを利用している。
顛末を聞くと、高崎を限りなく始発で出て、限りなく終電近くに帰って来る。
それでも、函館の滞在時間は、2時間無いのだと言う。
そうなのだ、圧倒的に移動時間の方が長く、もはや移動の為の旅行と言える。
それでも、氏曰く、朝、群馬に居た人間が、その日の昼頃には津軽海峡を越え、
函館の土を踏んでいる。
と言う事に、最大の感激が得られるのだと言う。
氏にとっては、函館へ行って、何をするか、と言う事は、左程重要では無い。
「行って帰って来た」
と言う事が、重要なのである。
「せめて一泊して観光を」
なんて思ってしまう私は、凡庸な旅行感を持っている証拠だろうか。
「観光ばかりが旅行じゃない」
そんな事の発見が、殊更、「旅行と言えば観光」に執着している、
私の旅行に対する固定観念を更新させた。

943声 白球の清々しさ

2010年07月31日

先頃行われた、第92回全国高校野球選手権の群馬大会。
その結果、前橋商業が前橋工業を3対1で降し、3年ぶりで5回目となる、
夏の甲子園出場権を得た。
試合当日、行きつけの食堂へ入ったら、丁度、その決勝戦がテレビ中継されていた。
私は野球には疎いので、もっぱら食べる方に集中していたが、
店内のおやっさん連は、球児たちの一挙手一投足を食い入るように見つめている。
毎年目にする光景であるが、店の親父さんが野球好きな食堂なんかだと、
店内に独自予想のトーナメント表なんかが貼り出されている場合がある。
来月、8月7日からはいよいよ、47都道府県から予選を勝ち抜いた49高が、
甲子園で激突する。
先のトーナメント表の親父さんなんかはもう、新たなトーナメント表の作成で、
多忙を極めている筈。
この時期、高校野球を観戦していないと、なんだか夏の楽しみを一つ失ったようで、
いささか空しくもある。
しかし、自らの生活体験が野球と疎遠だったので、仕方ない。
数年前、仕事で県内の高校を幾つか訪れていた時があった。
そんな折、私が高校の渡り廊下を歩いていた時、すれ違う生徒で、
「こんにちは」
と、明朗快活に挨拶してくれる子たちがいた。
がっしりとした体躯に、良く日に焼けた丸坊主の顔。
とくれば、勿論、高校球児たちである。
彼らの挨拶が、蒸し暑い夏場、実に清々しく感じた。
彼らが見せる「心技体」の清々しさ。
それが、おやっさんたちのラーメンを摘んだ箸の動きを止めている、のだと思う。

942声 上州人の幕末

2010年07月30日

最近、NHK大河ドラマ「龍馬伝」が人気を博している為か、
やたらと、龍馬関連の文献が世に出て来る。
先日も、龍馬が海援隊を率いて乗船していた蒸気船「いろは丸」の絵図の発見を、
長崎市歴史民俗資料館が発表した。
蒸気船「いろは丸」と言えば、その沈没事件が有名。
慶応三年に瀬戸内海で、紀州藩船の明光丸と衝突して、沈没。
その後、龍馬の周旋によって、土佐藩の後藤象二郎の交渉による結果、
土佐藩側は紀州藩から多額の賠償金を獲得した。
と言う、日本初の「蒸気船による衝突事故」を作った船なのである。
そして今朝も、朝刊をめくっていたら、また「龍馬」の文字を発見。
安政三年の頃。
と言えば龍馬は未だ脱藩前で、武市半平太たちと共に、江戸に居た頃。
土佐の商家宛の書簡が、京都市内の個人宅で発見されたと、今度は、
京都国立博物館と高知県立坂本龍馬記念館が発表した。
なんでも、龍馬の脱藩前の資料ってのは、数が少なく、貴重なのだと言う。
ドラマ人気で、方々の博物館や資料館が、血眼になって探しているのか。
はたまた、所有者が気付くのだか、未だ、どこかの蔵の奥底から出てきそうな感がある。
歴史に「if」は無いが、その「if」を想像するのが、楽しい。
もし、坂本龍馬が生きていたら。
などは、酒の肴にはうってつけなのではなかろうか。
もっと言うなら、中岡慎太郎も生きていて、つまり慶応3年の11月15日に、
二人ともあの場所に居なかった。
でも良いし、幕末趣味な人が考えるなら、井上聞多の例で言う所郁太郎の様な人物が、
二人を治療してでも良いが、兎も角、二人が一命を取り留める。
そうしたら、日本の骨格は変わっていただろう。
日本の骨格は変われど、こと、群馬県に至ってはあまり変わらなそうな気がする。
その辺りが、上州人のはしくれとしては、歯がゆい気持である。
せめて、権田村で小栗さんが助かっていたら、骨格の肉づきは変わっていただろう。

941声 夏の涼しさ

2010年07月29日

今日は終日雨。
連日張りきっていたお天道様も、一先ず休憩、と言ったところだろう。
そのおかげで、煉獄の日々を送っていた私たちも、休憩の時間を得る事が出来た。
そのまま日が暮れて、夜。
いささか湿度が高いのだが、それでも気温が低く、
連日の熱帯夜に比べれば随分と快適である。
しかし、過ごし易い気候で生活していると、気持が平らかになって来て、
創作の意欲を削がれる。
よって、この様な、時候の事柄を延々と述べるしみったれた随筆になってしまう。
真夏にありながら、夜風が涼しく、左団扇の右扇風機と言う状態は、
神経が高揚しないので、創作には向かない。
と言う事を実感している。
夏休み期間中の学生が、ネット検索していて、たまたまこのサイトに辿り着く。
そして、この文章を読んだら、どこぞの隠居老人が書いているのかと思うのだろう。
私も、忘れていたが未だ一応、齢20代なのである。
「暑さ」でなく「涼しさ」へ着眼している辺りが、「若さ」を生まないのだと思う。
それは、夏の涼しさってのが、そこはかとなく、
「死」と言うものを連想させるからだろう。

940声 鰻と牛

2010年07月28日

牛丼大手3社による夏季商戦の火ぶたが、いよいよ切られる。
なんて言うニュースが、丁度昼時、運転中のカーラジオから流れて来た。
その槍玉にあがるのは、牛丼の並盛。
昨日からはすき家が、通常価格の30円引きで250円。
今日からは吉野家が、110円引きの270円。
そして、明日からは、松屋が70円引きの250円に設定し、
三つ巴の消耗戦で今夏を戦い抜く。
釣られて早速、街道沿いのすき家へ寄った。
注文したのは、牛丼の大盛。
これも期間中の対象商品なので、30引きの350円となる。
正午を回った店内は、やはり混雑を極めていて、小中学生から老年の方々の前を、
牛丼が飛び交っている。
「テイクアウト」
なんて言ってる方も多数居り、レジ横に列を作っている。
安かろう悪かろう。
なんて批判的な見解を述べている、牛丼ファンの方々も居るが、
私などは、味覚があやふやな方だがら、安かろう、だけで結構である。
もとい、丼の上に七味と紅生姜を山ほどかけて食べるので、
はなから味の機微など分かろうともしていない。
夢中で牛丼に顔を埋めてむしゃむしゃやっていると、隣の席に、
何やら黒い丼が運ばれて来た。
横目で覗くと、鰻丼。
否、ただの鰻丼ではない、鰻の横に牛肉が乗っているではないか。
店内に貼ってあるメニューを眺めながら、捜索すると、見つけた。
それは、「うな牛」なる期間限定のメニュー。
しかし、鰻と牛丼、ってのは豪奢な組み合わせである。
カレーと豚カツの比ではない。
その注文の主は、これが何だか、おばちゃんだかおじちゃんだか、
判然としないような人。
服装は何故か、ランニングシューズを履いた、首巻タオルのジョギングスタイル。
その佇まいからは、そこはかとなく、人の好さそうな雰囲気が漂って来る。
牛丼が安かろうが、我関せずと、一番値の張る丼を食べる。
こう言う人には、きっと、うだるような暑さも、巷で流行している熱中症なんてのも、
眼中にないのだろう。
レジで財布の小銭をかき集めながら、そんな事を思った。

939声 猫屋敷のお引っ越し 後編

2010年07月27日

さてさて、昨日の続きから。
夏場なので、残った御馳走は、処分してしまう。
と言う旨の話し声が台所から聞こえて来たので、
私は焦燥感に駆られて、書く事どころではなく、ともかく食う事に徹した。
よって、大いに食い過ぎてしまったが、猫たちが居ないので、
捨てるよりは良いと思った。
この日、以前の猫屋敷に居た、女将の猫たちは、まだ引っ越して来ていなかった。
たしか、3匹ほどは居たろうか。
その変わりに自宅へ帰れなくなった酔っぱらいが、居間で数名、ひっくり返っている。
この新たな屋敷は、以前の猫屋敷と比べると部屋数も多く、
1、2階に空き部屋が多数ある。
にも拘らず、部屋の方々で人間がひっくりかえっている様は、
やはり、以前の猫屋敷を私に連想された。
この新たな屋敷が、以前の如く猫屋敷になるもの、時間の問題かと思われる。
私は、独り、2階の風通しの良さそうな6畳間で寝た。
そして翌朝、私が起床した時には、あっさりと全員居なかった。
居間の横を通ると、猫屋敷の女将が、独りぽつねんとテレビを見ていた。
私は台所へ行って、コップに蛇口の水を注いだ。
コップを口に着ける瞬間、見えた。
コップの底に浮遊している、黒い物体が。
フライパンのこげの如きその黒い物体が、何であるかは分からないが、
差し当たって、人体に目立った害は及ぼさないようである。
何故なら私が、夜半に水道の水を、がぶ飲みしていたが、現在、
至って健康状態は良好である。
二日酔いも無く、若干感じる胃もたれの原因は、今朝方の来訪者の方に頂いた、
コンビニのマンゴーパフェにある。
叩き起こされて、マンゴーパフェを平らげて、また寝たのだ。
ともあれ、引っ越して直ぐ、と言うのは、長年放置の故か、
水道管も本調子でない様子。
台所に差し込む朝日に、コップの水を透かしながら眺めると、黒い物体と一緒に、
そこに「書く事」が浮いていた。
ように見えた。
それを持って帰って来て、この文章でお披露目。
しかし、あの物体の正体は、一体何だろか。
以前にも、古民家の水道で、何度か見かけた事がある。
「こら、余計な事書くな」
と言う猫娘のごとくいきり立った、猫屋敷の女将の顔が、容易に想像できる。

938声 猫屋敷のお引っ越し 前編

2010年07月26日

つい先日の事。
宴もたけなわになった、酒席。
その後片づけに、皆、皿を運んだり、テーブルを拭いたり。
台所と居間を、行ったり来たりで、立ち働いている。
私は、窓脇の袋棚に腰掛け、団扇片手に、その光景を眺めていた。
酔いが回った覚束ない手元で、皿の2,3枚を割るより、
部屋の隅で静かにしている方が、得策ではないか、と思ったからである。
その心積もりが、当然、座の一堂に伝わる筈無く、
気の利かぬ不精者と言う印象を与えてしまった。
「すまぬ」
と心では思っているのだが、弁解の気持ちが団扇の爽風で、掻き消えてしまう。
私の知人に、「猫屋敷の女将」と言う人がある。
この日は、猫屋敷の女将が、元の猫屋敷から、新たな屋敷に引っ越したお祝い。
その引っ越しを手伝った人を労う、という名目で、夜、宴会が開かれた。
引っ越しも一切手伝わずに、宴会に潜り込んだ客。
と言うのが数名居り、私もその組の一派であった。
むしろ、話の運びでは、その一派の旗頭と言う印象らしい。
更には、手伝いもせずに豪勢な料理と大酒を食らっている。
挙句の果てに、後片づけもせずに、団扇を揺らしているなんざ、
我ながら、奸物だと思う。
その奸物に、心優しき人がお声掛け下さる。
「今、考えてますか」
「えっ、と言いますと」
「今日、書く事を、です」
書く事。
ってのは、即ち、この日刊「鶴のひとこえ」の事だと、
酔眼朦朧としながらも気付いた。
「まぁ、そんなところです」
なんて、悠然と嘯いたが、実際は、残り物をつまみ食いしようと思案していたのだ。
いよいよ、放つ言動が、自らを奸物足らしめてきた。
いささか、長くなりすぎました。
この続きは、また明日。