日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和6年度は4月(ぬ)5月(岡)6月(す)7月(堀)8月(坂)9月(ぬ)10月(岡)11月(す)12月(堀)1月(坂)2月(ぬ)3月(岡)の順です。

4359声 職業監督

2019年07月14日

「旅ルミネ meets 中之条」には、「伊参スタジオ映画祭」の宣伝のために参加したのだった。

 

今でこそ映画祭の実行委員長などしているが、2000年に行われた第一回目の映画祭には、たまたま客として出かけた。映画学校に通っていたが、撮影のために地元中之条町に戻っていた。この映画祭の成り立ちを簡単に説明すると、1996年に『眠る男』(小栗康平監督)と『月とキャベツ』(篠原哲雄監督)という2本の映画が公開され、その撮影地だった中之条町に『月とキャベツ』主演の山崎まさよしさんのファンなどが数多く訪れることになった。そして撮影拠点となった木造校舎には資料展示室が設けられ、地元の町おこしグループと山崎さんファンがチームとなり、中之条町役場の全面的なバックアップにより映画祭が立ち上がったわけである。

 

その映画祭の立役者として外せないのが、篠原哲雄監督である。篠原さんはとにかく面倒見が良い。映画祭発足時も、山の中の名もなき映画祭に俳優を呼んだり、知り合いの映画人づてで上映する映画を推薦したり、その後はシナリオ大賞という骨の折れるシナリオコンペの審査員も15年以上続けてくださっている。このルミネのイベントでも「映画祭でトークしていいらしいんですが、来てもらえませんか?」と送ったら「その時なら行ける」と即答いただいた。実際今日のトークでも篠原さんファン、山崎さんファンが新宿まで来てくれた。

 

日本アカデミー賞にもノミネートされるような監督だが、その風貌は周りを和ませる熊さんのごとし。現場でも真剣でこそあれ荒れるところも(僕は)見たことがないし、その日集まったエキストラにも丁寧に芝居のアドバイスをしたりする。「僕は脚本を書かないし、依頼があれば学園ものでも時代劇でもやる。職業監督なんですよ」という篠原さんのことを、年を隔てるごとに僕自身も好きになっている。

4258声 地方と東京

2019年07月13日

「地方」のものを「東京」で売る必要がない時代。

 

典型的な地方である中之条町の野菜や加工品を東京のどまんなか新宿ルミネゼロで販売する「旅ルミネ meets 中之条」に参加している。

 

頻度は多くないが東京へ行くと、「◯◯ランキングNo.1スイーツ」的な販売ブースに行列ができているのを目にする。否定するつもりはないが、誰が何を使ってどのような気持ちで作ったかわからないが(販売しているバイトさんも知らないかも)「売れているから、行列ができているから買おう」という気持ちがさらに行列をつくる。それを見る度に、ひねくれた僕は「錬金術だ」と一人呟く。

 

また、「群馬の名物を東京で売ろう」と冠をつけると、商品・販売店のそれ相応の知名度/定期流通のための大規模展開/イベント出店もできる余力がどうしても必要になる。それができる生産者・加工者はその道を行っていただくのが良いのかもしれないが、小さな、特に中之条町のような地方だと、「東京の2日間のイベント」でさえも出店者を集めることは容易ではなかったと思う(僕自身、ジェラートや魚の販売で7年くらいイベントに出店しまくったので、大変さの実感もある)。そもそも、自分の店や畑を空けられない人も多いしさ。

 

では、そんな無理をしてまで「地方」のものを「東京」で売る必要はあるのだろうか?

 

 

「旅ルミネ meets 中之条」に関わった皆さんが出した回答は単純明快。「やれる範囲でやろう」「むしろ、東京の人に地方に行って買ってもらおう」ということである。目玉となっている「中之条プレート」には金幸・くれない・山幸(野のや)・キッチンさいとう・つむじカフェといった複数の店舗が、現場には来れないお店も含め1品ずつおかずを出し合い提供している。なんなら、中之条町の物産のみではなく、群馬助け合いじゃないけど、榛名や高崎のセレクトされた陶芸やアクセサリー、書籍なども販売している。

 

なにより、このイベント後の「ツアー」や「中之条町の◯◯さんのお願いを聞いてみよう伝言板(伊参スタジオ映画祭は当日ボランティアを募っています)」、計4組のディープなトーク(今日13時からは篠原哲雄監督に来場いただき伊参スタジオ映画祭の話をします!)も含めて、「購入人口」ではなく「交流人口」を増やすことに重点を置いている。

 

つまりは、「無理をしながら地方のものを東京で売るのではなく、関係性を作って東京の人に地方に来てもらおうよ」という提案である。

 

それって、必要な未来じゃないですか?

 

昨日1日だけでも「東京に住んでるけどおばあちゃん家が中之条なんです」とか「山形に住んで町おこしに苦戦してるんですけど中之条ってすごいから勉強に来ました」という人たちと出会えた。よい経験をさせてもらっている。

4257声 BLUE GIANT

2019年07月12日

という題名の漫画が熱い。ジャスを題材にした漫画で、日本編はすでに完結し、主人公の大が海外に渡り一癖ある仲間たちとツアーを回る海外編が連載されている。漫画だから音は聞こえない。ジャズ通ならどんな曲かは脳内に流れるのだろうが、僕はスタンダードなナンバーもほぼ知らない。のに、なぜここまで心を打つのか。もちろん、物語の運び方の良さ、演奏シーンでの迫力ある演者の表情、聴衆の表情など、技術的な巧みさはある。けれどもしかしたら、音が聞こえないからこそ、そこに流れているであろう音の広がりが脳内に限りなく広がるのではないか、と仮定してみる。あながち間違いではなさそうだ。

 

ないからこそ、ある以上になるものがある。何もそうだとは言わないが、大事なことである気がする。

4256声 キーボード

2019年07月11日

『64』や『クライマーズハイ』で知られる作家・横山秀夫さんは上毛新聞に勤めていた経歴をもつ。上毛新聞と繋がりがある伊参スタジオ映画祭では、シナリオコンペの審査員も3年務めていただいた。それが縁で未だに、年に1度は映画祭スタッフと横山さんとで飯を食うという有難い繋がりが続いている。

 

作家というのは、凄まじい職業である、という思いは、横山さんの作品を読み、話を聞いてより強くなった。作品を書く時前段階の情報集め・取材の念密さはもちろん、一度書いた長大な長編小説を編集者と共に何べんも何べんも書き直すタフさ、そして「何も書けない時」の対応もしかり。

 

横山さんの場合は、キーボードの上に両手を置いて待つのだそうだ。頭の中で物語がむすばれ、文字として落ちてくるまで。手を置いたままで1字も打たないまま1日が終わる日もあるという。僕は直接その場を見たことはないが、シュッ、シュッとえんぴつを削るように、命を削って文字を紡ぐ横山さんの姿を想像してしまう。

 

新作『ノースライト』は、警察小説のイメージが強い横山作品の中にあって、建築家を主人公に立てた意欲作。買ったその日に僕はスーパーの駐車場で読み始め、閉店になったからコンビニに場所を移し(家に帰れよ)、その日のうちに4〜5時間かけて読み終えた。深夜になっていた。それくらい、おすすめです。

4255声 塩むすび

2019年07月10日

午前五時の塩むすび。セブンイレブンのおにぎりの中ではこれが一番美味しい。温めて下さい、は必須。昨日の仕事量はハンパなかった。

 

コンビニに車を停め精神的に参っているような営業マンを見るたびに、僕も過去の営業仕事を思い出して辛かったなと思うのだけど、今メインの広告や映像の仕事に関してはほぼ営業をしたことがない。それで年々忙しくなるのだから、有難い。

 

「自分が好きなことを仕事にする」という言葉は色んな賛否を含んでいる。そんなうまくはいかないよとか、そうあるべきだとか。なぜ意見が分かれるかといえば、自分一人が基準になるからだ。

 

仕事は得てして社会的なものだし、「君にお願いするよと言われて、それに応えるのが好きな仕事」がやれる人生こそ、豊かなんじゃないかな、と思う。言われるのはクライアントや上司じゃなくて、畑の作物や牛舎の牛からでも良いよね。

 

セブンイレブンの塩むすびを食べながら、そんな事を思っている。

4254声 しゅうまいと酢

2019年07月09日

スーパーのチルドしゅうまいは安い。1パック100円なんてのもあり、どんな材料を使って誰が作っているのか疑問だったりもするが、買うこともある。それをレンジでチンして、小皿に多めな酢、醤油を少々。酢のプールにしゅうまいをどぶんと浸し、しばらく放置して、おー酸っぱいと言いながら食べるのが、僕は好きである。

4253声 たなばた

2019年07月08日

約束の時間に若干余裕をもって向かったら、車が進まない。あそうか今日前橋は七夕祭りかとその時になって気づく。街中を避けるかたちでぐるっと周り、広瀬川沿の駐車場に車を止めた。仕事が終わり七夕祭りの何を見るわけでもなく賑やかな露店の間を歩いた。ケバブはもちろんのこと、チーズが入った韓国のやつとか、和洋折中見たことのない屋台がたくさん並んでいた。前橋だからとも言えるが、今時だなとも思った。

 

一緒に歩いていたアーティスト・中島佑太くんに「中之条はさ、夏祭りとか4つくらいしか露店が出ないんだけど、そのうち2つは焼きまんじゅうなんだよ」と力説してしまった。何も買わずに帰った。

4252声 こぼれ落ちるものは

2019年07月07日

めっかった群馬は(最終的に)1日1投稿。(最終的に)と書いたのは毎日マメに投稿できていないからである。

 

振り返って何かしらを書くことは苦ではない。けど、明日になれば忘れてしまうたわいもないものこそ、この「めっかった群馬」にはふさわしい気がしている。例えばこんなことがあった。

 

渋川へ向かう途中、山道にぽつんとある小さなリカーショップを通りがかった。白いバンが1台停まっていて、アジア系の女性2人が車のそばにいた。車で通り過ぎただけなので、彼女たちを見たのはほんの一瞬だった。バンの運転手は多分彼女たちの雇い主で、店の中に買い出しに入っていたのだろう。女性2人は店のすぐ脇の小さな用水路の淵に腰掛けていた。そしてそのうちの1人は普段誰も見向きもしないその用水路に素足をつけ、もう1人はスマートフォンでその様子を撮影していた。一瞬視界に入っただけだったが、2人は幸せそうだった。

 

ただそれだけのことだ。けれどそんなたわいもないことが、心にか弱く残っている。

4251声 生わかめ

2019年07月06日

昨晩からずっと、生わかめを持ち歩いている。忙しい週末。むしゃむしゃすると、むしゃくしゃが収まる。生わかめって不思議。

4250声 ほどほど

2019年07月05日

一昨年あたりから、吾妻郡内の高山村からも簡単なチラシ作成の仕事などをもらうようになった。今年はその延長で「今ある村の観光パンフレットとは違う路線の、地元目線の魅力を伝える小冊子を作りたいんです」という依頼をもらった。役場担当者のみではなく、高山村で両親と「蛙トープ」という素敵な雑貨屋を営み、村の移住コーディネーターもつとめる飯塚咲季さんという高山村ネイティブ女性がチームに加わっているのが頼もしい。

 

高山村というと、僕は正直沼田市へ抜ける際に通り過ぎるだけの場所、という認識だったのだが、145号から一度脇道に入れば、そこにはのどかな里山がただただ広がっている。当たり前だが繁華街やショッピングモールはなく(ロックハートなお城はあるが)、かといってみなかみのような雄大な川や派手なアクティビティ体験をするような大自然でもない、ほどほどの里山。

 

その、ほどほど、ということにこの村の魅力があるのではないか。そんなことを思いながら、ほどほどを魅力的に見せることは簡単じゃないけど、みんなと取材プランを練っている。行けば行くほど、不思議にちょっとずつ好きになっていく魅力がこの村にはある。ひとまず、今日行った扇屋食堂の扇屋らーめん(あの、おおぎやらーめん、とは同音にして全く異なるもの)も個人的にツボだった。

4249声 店は生きている

2019年07月04日

渋川市に「いち林(いちりん)」という人気らーめん店がある。昼営業しかしていないのが不便だが、開店時には多くの人が店前に並んでいる。

 

もう15年くらい前だろうか。この店が古い店舗だった時も何度か足を運んでいた。店を仕切っていたのは今の店主のお父さんだったのか、らーめん以外にも定食ものがあった気がする。らーめんは醤油・塩を基本としたあっさりめで、でもなんだか丁寧に仕事しているな、おいしいな、というほっとする味だった。けれど一番印象に残っているのは、今の店主の奥さんらしき人が会計時に「ありがとうございました」ととても愛想良くおつりを返してくれる事だった。店の印象というのは、案外そういうものが大半をしめるのかもしれない。

 

新しい店舗で営業をはじめた直後も行った。メニューをらーめんのみに絞り、スープのとりかた、そのスープに合う麺の選択により気を配った仕上がりになっていた。店の前に停まる車の数はすぐに増えていったと思う。

 

2年ぶりくらいに立ち寄ってみた。券売機に書かれた「つみれ、おすすめです」にしたがってつみれ入りの塩らーめん。つみれには青葉と軟骨が入っていてコリコリしておいしい。チャーシューは生ハムのような今時ではあるが僕好みな風味になっていた。パツパツの中細麺は歯切れよく、スープはより一層に洗練された印象。ここ数ヶ月で東京の繁盛店で何度からーめんも食べたが、それに全く負けない、むしろ群馬まで、渋川まで食べに来いよ!と言いたくなるようなおいしいらーめんだった。

 

店は生きている。それを生かす殺すは店の努力とお客さんの愛着次第だが、おいしい店はもちろん、それほどじゃない店だって、何年、何十年と通ってみれば特別な思い入れが残り、一人一人の思い入れがやがて、目に見える形で店の血や骨になる。

4248声 かあちゃんの家

2019年07月03日

仕事とあらば北でも南でも行く。山でも海でも行く。

 

ということで、撮影の仕事で大洗海岸へ。連日の雨で天気が心配だったけど、曇り空のまま1日持ってくれた。撮影終わってみんなで行った漁港となりの人気店「かあちゃんの家」。今ならしらすが釜揚げではなく生を選べるという。それを含めて刺身と赤魚の煮付けがつく「とうちゃんスペシャル」か、刺身とかき揚げがつく「かあちゃんスペシャル」どちらにしようか入店ぎりぎりまで迷ったが、結局かき揚げを選んだ。

 

僕は、「油っこいものを選ばなくなった時に、いよいよ本格的な老いを自覚する」と思っている節がある。もう少しは、かき揚げ的なものを選べそうだ。

 

その撮影は、アートに関する撮影だった。アートな撮影で大洗へ?気になった方は19日の投稿を待ってほしい。

4247声 楕円の夢のつづき

2019年07月02日

思い返すに前回は、1日1つプロモーションビデオを投稿するという「暇だね」と言われそうな投稿をしていたが、その中に僕の中でずっと不動の位置をしめる寺尾紗穂さんの「楕円の夢」という曲を受けての投稿をした。

 

その歌がどれくらい好きかと言えば、高崎・rebel books店主の萩原くんが主催する「zinphony」という小冊子イベントに「楕円の夢」というzine(小冊子)を作って出品しちゃったくらい好きなんだけど、FM ぐんまに出た萩原くんがzinphonyの紹介と共にその冊子のことも紹介してくれた。

 

「寺尾紗穂さんの「楕円の夢」って歌が好きすぎてzineを作った人がいて、その情報が実際寺尾さんに届いて読んでもらった、ということがありました」

 

そうなのだ。ツイッターを経由して寺尾さん本人が知り、僕の独断的な彼女の全CDの短い感想と、「楕円の夢」を聞いて浮かんだ小説のようなものが書かれたそれをわざわざ読んでくれたのだ。嬉しかったなー。

 

彼女の歌には「私は知らない」という原発を歌った歌があって、僕は小冊子でそれを「3.11以降に歌われた」と書いていたのだが、「あの曲のラップの避難の部分の歌詞は確かに震災後に付け足したものですが、歌自体は震災前に作ったものでした」と丁寧に説明してくれた。なるほど彼女は震災以前から原発労働者の声を集めたノンフィクションも執筆していて、震災後にぶわーっと立ち上がった運動・歌が多い中で、彼女はそれ以前から強い関心を持って「世の歪さ」と向き合っていたのだ。よりファンにならざるを得なかった。

 

僕は、何が言いたいのだろうか、そしてそれは、誰に届いて欲しいのだろうか。

4246声 イートイン

2019年07月01日

世の中には、誰が見ているともわからない近所のスーパーのイートインコーナーで、そこで作られたラーメンやカレーなどの軽食どころではなく、惣菜コーナーで買った弁当、場合によっては閉店近くなって半額になったような弁当を、机の上に広げ、人の目も全く気にせずに食べられる人間と、食べられない人間とがいる。

 

僕は明らかに前者で、なんなら3パック100円で買ったもずく酢を開封しチューチュー吸うことだってできる。7月、岡安が担当します。生きてそのまま終わったら良いなという忙しさでスタートの7月。

4245声 箪笥の圧

2019年06月30日

箪笥をくれるというので、親戚宅に引き取りに入ったら、
思いのほか大きく、運ぶのにとても難儀した。
男手ふたりで家から出し、そのふたりでまた我が家に箪笥を入れた。
二階に置くつもりが、箪笥が大きすぎるのか、階段が狭すぎるのか、
その両方で二階に運び入れることができず、一階の隅に取りあえず置いた。
取りあえずであるが、一人では到底動かせそうにない。
この騒動で一日潰れた。
巨大な箪笥の威圧感の中で、暮らすことになった。
それはそうと、明日からは岡安さんにバトンタッチ。
令和最初の夏は、どんな夏になるでしょうか。

4244声 紫陽花の下

2019年06月29日

八千代市の知人宅で句会。
家事が思うように済ませず、
当初考えていた吟行の時間が大幅に減る。
小雨降る八千代駅前を三十分ほど歩いて、
どうにか十句ほど作った。
間に合わせのデッサンさえも甘い句を出すのは不甲斐ないが、
致し方なし。
通りかかった紫陽花の下の小暗がりを覗くと、
だんご虫やらわらじ虫やら小さな蟻やら何の虫やらが、
うじゃうじゃと蠢いていた。
紫陽花の静けさと言うのは、昆虫にとって安らぐ場所なのだろうか。
おぞましい光景であったが、虫たちがなんだかとても、
リラックスしているように見えた。

4243声 青いトマト

2019年06月28日

最近引っ越したこの家は、表と裏を畑に囲まれている。
朝、カーテンを開けると表の野菜畑が見え、
裏窓からは梨畑が見える。
今の時期は、野菜畑のトマトが丸々と色づいている。
梨畑のほうでは小さな玉が見えており、袋かけが始まっている。
晴れが続くとトマトの色づきが早く、
雨が続くとトマトの色づきが遅い。
そんなささいなことに心をとめることも、僅かながら息抜きになる。
このところ雨続きで、表の畑にまだ青いトマトが多い。

4242声 守宮対蜘蛛

2019年06月27日

夜。
帰って来て玄関の灯を付けると、
ささっと壁を這って行く影が見えた。
守宮である。
その脇にはその守宮より大きな蜘蛛。
雨が降ると、よく出て来る奴ら。
守宮対蜘蛛の一戦に水を差してしまったか。