日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和6年度は4月(ぬ)5月(岡)6月(す)7月(堀)8月(坂)9月(ぬ)10月(岡)11月(す)12月(堀)1月(坂)2月(ぬ)3月(岡)の順です。

580声 傘の下の夜空の花火

2009年08月02日

傘さしの花火大会となった、昨日の高崎花火大会。
花火開始時刻になっても、次第に強まって行く雨足。
沿道に列をなす観覧客にも、不安の色が濃くなる。
打ち消す様に、一発。
夜空に咲く大輪の花。
人込みを避け、迷い込んだ住宅街で観覧していた、私。
路地裏で、自らの野良猫的習性を、しみじみと感じていた。
花火も佳境に差し掛かる頃には、雨も上がって、ゆったりと観覧。
畳んだ傘が倒れ、拾い上げようと視線を落とした、道路の先。
暗い地面の水溜りに映る、鮮やかな花火の、
なんと壮麗で、なんと妖艶なこと。

579声 いつか宇宙で俳句ing

2009年08月01日

今日、138日間の宇宙滞在を終えて、若田さんが地球に帰って来た。
若田さんは、日本人初となる、宇宙長期滞在を終えた宇宙飛行士。
「ハッチが開いた後、草の香りがシャトルの中に入ってきた時に、
優しく地球に迎えられた感じがした」
と、取材で語った若田さん。
4ヶ月半もの間、過酷な宇宙空間で多忙な日々を終え、
帰還した直後のコメントとは思えない、鋭敏な感覚。
もっとも、感覚が鋭敏だからこそ、宇宙飛行士になれるのだろう。
今回の宇宙滞在では、ISSの建設・修理に、生物、物理、医学の実験や地球観測など、
毎日、過酷で多忙な日々を送っていた。
そして、日本の念願であった、日本実験棟「きぼう」を完成と言う、
大きな功績を残しての帰還である。
この報道を見ていて、まさに、「希望」が芽生えてくる。
もしかしたら、「自分が生きている間に、宇宙から地球を眺める事が出来るだろうか」
などと思い巡らせてしまう。
その時は、宇宙から一句、詠むとするか。

578声 夏の習性

2009年07月31日

取りこんだ洗濯物にでも紛れ込んだか、
親指位はあろうかと思われる、大きな蛾が一匹、部屋に入った。
私が帰宅し、部屋の電気を点けた瞬間、目の前を横切る影と羽音。
黒い影は、「ブーン、コツン、ブーン、カツン」と、天井の蛍光灯に激突しては弾かれ、
また激突して弾かれと言う、飛翔行動を繰り返している。
私は、窓を開け、丸めた新聞紙で誘導しようとするのだが、
どうしても蛍光灯の光に吸い寄せられてしまう。
羽虫の習性なのだろうが、蛍光灯に激突していても、いずれ息絶えてしまうだろう。
それでも、光の傍で往生する事を選ばざるを得ない、運命なのだ。
明日から2日間、高崎市街地では、「高崎まつり」が開催される。
そして、明日から8月入り、日本各地で祭りの季節が到来する。
この祭りに、吸い寄せられてしまうのが、お祭り人間である。
もう、祭り囃子が聞こえて来ると、お神輿を担がなくては、居ても立っても居られない。
俗に言う、「血が騒ぐ」と言う状態で、どうしても祭りのさざめきの方へ、
足が向かってしまう。
これも、習性である。
蛍光灯の電気を消して、丸めた新聞紙で追うと、迷い蛾は窓から飛んで行った。
窓の外は宵闇。
思い出した様に鳴き出した蛙の声が、暗い部屋に響いた。

577声 少年少女の夏時間

2009年07月30日

サマータイム。
思い知らされたのは、本日、高速道路のサービスエリアである。
関越道の上り、奇襲攻撃の睡魔を交わすべく、上里SAに寄った。
驚いた事に、平日にも拘らず駐車場混雑。
店内は、もっと混雑。
特に、夏休みの学生と思しき、団体客が多い。
皆、観光バスで来て、休憩時間30分ってな予定で動いているのであろう。
矢鱈と買い込んだお土産の袋を両手にぶら下げ、
慌てふためいてバスへ戻って行く。
すると、また別のバスが着いて、お土産ハンターたちが、大勢降りてくる。
食堂の隅で、カップコーヒーを飲みながらその光景を見ていたのだが、
半ば、感心していた。
彼等の、気風の良さにである。
夏休みの開放感も手伝ってだろうが、満足に選びもしないで、
12個入りだかの饅頭の箱を買って行く。
店にとっては、大人よりも彼等の方が、よっぽど上顧客であろう。
悩みに悩んで、結局、ソフトクリームを買わずに店から出ると、
入口の前には、ソフトクリームを食べる少年少女の一群。
横目に羨望の眼差しを向けつつ、通り過ぎる。
瞬間に踵を返して店内へ戻り、
「三之助豆乳入りソフトクリーム」を買って、外へ出る。
炎天下、ソフトクリームを舐めつつ、観光バスを見送っていた。

576声 個室狂時代

2009年07月29日

天気は未だ愚図ったまま、どうやら7月が終わってしまう様である。
夏の行楽地、海やプールの来客数に、その影響が及んでいる。
蒸し暑く、ジメジメした天候が続くと、路地を抜ける風も、どこか黴臭い。
その黴臭い路地へ、自ら進んで、足を向ける。
行き先は、路地裏に在る小さな食堂であったり、飲み屋であったり。
本日、カウンター席でラーメンを啜っていて、ふと気付いた。
古い食堂や飲み屋ってのは、店内に仕切りが無い。
現代の客は、特に若い人に顕著な傾向だが、
仕切られた空間で食事をする事を望んでいる。
外食業者も、需要があれば供給で、店内に仕切りだらけの店舗を設計する。
やはり、そう言う店には、若い人が寄り付く。
若い人に人気の居酒屋などに行くと、店内はもう、迷路の如き入り組んだ設計。
また、店内の間接照明が薄暗いので、仕切られた部屋を出て、トイレに行くと、
もう帰り路が分からない。
おまけに、部屋に仕切りがあるので、中に居る人の顔が見えないので、探せない。
酔いも手伝って思考が混乱し、容易には来た路を思い出せない。
打つ手無く、独り悄然として、廊下に立ち尽くしている状況がある。
どうしても、パーソナルスペースを確保したいらしい。
近年では、老舗温泉宿でも、若い客向けに、
部屋にプライベート露天風呂を設置し始めている。
また、そう言う部屋が大人気だってんだから、
いよいよ個室時代の到来を感じざるを得ない。
街のネットカフェなどは、その最たる例であろう。
海やプールの来客数が減っているのも、どうやら、
天候の影響ばかりでは無いのかも知れない。
ともあれ、かく言う私も、個室は余り嫌いで無い。
むしろ、落ち着いてしまうのが、現状である。

575声 血の玉

2009年07月28日

図書館の本棚。
一冊の本を取ろうとすると、
「痛てっ」
と、感覚が走った。
咄嗟に右手を離し、指を見る。
人差し指の腹、赤い血が、「ぷくっ」と小さな玉になってゆく。
本を手に取り、異常を確認する。
すると、
頁の間から、
爪楊枝の先端部分が、
飛び出していた。
爪楊枝を取り出して、本を戻す。
この哀しい仕業の主は、きっと、詩が好きな人なのであろう。

574声 夏の句読点

2009年07月27日

今週末、高崎市では第35回目の「高崎まつり」が開催される。
その為か、何だか、街中で感じるのは、見え隠れする、浮足立つ様な気配。
目抜き通りで揺れる、祭提灯の演出も、多分に影響している。
高崎まつりの見所は、何と言っても、山車と花火だと思う。
高崎市は、山車の保有台数が日本一である。
白状すると、私、高崎市在住のくせに、この情報は今日知った。
知って、驚いた。
古くから高崎市街地に住んでいる方から聞いたのだが、
昭和中期、祭りの華やかなりし時代、祭りの日には、
現在の倍以上も、各地域の山車が出揃った。
山車の絢爛具合が、各地域の自慢だったらしい。
今年の祭りでは、総勢19台出ると言う、この数年で激減した様である。
確かに、祭りで見る山車はどれも絢爛な装飾が施されており、
一見、夜を疾走するデコトラの如き、煌びやかな迫力がある。
そして、花火。
毎年、烏川和田橋上流河川敷で行われる、大花火大会。
今年は、約15,000発を打ち上げ、その規模は北関東最大級だと言う。
私は、花火の日は、尋常で無い交通渋滞と言う印象がある。
渋滞と人波、児の泣き叫ぶ声と散乱するファーストフードのゴミ。
市街あるいは郊外の、建物の上から、左団扇右扇風機で眺めるのが、
祭りの「通」かも知れない。
今年は県内でも、世情が地域の祭りに影響している様で、
東毛地域では花火大会の取り止めが、相次いでいる。
過去と未来、現実と非現実、社会と文化、夏と秋。
祭りは、地域に生きる人々の生活の流れに、一つの句読点を打つ行事。
つまりは、それを境にして、新しい文脈が始まる。
街に新鮮な活力を生む筈の祭りが、世情の為に衰退して行くのは、寂しく感じる。

573声 3番目の湯客

2009年07月26日

開店時刻の午後3時。
店主が軒先に暖簾を掛けるのとすれ違いで、硝子戸を開けた。
しかし、浴室には既に二人、常連と思しきおやっさんが、
カランの前に腰掛けて談笑している。
「フライングですよ」
と、胸中にてツッコミを入れ、3人目の一番湯客となる。
日曜日の昼間から、銭湯で一番風呂を浴びて、瓶牛乳を飲んでいる。
なんてのは、いささか道楽者の感があるが、入浴料330円、瓶牛乳90円。
計420円の、ささやかな道楽である。
しかも、チョイと社会人風の言い方をすれば、
その費用対効果として得られる満足感は、非常に大きい。
酷暑の最中、脱衣場で一向に引かない汗を拭いながら、瓶牛乳を飲んでいた。
番台の店主と、先の常連さんの話題は、高校野球で持ち切り。
此処は桐生。
野球の盛んな土地であるから、野球談議にも熱が入っている。
野球に疎い私は、話を振られても、曖昧な返事しか返せない。
そして、本日ばかりは私も、道楽で銭湯へ来たのでは無かった。
話題を転じ、店主に私の素情(と言っても、大して面白くも無い素情なのだが)述べる。
そして、県内の銭湯を全て巡り終えた事、その他諸事を述べ、しばしの談話。
会話中、7月に高崎市では2軒の銭湯が、廃業と休業になった旨を伺い、
絶句してしまった。
1軒は確認していたのだが、もう1軒あったとは、それにしても、ひと月に2軒である。
ふと、扇風機に当たりながら、瓶牛乳を飲んでいるこの時間が、
とても貴重な時間に思えてきた。

572声 国政アルバイト

2009年07月25日

「いらっしゃいませ」
偶に行くラーメン屋の入口の扉を開けると、店内に元気の良い声が踊る。
私が席に着くと、声の主は直ぐに飛んで来て、水とメニューを笑顔で置いて行った。
女子高生のアルバイトだろう、兎に角良く動き、機転が利いて、礼儀正しい。
夏休み期間のこの頃は、街中の飲食店などで、高校生のアルバイト店員を見かける。
部活と掛け持ちの、短期アルバイトなのだろうか、こんがりと日焼けした彼等には、
活力が漲っている。
それと対照的なのは、スーツ姿のサラリーマン。
二日酔いか、はたまた熱中症か、血色の悪い顔をして、だらりと店内に入って来て、
崩れる様に席に座る。
このラーメン屋店内にも、私を含め、そんなダラリーマンが数名見受けられる。
皆一様に、「つけめん」だとか「冷やし中華」と、冷たい麺類を注文し、
アイスコーヒーか何かを、ストローでちゅーちゅーやっている。
そして、食べ終わっても、だらだらと新聞を読んで、中々、店を後にしないのである。
活力無い事、甚だしい。
私の前席で新聞を読んでいる、おやっさん。
その一面記事は、衆院選。
どうだろうか、永田町に一人か二人、夏期短期アルバイトの学生議員なんてのは。
活が入るかも。

571声 夏休みのエスカレーター

2009年07月24日

夕方のスーパーマーケット店内。
買い物籠片手に、夕食の買い物と思しき、勤め帰りの奥さん、数人。
皆、その齢が、自分と近い。
そう感じる事に、一寸感慨。
このスーパーは、複合型スーパーで、私の住んでいる街では老舗に当たる。
大規模小売店舗立地法が制定される以前、平成初期の郊外では未だ珍しい、
大型ショッピングセンターである。
隆盛を極めていた当時、2階建ての店内には、
スーパー、玩具屋、本屋、電気屋、薬屋、生活雑貨屋、服装飾屋、ゲームセンターなどなど、
様々な店舗があった。
生活必需品から娯楽まで網羅する、驚異の品揃えを実現していたのだ。
このスーパーが街の自慢だったし、或る種、寄り処と言った感覚さえ持っていた。
それが今、非常に元気が無い。
時代は流れ、大規模小売店舗立地法が制定された2000年以降は、
郊外に新手のショッピングモールが続々と立ち並び、集客に陰りが見え始めてきた。
私等が子供時分、夏休みともなれば、小学生たちが、蜜に群がる蟻の如く、
わさわさと朝からゲームセンターに蠢いていた。
昼になれば家に帰って食事を済まし、午後になるとまた、どこからともなく、
涼しい店内へ戻ってくる。
鬼ごっこをして、店員さんに怒られる奴もあれば、
こづかいをメダルゲームで使い果たし、友達にタカっている奴もいる。
その光景は何だか、学校で無い学校の様相。
偶に、自分の親と鉢合わせになって、げんこつをもらって泣いている奴も、
必ず一人は見かけた。
私は、一階と二階を結ぶ下りエスカレーターに右腕を掛け、
「シューッ」と滑って行くのが、得意であった。
そのお陰で、随分、鬼ごっこの時は重宝したが、店員さんにも良く怒られた。
そのスーパーに、今、子供等は居ない。
ゲームセンターは在るが、遊んでいる子は、殆ど見受けられない。
子供が居ないゲームセンターは、酷く、褪せて見えた。

570声 小さいカブトムシ

2009年07月23日

先の月曜日、海の日の休日。
沼田へ行っていた。
朝、時刻は9時頃であった。
駐車場に停めてある車に戻って来ると、
何やら、小さく黒い物体が蠢いている。
腰を屈めて、覗くと、カブトムシである。
角を掴んで、目の高さまで持ち上げると、
元気に体を捩って足を振り回す。
子供時分に見ていたカブトムシよりも、一回り小さく感じたが、
愚鈍な動きと力強さは、あの頃と同じだ。
持ち帰って、近所の子にあげようかしら。
と思ったが、止めた。
きっと、此処が良いに決まってる。
「飛んでけ」
淡い期待を込めて、軽く畑の空へ放り投げてみた。
カブトムシはそのまま、畑の土へ落下して、もがく。
もがいているが、空は掴めない。

569声 ダブルチョーキング

2009年07月22日

本日、自分が以前から好きだったギタリストの訃報が、Yahooニュースに載っていた。
学生時分、俄かにロックを聴く様になり、自分でも演奏する様になった際に、
多大な影響を受け、更にのめり込む切っ掛けとなった、
「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT」と言うバンドの、ギタリストだった。
つまりは、憧れの存在である。
今年に入って、偉大なミュージシャンの他界が多い。
2009年は、日本ならずとも世界の音楽史にとって、悪夢の年である。
そしてまた、様々な形で展開される「追悼」によって、
故人の偉大な足跡を再認識するのだろう。
しかしそれは、生きている私たちの驕りでもある。
姿が無くなって、今後の作品が聴けないのは残念であるが、
自らの記憶と、過去の作品は、しっかりと残っている。
いつでも其処に、音楽と、在る。
そして時々、驕った私たちは、夜な夜な酒場の隅などに集まって、
あなた方の偉大な功績で、一杯やる心積もりだ。
皆既日食の日。
夜半の虚空に黙祷。

568声 思考回路変更レバー

2009年07月21日

川柳と俳句。
兄弟の様だけれども、相反する性質を持つ。
如何なる点が異なるか、それを順に列挙して述べる。
と言う様な芸当は、素人の私には出来ない。
しかしそれは、句作してみれば感ずる。
使用する思考回路が、全く違うのだ。
先日、相川考古館で行われた川柳会に参加し、それを改めて痛感した。
席に着き、眉間に皺寄せ腕組んでも、一向に気の利いた句が出来ない。
しかし、一寸した俳句はぽつりぽつりと浮かんでくる。
俳句回路から川柳回路へ、思考回路変更レバーを切り替えないと句作が困難である。
それが、如何せん素人な私、容易には切り替えられない。
そして、最近一寸、心に留めている事がある。
それも、その川柳会で再確認したのだが、
川柳が上手い人ってのは、その人柄自体が川柳の様な人である。
つまりは、川端に立って、風にそよいでいる柳の如く、
「ふらふら、くねくね、そよそよ」
とまぁ、変幻自在で掴み処が無い。
そんな人ほど、良い川柳を詠む。
気がするなぁ。

567声 瓦礫

2009年07月20日

昨日、昼間の事である。
高崎駅付近を車で走行中、沿道風景に絶句してしまった。
其処に在った筈の銭湯が、無い。
工事用の柵と、瓦礫の山から察するに、現在解体作業進行中。
江木橋湯。
と言う名の銭湯が、其処で営業しており、私も2度訪れた事がある。
高崎駅からも、頑張れば足を延ばせる距離にあり、旧街道沿いの情緒ある銭湯だった。
私が行った際は、いつも賑わっており、浴室内の撮影は後回しにしていた。
今夏、それも来週末辺り、もう一度訪れて、浴室内を撮影しようと思っていただけに、
非常に、心残りである。
この状況に直面し、一日経った今になって、其れが心に及ぼす影響を感じている。
街から、見慣れていた建物、それも歴史的建造物が、
忽然と消失する様を目の当たりにすると、一時、感受性は停止する。
「良い」とも、「悪い」とも、感ぜず、其処に「無い」と言う事だけ感じる。
そして徐々に、その建物に関連する事象に思いを巡らせ、「残念」と思う。
勿論、思わない人も多くいる。
やがて、街に住む人たちの記憶と共に、風化して行く。
其れは、市井生活を、少なからず無感動にさせる。

566声 時代無き浴衣

2009年07月19日

昨日、一寸した席で手持ち無沙汰だったので、隣席の女性(30代)に会話を振ってみた。
「昨日は、テレビで鬼平犯科帳のスペシャルやってましたね」
「えっ、何それ」
「時代劇です。火付け盗賊改め方、長谷川平蔵、ってご存知無いですか」
「えっ、誰それ」
「池波正太郎の・・」
「・・・・」
存在証明をする根気が無く、会話断絶。
柳家紫文さんの弾く、「ベンベン」と言う三味線の音色が、頭の中に反響。
思えば私、その女性が浴衣だから、時代劇の話を選定したのだ。

565声 何をくよくよ川端柳

2009年07月18日

本日、川柳をやるべく、七夕祭りにさんざめく伊勢崎市に出掛けた。
会場である相川考古館へ入場した時分には、
既にコの字型の机に参加者全員が着席し、短冊にペンを走らせていた。
急いで席に着き、冷汗を拭いつつ、荒っぽく捻り出した句を認めてゆく。
今回は川柳選手権なので、各賞が設けられている。
私は最優秀賞こそ逃したものの、相川考古館賞を受賞出来た。
相川考古館には、現存する群馬県内最古の茶室「觴華庵」があり、
茶道には縁の薄い私でも、眺めているだけで、感覚的な歴史的興趣が湧く。
この日も、茶人で賑わいを見せていた。
その後は、街中の七夕祭りを漫ろに観賞。
沿道の夜店からは、胃を刺激する香ばしい煙が漂ってくる。
から揚げに焼きそばにたこ焼きにお好み焼きにいか焼きにじゃがバター。
胃腸が本調子ならば、一網打尽にしてやるところだが、
今日のところは勘弁してやる。
そして夜半、三亀松の都々逸流れる中、寄り合い。
胃腸を案じ、この場でも断酒。
飲まないと居らんなくて、早々にお暇。
飲まないと居らんない。
と言う強迫観念を回避する為、飲むのかもしれん。
などと考えを巡らせつつ、帰宅。
異常を記述して就寝。

564声 夏の影

2009年07月17日

「素麺なんかで、さらっと」
だとか、
「あぁ、鰻の蒲焼きで活力を」
揚げ句には、
「ついでに、良く冷えた麦酒で一杯」
などと、往来の飯屋が目に入ると、考えてしまう。
と言う事は、大分、先の胃腸炎の病状も回復してきたと言う事だろう。
飯屋の看板よりも目に付いたのが、本日、終業式を終え、
嬉々として夏休みに突入して行く、学生等である。
ランドセルを揺らし、飛び跳ねながら帰る小学生。
県大会優勝を目指し、仲間と一緒に走って帰る中学生。
受験の瀬戸際に立ち、小難しい顔をして足早に行く高校生。
中には、就職の内定が決まらず、項垂れながら歩く大学生なんてのもいる。
皆、それぞれの夏が来る。
翻って考えるに、青白い顔して、力弱く素麺を啜っている私には、
どんな夏がくるのだろうか。
そう言えば明日、伊勢崎市は七夕祭り。
夏の願を短冊に認めてこようかしら。
しかし、私の事だからきっと、相川考古館で川柳でも作っている方が性に合う。
ともあれ、夏の病は始末が悪い。
なんだか、夏は影が濃いから。

563声 ウイルス様への嘆願書

2009年07月16日

七転八倒。
まさに、身を持って体験した状態である。
「畜生!未だ断続的に腹が痛てぇ」
などと、悪態がつけるまでに回復したが、昨日などは一日中、
便所に籠って半べそかきながら、悲痛な呻き声を上げていた。
便所から、這いつくばって寝床へ戻る。
途中でまた、冷汗かいて便所へ引き返すと言う始末。
やっと寝床へ戻って、徐にテレビなんぞ付ければ、
かき氷の早食いなんかやってやがって、それでまた、腹がご機嫌斜めになる。
しょうがねぇ、ってんで、蒲団を引っ被って寝よう、ったて、熱が39度も出て、
目が回って寝れやしねぇ。
全く、「ウイルス性胃腸炎」って事だが、一遍で良いから、
そのウイルスとやらの面を拝んで見たいものである。
面拝んだんだら、どうしても一言だけ言ってやらないと気が済まない。
「どうかひとつ、その、お手柔らかに、お願い致します」