日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和7年度は4月(す)5月(堀)6月(坂)7月(ぬ)8月(岡)9月(す)10月(堀)11月(坂)12月(ぬ)1月(岡)2月(す)3月(堀)の順です。

5531声 茄子のステーキ

2023年07月31日

相変わらず月日が、今日の超久しぶりの夕立ちのように、ざーっとあっという間に流れるので(うまい事言いたいけど言えてない)先月はおろか数日前に何をしていたのかも覚えられないのだが、めっかった群馬の日刊鶴のひとこえの担当月になりこのように日々の記録を書き少し読み返すと、毎日それなりにやっているんだなと思えたりする。でも、誰かの何かの役に立つ文章でもない気がするので最後に有益な情報を。

世間に料理人数多くあれど、もちろんここの執筆者の堀澤さんのように尊敬する料理人も数あれど、自分もその料理作ってみようと思わせる料理人は(僕にとっては)そんなにいない。簡単で、ある程度ジャンク、というのが僕がそう思わせる理由なようで、学生時のグッチ裕三(テレビで歌ってた人という印象かもしれないが、料理も得意でレシピ本を持っていた)以来久しぶりによく見ているのがyoutubeである程度しられている「リュウジ」さんのレシピだ。知っている人もいるかな。簡単で、ある程度ジャンク。検索すれば大量のレシピが出てきます。

茄子2本をラップで包み、3~4分レンチンする。熱々になるが、ヘタを落としたら手でむにゅっと茄子を開く(包丁で切らず、こうすると味の染みが良いとのこと)。アジの開きのようになった茄子の開きを、バターを溶かしたフライパンで焼く。身の方からしゃもじなどで押しつけながらこんがり焼き、その後に皮目も焼く。そこに、みりん・酒・醤油を各大匙1、砂糖1つまみ、にんにくのすりおろし少々を入れる(正式では味の素も振る)。煮詰めながら茄子にかけ、こってりしたら完成。黒コショウを振っても良い。

これ、けっこう美味い。簡単で、ある程度ジャンク。作る過程のジュ―ジューも面白いが、自分の中の何かが満たされる。

今年の夏は例年より暑いんじゃないだろうか。みなさんご自愛ください。それではまた。

5530声 真ん中を行く

2023年07月30日

常連ではないが、よく行っていたお店のご主人が急逝した。まだ60歳前、いつも朗らかで、数日前までいつものように仕事をされていて、こんな田舎町で店も繁盛させていた方なので、通夜に参列した人たちの顔は皆納得がいかないような悲しい顔だった。つらい通夜だった。

決算直後だからというわけではないが、ふと仕事や経営について考えることがいつもよりは多い月だった。楽しい仕事しかしていないように外から見られているんだろうなと思いつつ、実際そういう仕事が多いから感謝しかないのだが、何をやるべきかの選択、そしてお金を稼ぐことの難しさは頭から離れることがない。同じようなメディア個人事業をしている若い知人が、今の仕事では立ち行かないとSNSに書き込んでいるのを見て、僕は何もできないのだが(彼が、というわけではなく社員を増やすスタミナや指針は今持ち得ていない)、才能がある人がやっていけない世の中はきついなと思う。

仕事について考えると、たまに浮かぶ話がある。以前所属していた経営者団体が行った講演会で、成功した経営者が話していた内容だ。映像記録もしていたのでより覚えている。ざっくり思い出すと「経営と人助けを混合している経営者がいる。これが大変いけない。仕事をきちんとせずに、東北のボランティアに精を出す男がいた。利益も出せず会社はボロボロ、税金もろくに払えない。私はこの男を叱りたい。道の真ん中を歩かず、端っこを歩けと言いたい。利益を求めない経営者は悪です。」

聞いてから5、6年が経っているから僕の悪意?も混じってるかもしれず、内容が少し違うかもしれないがキツメの口調で講師はそう話していた。聞いていた経営者たちからは是も非も伺えなかったが、僕は非常にその考えが<嫌>だと思ってしまった。そして、それが嫌だと思う僕はやはり経営者にはなれないのだろうな、と思った。

人の生き死にを目前にすると、そんな経営講演会の話など関係ねえなと思ってしまう。であるから今後も弱小会社の域を出られないのかもしれないが、人は誰しも真ん中を歩いていけると思う。様々なつらさやボロボロの内情を抱えながらも、死ぬその日が来るまでは生きたいのである。

5529声 浅間山

2023年07月29日

最近、マスクをする人を目にする機会が減った。家族の付き添いで病院に行けばマスクはまだ必須だが、学校へ取材に行っても学生はマスクをしていても(顔を隠したい年頃でもあるのだろう)外している先生も多い。未だコロナにかかると身体的にしんどいらしいが、世間の空気としては「アフターコロナ」になるのだろうか。

今日は、アーツ前橋の仕事で大変お世話になった今井さんが北軽井沢に来るというので、2つの話し合いに同席するためにルオムの森で合流した。ルオムの森、キャンプ場であるスウィートグラス、自社で持つ二度上山の木材を加工するあさまのぶんぶん、そして吾妻郡各所でその場所場所の採蜜を行い混ぜずに味の違う蜂蜜を販売する百蜜(ももみつ)・・それらを経営するのが有限会社きたもっく。数年前に1年以上映像撮影で通い、今は特に仕事はしていないが親近感を感じている(僕は相変わらずインドアだが)。社長の誠さんと、彼と共にきたもっくのブランディングを考えてきた写真家の田淵章三さんのコンビに会うと、背筋も多少伸びるのだが、普通に嬉しくなってしまう。

夏の繁忙期である。昼前の時間だが家族連れが多く、ルオムのピザセクションは忙しそうだった。話し合いはピザを食べながら行われ、肉団子とレモンが乗ったピザが美味しかった。キャンプ場と併設する、団体研修などに特化したTAKIVIVAではブランドバイクがずらーっと並び、何かのイベントだったのだろうか。多くの人で賑わっていた。話し合われた2つの事は、今は書けないが後に、数年後に開花するかもしれない楽しみとなった。

聞くと、コロナ禍はキャンプ場にとって(多分きたもっくに限らず)追い風となっていたようだ。密な場所は行きたくないが、キャンプであればいくらか安心という考えがあったのだろうか。コロナ禍が落ち着いた昨年あたりから訪れる人は減ったと聞いて、そういうものかと思った。キャンプ場に限らずだが、アフターコロナに対してどう向き合うかが問われている。

ふと、数年前まで家にこもって、それこそ全世界が家にこもって、感じたあの不安感(僕なんぞはちょっとした安心感も感じてしまったのだが)は何だったのだろうかと思う。忘れたくないが、そんなものは忘れて早く今現在に対応セヨ、と言われている気がしてしまう。・・忘れたくないな。

夏の浅間山は、北軽井沢の短い夏をひなたぼっこのように楽しんでいるように見えた。

5528声 演劇と映像

2023年07月28日

演劇と映像。これもここに何度か書いていることかもしれない。太田市在住の劇作家・加藤真史さんによる劇団微熱少年の舞台を、その第一作からずっと映像で記録している。もともとは、前橋文学館で加藤さんが演出した『わたしはまだ踊らない』という朗読劇を撮影したことに始まった。僕は映像化された演劇を多数観てきた、というわけではないが、都度ごとに会場もキャストも変わる演劇をどう撮影しどう編集するか、についてその頃から今に至るまで関心をもっている。

例えば人物が3人いる。できれば、3人すべてが映っている絵と、それぞれが映っている絵がほしい(カメラの用意できる数で3人別々ではなく、2人、1人という場合もあるが)。話される会話。その時に、Aさんが話している時にどこを見せるのか。

舞台観劇であれば、客席から3人すべてを見ていることだろう。けれど、観客1人1人がそれぞれに、その時誰に注視していたか、誰の声を聞いたいたかには違いがあるのではないか。

映画で使われる手であるが、話している人だけを映像で見せるのは面白くない。聞いている顔の芝居もある。役者は、そして演出家は、もちろんそこ(話していない人の挙動)まで稽古をして本番に挑むのだが、映像でもそんな<今この瞬間に見せるべき場所はどこだ>という絵で繋いでいく。

あるいは、言い合いのような両者のセリフが応酬する場面ではカットは短めにぱっぱっと繋ぎ、余韻がほしい場面ではカットを長めに繋げる。

それが映画とどう違うかと言われたら(実際、演劇をほぼ映画のように記録する映像作家もいると聞く)、<より生なものを映像でも残したい>という希望がある。それが今まででやれたかというと・・100%の自信はない。けれど、考える楽しさがある。

コロナ禍が軽減し、演劇に限らず人が入れるようになったことはとても喜ぶべきことだが、開催のための、そして映像化のための補助金が難しくなるということでもある。劇団微熱少年の新作『すべて重力のせいだ』『構造なり力なり』の映像化にあたって、加藤さんが中心となりクラウドファンディングを行っている。関心のある方はぜひとも応援いただきたい。

演劇/微熱少年『すべて重力のせいだ』『構造なり力なり』を映像化して届けたい!

5527声 かっこいいバッグ

2023年07月27日

以前も書いた気がするが、中之条町に移住したアーティスト・西岳拡貴くんが、地元の商店会(伊勢町睦会)と地元の高校生(吾妻中央高校)と共に「バックプロジェクト」を昨年立ち上げ、9月の「中之条ビエンナーレ2023」では地元作家・地元団体としてではなく、正式なアーティスト枠で出展を行う。昨年から始まったこのプロジェクトを映像で記録してきた。

4月以降、学年の入れ替えもあったが、毎回10~12人ほどの学生(正確には、測量などを部活動でも学んでいる環境工学研究部の学生)が参加している。測量技術を活かし、商店会会員の店店の緯度や経度、標高を計測した昨年。今年はそのデータを活かして数式を立て「数値をもとにバッグを作る」というユニークな活動を進めている。

その世界に1つだけのバック、の他展開として、測量から生まれた図柄をプリントしたトートバックとコサッシュも作成された。コサッシュはビエンナーレ期間中に関連ショップで、トートは8/5(土)10~15時にビエンナーレの展示会場でもある伊勢町の旧もりやま(伊勢町843)で先行販売をする(1500円)。このバック2種がとても良い出来。

今日は、睦会会員の女性2人にモデルになってもらい、中之条町の最古店とも言えるであろう久保田旅館や割烹金幸前で写真撮影を行った。

もとは、睦会よりの「何かをしたい」という要望を受け、西岳くんに相談して始まったプロジェクトだった。巻き込み人数が増え形になってきたのは彼や高校生、協力者の力ゆえであるが、とても良いことだと思っている。

5526声 美ヶ原

2023年07月26日

朝の5時に北軽で目覚め、早めの朝食を取った。向かったのは「うつくしがはら・・確か、昔、うつくしがはら美術館ってあったよね?」という知識しかない美ヶ原。仕事が趣味みたいだった僕も、パートナーができて休日を設けるようになった。

美ヶ原高原美術館は現在も存在し、入場料を払わずとも、野外のどでかくて色もどえらい(高原の中に巨大な真っ赤や真っ黄色の彫刻作品が連なっているんだから、どえらいという感想しかない)作品を眺めることができる。その間の無料で通れる木道を歩いて、終わりかと思った・・

ら、その先になだらかな斜面が遠くまで続いている。黒と白のホルスタイン種、こげ茶のジャージー種(多分)、牛たちもいる。まだ早い時間だったが、歩いた先にあった山小屋風の休憩所の駐車場は多くの車で埋まっていた。さらに奥に進むと、遠く遠くに巨大な電波塔を背に持つ大きな建物が見えて(世代的にわかる人しかわからないが、魔界村のステージ1のようであった)、歩いた先で石塔の鐘も見上げた。さあ、終わりかと思った・・

ら、その先に道が続いている。すぐに、高原的な場所から、雄大な山々を見下ろす稜線や連なる山が見える。僕等はピクニックみたいな革のサンダル履きだったが、このエリアになるとリュックに登山靴、ガチな登山者の姿しかなくなってくる。すれ違う登山者の「お前ら何その舐めた格好」な目線を交わしつつ(あくまで僕がそう思われているのかなと思った妄想です)、無理のない範囲で行けるところまで歩いた。絶景に次ぐ絶景。登坂はスタート時から数えても少なめ。とても良かった。遠く遠くに見えていた電波塔の裏に出て、来た道を戻った。

先がわかって行く場所も良いが、先を知らずその先に、その先に、というのがとても良いなと思った夏の日。

5525声 黄色い瓜

2023年07月25日

そんなことを書いた翌日には、売り上げとは関係ない事に足を運ぶ。昨年あたりに知り合い何かしらの縁?で顔を度々合わせているyamanofoodlaboの古平夫婦に付き添う形で六合を回った。(yamano~は六合の赤岩に移住し、とてもユニークなことをしているのでインスタ見てみてください)

何度か足を運んでいる、田代原地域の山口英義さんを訪ねる。入山きゅうりや高原花豆などの農業を継ぐまでは東京でエンジニアをしていた英義さん。群馬県の農家で唯一という、ハイテクノロジーを活用する農業の機械や話を聞いて驚いた。六合の山奥と最先端の農業技術。尊敬しかない。

それはそれとして、古平夫婦や、今回都心から訪れたゲストに対し英義さんは丁寧に野菜の話をしてくれた。入山きゅうりは熟れると黄色くなる。収穫量も少ない。見た目が悪いとか、作っても儲からないとか、英義さんが就農した頃は言われていたきゅうりだ。けれど、黄色くなるのは「きゅうりがヨーロッパから日本に渡ってきた時の原種に限りなく近い」証拠なのだそうで、少し黄色くなりはじめの頃が美味いという話。そして、その原種の種を守るために、種取用の畑の周囲にはほかの作物をつけないという話(入山きゅうりは他の農家も作っているが、へちまなどと交配しまざっているものが多いのだそうだ)。ハイテクノロジーよりも個人的にはこちらの方が興味深い。

黄色い瓜。黄瓜。きゅうり。がきゅうりの語源という説もあるとも聞いた。何十回、何百回と繰り返されてきた種の保存の時を思うと気が遠くなる。「売上とは関係ない」と思うことを僕が今も続けてしまうのは、経営者としてはダメな部分であるが、それが先の何かに繋がると思っているからでもある。そうやって今まで生きてきた。

yamanofoodlaboインスタ

5524声 決算報告書

2023年07月24日

合同会社岡安映像デザインとして独立して1年が経った。自分の苗字を入れるという恥ずかしい社名は(とはいえそれが一番と思った)、昔も今も個人のフリーランスみたいな仕事の関わり方なのであまり口にすることはなく、それはともかく僕と経理の2人の給料を1年間払えたことに少しほっとした。


今日は伊勢崎から、お世話になっている会計事務所の代表が来社してくれて、「決算報告書」をもとに話をした。どうにもこのお金に纏わる数字というやつが苦手なのだが、いち経営者として聞かねばならない。聞かねば。

開業資金はとかくかかっていない小さな小さな会社だが、概ね好調という評価をいただき・・けれど全く安心できない。現に今は請求書を出すまでが長い仕事を複数抱えていてキャッシュが少ない。会計事務所代表からは「どうすれば効率良く稼げるかを考えましょう」とアドバイスをいただき、それな!と思う以上に、突飛なビジネスではなく今やっていることをコツコツ・・と思ってしまう自分がいる。

僕は多分、トップで動くタイプの人間ではない。それをここ何年も承知の上で、ただ目先の事を続けていく、という行為のみによって生きている。経営者として、という心構えはまだまだ足りない。

5523声 凡庸の先

2023年07月23日

来月末に富士山に登りながらの撮影があり(若い時に1度登っているが、体力的に無理かなと思いつつ、長く付き合ってきたグループ関連の撮影なので引き受けた)、付け焼刃であることは十分わかりつつ、仕事前に地元の嵩山に登ってみた。小学生でも登れる低山だが、太ももきついとか、山頂付近では息も荒かったりして先が思いやられた。

下山していてふと何気ない木の枝を見つけた。夏、やや逆光で葉がゆらゆらと揺れている。これを写真に撮る場合、引き画で撮ったのでは凡庸だし味気ない。寄りで撮ることを考えた時に、一部に蜘蛛の巣が張っているのが気になった。これを避けて、逆光でシルエットのようになった葉だけを撮れば映える写真に、あえて蜘蛛の巣をアップで撮れば不快に思う人もいるとは思うがなぜこれを撮る?という疑問符が残る写真となる。

僕の今のニュートラルな撮影したい絵としては、凡庸で味気ない引き画であった。むしろ、その引き画で勝負できなければ(何かに)負けるような気さえしていた。・・と、こんなことを考えていられるのだから今日は余裕があった。来月末までに・・鍛え・・無理・・いやいや・・

5522声 およぐひと

2023年07月22日

前橋文学館で行われている「ちぎらまりこのはりえぐらし」に関連した公開制作の様子をライブ配信する。という希望があり、昼前に到着、セッティングを行った。どうせだったら全体の絵と手元、2カメを切り替えられるようにしようと思い、三脚を二脚立てて、小型のスイッチャーも設置する。

午後に、どうしてもという撮影が同市内であり、セッティングとスタートだけを僕がして、あとは文学館スタッフにお願いする形になってしまった。が、文学館のスタッフはとてもやる気があり(ちぎら展もそうだが、様々な企画展においては文学館スタッフが設営はもちろんディスプレイ装飾なども作成している)何ら心配はなかった。

ちぎらさんが今日制作したのは、萩原朔太郎の「およぐひと」という詩から連想した切り絵だった。その詩は三階の催しをするホールの入り口奥に(多分)開館当時から)壁に詩文字が書かれていて、その壁の余白を切り絵で埋めていく制作となった。はさみで切って、糊で貼って。独自なタッチと、優し人柄も感じさせる詩世界を拡張する絵になったと思う。

制作の様子は今は文学館youtubeでも見られるが、ぜひ足も運んでいただきたい。

5521声 立ち会うこと、記録すること

2023年07月21日

今日は9/9から始まる「中之条ビエンナーレ2023」のオープニングに関する仕事だった。このオープニングプロジェクトは昨年から始まっており、今日は今まで関わってきたアーティストたちが一堂に会した。

コロナ禍が影響した最たるものは「直接人と会うことを禁じられた」ことであったように思う。それにより「(主に映像を通じて)リモートで会ったり、記録を見たりする機会」は増えた。

未だ、学校でコロナが流行りだして不安、などという声も聴くが、2023年はアフターコロナ元年と言っても良いのかもしれない。そんな時に、何が、できるか。

事を終えた場所には、夏の合間、蝉の声が鳴り響いていた。こうご期待。

5520声 未来戦略ミーティング

2023年07月20日

中之条町は昨年、都丸茂樹町長に変わった。それが発端となり、中之条町役場の若手が中心となって、意欲のある町民の自主的な参加を求め「未来戦略ミーティング」というグループを立ち上げた。

3年前くらいまでの僕であれば、ふーんとそれ留まりであったように思うが(そもそも仕事だけでも手が回らない状況、仕事以外にがっつり関わるのは映画祭だけと決めており、田舎ならではの伝統芸能やらない?という誘いなども断り続けてきた)参加者募集の情報を見つけ参加してみた。

僕ももう40歳半ばに近づく年であり、映画祭では町に対して感謝の念もあり、自分ができる範囲で恩返しができればという思いがあった。参加してみると、上から3人目くらいの年齢で(上限45歳という決まりがあったような)老害にならないように気をつけねばと思っている。

今夜は図書館などが併設するツインプラザに30人近くが集まり、中之条町に関して関心があることをひたすら挙げる、というワークショップを行った。今日は年代別に分かれたが、この集まりには、介護関係者、移住コーディネーター、旅館業者、小売業者、印刷業者、大学生、税理士、兼業主婦など色々な人たちがいる。

例えば今夜出た「美味しい田舎料理を作れるおばあちゃんの技を残したい」という意見と「兼業主婦で忙しく手軽に惣菜が買える場所がほしい」という意見とは組み合わさる余地がある。まだ始まったばかりだが、話し合うだけではなくて何かしらの行動が生まれ、仕事や制度が生まれると良いなと思っている。

5519声 集落の学び舎

2023年07月19日

昨日に続き学校撮影である。今日は暮坂峠を越えて、六合中学校での撮影だった。同じ中之条町ではあるが、旧中之条町エリアと旧六合エリアは峠をはさみ、土地の雰囲気も、そこに住む人々のルーツも違うような印象を受ける(中之条町は四万温泉をもつ観光地であり、吾妻郡の生糸の流通ターミナルでもある商業地だった。一方の六合の木工細工などの文化は長野方面から伝わってきたのではないかという話を聞いたことがある。)

昨日の中之条中学校と同じく、中之条ビエンナーレに出展するタップダンス奏者のLilyさんによるワークショップだったのだが、昨日は体育館にそこそこいっぱい中学生があつまり学年ごとに3回に分けて行ったそれが、今日は全学年集まっても1回、講師を囲んで間近でできる程度の少人数ワークショップとなっていた。

六合に限らず、現金収入を得るための仕事が少なく交通の便も悪い地方ではこのような子どもの減少は見られるのだと思う。そのあたりを真面目にここで考えることはしないが、僕みたいな立場から見ると「少人数学校、良いな」と思う事の方が多い。

高学年は低学年のお兄さんお姉さんになり、先生たちにもゆとりがあるように感じる。体育館の外を見れば、蝉の大合唱、大自然である。最先端の何か、には触れにくいのだと思うが、昔からある何か、はすぐ側にある。

そんな環境から、豊かな発想で現金収入を得られるような大人が、あるいは現金収入は少なくともあるもので豊かに暮らせる大人が育てば、とても良いことだと思うのだ。

5518声 学生たちは

2023年07月18日

今日は、僕の母校である中之条中学校で中之条ビエンナーレに関係する撮影、その後は前橋に移動し群馬大学、こちらも中之条ビエンナーレには関係する撮影を行った。

大人になると、学生と接する機会は少ない。教員は別だし、お子さんをお持ちなら小中高なんなら大とずっと学生と接するとは思うが、「今の学生が何を考えているか」わからないと思う人は多いと思う。僕もその一人だ。

撮影越しに接して思うのは「いい子が多い」「ヤンキーは絶滅した?」「シャイな子もいる一方で、大学生などは学びだけでなくその先の仕事や社会問題なども頭にある積極的な子が多い」という感じだろうか。

スマートフォンを通して色々な事を知れるから、逆に熱中するものを見つけにくいということもあるかもしれない。僕等のころはざっくり言うと「ほぼみな中流家庭」であったが親世代の収入格差が広がり、目に見えないところで子どもにも影響があるのかもしれない。などとも思うが、憶測に過ぎない。

一つ思うのは

大人でさえも、この先どう生きていこうか迷う時代である。先生も、親御さんも、ましては学生自身も大変ではあるが、「学び続ける事」は大切なことだ。・・なんてことを書いたら、浦沢直樹の名作漫画「マスターキートン」のユーリー・スコット教授の言葉を思い出したので文末に置いておく。

「人間はどんなところでも学ぶことができる。知りたいという心さえあれば。」

5517声 チャイムが鳴った②

2023年07月17日

事務所で仕事をしていたら、チャイムが鳴った。

今日も外は灼熱と言って良いかんかん照りだった。もあっとした暑さの中立っていたのは、見知らぬ若い女性だった。

「スイーツを販売しているんですが、いかがですか?」

瞬時に、「町のほうから来て、割りと高めなスイーツを売り歩く商法だ」と理解する。この事務所は初めてだが以前も何回か訪問されたことがある。

「以前買ったことあるんですが、そういうのはいりません。暑い中大変ですね・・」

と返事をすると、即諦めたように女性はくるっと背を向けた。暑い中・・という声が届く前に背を向けたし、そもそも「買います」以外の同情などは不要なのだろう。

最初にそのような訪問販売を受けた時に、こんな商売成り立つの?と思い検索したら、所謂あまり良くない仕事として幾つか出てきた。販売するものは粉ものばかりなので、町のほうの工場などで大量に作るのだと思う。それをわざわざ田舎に持っていき、若い子が売る(若い子に売らせる)。当然、「(味のうまいまずいは不明、価格が高いであっても)わざわざこんな所まで売りに来て可哀そうね、買ってあげるわ」という(特に)年配の方は多い。儲かるのかもしれない。そして売る若い人たちも、そのような商売であることは自覚しながら、知らぬ家にピンポンするストレスも抱えながら、この灼熱の中を売り歩いているのだろう。

なんとなく、世の中は甘くないな、と思った。

5516声 チャイムが鳴った①

2023年07月16日

事務所で仕事をしていたら、チャイムが鳴った。

会ったことはあるかな・・ないかな・・という感じだが、事務所の東側に畑を持っているおじさんだった。手に畑から抜いたばかりの(根っこに土がついているからそうなのだろう)枝豆を持っている。

「明日、朝の4時半くらいから刈り取りの作業します。迷惑かけますんで、これどうぞ」

と葉や茎がついたまんまの枝豆をまるっといただいた。その晩は(も)編集が終わらず、力尽きて会社に泊まった。確かに就寝中、物音で目が覚めたような気もするが基本ぐっすり眠っていて、朝6時過ぎに目が覚めた時には、東側のカーテンを開けると、作業が終わり人もおらず、土が露わになった畑が広がっているだけだった。

枝豆は、これはなんだか丁寧に食べねばならないなという気分で、1房1房を枝からもいで、塩水が染みるように1房1房はさみで先端を切り、塩もみをして塩ゆでをして朝飯替わりにいただいた。

5515声 一緒に観る

2023年07月15日

伊参スタジオ映画祭は、昨年の開催が諸事情で遅れ今年1月末の開催となった。であるから、例年よりは「こないだやったな感」が強いのだが、今年の映画祭準備を進めている。今夜は山の中の木造校舎=伊参スタジオで会議を行った(余談ではあるが、今年からその校庭が非町営のキャンプ場となった)

今時期に何を準備するかというと、上映する作品の選考である。できるものは、上映素材を借りたり、ネットでの限定視聴を使ってスタッフ試写を行う。劇場で上映中のものは、東京まで観に行くのはなかなか困難なのだが、県で上映していればなるべく観に行くようにする。映画祭は長く続いてきたので、関係する監督の作品だけでも毎年いい数になる。

映画はたった1人でも楽しめるものだが(作品によっては1人で観て自問するのが向いている作品もあるだろう)、みんなで観るとそれはそれで新鮮だ。印象的なシーンで自分以外がどんな反応をするのかもちょっと感じることができる。悲しいと思ったシーンで笑う人もいるかもしれない。

相変わらず本番以外の出席数が少ないのが悩みではあるが、長編2本、よい試写鑑賞ができた。高橋さんがいつものように手作り味噌汁ときゅうりの漬けたんを持って来てくれて、わいわい食事タイムもあった。今年も、伊参ならではのラインナップでみなさんをお迎えしたい。

5514声 愛の不時着

2023年07月14日

これをお読みの方にも、「愛の不時着」をご覧になった方はいると思う。Netflixで観ることができる韓国ドラマだ。今年に入って朝鮮学校と接点ができ、先日夕食に招いてもらった時にこのドラマの話が出たので、気になっていた。

仕事中、BGMとしてだったり、映像の書き出し時間の休憩だったりで、「愛の不時着」を観出した。確かに面白い。韓国のセレブな女性社長がパラグライダーに乗る。嵐が起きて不時着したのは北朝鮮。彼女を見つけた北朝鮮兵の大尉と衝突し、やがて恋に落ちる。

どこまでがリアルかわからないが、北朝鮮は首都ピョンヤンを除き昭和初期の日本の様で牧歌的な雰囲気。電化製品からも流行りからも遠い不便な場所で、韓国セレブが、今まで気づかなかった人間味に目覚めていく様子が面白い。便利さは、豊かさとイコールではない。

敵役もいたりして、一度大きなクライマックスを迎え(このドラマ観てみたいという方はこのあたりまでで読み辞めよう)、その後は舞台を韓国に移す。

そこからが、個人的には面白くない。状況は入れ替わり、北朝鮮の素朴な軍人たちが韓国の華やかさ(舞台は現代)に驚き、楽しむ様が多めに描かれる。たぶん、北朝鮮パートがとても人気があったので(キャラ立ちが済んだので)、韓国パートはその余韻みたいなものなのかもしれないが、状況が逆転しただけでドラマが変わることが発見だった。

ドラマはドラマだが、北と南が大きく違うことは事実。歴史をググると、第二次大戦後、日本の植民地から解放され、北はソ連、南はアメリカが駐留、別々の国家を作った、と出てくる。それは歴史のほんの1ページ。僕はまだまだ多くを知らないが、なんとなく切ない。