日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

1421声 湯屋と拍子木

2011年11月22日

湧き出るように、二日酔いに効く胃腸薬のCMがテレビに増えて来た。
忘年会シーズンの序盤戦、胃腸薬の飛ぶように売れる時節なのであろう。
胃腸薬のCMならいいが、増えてもらっては困るのが、火災、である。

冬季。
特に年末から年始にかけては、火災が増える。
と言う話を、聞いた事がある。
実際の統計を確認した訳ではないのだが、この時期。
下町の銭湯などに浸かっていると、夜道の路地から、
拍子木を打つ音などが聞こえて来るので、やはり、火災が多いのであろう。

郊外の方では、「火の用心」の啓発に、鐘を打ち鳴らしながら消防車が巡回している。
「カーンカーンカーン」
この音の方が馴染み深い。
しかし、俳句などをやっている身からすれば、やはり、湯屋と拍子木。
てぇ組み合わせに、オツを感じ、詩情をくすぐられる。
いま、群馬県内で、この組み合わせが成立する地域が、果たしてあるのだろうか。

【天候】
終日、冬晴れ。

1420声 風雲

2011年11月21日

一雨来たら、急速に冬の空気に入れ替わり、朝晩の冷え込みがいっそう辛い。
青紫色の山並みに、じっとして動かぬ雲。
すっかり、冬の空になってしまった。
朝起きて、赤城山に千切れ雲の塊、所謂「風雲」を見つけると、
午後から吹き荒れる空っ風を思い、一寸、ため息が出る。

群馬県山間部では、既に降雪が珍しく無くなってきた。
来月の冬至まで、丁度、一月を数える。
すでに、クリスマスやら何やら、巷もいよいよ落ち着かないが、
冬至を過ぎる頃には落ち着いていたい。

風雲の少しく遊ぶ冬至かな(石田波郷)

今年こそは、こんな心境で迎えたいものである。

【天候】
終日、冬晴れ。

1419声 冬の虹

2011年11月20日

午後になって、突如として空っ風が吹き出す。
今日はそんな、上州の典型的な冬の天気であった。

赤城山の麓へ向かう途中、なだらかな稜線の前に、虹が立っていた。
夕焼けの中、街の上に立つ冬の虹は、色彩が澄んでおり綺麗だった。
今年初めての忘年会へ伺って、酒肴を頂いた。
主催の方とは、新年会以来の再会だったので、およそ一年ぶり。
宴もたけなわになり、さてこれから。
と言うところで、最寄駅発最終列車の時刻となり、後ろ髪を引かれつつ辞した。

水上方面から来る列車は、日曜日と言う事も有り、乗車した車両に乗客は私のみ。
酔眼朦朧としつつも、車窓に瞬いている渋川市街の灯が綺麗だった。
つい先程、暗い夜道を駅へと向かって歩いてる時に見た、冬銀河ほどではないが。

どうにか新前橋駅で降りられたので、ひとまずは、大丈夫。
駅前にある、居酒屋の看板がやけに眩しい。
帽子を深くかぶって、通り過ぎた。

【天候】
朝より冬晴れ。
午後になり、風雲と空っ風。
夕方頃、一時小雨のち赤城山方面に虹。

1418声 銭湯経由女子大行

2011年11月19日

「ここも駄目で、あそこも駄目」
階段を駆け上がっては、フロアを調べ、無い事が分かると、また上の階へ行く。
それが三階だったか、四階だったかは焦り過ぎていたので、記憶が定かではないが、
ひとまずは、手遅れになる前に見付かってよかった。
男子便所が、である。

ここが女子大なので、それもそのはずである。
女子大などと言う不慣れな場所に足を踏み入れたので、
一挙にトイレが近くなってしまったのかも知れない。
この不慣れな場所に、勿論、忍びこんだ訳ではなく、「群馬学」の用事で訪れた。 

昨年から活動してきた「群馬学リサーチフェロー」と言う活動も、いよいよ大詰め。
来年三月の研究成果発表を前にして、中間報告会が行わる日が今日だった。
冷たい雨降りしきる夕方、他の仲間と先生を前に、
この一年携わってきた銭湯関連の事を報告して来た。
まだまだ内容をテコ入れしないと、とても「研究成果」とは言えない内容だったが、
一応、報告を終えて、帰ってきた。 

帰り際。
夕闇の校舎ロビーで、大学の女学生であろう若者が、四五人、談笑していた。
彼女等の横を通り過ぎ、銭湯に深く関わって行った経由地に、
女子大があるとは、なんとも不思議な心持になった。
車のエンジンをかけ、帰路の途中、銭湯を経由して帰ろうと、ふと思った。

【天候】
終日、冷たい雨が降り続く。

1418声 波のまにまに

2011年11月18日

里山では紅葉も散り、人の踏まざるところへ、
風に吹き集められた落葉が溜まってゆく。
巷の路地を行くと、垣根の山茶花が咲かせた、
暖かそうな花が目に付いた。
11月も後半になり、いよいよ、年の瀬が近づいて来た感がある。

そして今年もまた、忘年会の波が押し寄せてくる。
その波に飲まれ、且つ溺れ、もがきながら気付けば、
大晦日の岸辺に打ち上げられている。
と言った具合に、毎年、どうしてもなってしまう。

飲まれゆく波のまにまにも、句作をしていた。
いま、去年作った冬の句を見返しているのだが、
秋ほどではないにしろ、結構な数を作っていたようである。
俳句帖には日記みたいなところがあって、その日、
どこで何をしていたかが、句を見ればなんとなく分かる。
句に前書き、つまり、「11月23日勤労感謝の日に、高崎観音山にて」
などと書いてあれば、明白。

しかし今年は、句帖に冬の句がほとんど無い。
その現状を目の当たりにし、少しは、日記風な句も作っておこうと思った。
もし、岸辺へ辿り付けなかった時の為に。

【天候】
終日、冬晴れ。
明日から下り坂の為か、夜半の冷え込みは緩い。

1417声 ワインと流星

2011年11月17日

冴えている。
いよいよ冬の夜空が澄んできて、
「冷える」と言うよりも「冴える」と言う様相になって来た。
これからは、潤むように瞬く星が、とても綺麗な時期である。

しし座流星群。
今年も来ているらしく、今日の夜半から明日の未明にかけてが、観測のピーク。
と言う事を、今朝、ラジオやテレビで知った。
その活動が活発だった、2001年に、この流星群を初めて観た。
埼玉県の山中だったが、小一時間くらいの間に数え切れないほど、星が降っていた。
確かに、「流星群」だと感じた。

丸10年が経過した今、もはや、戸外で夜の底に立ち、流星群を眺めよう。
と言う事が、怖くてできない。
襲い来る眠気と寒気に、到底勝てる気がしない。
しかしながら世の中には、今日解禁したボージョレ・ヌーボーを嗜みつつ、流星群を観よう。
なんて言う趣向があるらしい。
こちらも負けじと、熱燗飲みながら、チラリとカーテンくらい開けてみようと思う。

【天候】
終日、冬晴れ。
北風強し。

1416声 記憶から

2011年11月16日

近々、銭湯関連の発表があるので、その為の資料をいま、まとめている。
一向に捗らないのは、現状の厳しさを痛感しているからでもある。

この一年で、私の知るところにおいて、二軒の銭湯が暖簾を下ろしてしまった。
何れも、歴史ある銭湯で、その一軒には巨大なペンキ絵があった。
歴史的な建造物が、もう少し身近に言うと、地元のよりどころが、無くなる。
と言うこと。
時を経て、記憶からどんどん薄れて行ってしまう。
それは、私の、ではなく、市井の、である。

【天候】
終日、雲多くも冬晴れ。
風強し。

1415声 綿虫と雪

2011年11月15日

ツイッターにはタイムラインと言うものがあって、
フォローしている人たちのツイートが断続的に流れている。
唐突にこんな事を書いても、ツイッターと言うサービスを利用していない人にとっては、
「何のことやら」、であろう。

「ツイート」
つまり、知り合いが発信した「つぶやき」が、携帯電話だかパソコンだか、
自分が見ている画面上で見られるのである。
そこでつい先程、「草津は雪が降って来ました」と言うツイートを見掛けた。
画面上でその後の状況を見ていると、慌ててチェーンを巻いたり、
路肩でタイヤを履き換えている人までいたらしい。
朝刊の天気予報では、群馬県山間部に雪マークが付いていたが、
その予報が的中し、本日、いよいよ冬将軍が群馬県に参られたと言える。

立冬から一週間が過ぎ、街中にはコートを羽織っている人を、
ちらほら見かける様になった。
先日、野山を吟行している最中、「綿虫」を発見した。
その場に居た一堂、捕まえた人の指先を凝視して、小さな綿虫の生態を観察した。
北海道では「雪虫」と言い、この虫を見ると、いよいよ厳しい冬到来を思う。
と言う事を、テレビドラマの「北の国から」で知った。
冬到来の風物詩である綿虫たちは、因果な事に、
冬の到来を待たずに死んでしまうらしい。
来週の今時期には、もうあの綿虫たちはいないのか。

【天候】
終日、冬晴れ。
寒気が列島に入り込んできている様子。

1414声 紅葉探勝合宿二日

2011年11月14日

起きて、障子を開け放つと、山の端に白じらとした月が浮かんでいた。
空は薄く雲を引いて、まだ青色が整っていない朝。
鏡面のような湖面に、山紅葉が燃えていた。

欠伸をしながら、窓際の景色をぼんやりと眺めていると、
見覚えある服装の人が一人。
紅葉の下に突っ立って、歩いては手元に書き、歩いては手元に書き。
あの奇妙な動作は、紛れも無く「俳人」と言う奴である。
仲間の一人は、もう朝の榛名湖畔を吟行しているではないか。
部屋に居る先生と私と二人で、その光景を眺めて感心した。
感心しつつ、不精なこの部屋の人間は、窓の景で俳句を作っていた。

朝食を食べて句会。
宿を出て、伊香保まで下り、水沢観音で合流した仲間と一緒に句会。
この二日、伊香保温泉は随分と賑わっている模様だった。
車窓からその光景を眺めつつ、瓶ごと昨夜の残りのワインを飲んでいるのは、
やはり先生だった。
箕郷の鳴沢湖まで足を伸ばし、水鳥や鴨などを眺めながら吟行。
水面に返る午後日は、金色に輝いていて、漣も鴨もその光と融和して行く景色は、
紅葉とはまた違った趣があった。
止めに、渋川市内まで戻り、ファミリーレストランで最後の句会。
心地好い疲れを感じつつ、先生宅まで戻って解散。
自分の句は兎も角、佳句と沢山出会えた事が、一番の御土産となった。

【天候】
朝より雲多くも晴れ。
夕方より、3分ほど強く雨降って直ぐ止む。
暖かく、奇妙な天候であった。

1413声 紅葉探勝合宿初日

2011年11月13日

「秋の空、ですよねぇ」
まず最初に、聞いてみた。
「どう見ても、冬じゃねぇよなぁ」
その回答を得て、一安心した。
これから一日作る句が、秋か冬か、微妙だったからである。

立冬は過ぎたが、高い空には薄い雲が棚引いており、
薄紅葉の平野部には、まだ秋の気配が濃い。
そんな、秋晴れの空の下、子持山の麓にある先生宅から、
伊香保を経由して榛名湖へ、一泊二日の俳句合宿へ出発した。

運転手は、参加者の中で、たまたま一番大きい車に乗っていた私となり、
自分含め四名の吟行である。
伊香保温泉街へ到着し、まずは紅葉を見に行く。
道中ではや、先生は缶麦酒を空けている。
すれ違うのも困難な人波に紛れて、句を書き留めてゆく。
温泉街の下で、新蕎麦をたぐってから、榛名湖へ登る。

着いてすぐ句会。
そこからはもう、枯野を吟行して句会。
紅葉の湖畔を吟行して句会。
夕食後に題詠で句会。
晩酌後に部屋で酔っ払いつつ作った句が、一番好成績だった。
それが、腑に落ちなかった。
紅葉の写生句を、それこそ散る紅葉の様に、沢山作ったが、
一つとして光る句が無かった。
酔いによって気が紛れたのが、いささか好かったのかもしれない。
そう考えれば、能動的に得た句よりも、受動的に得た句の方が、
確かに結果的に好く出来ていた。
とすると、午前十時から缶麦酒を開けている先生は、緻密な計算の結果。
ではなく、ただ単に、飲みたくて飲んでいるだけであろう。

夜半。
近くに住む、仲間の女流俳人の方が酒を持って来てくれた。
仕事が終わってから、霧の渦巻く榛名湖へ来るとは、頭が下がる。
そして、句会も飲酒もせずに帰って行くと言う、素晴らしい句友である。
その晩は、飲み疲れ、と言うよりも脳が疲れて、
横になると直ぐに体が、蒲団に沈む込んで行った。

【天候】
終日、冬晴れ。

1412声 榛名合宿下山漫筆

2011年11月12日

この二日ほど榛名湖で冬籠

などと、思考回路の目盛りが五七五に合わさっているので、
そのリズムで言語が出て来てしまう。
冬籠していたのは、俳句を作る為であって、
定期的に行っている合宿に参加して来た。
榛名山より下山して来た今日一日も、周辺でさんざん俳句を作りながら帰って来た。
その反動と解放感から、度を越した晩酌となってしまい、手元が覚束ない。

よって、その報告は明日にした方が得策であろう。
一面の紅葉山が目に焼き付いていて、いま尚、眼球が紅く染まっている様である。
今回、紅葉の句を山ほど作って来たが、自身の作はどれも面白味の無い句ばかりだった。
しかし、句の出来不出来よりも、自然の中に入り、自然から得た感動を胸に残せただけでも、
非常に満足している。
「ぽとっ」と、一葉の紅葉が落ちる様に、いつかその感動を俳句に出来る日が来るかも知れない。
それにしても、榛名湖の湖面に映る紅葉山の、あの燃える様な色彩は、忘れがたい光景である。

【天候】
終日、冬晴れ。

1411声 トルコから

2011年11月11日

テレビから流れるニュース映像に一瞬、息が止まった。
「ぽん」、とそこに現れたのが、見覚えのある顔と名前だったからである。

その女性とは、二年前に面識が一度ある程度だが、深く印象に残っていた。
自身初の著書を、初めて新聞紙面に取り上げてくれた人である。
紙面では大きく、そして正確な筆致で著書周辺の事情が報道されており、
感謝の念を抱いていた。

ニュースは伝えた。
「トルコ東部ワン県で発生した地震により倒壊した、
バイラムホテルの下敷きとなっていた日本人女性が、ほどなく無事救出されました」

その後に、同僚の男性の訃報が報じられた。
助かった事実に安心したが、それよりも、国際支援の場で活躍する彼女の志に敬服した。

【天候】
終日、冷たい雨が降り続く。

1410声 菊日和

2011年11月10日

自宅の前に、一つ道を隔てて、空き地がある。
以前は建築関係の会社が資材置き場に使っていたのだが、
その会社もこの土地から退いてからは、手付かずに雑草が生い茂っている。
以前の会社が、フェンスを張りめぐらせたので、雑草が道に被さって来る事は無いが、
フェンスの中は、「草の海」と言った具合になっている。
地面とフェンスの隙間から猫が入って行くと、
直ぐにその姿が見えなくなってしまうくらいである。

草が生い茂っていても、別にどうと言う事は無い。
これからの空っ風の季節は、むしろ砂埃がたたなくて良いのだが、少し前は虫で苦労した。
その虫は、おそらくカメムシなのだが、天道虫くらいの大きさで全体が茶色い。
こいつ等がこの秋に大量発生して、玄関やベランダに大量にくっついていたり、
あるいは死んでいたり。
天気の好い日に、真っ白いシーツなど干そうものなら、墨汁を飛び散らしたように、
点々とくっついている。
カメムシ特有の臭いを発するので、やたらに掃えず、厄介なのである。
それも近頃、立冬を過ぎてからようやく落ち着いて来たので、一安心している。

私の推測では、この虫の大量発生の所以は、草の海に大量に生えている、
背高泡立草にあると考えている。
それがこいつ等の寝床になっているのではなかろうか。
この草の海に、どこから種がこぼれて来たのか、最近、菊が咲き始めた。
和歌の世界で、たんに「菊」と言えば白菊の事だが、白い花はあまりなく、
黄色や紅色や桃色など、多彩な色の菊が咲いている。

虫柱立ちゐて幽か菊の上   高浜虚子

虚子の句にあるように、あまねく夕日が満ちた草の海の中、
菊の上に、幽かな虫柱が立って揺れている光景は、荘厳な印象を受ける。
菊には、そう言う不思議な存在感がある。

【天候】
終日、冬晴れ。

1409声 朝の目

2011年11月09日

どうにも、朝食が不味い。
それは、朝食のメニューが気にいらないのではなく、
自らの体の具合が芳しくないから、である。

朝が弱い。
思えば、我が人生で、気持好く朝食を食べていたのは、
もう中学生時分の事で、高校生以降は、満足に朝食を食べていない気がする。
高校生になって夜更かしをするようになっていたし、
進学して一人暮らしするようになってからは、生活のリズムが大幅に乱れてしまった。
今となっては、一汁三菜なんて、純和風な朝食を食べる事など、
ビジネスホテルのバイキングか、ほのじに泊まった時くらいなもので、年に数える程度ある。

「朝飯を食って来ない奴は、目が死んでるんだよ」
そう豪語していたのは、社会人になった時の先輩で、勿論、私に向けての言葉。
それから、なんとか食パン一枚やヨーグルト一個などを、寝惚け眼で、
と言うよりも半分寝ながら喉へ流し込んで、朝食をとるようにした。
それでも、東京に住んでいた時分は、マンションのすぐ隣にコンビニがあるのをいい事に、
通勤途中に「ウイダーinゼリー」を買って歩きながら飲んた。
その当時は、CMに木村拓也が起用され、「10秒チャージ・2時間キープ」と言うキャッチコピーで、
大々的にウイダーinゼリーを売り出していた。
どこかしら、忙しぶっているスタイルで、都会の社会人になりたかったのかも知れない。

ウイダーinゼリーならまだしも、時折、コーラや缶珈琲などを、朝食とする時もあった。
排水の匂いの立ちこめる川沿いの倉庫には、フォークリフトで荷を運んでいる作業員が大勢いる。
その敷地を抜け、黴臭い細い路地へと入る。
よろけたらブロック塀に肩がぶつかるくらいの通りには、家々が密集して建っていて、
道沿いには住宅の窓が向いていた。
不味そうに缶珈琲を咥えながら、猫背気味に路地を行くと、いつも開いている窓があった。
覗くともなしに見える窓の中の部屋には、窓際のベットに寝ている、お婆さんの姿が見えた。
丁度、朝食時間なのだろう、ベットに付けられたテーブルには、朝食の御膳が載っている。
食べ終えたのか、食べ始める前か、お婆さんは少し傾斜しているベットに寝たまま、
いつもこちらに視線を向けていた。
一瞬。
お婆さんと目が合うのだが、特に会釈するでもなく、過ぎて行った。

「寝たきり」、なのだろうと思った。
なんだか、部屋の雰囲気が暗く、少し、怖い感じもした。
あのお婆さんの意目には、気持の好い朝に、ポケットに手を突っ込んで、
不味そうに缶珈琲を飲みながら歩いてゆく若者が、どんな風に映っていたのだろうか。
今となっては知る由もないが、あの寝たきりのお婆さんの、
活き活きとした眼光だけは、よく覚えている。
【天候】
終日、穏やかな冬晴れ。

1408声 棒二本

2011年11月08日

今朝起きたら、冬が立っていた。
暦の立冬に、寸分狂わず、ぐっと冷え込んだ朝となった。
テレビの天気予報を見ていたら、北海道では今週末に、はや雪マークが付いていた。
急いで冬支度をする羽目になってしまった。

冬支度。
と言っても、押入れから電気ストーブを引っ張り出せば済んでしまう。
寝間着のまま押入れをゴソゴソとやっていたら、今冬初の水洟が垂れて来た。
部屋が暖まるまで、コートを着て、寒さを凌ぐ。
水洟、コート、ストーブなど、立冬になった今朝から、生活上には一挙に、
冬の季語が登場して来た。

ようやく、部屋が暖かくなって来た。
電気ストーブのニクロム線が真っ赤に熱を帯びたからでなく、
カーテンを開けた窓から、朝陽が入り込んで来たので、暖かくなったらしい。
ストーブの本体に付いている三本のニクロム線の棒の内、
一番下の一本が、赤くなっていない。
「1200w」と言う目盛りでは、三本が熱を帯びる仕組みになっているのだが、
どうやら、一番下が壊れてしまっている。
と言う事は今冬、このニクロム線の棒二本で、乗りきらねばならぬ。

【天候】
雲多くも穏やかな冬晴れ。
ぐっと冷え込んで、空気が入れ替わって澄んだ印象。

1407声 湯疲れ酒疲れ

2011年11月07日

土曜日に桶川の銭湯で温まってから、駅前で一杯ひっかけて帰って来た。
電車に揺られている間に、だんだん酔いが回って来て勢いが付いたので、
終点の前橋駅で降りてから、雨の中、傘もささずに酔街へと沈んで行った。
そして、昨日は県内の銭湯の取材で、湯には入らないにしろ、数軒回って、
その都度、親切な女将さんや御主人から瓶牛乳を頂いた。
取材を終える頃には、相当量飲んでいる計算になった。
そして、最後の取材先である高崎の銭湯で湯に浸り、場所を変えて、
取材記者の方と打ち合わせをして、帰途に就いた。
帰宅してから、もうかなり湯疲れしていたのだが、
打ち合わせの際に緊張して汗をかいたので、寝る前にもう一度、風呂へ入った。

「だるい」
寝床から起き上がって、漏れた、第一声である。
風呂に入り過ぎて、体温調節機能が狂ってしまったのか、あるいは、
雨の酔街から千鳥足で帰って来たのが災いしたのか。
兎も角も、体調が崩れてしまった。

なんだか茫然として一日を終え、いままた風呂へ入って、これを書いている。
風呂で温まったら、いささか、それまでの全身倦怠感が解消された。
湯で崩れた体調が、湯で回復すると言うのも因果な話である。
だるさが消えたのをいい事に、冷蔵庫から一缶出して、コップにふくよかな泡を注いでゆく。
喉を鳴らして飲み干すが、あまり美味くない。
いつも飲んでいる麦酒なのだが、体調が崩れている為、体が受け付けない感がある。
もしかしたら、体調を崩した原因は、「湯」でなく「酒」。
つまりは、湯疲れよりも酒疲れなのかも知れない。
然らば、どちらか一方を止めれば、一件落着。
しかし、湯と酒てぇのは、とても仲良しなので、
この二人を切り離すのは、とても忍びない。
忍びないので、体に鞭打って、飲む事にした。

【天候】
雲多くも、冬晴れの一日。

1406声 湯屋の帰り道

2011年11月06日

「しょうが湯」
風邪っぴきが体を温めようと、飲む物でなくて、薬湯である。
今日訪れた高崎市の藤守湯で、今日初めて試みる薬湯が、
このしょうが湯であった。
ほのかに生姜の香りがして、とても、体が温まった。

雨降りの天気の中、今日は県内の銭湯を数軒、回って来た。
一人でなく、新聞社の記者の方と一緒に、である。
今月の26日は、11月26日の語呂合わせで「いい風呂」の日。
その日に向けた特集を、銭湯で組もうと言う事で、同行の取材であった。
懸念された天気にも関わらず。、とてもスムーズに行程を進める事ができ、
行く銭湯行く銭湯で、瓶牛乳を頂いた。
数年前から銭湯を回っているが、行く毎に新しい情報を得られる。
特に、今回の様な取材のプロと行くと、思わぬ新情報が伺え、新鮮である。
「群馬伝統銭湯地図」の方も、各銭湯で順調に減っている様なので、
一安心した。
そして、補充も出来たので、一石二鳥であった。

最後に寄った藤守湯で、お湯を頂いて、帰って来た。
芯まで温まって、銭湯の外に出ると、もう雨は上がっていた。
吹き来る夜風が、洗い髪を冷やして行くこの帰り道には毎年、冬を実感させる。
そう言えば、明後日は立冬。
まだまだ、群馬の銭湯は、元気で、面白い。
冬が来て、銭湯の季節がやって来る。

【天候】
曇りのち雨。

1405声 武蔵野探勝

2011年11月05日

高崎線へ乗車して、桶川駅へ向かう。
「桶川」、と言う土地に対して、全くと言っていいほど知識を持っていない。
鴻巣駅の先で大宮駅の手前と言う位置関係くらいは、
高崎線を利用しているので、知っている。

桶川駅西口を出て、「さいたま文学館」を目指す。
駅の脇に「西口公園」と言う都市型の公園があり、そこに併設されている。
スケボーの練習をしている姉さんや、家族で自転車の練習をしている子供たちなど、
憩うている人たちも、いささか都会的な印象を受ける。
そして、「さいたま文学館」もまた、そう言う印象の文化施設ある。

「武蔵野を詠む」。
と言う企画展を見に来た旨を受付に伝え、展示室を案内してもらう。
昭和初期、高濱虚子を中心とする俳人たちが、
「武蔵野探勝」と言う吟行会を開催していた。
この内、埼玉県内で開催された吟行会と共に、川島奇北や岡安迷子など、
土地にゆかりのある俳人に関する資料が展示されている。
当時の資料などを観て楽しんだが、戦前の武蔵野の広大な自然には驚いた。
現代で武蔵野探勝をやったら、と思うと、やはり俳句も変わって来て当然と思う。
館内には、他にもゆかりの作家が常設展示されており、俳句で言うと、
「加藤楸邨」と「長谷川かな女」を観る事が出来る。
図書館で、ひとしきり本を読んでいると、日も暮れてきたので、館を辞した。
次の目的地へと、そこはかとなく文学的な気持で、街を行く。

目的地は、駅の反対側にある、「梅乃湯」と言う銭湯。
夕暮時の銭湯は、とても賑わっており、話を聞いたり写真を撮ったりなどせず、
温まって暖簾を出た。
シンプルな銭湯だが、大分劣化の進んだペンキ絵が、風格を醸し出していた。
列車を待つ間、駅前の焼き物屋で、瓶麦酒と焼き鳥をつまむ。
ほろ酔いでうたた寝をしてしまい、終点前橋駅まで帰ると、雨。
寒ざむしく濡れた路面を千代田町まで歩く。
そこからはもう、ほろ酔いでは済まない。
飲んでいる内に、いつのまにか、雨は上がったようだった。

【天候】
曇りのち雨。